15話 二人の魔術師
「剣士のダン。教師って柄じゃないんだが上司ってのには逆らえないもんでね。よろしく」
男は至極面倒だという様子でそう言った。
両手とも肘から先に簡易的な防具を付けている。
「魔術師って名乗ればいいのにねぇ。ここは魔術の国だよ? 僕はペネト。魔術を教えてほしいって言われてきたよ」
「俺の本業はあくまで剣士だ。まぁ……なんだ、魔術と剣を融合させた戦い方を教えてほしいなら言ってくれ。後は……剣を持ってるってことはお前も剣を使うんだろ? 手入れ位なら教えてやるよ」
「才賀だ。知識の無さは折り紙付きだ。世話になるよ」
ペネトと名乗った女性は小柄ながらも身長の七割ほどの杖を持っており、魔術師と言われると納得させられるような恰好をしている。
魔術と剣……地球のゲームで言う魔法剣士みたいなものだろうか。
俺の師匠、つまり爺は刀を使っていた。だから俺の戦い方はそちらに寄っている。詳しく言うならある程度のことは教えてもらいはしたのだが、短くない時間が経っている。短い時間ですら手はすぐに忘れてしまう。久しく剣を握っていなかった俺は特にだろう。
現に俺の剣は、記憶にある一撃よりも劣っているような気がするのだ。
魔術というものを俺は知らない。まずそもそも魔法というものもあまり知らない。
怠惰の魔力を使った怠惰魔法を使っていることもあり、存在は知っているが魔法とは何ぞやと言われてしまうと何も言えないのが現状だった。それに怠惰魔法は大罪の魔法の中でも戦いに向いていない魔法だ。
それこそ普通の魔術師や戦士ならば容易く戦う事も出来るのだろうが、俺の敵は平等教だ。
慈悲という力を持った枢機卿クンシラ。彼女を俺は倒すことが出来なかった。負けちゃいないが。
そして重要なことは彼女が枢機卿だという事だ。
教皇ではない。つまりトップではないし、更には複数存在する可能性があるという事だ。
そしてそれは事実存在しているのだろう。アレと同じレベルの敵と複数戦って生き残れるかと言われると流石に否だった。
楽観視はしない。この問題には友二人の命がかかっているのだ。
タイムリミットがどれだかあるかはわからないが、力はどれだけあっても足りることはない。
「魔術というのにとても興味がある。敬称は……どうしたらいい?」
「面倒だ。俺ぁいい。さんだの先生だの呼ばれたら気ぃ抜いたら殴っちまいそうになる」
「授業中に先生って呼んでくれるならプライベートはなんでもいいよ。僕もそんな堅苦しいものは好きじゃない」
「ダンの言う魔術と剣の融合というのは興味があるけれど……まず俺は魔術というものをそもそも知らないからなぁ。ペネトにも世話になる事だろう。それで……授業の日程はどうしようか。俺は体質柄毎日授業を受けるというのは難しいんだが」
「あ、その話は僕が解決しよう。僕の眷属を部屋に置いておくからその眷属に言ってくれれば僕が動く」
「いいのか?」
ブライの眷属……吸血鬼の眷属と言われると蝙蝠を思い浮かべるがどうなのだろうか。
眷属に話せばブライに通じるのだろう。
確かに魔力的につながっていると考えるのならば、確かにうなずける。
「暇なのさ。それに眷属を置いておくこと自体は疲れるようなことでもないし、二人に連絡するくらいならすぐできるからね」
「二人はそれでいいのか?」
「俺は仕事がなけりゃ動けるよ。どうせ暇だからな」
「僕も特に忙しくなるような予定もないかな。僕とダンが同時に忙しい状況なんて限られてるだろうし、大丈夫だろう」
