17話 進歩と告白
ふと気が付くと俺の身体が堅い土の上ではなく、柔らかいベッドの上にあった。
ペネトの授業を終えて……あぁ、そうか。そう言えば俺は倒れたのだった。誰かが運んでくれたのだろう。
そして眠りかから覚めたけれどもぼんやりと残っている残響のような眠気に浸っていると横から話しかけられた。横に人がいるのに気が付かなかったらしい。
「起きたかい? いやぁ話には聞いていたけれど、実際に見てみると驚きだよ。君の体質」
眠たかったせいか、肩をびくりと弾ませる。
いつもなら、寝ていても生き物が近づいて来たらわかるモノなのだが。
「ん……あぁ、ブライか。気が付かなかった。驚かさないでくれよ。俺のちっちゃな心臓が止まるかと思った。おはよう。記憶が少しぼやけてるんだが、結局何があったんだ?」
「少し意趣返しのようなものさ。ちょっと頑張って気配を消してみた。……勿論? 君を起こさないように静かにしていたのというのが主な理由だけどね。ペネトの授業を受けた後に、魔力酔いでぶっ倒れたって聞いたよ。彼女が言うにはあまりにも使いなれてないせいだとか」
そういえば……そうだったか。魔力を認識した途端に気分が悪くなったんだった。思い返すと内臓がひっくり返りそうな気分だった。
それにしても怠惰の魔力も魔力だろうに、何故今回だけこんなにも気分が悪くなったんだろう。
そう疑問に思っているとブライが俺に説明してくれた。
「随分と納得がいっていないような顔をしているね」
「大罪の魔力も魔力だろう? 怠惰の魔法は使ったことがあったんだ」
「そうだね。でも普通の魔力と大罪の魔力じゃちょっと感覚が違うんだよね。いや、詳しくどう違うかと言われると困るから悪魔の二人に聞いた方が良いと思うけど」
「魔力酔いねぇ。ペネトの魔力を使って、認識しただけだってのにえらい目に合ったよ」
「よっぽど使ってなかったんだね? 歩いたことのない幼子が急にランニングをしようとしたようなものさ。そりゃキツイ」
「ふぅん。そういうもんか」
あの時感じていた感覚は残っている。コレが魔力、というものなのだろう。
俺の周りには少しではあるものの何かがあるように感じる。
きっと俺の魔力というやつなのだろう。
「魔力の感覚は残っているかい?」
「ああ。これがこの世界の人間の感覚なんだな」
「新鮮かい?」
「なんつーか自分の身体じゃない所まで感覚が広がってて気持ち悪い」
そう言うとブライはカラカラと笑った。
そしてふと思ったことなのだが、俺の部屋に常駐するのは彼の眷属ではなかったか?
疑問に思った俺は質問をしてみると、小さなたくらみがばれた子供のような笑みで説明をしてくれた。
「話を聞いて、君に興味がわいてね。君を観察してみたいと思って来てみたら……君が起きたという訳だ。別に毎日見に来ていたわけじゃないんだけど」
「観察するのは良いが、ちゃんと見えるところにいてくれよ。隠れてると……その、斬りたくなる。勿論斬らない用にはするんだが、びっくりした瞬間に手が動いちゃうって事もあるだろう?」
「うーん……警戒が強いってのは良いことだと思うけどあんまり物騒なのもどうかと思うよ? あとびっくりしても僕の眷属斬らないでよ、君の部屋にずっと置いておくんだから」
しょうがないだろそういう教育されたんだから。日本にいた頃は手の届く範囲に武器が無かったから良かったけど、今の俺にはちょっと手を伸ばしたところに剣があるんだから。
何なら昔気を抜いた瞬間に木刀が飛んできたんだぞ。
朝には敬意をもって先生って言ってたのに夜にはクソ爺呼びだ。
「今日の授業はどうするんだい?」
「うぅん、魔法も上手く使えないのにダンに教えを乞うのも気が引けるな。今日はペネトの課題を達成するのに集中しようかな」
「了解。地下への道は案内した方が良いかな」
「そうしてもらうと助かるよ」
流石に一回で道は覚えてないな。
この部屋で魔法の練習をするわけにもいかないだろう。
炎は論外であるし、水を使うにもベッドが濡れたら不快で安眠できるか心配だ。
俺の人生のほとんどは睡眠だ。それが損なわれるなんて背筋が凍る。
おとなしく地下へ行って練習することにしようか。
