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第一幕 瓶長 【五】

春先。

桜の蕾が膨らみ始めるころ、主人公・世羅は週に一度の城への出仕へ向かっていた。

そこで怪異の仕事を受けることになる。

聞けば、他の領地から怪異対応の応援要請があったという。

珍しく領地を離れ、同じ寺で育って既に独り立ちをしている兄貴分であり、『怪異監視官』という職に就いている符術師・狩弥と共に向かうと、そこは水の怪異が起きていた……。

        【五】


 狩弥(カリヤ)愛悟(アイゴ)と別れた世羅は、歩きながら役人の話を聞く。

「御覧になったかと思いますが、五日前、突然川の水が消えてしまいまして」

瓶長(かめおさ)というツクモから授かった水瓶を盗まれたんですよね。それを取り返してほしいと」

「はい……依頼はそうだったんですが。昨晩また犯人が騒動を起こしまして……」

「ふむ、犯人の素性は?」

「犯人は、ここより先にある町の庄屋(しょうや)様と、雇われた浪人(ろうにん)です。庄屋様は怪異で亡くなられて、浪人からなんとか動機(どうき)は聞き取りました」

「ほう」

 世羅の相槌(あいづち)で役人は溜め息を吐く。

「なんでも……川で砂金を見つけたのがきっかけだったようで」

 最初に砂金を見つけたのは、庄屋だったという。

 彼は砂金があるということは、近くに金鉱(きんこう)が眠っているのだと気付いた。

 しかし金鉱採掘(さいくつ)となると、土地を掘り返すため、豊かな森や作物にも影響が出て、この地方で最も大事にしている川も汚染される。

 ツクモに感謝している住民たちは採掘など猛反対するだろう。

 砂金だけを取るにしても、水底の土をさらって採取するため川を汚す。

 ツクモが住むと聞く川であったし、取ることは出来ないと思ったが、ふと思い出した。

 偶然、川の砂をさらって遊び半分で砂金を取った時は、何の怪異も起きなかったし、ツクモも出現しなかった。それに、聞く噂は温厚で助けられた話ばかりだ。

 もしかしたら、出てこないのかもしれないし、許してくれるかもしれない。

 庄屋は意を決して、砂金を再度採取した。最初は警戒していたが、やはり何の怪異も起きない。

 それで一安心し、町人に気付かれないように採取を始めたが、欲を掻いてやはり金鉱採掘もしたくなり始めた。

 しかし、ツクモも周辺住民の反発も怖い。

 そんな時に、偶然街道を歩いていた浪人に砂金採取を見られ、事情を話すことになった。

 すると浪人はニヤリと笑って提案したのだ。

「俺がここのツクモを討伐すれば済む話じゃないか」

 庄屋が(あわ)てて保護対象だと説明しても浪人はさらに告げる。

「水が湧きだす水瓶ってのがあるんだろう? それを奪っちまえばいい。そうすりゃツクモは怒って暴れるし、暴れなくても水がどうにかなっちまうから怪異だ。どちらにしてもツクモに擦り付けられる」

 浪人は顎を擦りながらニヤリと笑う。

監視官(かんしかん)はツクモが『怪異を起こす悪い奴』と思って保護を解除する。そこを俺が討伐するんだ。あんたは金鉱採掘ができる。俺は神器が手に入る。な、お互いに良い話だろ?」