ダンは教師というのが柄じゃないと言っていた為に、予定に空きがあるというのはわかるのだが、ペネトは教師をするので忙しくなったりしないのだろうか。
それに俺の体質から不定期になるという事は避けられない。
言っていてなんだが迷惑だな。我ながら面倒な生徒だろう。
ペネトに普段忙しくないのだろうかと聞くと笑いながらブライに肩を叩かれた。
「彼女ね、教えるのは上手いんだけど見込みのある生徒以外は断っちゃうんだ。それに彼女の授業自体も次の授業を受けるに足ると彼女自身が判断しない限り行われないから元々不定期なんだよね」
「それは……学校として良いのか?」
「他の教師が教えられることは他の教師が教えるさ。僕は僕が教えられないような授業しかしない。それに吸収してから次に行かないと。じゃないと意味がないだろう? それに質問は受け付けているんだ。文句は言わせないさ」
「そういうものかぁ。大丈夫かな。世間知らずというか、そもそも俺この世界の人間じゃないから知識の無さは自信があるぞ」
そう言うと空気が一瞬凍ったように感じた。
ふむ、言うべきことではないことを言ってしまったようだ。
「異世界人……それあんまり他言しない方が良いと思うよ。僕はそういうものを忌避するタイプじゃないけど、要らぬトラブルを招きそうだ」
「何かあったのは俺らの世代じゃないし、この国じゃ特に少ない。だが異世界人ってのはこの世界じゃあんまり良く見られねぇ」
こっわ、一瞬ペネトの眼がすっと細められこちらを見ていた。
だがすぐに戻ったため彼女も別に悪感情はないのだろう。どちらかというと見定める眼差しだったような気がする。
けれど良く見られないというのはなんだのだろう。
確かにベルフェゴール以外でこの事を言ったのは初めてだが。
「まぁ……その……何があったんだ?」
「知らん。興味も無いし、大昔の事だ」
「そうか……そりゃそうか、二人もあんまり知らないよな」
「僕は調べている方だとは思うけどね。一応召喚魔術について調べる時に通る道だからさ。世界を跨ぐ召喚魔術は禁忌とされているんだけど、その理由がソレらしいんだ。ま、歴史は知らない。魔術に関係ないから興味ないんだ」
「長命種である僕が説明をしよう。長く生きているだけあって少しは知っているからね。この世界は召喚魔術によって訪れた異世界人によって一度世界が滅んでいる。生き残った生き物たちや彼らに教えられた世代は異世界人に良い印象がない。それどころか存在しちゃいけないとすら思っている人もいるんじゃないかな。長命種くらいしか詳しく知ってる人はいないほどに、大昔の話さ」
「ふぅん、面白いね。ブライが吸血鬼なのは知ってたけど大昔の話を聞かされると再確認するね」
「歴史、か。ま、これからは軽々しく口にしないようにするよ」
異世界人の訪れによる世界の終末……もしかしなくてもこれ来たの俺らの世界じゃないな?
考えたのは技術が持ち込まれたってのなんだが地球人が来て世界が終わるほどの技術と言われると核兵器のような大規模兵器だろうか。だがそれは数人が召喚されて作り出せるようなものじゃない。
ましてや何の施設もないこの世界でできるというものでもない。俺らの世界の人間でこの世界を破滅に導ける人間なんてほんの一握りにすぎないだろう。それにそういう滅びは跡が出る。
ならば俺が来た地球よりも発展した世界から来た生物か?
俺に未来を予知できるほどの知識はない。
だがSFで見るような未来の技術であるのならば世界が滅んでしまうほどの歪んだ技術発展が予想できるのではないか?
