14話 人も歩けば吸血鬼
目を覚ます。
鳥の声と朝日が睡眠の残り香を優しく散らしていく。
窓から聞こえる喧騒が地球じゃ日常茶飯事だったはずなのに酷く真新しく感じる。
そう、だったな。俺はもう教会で寝ていないんだった。
俺はガルさんにあてがわれた部屋に案内され、そのまま倒れ込むように眠りについていた。
ベッドは地球で使っていたものよりはレベルは落ち、寝心地は最高ではなかった。けれど長椅子で寝ていた教会と比べれば極楽と言っても過言ではない。それに地球では両親の遺産で最高級品の寝具を揃えたのだからそれも当たり前の事だった。
ふとベッドの横を見るとそこには剣が立てかけられている。それも比類なきまでの一品だ。少しばかり荒く使ったもんだから切れ味は少し落ちてはいるが。
あの爺さんが俺のために打った剣。
その剣を抜き放ち、空気に晒すと朝日にキラキラと反射した。
「手入れ……しねぇとな。血肉はぬぐった、がそれでも粗が目立っている。それこそあの爺さんの腕がいいだけに、な」
手入れは出来る。だが、それは長く使い続けるための手入れだ。鍛冶屋の最上の状態に戻す為の手入れじゃない。
俺に戦う術を叩き込んだ爺は剣を振るう側であって作る側の人間じゃなかったからな。
師が知らない事を弟子が修めるはずもなく。
剣の出来に惚れ惚れとしながらどう手入れをしたものかと思案していると、この部屋の扉のノブが回された。
「おっとっと、これは……ちょっと予想外」
ノブを回した人間はなかなか部屋に入ってこなかった。
ノックをしなかった等と年相応の抗議をしたいものだが早く扉を開けて部屋に入って来て貰わないと話すらできない。
「敵意はないんだよ。だから……その、警戒を解いてもらっても?」
「ん? ……あ、すまんな。癖なんだ」
今俺は扉が開かれた時死角になるように裏に潜み、剣を握り侵入者の首を一撃で刈り取れるように両手に力を入れていた。警戒と濁してもらったが明らかに殺意の滲んだ行動だった。気をつけないとな。
これは昔の癖だった。両親もいなかった俺の家に入ってからのは基本的に泥棒か誘拐だった。爺さんはいつの間にかいるから除外するとして。
だから俺は特に侵入者を無力化、または殺害するような術を爺さんから教えられていた。
あの爺から離れてからは特に意識もしていなかったし、なんなら立花と零摩という客人がよく出入りするようになってそう過敏に反応する事なんて無かったんだが。
「気が立ってんのかなぁ。いつもはしないんだぜ、信じてくれ」
「とりあえずその剣を納めてから言ってほしいなぁ。それに手つきが慣れ過ぎてたし」
「こっちだってゆっくり寝てる部屋にいきなり入られてんだ、少しは気持ちも分かるだろう」
「確かに、僕も少し顔が見たかったからと言っていきなり部屋に入るのは良くなかった。それに少しおかしい位が強者らしい、か」
そう言うと男は部屋に入ってきた。
剣を鞘に収めながらベッドに腰かけて、彼に向き直った。まじまじと見て直感的に思ったが、例え俺が部屋に入られた瞬間に斬りかかったとしても殺す事は出来なかっただろう。理由は分からないが、そんな妙な雰囲気を彼は持っていた。
「さて遅くなったけど自己紹介をしようか。僕はブライ。君と同じ大罪人さ」
「才賀。俺の事をやばい奴だと言うのならアンタも大概だと思うがな。知ってるかもしれないが、怠惰の大罪人だ。この前ここに来たばかりで何にも分からんのだ、新人いびりはよしてくれ」
「サイガ。なるほど。聞かない名だ。僕は傲慢、大罪人同士仲良くしようじゃないか」
「俺の目的の関係上仲良くしたいね、それに敵対する理由もない。そっちが勝手に敵対しない限りは」
「特にないよ。さっきも言ったけどルシファーから話を聞いて少し顔が見たかっただけなんだ。結果的に急に部屋に入ってきた訳だけど君に敵意はない」
「あ……そうだなぁ。一つ言う事があるなら出来ればアンタが何なのか教えてくれると妙な警戒をしなくて済むんだが」
「別に……隠しているという訳でもないから良いのだけれど……よくわかったね。同族のお友達でも?」
「得体の知れん師匠はいるが、アンタみたいなのは初めて見たよ。何で気付いたかって言われると困っちまうんだが」
生き物というのを観察するのは慣れていた。昔一度自力で帰ってこい等と言われて山に捨てられたことがあったのだが、あそこは命に満ち溢れていたからな。