 そうして庄屋は丸め込まれ、運よく監視官も巡回に来ていない事を知った二人は、池に沈んだ水瓶を引き上げ盗んだ。

 浪人(いわ)く、水瓶を引き上げようとした瞬間には水位が下がり、手にした途端(とたん)に全て消えたという。

 しかし二人の犯行は杜撰(ずさん)で、池の周りに足跡を残していた。

 役人は監視官が来る前に、水瓶を誰かが盗んだのだと理解し、捜索(そうさく)を開始していた。

 しかも盗んだはいいが、五日経ってもツクモは暴れもせず、それどころか姿も現さない。この時すでにツクモに怪異を擦り付けることに失敗していた。

 周囲は水が無くなり、飢饉が目前に迫っていると戦々恐々とし、不安が(つの)る。

 しかも別の領地の怪異監査官がやって来ると聞き、小心者の庄屋は見つかるのも時間の問題だと思い、水瓶を元に戻そうとして浪人と揉め……。

「水瓶を割ってしまって、その場で大変な事に……」

「何があったんです?」

「その……見て(いただ)いた方が早いかと。あ、あれです」

 役人が声を上げ、二人で宿場町の住宅が立ち並ぶ道で立ち止まることになった。

 道の真ん中に、奇妙な二人がいた。

 物凄く簡易(かんい)な木の(くい)が彼らから五歩ほど離れた位置で四本打ち込まれ、その杭を起点に縄で囲んで四角形が作られていた。

 その縄の外側に、まだ若く見える役人が一人いて、二人に気付いて頭を下げる。

 縄の手前で立ち止まった世羅が見下ろすと、役人が申し訳なさそうに説明する。

「すみません。恐ろしくて、彼らを動かすのも出来なくて……。避難の判断をする前に、こうして囲って誰も近づかないようにしてあったのも、そのままでして」

「これが正解ですよ。怪異が起きてるのに近づくのは二次被害になって厄介ですから」

 世羅は平然と言って二人へ顔を上げる。

 何かしてやりたかったのだろうか。二人は簀子(すのこ)の上にいた。

 彼らを起点に地面は水浸しで世羅の足元までぬかるんでいる。

 一人は明らかに死んでいた。その姿は異様で、生前の面影(おもかげ)が分からない程、乾いた木の枝のように(しぼ)んでいた。

 そんな水分などない状態にも関わらず、死体からは水が少しずつ流れ落ち、着ている豪華(ごうか)な着物を濡らし、簀子から水滴(すいてき)が滴り周辺を水浸(みずびた)しにしている。

 もう一人は、生きてはいるが、掛け布団を頭から(かぶ)って座り込んでいた。

 そして彼の体からはめらめらと炎が上がっていて、ぬかるみや水たまりに反射して赤々と辺りを照らしていた。しかし直に熱せられているのに、見て分かるほど震えている。

 視線を巡らせると、彼らの傍に、長方形の形をした風呂敷が置かれているのを確認した世羅は役人へ訊ねる。

「あの風呂敷の中身が例の水瓶?」

「浪人が言うにはそうらしいです」

「ちなみに、あの簀子とか布団は?」

「私達が来る前に近隣の者がなんとかしようとした痕跡(こんせき)です。浪人から出ている鬼火も、最初は住民たちが温めてやろうと力を合わせて燃やしていたようで。避難をさせましたし、生きていますから、私どもが見張りも兼ねて交代でああやって温めようと……でも全く温まる気配がなくて……」

「なるほど。住民たちに影響は?」

「今の所ありません。彼ら曰く、二人に近づくとまるで水の中にいるような冷たさを感じたそうです。鬼火で体温を上げても手足の先が冷たくなり、離れると正常に戻るようだったので、彼らも交代しながら手分けして助けようと……」

「で、それを聞いて長時間彼らを移動させるのは危険と判断したわけですね」

「はい……心苦しいですが……」

 役人がやるせなさそうに俯く。

 田畑への水を引けず、飢饉(ききん)問題を起こしかけた犯人ではあるが、悲惨(ひさん)な光景を見れば同情もしてしまうのだろう。

 ある程度現状を把握した世羅は、彼らを見ながら右手を顎に()え、唇を指でとんとんと叩きながら思案する。考え事をする時のいつもの癖だ。

 しかし数秒で腕を降ろし、ため息を吐いた。

「どうも『視た』ままのようですね。……じゃ、さっさと済ませましょうか。鬼火は消してください」

 世羅は見張りの役人に指示を出すと、鬼火が()き消える。それでようやく彼の顔色が分かったが、肌は青白く、唇は青紫になっていた。

 確認した世羅は柵になっている紐を(また)いだ。

 ぬかるみに草履(ぞうり)が付く寸前、彼女の体がふわりと浮く。

 二人の役人も気付かないぐらい地面すれすれだが、確かに空中に(とど)まっていた。

 これは下位の結界術で、正面に透明の障壁(しょうへき)を作る術。その術が空中に固定される性質があるのを利用し、足の裏に霊符を張って、障壁を水平に張り、その上に乗る。さらに発動と解除を繰り返すことで我流の空中歩行を可能にしていた。

 そもそも、世羅は符術師の間でも規格外と呼ばれていた。

 理由は普通の術師では大気中の霊気自体を自在に操ることはほぼ出来ないからだ。だからこそ特殊な墨が必須だった。

 さらに符術師は己の霊力で術を発動させる。この時、行使する術が強力なほど、それに比例して己の霊力を消費する必要があるし、己の霊力のため使用枚数も制限がある。

 だが世羅の場合、符術を書く時点で血は混ぜるものの、墨は通常の物であり、霊気を操れるから自分で付与してしまっている。術の発動にも、大気中の霊気を使う。

 つまり、霊気が大気に満ちている限り、どんなに強力な術だろうと使い続けられるし、枚数だって無制限。

 ちなみに、足に貼っているのは詠唱無しでも霊力だけで発動できる下位の障壁。使う霊力も少ないが、歩行のたびに何度も発動と解除を繰り返すなど、達人でもあっという間に霊力切れで気絶する。