そう予想してみているが、確かめる気はさらさら無かった。きっとベルフェゴールやルシファーに聞けば分かる事なのかもしれないが、昔の話を聞くほど俺は興味を持てていなかった。
ま、それに全く関係ない化け物が召喚されたってのも否定できないんだがな。
「おい、サイガ。少し考えたが、今日はアイツに教えてもらえ。基礎が出来てなきゃ教えるもんも教えられねぇ。それにあいつは腐っても教師なだけあって上手い。お前がどれだけモノを知らなくとも理解させられるだろう」
「ペネトは良いのか?」
「ボケ頭の言葉には思う所も無くはないけれど……ま、いいでしょう。あの校長直々に頼まれた案件ってのも気になるところだしね」
「校長?」
「ルシファーと言えばわかりやすいかな。彼は国であり学園である此処のトップなんだ。校長からの依頼だからって別に優しくするつもりはないから、覚悟したまえよ?」
「安心してくれ。覚えは早い方って言われてるんだ」
早くないと俺は今頃クマに食われてるか山の土になっている所だったろう。
ただ、魔術を教えてもらうのは初めてだから不安もあるが……初めてのものに飛び込む時というものはそういうものだろうて。不安を乗り越えなきゃな。
「そりゃいい。ダンは? 見てく?」
「朝から獣の匂いがしてたんだ。ちと大きな獣がここら辺をうろついているらしい。見てくる」
それだけ言うと彼はすぐにここから走って去っていった。
獣の匂い、か。それこそ彼自身が獣みたいな嗅覚だなって言ったら怒られるかな、なんて暢気な事を考えていた。
「あいつのことは気にしないでいいよ。あいつは天才って言葉がかわいらしく感じるような男だから。いつもああなのさ」
「ダンは……周辺警備か何かをしに行ったのか?」
「彼は防衛が主さ。僕は教育。超越者の称号を貰った人間はこの国では何かの役職を持っている。暇だしね」
「仕事って事か。大変だなぁ」
何処かに所属するってのはそういう事だしなぁ。
学生の身だったとはいえ、理解はしていたが自分がそうなることが欠片も想像できなかった。地球の頃だってそうだ。学校には通っていたがその後自分が社会人になるとは思っていなかった。
「そうでもないよ? 超越者になるような人間は拘りがあるからね。僕が魔術に魅入られているように」
そう言うペネトの眼にどろっとした熱を見た。
馬が嘶くような、草木が身をよじらせるような、狂おしいそれに俺は超越者というルシファーの試練を突破した人間足りうる狂気を感じた。
「ブライにも何かそういう仕事っていうのはあるのか」
「あるにはあるよ。眷属を使った情報収集。といっても眷属たちが働いているから僕自身は入ってくる情報をたまにルシファーに整理して渡すくらいなんだけど」
「答えたくない質問だったら答えなくてもいいんだが、眷属ってのはどれくらいの数出せるんだ?」
「僕は結構長いこと生きているからねぇ。最大まで出すってのはしたことないけど……一部屋くらいは出せるんじゃないかなぁ」
「認識を確認したいんだが……眷属ってどういう生き物たちなんだ?」
「そうだねぇ。蝙蝠とか虫とかかな」
「すまん。聞いといてなんだがゾッとした」
ちょっと想像してゾッとしてしまった。
別に虫や蝙蝠といった生物たちが嫌いというわけではないが限度がある。
森や山でさんざん見た奴らだが一部屋にウゴウゴと詰まっているのを想像すると、流石に身の毛がよだった。
それにしてもその数の生き物が出せるというのはとてつもないな。小さな生き物がたくさんいるというのは厄介極まりない。
いるだけで脅威足りうるというのは恐ろしい。
「ペネトが授業するんだろう? 邪魔になってもあれだし僕はもう行くよ」
「おう。またな」
「うん……また」
少し驚いたような顔をされたがすぐに戻りブライはそのまま階段を上っていった。
おかしかっただろうか?