現代を生きる学生だった俺には不要すぎる知識だがこんな役の立ち方をするとはな。
何度蹴り殺してやろうかと思った爺だがこんな時くらいには感謝してやってもいい。
目の前の男は日本人の俺から見ても真っ黒な髪に月のように輝く瞳。
それだけならば、なんだ異世界らしくて格好いいじゃないかで済ませる話であるのだが、彼の姿をどう見ても人間としてみることが出来ないのだ。これはベルフェゴールやルシファーにもあった。
人外特有のそれ単体にしては妙な圧迫感、それが彼にはあった。
人間らしい姿をしている彼らを、違和感をとっかかりによく見るとどうにも怪しい。だが確信には欠けていた。
要するに最後は勘なのだ。
あのクソ爺も言っていた。
最終的には勘が左右すると。勘とか言って目隠ししたまんまで俺の方を見つめてたのはビビったけど。
「吸血鬼。アンデッドの一種さ。知ってるかな」
「俺の知識と合致してるかは分からんが、知ってはいる。そうか、吸血鬼か」
特に驚きはなかった。ただ一つ思ったことは零摩が会ったら喜びそうだな。そういうキャラ好きだったから。
「なるほど、よろしく。ところで話は変わるがなんで俺のことを尋ねたんだ。親睦でも深めるかい? 残念ながら俺には趣味も好きな料理も無くてね。共通点探しは難航するぞ」
「そ……それだけかい? もっと、こう……あるだろう? 僕はアンデッドだぞ!?」
「いや別に……悪魔と会ったしなぁ。それに人間だアンデッドだの面倒だ。人間だろうとアンデッドだろうと敵なら倒すだけだ。敵じゃないならそれでいい」
そういうとブライは驚いたように俺を見ていた。
何か言えよ。
俺の事を襲うならそりゃ戦うが、やらないなら別にそれで良い。俺の安らかな眠りを邪魔しないなら。
ただ俺はゆっくり、心の底から安心して眠りたいだけなんだ。敵を作るつもりはない。
「面白い人だ。あぁそうだそうだ。要件だったね。ルシファーから言伝を預かっていてね。顔合わせした時にでも伝えてくれって。君に魔術の講師をつけたらしいよ。今なら……空いてるかな。彼らの事は僕も知ってるし紹介できるけど、どうする? 用事とかあるならそっち優先しても良いと思うけど、急ぎじゃないんだろうから」
「仕事が早くて何よりだよ。魔術についてはどっちみち教えを乞いたかった所なんだ。勿論ありがたく受けさせてもらおう。ブライが紹介してくれるってんなら大助かりだよ。俺ぁここらの常識ってのがよくわかんねぇから」
「お安い御用さ。ついてきてくれ。……常識が分からないって故郷は遠いのかい?」
「帰る気が失せるくらいには」
別に地球に未練が無いわけではないが、俺にとっては今日の寝床の確保の方がよっぽど大事に思えた。……まぁ、爺に対して思う事はないが、父さんと母さんの墓に最近いけていなかった事は少し思うところもあった。と言っても零摩や立夏に連れ出されなければ墓参りに行っていなかった親不孝な息子が言うのも変な話だが。
「確か……講師を頼まれてた二人の予定は空いていたはずだから顔合わせできなくもないけど眠気の程はどうだい?」
「そりゃ丁度いい。眠たいと顔なんて覚えてらんないからなぁ」
「訓練場があるから案内するよ。ついてきてくれ」
訓練場なんてものもあるのか。
納得はできるのだが、この国の主である、つまりこの城の主であるルシファーと会った後では少し違和感があった。訓練とは強くなるためにするものだ。だがルシファーが訓練をするというヴィジョンは少しも思い浮かばなかった。
とはいえ悪魔の中でもルシファーは人間の育成を特に任されている存在らしい。訓練場を使うというのは己を強くする為もあるが他者を強くする為という用途もある。そう思えば納得できた。
そして目の前の彼が強くなる為に作られたという側面が強いのではないか。
彼についていくとそのまま地下へと下って行った。地下にある訓練場というのも珍しい。
階段を下りながら彼に聞いてみるとこの訓練場はブライが使うために作られたらしい。日光が入らない地下が使われたのだろう。地下と言われると明かりが心配であるが、魔力というのは便利で、電気のように暗闇を照らしていた。その光っている天井には文様が描かれていて、何か俺の知らない技術があるのだろう。
