12話 序章の終わり
がたがたという振動、そして木の板がガツガツと体に当たる不快感で目が覚めた。
瞼を開けると布が目に入った。どうやら俺は袋の中に入れられているようだ。
「なんだこれ」
「おっと、起きた? 待って、今出すから」
ベルフェゴールの声が聞こえて動かず待っていると、足の方から引っ張られて袋から出された。
光で目がくらむ。
「ぐっ……人さらいにでもさらわれたのかと思ったよ」
「馬車は揺れるからね。許してくれ」
「ギルドマスターは?」
「御者をしてる」
二人の姿を確認できていなかったから、どうやら無事であったようで安心した。
帰ってくる前に俺は気絶してしまったから。
一つ……気がかりがあるのは、あのクンシラの事だった。首を刎ねて頭を貫いたが、出来れば死んだことを確認しておきたかった。流石に死んだと思いたい。
流石に……な?
「俺どんくらい寝てた?」
「丸二日。もうちょっと寝てたら目的地についてたから丁度良かった」
「それで……あの、シスター死んでたか」
「いなかった。少なくとも君の周りに死体は落ちていなかったよ」
「そうか。回収されたか、それとも蘇ったのか。どっちにしろ俺にとどめを刺していかなかったって事は、余裕も無かったという事か。……アレでも死なねぇのか」
「体を癒すにも魔力は使うからね。ま、退けられただけ良かったじゃない」
確かにそうだ。
だが俺の大切な友達二人はさらわれてしまっている。
俺はどうするべきなのだろうか。
「平等教を滅ぼしたい」
「また……大層なことを言い始めたね」
「いや、滅ぼしたいは言い過ぎたか。でも戦わなきゃならん。俺の友達がさらわれてんだ。助けに行きたい、今すぐにでも」
「調子に乗るなよ、君。枢機卿一人退けただけで満身創痍になる君が、どうやって平等教と戦うっていうんだい?」
ベルフェゴールの眼は真っすぐと、そして静かにこちらを見ていた。怒りも感じないのに圧倒されるような迫力を感じる。それは確かに彼女が悪魔だという説得力を感じさせるものだった。
猛禽類に睨まれたように俺の背中から汗がにじむ。
だがその程度で怯むことなどできない。
「それでも、やるんだ」
沈黙が馬車の中を支配した。馬が地面を蹴る音だけが遠くから聞こえる。
ベルフェゴールの真っ黒な瞳を見ていると、暗闇をのぞき込んでいるような気持ちになる。
彼女は汗一つ流していないが、俺の額から生ぬるい汗が一つ、じっとりと流れていく。
「やめやめ。冷静に言ってあげる。君じゃ友達を助ける事は出来ない。断言しよう。どれだけ君が技術を持っていようと、どれだけ君が化け物だろうと、七人もいる枢機卿と教皇を突破する事は出来ない」
「わかった。なら止めるだけの責任を示してくれ。無茶無謀だからと止まれるならこんな事言わないよ」
「今私たちが向かっている国は魔術の国マライド。ここの主はルシファー。魔術を会得し、ルシファーの協力を取り付けること。それが出来れば平等教から人を助け出すことも叶うかもしれない。私も数少ない顔見知りをむざむざ殺す趣味はないから」
「わかった。ベルフェゴール、君が言うなら、そうなんだろう」
確かに、確かに早く助けに行くことよりも、確実に助け出すことの方が大事だ。ぐうの音もでない。
だが理屈ではわかっていても感情はそうやすやすと飲み込めない。
叫ぶような怒りと走り出したくなるような焦燥感が胸の中に確かにあった。
だが……なぜだろう。確かに二人は大切な人だ。授業中どころか学校生活のほとんどを寝て過ごしている俺に声をかけ、外の世界に連れ出してくれた唯一のたった二人の友人だ。
けれどどこか、違和感があった。
カサブタを抉り、塩を塗り込まれたかのように痛いこの感覚は何なんだろう。
「でも……やっぱ簡単に飲み込めるもんじゃねぇな。ちょっと寝るわ。昼寝位なら流石の俺でもすぐに起こせるだろ。ちょっと頭冷やす為にも、おやすみ」
「あぁ、それが良いさ。おやすみサイガ」
そう言って俺は瞼を閉じた。
ドクドクと煩いこの心臓を落ち着かせる前に俺の意識は闇に溶けていった。
どうやら俺の体は俺でさえ知らないことが多いみたいだ。
死にかけて聞こえた謎の声、確実に死んだと思ったのに生き残れた謎の力。
そしてこの覚えのない心の痛み。
記憶というのは消えてしまったら認識することが出来ない。忘れてしまった事すら忘れてしまったのなら、もはや知る術はない。
日本で一日のほとんどを寝て過ごしていた俺はたとえ記憶に齟齬があったとしても気付くことはないだろう。
こんな時立夏や零摩がいれば話を聞くことが出来るのだが、肝心の二人はもはや何処にいるのかさえも分からない。
そしてこの世界に日本の俺を知っているものはもはや存在しない。
こんな時、爺に聞けば一発なんだろうが。両親が死んでからはあいつに育てられたんだし。
「着いたよ。サイガ」
そんなことを考えていたら声をかけられた。いつの間にか時間が経っていたらしい。
目を開ける。
ざわざわと外から活気のある声が聞こえる。恐らくもう国の中に入っているのだろう。
体を起こし外を見てみる。人通りが多い、そして……俺には読む事は出来ないが、文字が多い?
最初の国は店に文字もあったが、絵が多かった。だが、この国は絵と数種類の形式の文字がある。
識字率が高いという事を推測できるが、ここまで差が出る者なのだろうか。
「酷く驚いているね?」
「文字が、多いな。人も多いが」
「そりゃ此処は色んなところから人が来るからねぇ。といってもあの国は平等教と近かったせいで文字の普及も滞ってたんだろうし」
「ここはそうじゃないのか?」
「そりゃそうよ。言っただろう? あいつらと敵対してる私たち悪魔の一人、ルシファーが統治してる国なんだぜ?」
ギルドマスター
今は亡き国のギルドを任されていた男。
死線が見えるというスキルを持っている。
そのスキルによって生き残る事だけを得意としてきた男はまた生き残った。
長い人生の記憶は未だ彼の肩にへばりついているが、未だ死に損なっている。




