10話 執念
「爺」
武器屋に爺の姿はなかった。
机には爪でひっかいたような傷跡がある。そして爪が剝がれて血が出たような跡も。
その傷跡は文字に見えた。俺は文字が読めない。だがその意図を予想する事は出来る。
その最後の文字が垂れたように酷くゆがんでいる。
強く引っ張られるようにこの文字を書きながらここを離れたのだろう。
この状況を見るだけで異常な事象が起こったのだと直感することが出来る。
背筋が凍るような現場であるが俺は全く恐怖を感じなかった。
此処に帰って来ることはないと悟りながらもこの文字を残した爺さんへの敬意だけが俺には込み上がっていた。
辺りを見ても完成した剣が置いてある様子はない。けれどあの爺さんなら此処に間に合わなかったすまん、なんて文字が書かれることはないと俺は確信している。
そしてこの状況を見るに隠すような時間はなかっただろう。
いくつもの剣が無造作に刺さっている箱を見る。
夜の暗闇に星が輝くように、決して粗雑な品物と言えない剣の中にたった一つだけ。明らかな業物が刺さっている。
爺が作ってくれた剣は恐らくこの剣だろう。
あの偏屈な爺さんの事だ。何処かにあるから探してみろなんて言って見つけられないようなら売らないつもりだったのだろう。
あの文字には隠してあるとでも書いてあるのだろう。
「良い労働には報酬を支払わなきゃなんねーっていうのに。こんな事なら前払いしとくんだったぜ」
その剣に合うような鞘はすぐ隣に掛けてあった。
これは重さで斬る剣とは違い剣身が細かった。それこそ刀の様に。けれど両刃で、曲線を描いていない。
だが軽いというとそうではなく、ずっしりとした重さが手に伝わってきた。
そして持ち手に茨に絡みつかれた歯車の紋章が焼き描かれている。
「いい仕事だよ。こんちくしょうめ」
ご丁寧にベルトまで置いてあるそれを体に装着して俺は武器屋から出た。
まったく年取った連中は。婆でもないのに老婆心に目覚めないでほしいね。残された側はどうやってこの恩に報いればいいか分かんねぇよ。
「まったく、次の朝が心配で仕方ねぇ。このもやもや、どうしてくれようか」
あのシスターに聞きたいことが出来た。
「すまん、遅れたか」
「昼寝くらいしてくると思ったよ」
「もしも良い枕が落ちてたら怪しかったかもな」
俺が走って戻ると体についた深い傷から血を流している二人がいた。
対してあのシスターは二人ほど深い負傷はなく、軽傷といった所か。
「クッソ、悪魔だって言うから少しは楽が出来るかと思ったら……悪魔にも力の個体差ってあんのか」
「私はアイツらと違って戦闘用に作られてないんだっつーの。それで、逃げる……ようには見えないけど」
「俺……アイツに聞きたいことがある。逃げる手段を見つけてきてくれ」
「聞きたいことがあるって……あー、オーケー。ほらハゲ行くよ」
「一人残すってのか!?」
「いーのいーの。男が決めた事にぴーぴー言わない。ほらさっさと走る!」
ベルフェゴールは俺の言葉に驚いたように振り返るが、すぐに悟ったのか了承してくれた。
俺は今この行動を曲げる気はほんの少しもない。
クンシラは走るベルフェゴールとギルドマスターのことを斬ろうとするが、それを妨害するのが俺の仕事だ。
「起きろ、怠惰」
魔法の使い方は知っている。強制的に頭に叩き込まれたからだ。つまり知っているだけだ。
そして一回使ったことによって得られる経験なんてたかが知れている。
なんとなく、でしか感覚は得られていない。でもやるしかねぇし、無いよりマシだ。
クンシラの斬撃がこちらに届く前に剣を振る。
「あら? あらら? 何をしたのでしょう」
「疲れたんだろ。ちょっと立ち止まるくらい許してやれよ」
力というものがあるならば、それは存在していると言う事に他ならない。光であろうと何であろうと。例えそれが見えない斬撃だろうと。
それならば停滞させることが出来る。
消す事は出来ない。だが止まってしまえば、それに向かっていく馬鹿はいない。
そして慈悲の力は無限に飛んでいくわけではない。
見渡せるだけの範囲はあるだろうが、いつか消える。
つまりは効果時間、効果距離というものだ。
なら、地雷のように置かれることもない。
