18話 イカロスは魅了されている
「こんな大層な名前をしてるけどそんな凄いものじゃないんだ。名付け親はそういう凄いものになって欲しかったんだろうけど」
「まぁ……ある程度、お前の出生については察したよ。だが一つ解せない事がある。何故俺に?」
吸血鬼喰らい。吸血鬼の王。
その名の通り吸血鬼を食らえるように作られた彼は、恐らく全ての吸血鬼を呑み込んだのだろう。吸血鬼の絶滅を以て彼は生まれ落ちたのだろう。
それによって得られた魔力、生命力は計り知れない。
彼が何年生きるのかも。何回殺せば死ぬのかもわからない。
そしてそれは彼にとってもそうなのではないかと思う。俺が思ったのはそれくらいだ。
「そうだねぇ……君ってずっと向かおうとしている先が明瞭じゃないか。迷っていないというかさ」
迷ってない……ねぇ。
確かに俺の目標をずっと定まっている。ただ安らかに、何の不安もなく、ゆっくりと眠り事。故に友達の危機という不安を取り除く。
確かにそこに迷いはない。
だが、どこか俺にはその言葉に納得できないという自分が存在している事も事実だ。
迷いなどないはずなのに、一直線に見たい未来へと走ればいいだけのはずなのに。
どこか俺はその言葉にうなずくことが出来なかった。
「お前はどうなんだ? 聞いてくるって時点で察することもできるが」
「僕にはない。大罪人で、今は亡き吸血鬼たちの王……けれど、なりたくてなった訳じゃないのに王と言われてもね。ルシファーに付いてきて、早もう何年と経った。強い意志を瞳に宿した人間を幾つも見てきたよ。そしていつも思ってるんだ。僕は何がしたいんだろうなぁって」
「……知るかよ」
怒られるかもしれないが、少し笑ってしまいながらそう言った。
長く生きている吸血鬼が思春期の若人のようなことを言っている。それが少しおかしかった。
「中々かわいいことを言うじゃねぇか。……それに俺が何を言おうとそれは答えになり得ないだろうに」
「それを言われると困ってしまうのだけれど。だけど参考にはする事は出来るよ。こうやって学ぶものなのだろう? 人間とは」
「おう、それならいい。そうだなぁ……この世界の成り立ちは知っているだろう?」
「二人の神の事かい?」
「そうだ。アイツらは俺らの事を……大罪人ってモノを別に仕事みたいに作ったわけじゃないと思うんだよ」
この世界を作った二人の神。
大罪人という制度、そして悪魔を作ったのは彼らだ。
大罪という権能から伝わってくる歴史には彼らの感情や思考はのっていない。だが彼らは俺らのことを世界を育てるための従業員や肥料のように使おうとしていない。そう俺は思っていた。
だからこそ大罪人というものを行動の指針の一つに数えていた彼に話してみたくなった。
「その心は?」
「あいつらはコレを自らの血肉を使って作ったんだぞ? それに最初の失敗から改善したんだ。そこには何かしらの感情があったとしても不思議じゃあない」
「そう、なのかね」
「お前の言う与えられた役職も聞くに、屍の上に築いた玉座だ。俺にしちゃ、そんなものに価値はない。従って、お前が行動するための指針は全て消え去ったことになる」
民がいない国の王に責任なぞあるのかねぇ。
どこかブライはそれに縛られているような気がした。
「相談して、アドバイスの一つでもしてくれと言っているんだよ? いつ僕が指針を破壊してくれと言ったさ」
「別にいいだろ? どっちみち指針になり得ないモノだったんだから。それに、俺はお前と友人にはなりたいが先生になんてなんかなりたかないね。もっと気楽に話したい」
「だからって逆のことするこたないだろ。嫌われるよ?」
「そりゃ結構。傲慢じゃなくて助かった。こちとら寝てるだけの怠惰だからな」
「ギャグのセンスを今度ルシファーに試してもらったらどうだい」
「報酬次第かな」
長命種ってのは何かに縛られやすいのかね。劇的には変わっていない。そんな言葉が俺に吐ける筈もない。だがブライは穏やかに笑った。少しでも楽になったなら良いんだが。
説教をするなんて柄じゃあない。俺はただの若造で、いつだって叱られる側だ。だが彼の肩の力が少しでも抜けたのならば俺は良かったと思う。
現に抜けていそうだ。
そう、それなんだよ。ブライ。
脱力して生きなきゃ。そうすれば技の練度は上がるし、効率も上がる。
そうすれば睡眠時間が増える。力が抜ければ安眠できるし、悪夢も見にくい。
きっと生き急いでいるんだろう俺が言えた事じゃないが、眉間に皴を寄せないほうが良いに決まっているのだ。
「ああ、空が、町が見たくなった。僕は今から屋根に上ろうと思うんだが、君も来るかい?」
「おいおい、お前は吸血鬼なんだろう? 太陽ってのは毒なんじゃねぇのか」
「大丈夫、僕の命を奪うほどの太陽光を当てるならどっちみち発火するほどの光じゃないと」
「なら遠慮なく」
俺たちは階段を上り地下から出た。
ブライが窓を開けて外に体を乗り出すと蝙蝠のような翼を背中から出して、こちらに腕を伸ばした。
その翼どっから出てきたよ。その翼が入るようなスペースないだろうに。
その手を拒む理由は何処にもなかった。俺はその手を掴んだ。
「いい景色だと思わないか。青空、そして人々の活気。こう思うのは僕が決して持ちえないものを人間が持っているからなのかね」
「究極の個が多の美しさを見ているって?」
「だからだよ。たった一人になった僕だから見えるものもあるかもしれないよ」
「そうかい。んで? これからお前はどうやって生きていくんだ?」
「なーんにも。何にも決めてない」
「そーかい」
青空は地球と変わらず美しかった。ぞっとするほどに果ての果てまで続く青い空へゆっくりと雲は流れている。
そして目を落とすと、町の中を人々が動いているのが見えた。
遠く、とてもとても小さいものだ。だが、たとえ小さくとも動きや街の雰囲気から活気というものがわかる。
活気があり、笑顔がある街というのは良い街だ。
この国で一番大きな建物の一番上で俺らはそれを眺めていた。
ブライ
大罪人の一人。
吸血鬼の王として産まれた故に最初から超越者として生き、誰一人として同等の存在とすら思えなかった。
夥しい量の生命を喰らっておきながら、未だに生の実感を持っていない様はまさに傲慢。
王座に座れど君臨せず。彼は王足りえない。




