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第一幕 瓶長 【四】

春先。

桜の蕾が膨らみ始めるころ、主人公・世羅は週に一度の城への出仕へ向かっていた。

そこで怪異の仕事を受けることになる。

聞けば、他の領地から怪異対応の応援要請があったという。

珍しく領地を離れ、同じ寺で育って既に独り立ちをしている兄貴分であり、『怪異監視官』という職に就いている符術師・狩弥と共に向かうと、そこは水の怪異が起きていた……。

       【四】


 城の庭から瞬時に景色が変わる。

 火鼠の眷属・(てっ)()こと式神の忠太(ちゅうた)の『入れ替わり』の能力を利用し、瞬間移動した二人が次に取った行動は、鼻を押さえることだった。

「くっさ!」

 思わず狩弥(カリヤ)が声を上げる。

 周囲を見渡すと、そこは森を切り開いた道のようだった。土を固めただけの道ではあるが、荷車が二台並んでも余裕があるぐらい間隔(かんかく)が明けられた街道のようで、しっかり整備されていた。

 その道沿いには均等(きんとう)に桜が植えられ、薄桃色の蕾がぎっしりと枝を包んでいて、メノウ領よりも先に、すでに咲き始めている。きっと満開になれば、旅を癒す桜並木を拝めることだろう。

 しかしそれ以上に問題があった。

 臭い。

 桜の美しさを損なう程、生臭さを(ともな)った腐敗臭(ふはいしゅう)が漂っているのだ。

「ここを左に真っ直ぐ行くと宿場町ですぜ。この辺の怪異に一番近いっすよ」

 忠太が助言をして霊符に戻り、袖に入れた世羅(セラ)が道の端へ近づき、桜の木の横に立って斜め下を見下ろした。

「この臭いの原因、あれじゃない?」

 桜と森の間に、道に沿うようにして長い(みぞ)が出来ていて、幅も今いる街道よりありそうだ。溝には砂と角が丸くなった丸い石が無数に転がっていて、その中に干からび、腐り果てた魚が無数に転がっていた。

 その光景は、そこが川だったことを物語っていた。

 森の方も心なしか全体が暗く、(よど)んで見える。鳥の(さえず)りさえ聞こえず、生き物の気配もしない。きっと、水を求めて動物たちが移動したのだろう。

 世羅の横に並んだ狩弥も嘆息する。

「うわぁ、こりゃまた被害範囲広そうで……魚の量からして、前情報通りだなぁ」

 上司がいないため、いつも通りの口調になった狩弥を、世羅が見上げる。

「前情報あるんだね。どんなやつ?」

「結構分かってるから順に教えるよ。知らせを聞いてからハリ領のツクモ情報も洗ってるからこの辺の伝承も把握済みでね。まずどんなツクモか話そうか」

「分かった」

「ココはツクモ保護法で守られたツクモの縄張りなんだ。名前は〝(かめ)(おさ)〟」

 神器法は、実は神器使いだけの法律ではない。

 神器を核として生きるツクモに関する事もこの法で整備している。

 『ツクモ保護対象討伐禁止令』。通称『ツクモ保護法』。

 呼んで字の(ごと)く、保護指定されたツクモを討伐してはならないという法律だ。

 なぜそんな法律があるのかというと、彼らがもたらすのが災害だけではないからだ。

 例えば雨を降らせて大地を(うるお)し、木々の育つ速度を上げ、動物たちの秩序(ちつじょ)(たも)つ。中には魂の行く末すら司るツクモもいて、それらを無闇に神器化してしまうとその力が失われ、周囲の自然界に甚大(じんだい)な被害が出るのだ。

 そのため、綿密(めんみつ)な調査の上で、そのツクモは討伐禁止になる。

 神器使いを目指す者は、必ずその領地にて『どのツクモが居て、討伐していいのか』を領主に問い合わせなければならない。

 物凄く面倒だが、それを(おこた)って討伐でもしようものなら、下手したら数十万が死ぬ災害が起きる。もしもそんな事になって、神器解除に応じなければ即刻捕縛・死刑になる。持ち主が死ねば神器化は解除されるからだ。

 もちろん、この法律は子供の頃から教え込まれ、もしも偶発的に保護対象のツクモを神器化してしまったと分かれば、すぐさま解除して事なきを得るのが普通だ。

 誰も殺されたくないのだから当たり前だ。

 そして、狩弥の役職にもある『監視』とは、この保護指定をされたツクモや、領地で目撃されたツクモ、そしてその周辺で悪事を働く者がいないかの監視。これこそが本来の役目なのだが、監視の仕事はほぼほぼ何も起きない。

