11話 死なずと死ねず
確実に俺は内臓を切り裂き背骨を断ったはずだった。
ごしゃりという上半身が落ちる音も聞こえたはずだった。
流れる血潮、湯気として失われていく体温、抜けていく力その全てを俺は見た。はずなのに。
「貴方に人殺しという罪を背負わせはしません」
「何を……はッ……!?」
俺が斬った筈の彼女の体は、二つに分かれていた筈のソレは元の一つに戻っていた。まるで全てが夢だったかのように。
皮膚が斬られ、流れ出る血によって汚された彼女の服でさえも例外ではなく、全てが戻っていた。
何も起こっていなかったように戻ってしまった。
衝撃が思考を止めた。言い表せないほどの衝撃、俺は呆然としていた。
それは隙だった。怪奇現象を目の前にした思考の硬直により俺の体の動きは止まってしまっていた。
「それではサイガさん。ごきげんよう」
痛みの線が体を通過していった。
バランスが崩れる、保とうとしても体が傾いていくことを止められない。
手を付こうとするがどうにも手が動かない。
下を向こうにも頭を動かせない。
そして俺は俺を見た。正確には俺の身体が目の前にあった。
その体はゆっくりと倒れているのだが、俺は重力に従うように落ちていく。
地面に到達し、視界の大部分が土に塗りつぶされた。
俺は砂を噛みながら、首をなくした自分の体がゆっくりと倒れていく様を見ていた。
酸素が少しずつ無くなっていくのを感じる。人間は首を斬られても少しの時間は意識を保っているらしい。そして俺はそれを今実感していた。
血が無くなっていくのを感じる。
幾ら息を吸おうとしても肺すらない俺は吸う事も出来ない。
地面の上で、水の中にいるように窒息していく中、ひっくり返ったようなキツイめまい、そして思考の鈍化が俺を包んでいく。
血も、酸素もなく、そして俺は身動ぎ一つすることすら出来ずにゆっくりと目を閉じる。
クンシラが何か言っているような気もするがその音を言葉に変換することも出来ずに俺は。
『死ぬのか』
首を斬れば人は死ぬ。
爺さんから何度も何度も教えられたことだろう。
『お前がその程度で死ねるとでも?』
俺は人間だ。
何を言っている?
『目をそらすな』
まず誰なんだお前は。
『また友達を見殺しにするのか』
なんだって?
『お前がそこで倒れれば、あの二人はどうなると思う。殺さず連れて帰ったんだ、碌な事にはならないだろう』
じゃあどうすりゃいい。
俺の体は動かない。怠惰の魔力でも首を斬られて回復できるほど万能じゃない。
もはや思考が回るほど酸素も血も残ってない。
死は覆せない。
『目をそらすな』
「才賀、生きて」
「死ね……ない」
瞼を開く。体はもはや俺と繋がっておらず、動くことはない。知るか、動け。
腕を動かして髪を掴み、頭をあるべきところへとくっつける。
魔力を使い接続させる。血管が繋がり、血流が復活した。
血液が足りない、魔力を血に変換する。脳の損傷を魔力で治す。
「貴方……何者?」
「奇遇だな。俺も、教えてほしいんだ」
なんだあの記憶、あの声。つーか俺は誰と話してたんだ。
こんな……こんなファンタジーは求めてないんだがなぁ。
なんか知らんが動けたし、治すことが出来た。きんもちわりぃ。よくわからん力で死なずに済んで、よくわからん力で治すことが出来た。
何もかもが分からない。何もかもが分からないが、今生きている事が紛れもない事実だった。
「お前は今混乱してるかもしれないが、残念ながら俺も混乱しててな。それに機嫌も良くないんだ」
「貴方は危険だ。あまりにも、未知数すぎる」
「遅いんだよ。一回スイッチ切れた奴に負けるほど耄碌してないんでな」
クンシラは確実に俺を殺したと思っていたのだろう。俺も確実に死んだと思っていた位だ。そんな人間が衝撃を受けながら戦闘態勢を取るのには時間がかかる。
人は人を攻撃するとき、一瞬間が空く。クンシラが俺の首を刎ねた時もそうだったのだ。俺もそうだし、クンシラもそうだ。
スイッチに近いものだ。それが切り替わる瞬間に殺す。
爺さんに教えられたことだ。戦闘せずに殺すのが最適だ。
今度は胴ではなく首を切った。
殺意が滲み出した瞬間、顔がボールのように弾んでいく。
血が舞い、鈍い音が鳴る。
「お前は頭を斬っても蘇りそうで怖いな……そうだ。あの剣を使うか」
職人の爺さんと初めて会ったときに貰った剣。
あの剣をどうしようと思っていたのだが、こいつの始末に使うとしよう。
「知ってるか? 俺の故郷には、ヴァンパイアってバケモンを殺すときには心臓に木の杭を刺すって話があるんだ。不死のモノを殺したいなら刺したままにしろって事なんだろう。でもお前にはもう……心臓がない。ま、いいだろう。頭も脳も、人体の急所って意味じゃあ同じだ」
剣を眼窩から突き刺し貫通させる。脳のねっとりとした感触が剣から伝わった。
そしてそのまま深く差してクンシラの頭を地面に縫い付ける。
「頼むから、もう蘇るな」
ちと血生臭いが、払えなかった剣の駄賃だ。爺、あんたの剣はコイツを殺したぞ。
さて、もうそろそろ二人も帰ってくるだろう。遠くの方から馬のような足音が聞こえる気がする。
そしたらどうするか。平等教がめでたく俺の敵になったわけだが。
「あ……? あ、やっべ……スイッチ切れて意識が」
どっと力が抜けていく。疲れが泥のように体の周りにへばりついている。
魔力を多めに使ったからか気力もわいてこない。俺はもはや重力にすら抗えない。
あーちょっとこれ、は……やば。
クンシラの頭
慈悲の枢機卿クンシラが首を落とされた姿。
死に瀕してもその顔が歪む事は無くただ、敵を見つめている。
まだ温かい。




