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第一幕 瓶長 【六】

春先。

桜の蕾が膨らみ始めるころ、主人公・世羅は週に一度の城への出仕へ向かっていた。

そこで怪異の仕事を受けることになる。

聞けば、他の領地から怪異対応の応援要請があったという。

珍しく領地を離れ、同じ寺で育って既に独り立ちをしている兄貴分であり、『怪異監視官』という職に就いている符術師・狩弥と共に向かうと、そこは水の怪異が起きていた……。

       【六】


「貴様という奴は! ツクモとしての矜持(きょうじ)も無いのか!」

 腐敗臭で(よど)んだ風が吹く森の中で怒号(どごう)が響く。

 (ちゅう)()の力で転移して早々に聞き慣れた火鼠の声を聞き、世羅は面の奥で目を瞬かせる。

 進んでみると、すぐに森が開けた。

 そこには巨大な穴が開いている。(のぞ)き込めば飛び降りられるような深さではなく、底には無数の水生生物の死体が腐乱していた。

 顔を上げて見れば、平らになっている大きな岩が穴の(ふち)にあり、その傍に小さな(ほこら)鎮座(ちんざ)している。

 さらにその祠の傍に一番に目を引いたのが文字通りに山になっている金塊(きんかい)だった。砂粒からこぶし大のものまであり、それが砂山のように積み上げられている。高さは鬼人の大人の男性が見上げるほどはあった。