「それで、課題を終わらせる目途はついているのかい」
「わからん。俺は魔力というものをはっきりと認識して試す間もなく気絶したんだ。とりあえずやってみない事にはどうなってるかすら分からねぇ」
地下について体を伸ばしていると、ブライにそう言われた。
だが俺には目途というものはない。大罪の魔力を使わない純然たる魔法を使ったのも、あの時の花火にもならないしょぼくれた火花だけだ。
まず俺には経験が欠けている。経験なくして疑問は発生しえない。計算をしたことが無い人間にどうやって勉強すればよいかと聞いているようなものだ。
とりあえず使ってみること。俺の方針はソレだ。
時間制限というものはない。無いだけで事態は進み続けているのだが、どうしようもない。それならば何があったとしても何かが出来るように力をつける。
「とりあえずこの前失敗した火を試してみることにするよ。参考までに聞きたいんだが、ブライは魔法を使うときにトリガーにしていることなんかはないのか?」
「トリガー……僕はペネトやダンみたいに魔術や魔法を使って戦ってるわけじゃないからなぁ。多分僕自身気付いてない癖はあるんだろうけど、意識的に何かしているという事は無いね。傲慢魔法や、眷属たちを使う戦法、しかも吸血鬼の体は人間たちに比べて力が強い僕はどうにもそちらの戦い方に慣れてしまっているから。それこそペネトやダンに聞いてみなよ」
「んー今度聞いてみるか。ブライも専門家ってわけじゃねぇんだったな」
「一応学んではいるけどね。ほら、それに僕は人型になっているだけでどうとでもなれるから。自由度が必要なのさ」
「さすが人外だな。俺みたいな異世界人みたいに常識が通じねぇ」
「それほどでもないよ」
少しばかり言い過ぎたかと思ったが乗ってきてくれて助かったぜ。
俺の交友関係は極めて狭い。何なら学校で話していた人間は立夏と零摩くらいしかいないくらいだ。
仲良くしようと喋るのはとても難しい。コミュニケーション初心者だからな。
トリガーの話になっていたが俺はこの前でも使った指を鳴らすのが自然に頭に浮かんだ。
もう一つ両手を合わせて音を鳴らすのも考えたのだが、どうにも隙が大きすぎる。両手が空いている事を前提としているし、動作がいちいち大きいから却下だ。
この前と同じように火の玉をイメージして指を鳴らす。
音を鳴らすと空中に何も燃えるものがないのにもかかわらず火が浮かんだ。それは火球というものではなく、日本でいう鬼火を連想させるものだ。
今回は成功したというのを示すように揺らめいて元気よく燃えている。指の先は熱いというよりも温かいに近かった。けれど指先の魔力が無くなれば火傷するだろう。
「成功……か?」
「ふむ。サイガ、消せるかな? もちろん掴んで消したりしては駄目だよ」
「やってみる」
指先の炎はゆったりと燃えている。消す、となると今やったように指を鳴らす事は出来ない。指を鳴らそうにも指先に火があるのだから。指先から火を分離させて、鬼火のように浮かせることが出来たのならそれも出来るのだろうが、火を浮かすようなイメージをすることはまだ出来なかった。
どうしたものかと考える。ガスコンロの火を消すような、スイッチのようなイメージが脳内で出来上がった。
かちりと脳内で存在しない音が鳴った時、ふっと指先の火が消えた。
「これ、成功でいいのか?」
「良いと思うよ。初歩的な魔法だけど出来ていたと思うよ」
「そっかぁ」
ふむ……困ったな。今日の予定はこれで終わるはずだったのだが、早くに終わってしまった。
そうだ。出来るだけではなく少し考察もしておこうか。
何故魔法が使えなかったか、で。
「魔力を認識しているのとしていないのでここまで違うんだな」
「そうだね。咄嗟に持ってよく形状もわかっていない棒を振るのと、形状のわかっている棒を振るのとじゃ全く違うだろ? 明確に使う意思がないと濁るんじゃないかな」
「参考までに聞きたいんだが、認識してない時の俺の魔力ってどうなってた?」
「そうだねぇ……薄い感じかな」
「なるほど、ありがとう。参考になった」
もしかして認識するのとしないのでは魔力量が変わる?
