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勇者はまた眠る  作者: KURA


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02話 拝啓奈落の底から

鼻歌が聞こえ、目が覚めた。うすぼんやりと目を開けながらそれを聞いている。

それは童謡や現代的な歌でもない、クラシックのような曲だ。

俺はその曲に聞き覚えがある。どこで聞いたか、学校の行事だったか。


その曲を聴きながら寝ようとして、はしゃいでいた二人にたたき起こされたのを確かに覚えている。

社会に取り残されなかったのは彼らのおかげでもあるだろうなぁ。


「誰だ?」


ふと現実という冷や水が俺の頭へ降りかかる。

思い出に浸っていたがここは現代社会ではない。俺は廃教会で眠っていたはずだ。

鼻歌の下手人を見つけようと飛び起きて辺りを見渡す。

すると吊るされているモニュメントの上で男が座っており、鼻歌を歌っている。

俺が体を起こして彼を見つめていると、T字から降りて一礼した。


「おはようございます。あぁ敵ではありません。だからそんなに睨まないで、ね」

「誰だ。此処に来たばかりでな、少し気が立ってるんだ。友好的な関係を築きたいなら名を名乗るのが道理だとは思わないか?」

「お初にお目にかかります。名をアバドン。貴方のファンですよ」


アバドン、悪魔か天使の名で聞いたことがある。

彼の眼は黒く白目が存在していない。

瞳孔のように一層黒いものが存在して、視線はわかる。

浅黒い肌に濡れたカラスのような髪を持つ彼を見て俺はある邪神を思い浮かべた。

存在していないはずの創作の、神話だが。


「一応聞いておくが俺が思っている奴じゃないだろうな」

「私とアレは違いますよ。スペクテイターというものなら同じようなものかもしれませんが」

「傍観者、あぁ……だからファンだと?」

「そのことについて取引をしに」


アバドンはそう言うと指を鳴らした。

すると目の前の空間にウィンドウのように画面が出現した。まぁ長々と何か書いていて、下の方にサインを書くような欄がある。

おい、なんかこいつだけ世界観が違くないか。


「私は貴方の物語を鑑賞したく。されど勝手に見るというのもあまりに乱暴でしょう。だからあなたの眼に私の魔法を施させていただきたいのです」

「利点は」

「私の魔法を施した目は魔眼になります。私の解説……つまりは俗に言う鑑定機能を提供しましょう。」

「随分と都合のいい取引と思わないか?」

「サブスクリプションというモノをご存じで?」

「あぁ、なるほど」


俺にとって利益が多いように思えてもアバドンにとっては釣り合いの取れている取引なのだろう。

富裕層の硬貨一枚と貧困層の硬貨一枚では価値が違う。情報という点ではまさに雲泥の差だ。

そう言われてしまうと否定が出来ないのだが……その、もう聞いてもいいのだろうか。

もうごちゃごちゃと言葉を並べるのも面倒になってきた。


「んで、もう聞いてもいいか」

「何でしょう」

「何でお前俺の世界の情報知ってんの」


彼は何も言わない。俺の眼を見て、ただにやにやしている。

その姿は確かに悪魔や邪神というのもうなずける姿であるといえよう。

悪辣な存在と言われても納得できる。


「物語で序盤に思わせぶりなことを言って、その後ほぼ登場しない胡散臭いキャラクターっていますよね」

「あぁ、読み返してたらそういえば序盤で登場してたのにびっくりする奴ね」

「そうそうそれ。雑な伏線といっちゃ失礼かもしれないですが便利ですよね」

「よくわからない存在は興味を惹くからな」


そう一つの話題によって俺らは笑いあう。

ははは、ははは、と。


「で、お前がソレだって?」

「少なくとも鑑賞している劇に出演する趣味はありませんね」

「得体のしれねぇ奴から物は貰っちゃいけませんってのが育ててもらった爺の教えでね」

「ただの裏方です。裏にいるからいろいろ知っているだけで」

「……いいだろう。契約しようか」