 そして、平らな岩の上に、異形の二体が正座して向かい合っている。

 一体は火鼠で、怒り心頭の様子で胸の前で腕を組んでいた。

 その一方で、向かい合っている者は落ち込んでいるようで、項垂(うなだ)れて肩を(すぼ)めている。先ほどの怒号や雰囲気から察するに、説教を受けているようだ。

 そんな説教されている相手は、素っ頓狂な格好をしていた。

 紺色の着流しを着た、人の姿ではある。

 だが、その頭には白く(つや)やかな水瓶をひっくり返して被っているのだ。彼がおそらく、いや紛れもなく、この周辺を棲み処にする〝瓶長〟だろう。

「なるほど、情報通りね」

 思わず微苦笑が漏れる世羅が近づくと、二体が気付いて彼女へ首を巡らせる。

 水瓶を被った男は、顔面にあたる部分にひし形のひび割れがあり、その奥の暗がりにぎょろりと青い眼玉が一つだけ見えていた。

 一般人ならその容姿だけで逃げ出していただろう。だが世羅は異形と暮らしているから平然と傍まで近づいて火鼠の隣に座った。

「お疲れ」

 まず火鼠が声をかけると、彼は水瓶の男へ声をかける。

「おい、瓶長。ちゃんと挨拶をしろ。お前の怪異を解決に来た鬼人で、俺っちの主だ」

 火鼠にせっつかれて、彼は世羅を見てひび割れた壺の奥の青い一つ目を急に潤ませ、水瓶を押し付けて土下座した。

「大変ご迷惑をおかけしたであります。小生(しょうせい)、〝瓶長〟と申すであります」

「ご挨拶が遅れてすみません。檜皮世羅と申します。……で」

 世羅は瓶長と(そば)にある金の山を見て、相棒へ視線を戻した。

「何あれ? どういう状況?」

「どうもこうも……真相はこいつの不手際(ふてぎわ)だ」

「はい?」

 世羅が二人の傍に座り、話しを聞く。

 ある日、瓶長は川の水を通して、とある男の行動に気付いた。

 ざるで、何か取っている。

 魚でもなく、小さな生物でもなく、水底の砂をさらって、ざらざらと砂の中を探していた。

 何をしているのかと思って見ていると、男は一粒の砂をつまんだ。

 ただの砂。それも金色の物だけを取っているようだった。

 ツクモにとっては何の価値もない砂粒。

 不審(ふしん)に思ったが、どうやら男には嬉しい事のようで、見つける度に目を輝かせていた。

 それで理解した。

 そうか。あれがあると嬉しいものなのか。価値は分からないが、喜んでくれるものなのか。

 そういえば、地下深くに同じ物がもっと多くある。アレを取って来てやれば、きっと今より大喜びしてくれる。

 誰かが喜んだり感謝してくれるのが何より好きな瓶長は、鬼人との価値観の違いを全く理解はしないままに、さっそく行動に出た。

 水の属性とは違う、土の霊力に満ちた地中は動き辛い上に、同じく土属性の鉱石を取るのは予想以上に苦戦した。

 鉱脈の周りを大きく掘り返し、少しずつ金の粒を削って水の(まく)で包んで保管する。

 水の中でキラキラと金色に光る鉱石は美しい。これを眺める趣味が鬼人にはあるのかもしれない。それに、多ければ多いほど良い事だろう。

 あと少し、もう少し……そう思っているうちに数日が経ち。

「偶然だろうが、こいつの留守中に水瓶が盗られたってわけだ。んで、俺っちが来て、やっと地上の様子に気付いて慌てて戻って来たところ」

 事情を聴いた世羅が無言で遠い目をしていた。

 金の粒……砂金を採取していたのは庄屋だけだ。

 つまり、浪人に(そそのか)されてこんな騒動を起こさずにいれば、あと数日で大金持ちだった。

 それが、あんな死に方をする羽目(はめ)になるとは。

「因果応報で片づけるにはちょっと(あわ)れかなぁ……」

 世羅が小さく呟くと、火鼠は状況を把握していながらそのことについては言及せず、大きな溜め息を吐く。

「当然だが地中は地属性の満ちた場所だからな。地上の状況を把握できなかったようだ。全く……。穴を塞がないと危険だし、金があると争いになる。あとで金は全部元に戻させる」

「も、申し訳ないでありますぅ」

「……あ、そうだ。壺は割れてしまいまして、水の力が剥離(はくり)していましたので、水瓶の欠片に封じさせていただきました。こちらです」

 世羅は封じてある壺の欠片と風呂敷を瓶長に差し出すと、彼は欠片だけを受け取った。

「ありがとうございます。新しいのを作りますゆえ、こちらがあれば十分であります」

「そうですか? では、割れた水瓶はこちらで引き取っても平気でしょうか?」

「はい? ええ。いいでありますが、ただの壺になっているでありますよ?」

「十分です。こういうのを大変喜ぶ方がおりますので」

 世羅が失笑して再度風呂敷を手元に戻すと、火鼠は溜め息を吐いた。

 瓶長は不思議そうに首を傾げていたが、すぐに立ち上がった。

「それでは先に、水の怪異を終わらせるであります」

 言うが早いか、瓶長が池だった大穴へ飛び込んだ。

 数瞬後に、世羅には水の霊力が底から溢れるのを感じ、ざざざ、という水の音がし始めると、あっという間に大穴に水がせり上がって来た。

 溢れ出した水は横へ伸びていた(みぞ)へと流れ、腐敗した水生生物を押し流し、清涼な水で満たされる。水分を含んだ涼しい風を全身に感じ、臭気すら消え去っている。

「さすがツクモ。規格外」

 自分が言われている事を棚に上げ、世羅は呟いた。

 世羅が使う水の術は、自然の摂理(せつり)に従ってでしか使えない。つまり元からある水を使うか、空気中の(わず)かな水分を凝縮(ぎょうしゅく)させて使うが、そういう類のものではない。

 何もない所から無尽蔵の水を出すなんて非常識、水術でも不可能だ。

 しばらくすれば町でも喜びの声が上がるだろう。

 元通りにして来た瓶長が水から飛び出して岩場に戻って来る。水で濡れた様子はなく、さきほどと変わらない辺り、非常識なのだが、ツクモだから突っ込みを入れない。

 世羅が黙って見ていると、彼は頭を下げる。

「何から何までありがとうございました。お礼に世羅殿がお困りの時には小生の名前を呼んでくだされ。いついかなる時でも()せ参じ、お助けすると誓うであります」

「あー、今回は助けた感じ全くないんですが」

 世羅は彼の台詞で失笑する。

 ツクモは基本的に律儀(りちぎ)だ。

 もしも奇跡のような確率でツクモを助けたら、その恩を決して忘れない。味方になれば非常に心強い存在なのだが、逆に恨まれれば非常に厄介極まりない存在と化す。

 後者の方が鬼人はやってしまいがちなため、世間的には「ツクモと関わってはならない」と教訓のように言い含められているのだ。

 今回は、瓶長の性格が穏やかだったことで、恨みを買わなかったとても幸運な事例であり、気性(きしょう)が荒ければとっくにこの周辺は水の底に沈んでいたことだろう。

 瓶長は金の山へ手をかざすと、水の球体で包み込まれ、丸い形状で浮遊した。

「では小生はこのままコレを元に戻して、穴を埋めて来るであります」

「元通りにしたらまた説教だからな」

「う、うぅ……仕方ないであります……」

 火鼠の指摘に瓶長が落ち込むものの、再び金と一緒に池の中に沈んで行った。

 世羅は池の水面を見つめる。

「あ、そこから行くんだ」

「そのようだな」

 火鼠は隣にいる世羅を見て、急に小首を傾げた。

「ちなみに、あの馬鹿二人の症状が違っていた理由は分かってるか?」

「水瓶の傍にいた時間の差でしょ。庄屋はずっと持ってて、浪人は傍にいる時間が短かった。水瓶から漏れる水の霊力に触れてる時間が長かった所為で庄屋は割れた時に剥離(はくり)した力がより馴染んで、体に入って水が出続けていた。浪人は影響は受けたけど低体温(ていたいおん)で済んだ」