 これもまた彼女のみが出来る反則技だ。

 世羅は長方形の風呂敷を持ち上げると、防壁を少し広げて床を作り、庄屋の死体の前に膝を突き、その傍に風呂敷を置いた。

 風呂敷を手際よく解き、中の木箱の蓋を開け、中を確認する。

 ものの見事に割れている。ただ、白い陶器の壺が半分ほど原型をとどめていた。壺には苔がこびりついていて、今まで水の底に沈んでいたのだと分かる。

 世羅は箱の中から手のひら大の欠片を取り出し、袖から霊符を引き抜いた。そして干からびてもなお水が(わず)かに(にじ)んでいる庄屋の額に霊符を貼りつけ、彼の上に欠片を置いた。

 指を霊符に二本添え、逆の手の指は欠片へ添える。

「――移りしもの、宿りしもの、正しき場所へ、導きのもとに宿り給え」

 世羅が小さく何度も詠唱を繰り返し始めると、庄屋の体の輪郭(りんかく)に沿って青い燐光(りんこう)が灯り、その光は徐々に欠片の中へ吸い込まれていく。

 庄屋の体が光を失い、水が出なくなったのを確認した世羅は、霊符を剥がし、欠片は懐へ。さらに箱も元通りにして風呂敷に包んで持って立ち上がった。

「よし。あとは……」

 傍でガタガタと震える浪人へ首を巡らせた世羅は、彼の方へ鋭く息を吹いた。

「ふっ!」

 刹那、彼の周りに渦巻く水の霊力が、世羅の操る霊気によって拡散した。風が吹き抜け、役人達の全身を撫でていき、ひやりと悪寒が走る。

 完全に水の霊力が霧散したことで、浪人の顔に赤みが差し、震えも止まった。

「た……たすか、った……?」

 浪人が呟くが、世羅は面の奥で冷然(れいぜん)(にら)む。

「ここのツクモが優しいようだから恩情で助けたけど、次はないと思え」

「っ!」

 殺意の(こも)った本気の言葉に浪人が別の意味で震え出すと、世羅は悠々と長方形の風呂敷を持って紐の柵を越えて戻って来る。

 そして茫然自失の役人へ指示を出した。

「庄屋さんの怪異は止めました。怖がらずに(とむら)ってあげてください」

「は、はい」

「それと、浪人の怪異も止めたのですが、体温は戻っていません。体温も戻さないといけませんので、暖かくて甘い飲み物などを飲ませて、少しずつ体温を上げていってください。あ、お酒は駄目ですよ。とにかく、温かくさせとけば、鬼人ですし、すぐ治ります」

「わ、分かりました」

 役人が首肯すると、世羅は(すう)(しゅん)黙ってから告げる。

「それから、土地についてですが、ツクモの()()なので、金鉱採掘は諦めてください」

「むろんです。採掘自体が環境を崩しますから……」

「それでも今回のような事があると思います。ですから、今回の怪異を瓶長が優しいだけじゃないし、彼の縄張りを荒らしたり、金鉱に目が(くら)めば、庄屋のように水に呪われ、殺される……と(おそ)ろし()に噂に流し、怖がらせて二度と手を出さないように工夫すればよろしいかと」

「おぉ……なるほど」

 感心しきりの役人が頷く。

「ハリ領の怪異監査官様達にも相談して、そのように広めていただくこととします」

「よろしくお願いします」

 『鬼人側の事後処理』を済ませた世羅は軽く風呂敷を上げる。

「では私はこれから瓶長に謝って、また水を出してくれるように交渉へ行ってきます。住民には水が戻って来ると洪水になると思うので、川の周辺に近づかないように知らせておいてください」

「はい。すぐに伝えます」

 世羅が頭を下げて元来た道を悠然と歩いて行く。

 その小さな後ろ姿を見て、役人が呟く。

「本当に『帝国一の水術師』の名は伊達ではなかったな……」

(聞こえてるし、違うし)

 世羅は突っ込みたいのを我慢してその場を後にするのだった。

ちょっと長すぎたので、途中で区切ったら少し少ない……。

微調整難しいです。

次回で第一幕は終了です。色々な「くだらない」オチがあります。

……うーん、序盤の酷さに比べて、オチがくだらなすぎて、ホラーじゃないなぁ(悩)

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