いや、出力が違うってのが正しいのかもな。認識しなければ肉体に対しての必要最低限しか出力されていないとすると、認識することで魔法を満足に使うほどの魔力が出力されるのかもしれない。
魔力というのは今魔法を使った通り、人の認識を現象にする。
なら出力さえも人の認識に左右されていると考えると……うむ。分からん。
これ以上は考えたとしても答えが出ない気がする。今出せる仮説はこんなところか。
これに勿論確証はない。恐らく魔術者であるペネトからしたらつっこみ所が多いかもしれない。
だがこれを考えるのが大事なのだ。たとえ間違っていようと、考えることはきっと良いことだ。
「だが、課題を終えてしまったな。まだ眠気的に言えばまだまだ夜には程遠いし、独学でやるのも変に癖が付いちまいそうだしなぁ。今から二人に教えを乞うってのも抵抗がある」
「なら僕と少し話をしないか?」
その言葉に驚きながらも、ほんの少し考える。
だが別に俺に用事もない。やりたい事と言えば座禅がしたいという事と剣の復習くらいか。
座禅も爺に教えられていた時を思い出すためにやろうとしているだけで、急を要する事でもない。
つまり、この提案を断る理由はないという事だ。
「あぁ、構わないが」
「僕の出自を君に話してみたくなった。こんな話をまだ知り合ったばかりの君に話すのに疑問に思うかもしれないが、君がこの話を聞いてどんな事を思うのか気になったんだ」
てっきり世間話かと思ったが、そうではないらしい。
思ったよりも硬い声色に驚かながら顔を向けると、真剣なまなざしをしたブライと目があう。
「初めに聞いておこうか。サイガ、君は吸血鬼という生き物についてどういう知識を持っているかな」
「吸血鬼に対しての知識か。そう聞かれると困るな。そうだなぁ。人の血を吸うだとかそういう話か?」
「ああ。そういう認識で間違いないよ」
吸血鬼、か。
ヴァンパイア、ドラキュラ、だとかいろいろな呼び方があったな。
地球じゃ物語で書かれたのが初出だったか。詳しくは知らないし読んだことはないが、ヴラド公がモデルの小説だったはずだ。
俺が知っている知識は友人二人に見せられた創作の知識でしかない。
たとえば招かれなければ室内に入れない、だとか。にんにくや十字架に弱いことだとか。木の杭で心臓を付けば死ぬことだとか。あとは日光で死ぬ。
「死なない。俺の住んでた地域じゃ吸った命の分だけ殺さなきゃ死なないなんてものがあったな」
「面白いね。世界が違うというのに、実に合っている」
「へぇ、不思議なもんだな」
「僕たち吸血鬼は血から命を吸う。吸えば吸うほど生命力を摂りこみ、それが僕たちの生きる糧となる。その人一人分の命は僕の体を致命的に破壊せしめるほどのものじゃなければ消費されない。勿論、それ以外にも殺す術はあれど、ね」
ただの吸血鬼ならば。
だが、それで終わらないからブライは俺に話を持ちかけたのだろう。
「それで? 君はそれだけじゃないんだろ? この話をしたって事はさ」
「ご名答。けれどその話をする前に吸血鬼という生き物が僕という一個体を残して絶滅した時の話をしようか」
まーたコイツは急に重要そうな情報を出して。
そんなに俺に情報を与えたら疲れて早くに寝ちまうよ。別に何かするってことも無いし、良いけどよ。
今日という時間はコイツのお悩み相談に費やしてやるとしよう。
「まず吸血鬼は人間に負けた。吸血鬼全てが死んだわけじゃないけど、人間を食べ物としている吸血鬼は人から逃げるように生きなければならなくなってしまった」
「待てこら。まずも何も急すぎんだよ。何がどうしてそうなった」
「しょうがないだろう? 残念ながらそれが事実で、経緯にさほど意味はない。この前転移してきた異世界人の影響で世界が滅んだ話をしただろう? その時吸血鬼は人間の急激に進歩した技術に勝つことが出来なかった。そうして吸血鬼はこの世の敗北者になったという事だ。哀れだねぇ、不死者の頂点だったのに」