「これは何でもない、魔法ですらない大罪の魔力の性質を使っただけのもの。お前のソレも似たようなもんだろう?」
「いいでしょう。私、平等教枢機卿クンシラは、目の前の大罪人を敵と、斬り捨てられるべき進歩だと認めます」
「怠惰の権能保持者として、選ばれたものとして、國崎才賀。いざ参る」
剣を構え、彼女のことを見る。あぁ感覚が昔に戻ってきている。精神の先からビクビクと感じる害意が、冷水のように脳を冷静にさせてくれる。
斬り殺してやるよ。
彼女に向かい駆け出す。
だがすぐさま彼女は剣を振るった。
俺も、彼女も剣を持ち両者を殺そうと動いている。だが一つ違うのは剣の間合いだった。俺はこの剣身の分、彼女はほぼ無限に近いという事だ。
幾つもの不可視の一撃を勘と予測で頭の中で可視化させながら彼女との間合いを詰める。
斬撃を止め、無様に転がり避けながらも近付いていく。
「そういえば聞きたいことがあると仰っていましたね」
「何故、こんな事を。なんでこんな人を殺す」
「何故? ……知恵を持つというのは不幸な事です。知恵は感染してしまいます。だから、殺してさしあげているのですよ」
「それがお前の慈悲か」
とても話が通じるとは思えなかった。
それを止めるには彼女の価値観を変えるしかなく、そしてそれは無謀に近い事だと直感的に理解した。
そして彼女と戦っている時の違和感の正体が分かった。彼女には悪意がない。
本当に彼女は悪意も無く、善意で人を斬り殺しているのだ。
「えぇ。……あぁ、それともこの国に来た理由でしょうか? それなら異世界人に会いに来たんです。といっても、私は護衛だったので詳しくは知りませんが」
「なんだって?」
その言葉は聞き逃せない。驚きと共に一瞬だけ足が止まってしまった。転がりながら避けなければ真っ二つだったかもしれない。土に塗れながら、彼女の言葉の意味を考える。
彼女が俺に斬撃を放つことを止めた。
俺の反応が不思議だったようで首をかしげている。
「お知り合いでしたか? ……私達にバレないように城から出していないようでしたが」
「殺したのか」
「そう怖い顔をしないでください。教皇猊下と共に我が国へと向かっている所でしょう。それに貴方は今ここで死ぬのですから関係のない事です」
「ははっお前友達いないだろ」
「えぇいませんよ。全て、殺しましたから」
「そうかよ。気が楽になったよ。安心してお前に殺意を向けられる」
「全くあなたは大罪人らしい」
また横からきているという事を除けば雨のように飛んできていた斬撃を彼女が放ち始めた。
俺はその斬撃を避ける。そして斬り止めて、防ぐ。
だが斬撃が飛んでいたとしても結局それは一直線に飛ぶだけの代物。銃弾の方が速くて怖い。
斬撃という点ならば爺の踏み込みの方が速く、変幻自在で恐ろしい。
それだけならば対処は容易い。それに、彼女は訓練をしているという動きではなかった。
遂に彼女と俺との距離が剣一つ分に縮まった。軽い剣が迫る。細いそれに俺の剣が当たる。
防御不可能だからこそ、強度も鋭さも捨て速く振るためのその剣はあまりにも脆い。
折れた剣は小気味の良い音を鳴らして宙に舞った。
本当は首を切り落としたかったのだが、胴に刃が当たる。
彼女の皮膚を切り裂き肋骨を避け、内臓の柔らかさに背骨の硬さ。
骨に当たった剣を両手で押し、強引に骨を断ち切った。じっとりとした手ごたえが柄から手に伝わり、骨身に染みる。
クンシラは胸より少し下の処を一文字に切られ、その胴体を二つにさせた。人間は何の準備も無しに上半身と下半身が分離させられて生きていられるように出来ていない。出血も多量。つまり、致命傷だ。
血と共に彼女の上半身が地面に落ちる。下半身は冗談のように崩れ落ちた。
「さて、教皇とやらをどうやって殺すか」
俺の思考はもはや目の前の人であったものではなく、友人をどうやって救出するかへと移り変わっていた。
「あ……なたを殺人犯にさせは、しません……よ」
サイガの剣
その剣に付けられた名は無く、鍛冶屋の翁が作り出したオリジナルの剣。
体格や筋肉に合わせられたそれは業物と言わざるを得ない一品。
刀を使っていた才賀に合わせられるように少し軽量化が為されており、問題なく振りまわすことが出来るだろう。
鋭く、硬い。良い剣はそれでいい。