まぁいいや。
今度また会うことになるだろうし。しばらくはここに滞在するつもりではあるから、アイツとも仲良くなっていくだろう。
にしても……人外が多くいる方が友人が作りやすいってのはなんか複雑だ。
日本じゃあいつらぐらいしか話しかけてくる奴もいなかったし。
「さてサイガ君。君がこの世界のことで疑問に思っていることはあるかい? 常識のすり合わせは必要だろう」
「あー、それならスキルってのを教えてほしいです」
「スキルか。あれはいろいろな呼び方がある。ギフトだったり、異能力だったり。ま、大体は生まれつきに備わっている特殊な力のことだと思っていい。わかるかな?」
「なんとなく」
そのままスキルと思っていいのだろう。
だが、ここで浮上した疑問がある。
それはどうやって知るものなのだろうか。勿論俺はそういうものは無い……と思っている。だが知らない内に備わっている可能性はあるのだろうか。
「それってどうやって確認するんでしょう?」
「先天的に自覚してたり、反射的に使ってわかる人もいるね。そうだなぁ……例として僕のスキルを見せてあげよう。創造、石柱」
彼女はそう呟いた。
だがその言葉になんとなく違和感を感じた。上手く言い表せない。声の中に何かを感じたというか。
「勘違いしないでくれよ? コレは単なる魔術だ。そしてこの何の変哲もない石柱に僕がスキルを使うと」
ペネトがその石柱に手を当てると二メートルほどの長さに胎児の頭ほどの太さを持っていたそれがみるみると小さくなっていった。
なんつーか……ペイントツールで縮小使ったみたいだった。
「ほら、持ってみな」
「は、あッ……!?」
彼女から投げ渡された石柱はスマホほどの大きさでありながら重さがその大きさに見合っていなかった。
油断すると腕がちぎれそうな重さで、思わず変な声が出た。
元の大きさがアレだったとはいえ小さくなったソレを軽々と放られたものだからその驚きは凄かった。
というかコレを軽々持っていたペネトこそ何がどうなってるんだ。
「面白いだろう? 僕のスキルはモノを小さくするものなんだ。だけど重さは全く変わることが無い。まぁこんなスキルを持ってるもんだから、物を支える魔術は無意識レベルに出来るようになってしまった。使ってるようにすら見えなかったろう?」
「そりゃもう腕がちぎれそうになるくらいには。強度はどうなんですか?」
「変わらない。だからいろいろ便利なスキルなんだよね。愛用してるよ」
「恐ろしい。背筋が冷える」
「恐ろしくないと困るよ。超越者の称号は安くないんだぜ」
そういう彼女の眼は真っすぐでルシファーからもらった超越者という称号に誇りを持っているのだろう。
俺の手に乗っている石柱は重くそれでいて硬い。これを投げつけるだけで充分威力を持ってしまうだろう。
これを使うだけで色々なモノががらりと変わってしまいそうだ。
重い、という点を除けば、大きさを無視して高性能なものが作れるという事になってしまう。
「一つ気になったんですが、その物を支える魔術って具体的にはどういうのになるんですか」
「色々しているよ。魔術を使ってモノを浮かせたり、常に体を強化したり。筋肉に魔力が溶け込んで素の力も強くなるしね。この服もスキルを使った特別製なんだぜ? 僕の服を盗むとまぁまぁこの国じゃ罪が重くなるよ。まぁ、鎖帷子より重いから盗もうとした奴なんて見た事ないけど」
「はぁー、すごいですね」
なんかすごい語彙のない人みたいな返事をしてしまったがこれは本心だ。
恐らく彼女が来ている服も硬く重いものなのだろう。常人が来たら潰れてしまうような。そして大量の細工がしてあるのだろう。
スキル、そして魔術、魔法を使いこなす彼女に今の自分が勝てるのかと言われると予想が出来なかった。
勝てないとは言わない。だが恐らく長い時間考えなければ必殺とはいかないだろう。
果てしない対策と下準備をしなければならない。そしてそれをするとペネトも対策をし始めるだろう。つまり必ず勝てることはなさそうだ。なんならぼうっとしていると詰ませられそうな気配すらある。
だからこそルシファーから強くなれと用意されたこの環境に感謝を覚える。
もっと、もっと強くならなければ。我を通せるまでに。
「さてサイガ君。魔法の授業をしようじゃないか」
スキル
この世界における才能と呼ばれるモノの一つ。
努力によって為しえない事象がスキルでは容易に可能になる。
才能とは他者が容易に為せない事をするからこそ才能なのだ。