そう言う彼の言葉に実感はなかった。
歴史の教科書を読み上げているような、何処か他人事な声だった。
「なんとなくそれは理解できたが、それで? 人類に負けた吸血鬼は何がどうなって滅んだんだよ。……言っててなんだが一応自分の種族だろうに少しも感傷は無いんだな」
「まぁ、そうだね? 先祖がどうなろうと関係ないからねぇ」
それにしても物語を語るかのように話すのは奇妙だよ。
人外故なのか。それとも他の要因があるのか。
それにしてもやはり技術が急激に進歩していたのか。
もしかしたらこの世界は歪んだ成長とはいえ地球の技術力を超えていたのかもしれない。
地球の技術で吸血鬼に勝つことが出来るかと言われると、議論の余地があるがブライは人から逃げるよう生きなければならないと言った。つまり最終的には戦いにすらならない状態になったという訳だ。
それが事実ならそれはそれはその時代、悍ましいことになったのではないか。そんな考えがよぎる。
強すぎる技術というのは惨劇を生む。猿が火を扱うのは進歩だが、猿が銃を巧みに扱うのは災厄だ。例え技術によって生まれる悲劇が裂けられないとしても、それはきっと少しずつ乗り越えていくものだ。それが未発展の処にぶち込まれたとするとゾッとする。
相対的に考えて、核融合をも越える技術と仮定するとそれは地球に送り込まれていたとしても戦火の種となっていたことだろう。それは恐らく、世界が滅ぶまでに。
「世界が滅んだとしても長命種である彼らの心の傷は消えることはない。彼らが心の奥底から恐怖したものとは何だと思う?」
「数の力?」
少し考えて俺はそう返した。
生き物の強さというものは何かと言われるとそう俺は返すと思う。
数は力だ。例え指先で潰すことが出来る命だろうと、数万と集まればそれは勝つ事の出来ない差を生み出す。
人間の強みと聞かれると他にも思いつく当てはあるものの、戦いでもろに出る怖さと言われるとそれではないかと思う。
確かに爺のような規格外の人間は産まれるものの、極端に稀な話だ。一人の英雄よりも数百の凡人こそが人の力と言って差し支えないだろう。
爺や一騎当千の英雄などで無ければ、人は囲まれて叩かれれば死ぬのだから。
「そう。数の力。だが僕たち吸血鬼はその性故に手を取り合う事は出来なかった。何故か、簡単さ。強かったからだ。手を取り合って生きるほど弱くなかった。他者を思い、他者と生きるなんて機能は僕らには備わっていなかったんだろうね。国を作れど崩壊した」
「子供とか、弱い時代も無いのか?」
「吸血鬼に生殖能力は無いんだ。吸血鬼になるには素質がある場合と吸血鬼から作られる場合がある。素質がある場合は一般的なアンデッドと同じさ。死んだ人間がそれを認めないことによって生まれる。吸血鬼が作る場合は配下として作られる。つまり吸血鬼によって他者とは横並びに生きる者じゃない」
「それで、数の力を得ることに失敗した吸血鬼はどうしたんだ?」
「逆に行ったのさ」
「逆?」
「究極の個を作った。幾千幾万の多を蹂躙して見せる個を」
その時直感にも近い思い付きが俺の脳内を走った。うっすらと感じていた彼という存在の違和感、それの正体。
つまり、目の前の男は。目の前の吸血鬼は。
「改めて自己紹介をしようか。名をブライ、種を吸血鬼喰らい。好き嫌いが無いことが取り柄の化け物さ」
吸血鬼という生き物全てを喰らった男なのだ。
King of Vanpire
吸血鬼たちが作り出した自らの天敵。
吸血鬼をも喰らうそれは全てを喰らい尽くし、たった一人の種として君臨した。
数千数万の命を内包した彼は、個であり種である。
塵の山が集まり、ついには星となった。