「正解だ。助言も正確だったぞ。瓶長にもあとで砂金を取る奴に軽い呪いをかけて(おど)かすよう言っておく。これで今回のようなことはなくなるだろうよ」

 世羅の解説にまるで教師のように火鼠は頷く。

 一段落したと判断した世羅が背伸びをした。

「よし、あとは役人に軽く報告すれば完了だね。はー、終わった終わった」

「何言ってる。まだあるだろ」

 胸を撫でおろす世羅に、火鼠が目を()わらせた。神器越しに全て聞いていた彼はきつい注意をする。

「お前、狩弥を先に帰らせただろう。『語り手』がいなくなったんだから、今までの事情や真相を領主に報告……いや、物語形式で語らなきゃならんだろうが」

「あ」

「狩弥も報告書があるんだから、一緒に聞かせてやらないかんぞ」

「そうだったああああああ! 手土産しか考えてなかったよぉぉぉ! 面倒臭いぃぃぃ!」

 誰もいないのを良い事に、世羅が絶叫する。

「腕はいいのに、締まらねぇんだよなぁ、こいつ」

 世羅が頭を抱えて悶絶する様子に火鼠は失笑を禁じ得ないのだった。



 その後、メノウ領領主が集める怪談話に『瓶長の怪異』が加わり、割れた水瓶は城主の蔵に収められた。

 瓶長の棲み処では、新たな伝承の甲斐もあって砂金を取る者はいなかったという。

第一幕、終了でございます。やっと瓶長登場、酷いオチですみません(苦笑)。


最後に、色々と調べて創作した作品ですので、出て来たツクモ(妖怪)と神器について、せっかくなので書いておきます。

なお、本作品は伝承の武器や刀と、それに関わる妖怪、似た伝承の妖怪をくっつけて創作しております。例えば有名どころなら酒呑童子なら童子切、という感じです。

しかし瓶長はそういった伝承がなく、「似た名前の刀だったから」という一点のみでくっつけさせていただきました。そういったツクモは結構多いです……(調査不足ともいう)。


★作中の瓶長★

ちょっとどころかとんでもないお人好しのツクモ。水を貯める力に長けたツクモで、水瓶から無限に水を湧き出させたりできる。

間の抜けたところがあるため、見た目もコミカル寄りにしてあります。

この作品は、七転八倒の末に今の形になっていまして、実は最初の世羅の相棒は瓶長でした。しかし、何度も話を考えているうちに、主人公の問題と相性が良いのは火鼠だと気付き、変更と相成ったわけです。


☆史実の瓶長☆

本来の登場は浮世絵師・鳥山石燕とりやませきえんの『画図百器徒然袋がずひゃっきつれづれぶくろ』に登場する妖怪。水瓶に人の顔の描かれた姿で、その中には福が入っていて、水を汲んでもつきない、幸せの入った瓶なんだそうです。ちょっとだけ作中と似た性質・性格をした妖怪でした。

色々な作品を読む中でも、瓶長って出てこないな、と思ったことから出来た作品でした。


★作中の神器★

瓶長の神器は【瓶割かめわり】。

水を操る神器。刀身から流れ出た水を振ることで水の刃として飛ばすことができる。瓶長の力を借りると、水瓶のような球体の水に満たされた異空間に相手を閉じ込めることが可能。かなりエグイ能力持ちです。


☆史実☆

瓶割は、一刀流剣術の始祖・伊藤一刀斎の刀。

書籍で多少違いますが、名称の由来は二つの説があるそうで、一つは相模国(神奈川県)の三島神社に奉納され、神前に吊るして大切に祀られていたところ、あるとき落下して下にあった酒瓶を真っ二つにしたことから。

もう一つは、一刀斎との戦いに敗れた者が、七人の刺客を送り込んだ。それを次々に倒し、残る一人が水瓶の後ろに隠れたため、その水瓶ごと一刀両断したことから。これについては、水瓶に隠れた盗賊を斬ったとか、人物の違いががあるようで……まぁ、瓶を真っ二つにした刀なのは確かのようですね。

……ということで、作中の瓶長とは『瓶』の名称繋がりなだけです(笑)。


史実については、若干書いたことと違うかもしれないので、興味のある方は調べてみてください。

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