彼は吸血鬼という長命の種族であり、その種族故に元々力を持っていると言っていた。だが最近は伸び悩んでいるとも言っていた。
そりゃそうだ。人はライオンに戦い方を教えられない。熊が鷹に教えることも。体の仕組みが違うからだ。
「その口ぶりだと人間の猛者はいるのか」
「この国にはルシファーが作った超越者という称号があってね。それは彼の試練に合格することで得るものだ。彼の作り出した物を破壊するだけの簡単な試練なんだけど、今その称号を持っている人間は二人だけって聞けばその難しさは分かるだろう? それに二人とも人外の僕が言うのも変だが化け物のような人間だよ。君も大罪人ならなんとなく分かるだろう」
「しっくりくるかは別として凄さはわかるさ。人間の研鑽というのはいつも驚かされる」
「まるで人間じゃないみたいな口ぶりだ。でも、そうだね。本当は僕たち大罪人がその先頭に立たなきゃいけないんだけど」
「別に立たなきゃいけない訳じゃねぇとは思うけどなぁ。望んだわけでもないし、コレを俺たちに与えた奴もそうして欲しいから与えた訳じゃないと思うぞ。俺がそう思ってるだけかも知らんが」
「驚いた。君本当に最近大罪人になったのかい?」
「思想の違いだろ。俺が凄い訳じゃねぇよ」
まぁ俺がそう思いたいだけかもしれねぇしな。任されたからとそれを責任に思って頑張るなんて俺は出来ない。そういう意味でもまさしく俺は怠惰なのだろうか。
それにしても超越者、か。
傲慢の悪魔、彼は特別そういう風に作られた存在だ。試練を課すために生まれた存在。
故にルシファーの作り出したものは硬いなんて言葉に表すことが出来ない超常のモノだろう。
地球の故事に矛盾というものがあるが、まさにその何物も通さない盾のようなものだろう。
それを貫くには道理を覆すような偉業を為さなければならない。
それこそ、奇跡のような。
「さて着いたよ。僕は教師を連れてくるからここで待っててくれたまえ」
「はいよ。軽くストレッチでもしておくよ」
階段を上るブライのことを見送りながら、俺は体を動かしながら辺りを見渡す。
何があるという訳でもないガランとした広い空間だった。地面は安定していて平面だ。体を動かすにはいい空間だろう。
天井も十分高く、ブーメランを思い切り投げてもぶつかって墜落してくることはないだろう。
体を伸ばしていくが本格的なストレッチなど日本にいた時もしてなかった為にどうにも不慣れだ。爺の家にいた時は体を動かしていたが、その場合体を慣らす間もなくぶっ叩かれる為にストレッチなど学校で少しするくらいしか経験が無かった。だが長く寝ていたせいか軽く体を伸ばすだけでも体がほぐれていくのを感じた。
そして剣を抜かずに一度、二度と構えてゆっくりと振ってみた。
得物が刀じゃねぇから慣れちゃいないが、慣れなきゃいかんのだ。
師匠は今何をしているのだろうか。失踪した俺を探しているだろうか。
いや、探しちゃいないだろう。数秒考えたがそう結論付けた。あの爺さんのことだ。生きるも死ぬも奴の人生だ、とでも言いながら茶でも啜っている事だろう。
それに育ててもらった恩はあるし、不本意なれど鍛えられた恩もある。迷惑を賭けたくないと思うのは子供心かもしれんが、泣きつくほどの歳でもない。
「少し、落ち着いたか。あの慈悲の女から話を聞いちまった時から焦ってたのかもしれないな」
クンシラの言葉がぐるぐる体の中を回っていたような気もする。
先ほどブライの訪問で過剰反応してしまったのもそのせいだったのかもしれない。
控えめに言っても俺は変人だ。それは地球にいた頃からそうだった。
そんな変人に話しかけ友人になってくれた二人。俺を外の世界に連れて行ってくれた二人。
その立夏と零摩が今危ないかもしれない。そう思うと燃えるような意思を体の中に感じた。
だが今俺が挑んだところで何もできはしない。ただ惨めに屍を晒すだけだろう。
勝てなければ、アイツらを救えない。
「弱い、な。強くなりたい」
力がなければ守れない。広い訓練場に俺の言葉は消えていった。
吸血鬼
血を媒体として生命力を吸うアンデッドの一種。
魔力よりもこそのエネルギーは吸血鬼を半永久的な命へと誘う。
たった一体で何百人もの生命力を宿すというのはそれだけで脅威なのだ。
だが幾ら集まれど塵は塵。