納得したわけではない。だが嘘も無いと思った。

ただそれだけだった。

それに、異世界という未知しかない世界では情報は持っておきたかった。


「感謝します」


アバドンは俺の右目に向けて手を伸ばした。

生理的反射から目を閉じそうになるが反射に逆らい目を開く。

ずると彼の指先から黒が漏れ出した。

それが俺の右目の視界いっぱいに広がり覆う。

そして次に右目が光を感じる時にはもうアバドンは手をひっこめていた。


「終わったか?」

「そうですねぇ、あのT字を注視してみてください。何か不具合でも無ければ私の解説が見れるはずです」


この教会で一番輝く鉄のT字のことを見つめる。

すると奇妙な感覚を得ているのに気が付いた。

例えるならばパソコンのファイルに近い。手を伸ばせばすぐに何かを知見することが出来そうな不思議な感覚。見ているだけなのにそこに引き出しがあるような。

そしてその情報を見ようと意識をすると俺の視界にウィンドウのように画面が出てきた。

それには文章が書かれている。

試しに右目をつむってみるとそのウィンドウは暗闇の中に浮いている。

右目に焼き付いてるに近いのかコレ。


「これって傍から見たらどうなってんの?」

「外部には見えません。情報は見えました?」

「今読む」


空中に浮いている文字を読んでいく。

全く新しい情報に此処が異世界である事に少しずつ実感が付いてきた。


「これ……お前主観入ってねぇか?」

「恥ずかしながら私も感情を持っております故に。少しばかり私情が入ってしまうのも仕方が無いかと」

「だろうな。何処か嘲笑を感じる説明だと思ったよ」

「ほんのスパイスですよ」


平等教、か。

この情報はコイツの言う物語を面白くするのか、それとも知ったところで何も変わらないのか。

俺の読んだ本じゃ勇者ってのは宗教にかかわるというのは定石だが……あいつらが面倒に巻き込まれてないといいんだが。


ま、少しばかりコイツの嘲笑がちらつくとはいえ鑑定ってのはラノベじゃよく見るスキルだからありがたくもらっておこう。

どうもこいつは有名な邪神と同じような感じがして信用ならないが。


「では良い物語が見れることを期待しておきますよ」

「劇的な人生なんざ望んでねぇ」

「あら、それはご愁傷様としか言いようがありません。貴方の運命はとても奇特なものです。私の目が留まるほどに、ね」


そう言うと彼は指を鳴らし後ろに倒れこんだ。

背中を打つ、ということもなく後ろがまるで崖のように落ちていく。

思わず身を乗り出し落ちていった場所を見るとそこにはぽっかりと穴が開いていた。

丸く、底を窺い知ることが出来ない深い穴が。

そしてその穴から俺は何故か身の毛がよだつほどの恐怖を感じた。

直感的にこの先にあるものは暗闇などという生易しいものではないことを知った。

これはきっと死なのだ。そう本能が叫んでいる。


「奈落……そういえばアバドンつったら奈落の王とか言われている奴だったか」


中二病全開である友人二人に見せられたwikiにそう書いてあったことを思い出す。

上手く内容は覚えていないが、彼こそがその奈落の王であるのだと思い知った。


すると俺の目の前に空いていた穴は小さくなっていき、ついには無くなってしまった。

……序盤に出てくる胡散臭いキャラクターか。

お前は裏ボス枠だろうが。


そして雨音が轟と鳴る。

今の今まで雨粒が一粒たりとも落ちる音などしていなかったのに。

そして目の前に静止している一粒の雨粒がゆっくりと落ちるのを見ていた。

























平等教のモニュメント


信仰の象徴として作られた鉄のモニュメント。

このT字を象徴としている宗教は平等教。モチーフとなっているのは平等教が掲げる神を表す傾くことのない天秤である。平等教は停滞、平等を至上とする。


だが、廃教会にただ一つ輝くモニュメントは末路を示しているのだろうか。

変わる事のない平衡に価値などないというのに。

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