 だからこそ他に多くの仕事をしているというわけだった。

 しかし、今回は違うようだ。

 狩弥は資料を思い出しながらツクモについて説明する。

「瓶長は『貯水(ちょすい)』を司るツクモで、奴が触れた器からは無尽蔵(むじんぞう)に水が湧きだすとか、水をいくら使っても枯れない能力を付与できるって話」

「無尽蔵なら下手するとその周辺は水没(すいぼつ)じゃない?」

 世羅の突っ込みに狩弥が失笑する。

「その通り。でも、そんなことする奴なら保護されない。出現したのは三百年前……実際に目撃した連中もまだ生きてる」

「そうだろうね」

「見た目は、人の体ではあるらしい。が、頭にひっくり返した壺を被ってるんだってさ。その壺に亀裂があってそこから、一つの目玉が見えているそうだ」

「奇抜だねぇ」

 想像した世羅が失笑すると、狩弥は頷きながら続ける。

「そうだな。で、伝承は、元々この辺は作物も育ちづらい場所だったそうだ。メノウ領との街道開通のために、この辺を開拓することになったが、早々に詰んだ。その時に現れたんだそうだ」

「ほう」

(いわ)く、水が湧きだす水瓶(みずがめ)をやる代わりに、その水瓶の水で出来た池を()()にさせてほしい。そして、水の恩恵を続けて欲しいなら、池の(ほとり)(ほこら)を作って、そこに毎年米俵(こめだわら)を一つ供えてほしい」

「ふんふん」

「んで。条件を飲んだ開拓者(かいたくしゃ)たちは水瓶を地面に置き、そこから(あふ)れた水で地面は陥没していき、あっという間に池が出来た。喜んだ人々はそこから川を引いて、街道も宿場町も発展し、約束通り池に祠を作ってそこに米俵を供え続けて共存しているのでした。めでたしめでたし」

 狩弥が伝承(でんしょう)を語り終えてから、この地の怪異も説明に入る。

「あと、他にも怪現象が起きてて、その周辺で水死事故は一度も出たことがないってさ。川で(おぼ)れても、見えない何かに引っ張られて岸辺(きしべ)に打ち上げられて助かるんだって」

「へぇー」

 興味なさげな返事をする世羅に、狩弥が長いため息を吐く。

「で、その池の水瓶を、誰かが盗んだらしいんだ。水が突然なくなって、現場に行くと足跡があったんだってさ。池は基本的にお供え物をする時だけ入れるようにしてるから、これは鬼人が犯人だろうってことになった。だから犯人を探し出して水瓶を取り戻してほしいって言うのが依頼」

「水瓶を盗んだって……馬鹿かな?」

「すんごい大馬鹿。何を考えてたんだか。で、ここまで聞いて何か分かることあった?」

「聞く感じ、かなり優しいツクモだね。米俵一つでこの規模を維持とか、本当にお人好し」

「そうなのか」

「普通ならもっとお供え物を請求しても不思議じゃないよ。川の怪異も同じだね。それなのに水が干上(ひあ)がってるのを無視してるのがおかしい」

「確かに」

「何かの理由で縄張りを変えたかと思ったけど……さっきから強い水の気配が地中からしてるし……あれが瓶長かな……?」

 不意に世羅が地面を見下ろし、その場で何度も右足で踏みしめる。

 狩弥には分からないが、足踏みで水面に波紋(はもん)が広がるように霊気(れいき)を地中へ浸透(しんとう)させ、その反射から形状を割り出して地中深くまで探知していた。

 たん、たん、と軽い音をさせていた彼女は首を捻る。

「うーん、やっぱり、ツクモが地下で何かやってるみたいだけど」

「へ? 地下?」

「なんか、掘ってる? ……あ、分かった。地下に鉱脈(こうみゃく)があって、鉱物を掘ってる」

「はぁ?」

 狩弥の疑問に世羅は答えず、足踏みを止めて、自分の腕……正確には袖を叩いた。

火鼠(ひねずみ)。さすがに式神じゃ荷が重いから、ちょっと地下に行って、話を聞いて来てくれない?」

「しょうがねぇな」

 どこからともなく呆れた声がして、すぐに静寂(せいじゃく)が訪れた。どうやら指示通りに動いたらしい。

 狩弥は布面(ぬのめん)の奥で口を引き()らせる。火鼠について知っている一人ではあるが、ツクモを平然と(あご)で使う妹分に凄さと同時に恐怖も感じる。

 そんな狩弥の心境も知らず、世羅が口を(とが)らせる。

「まだ見立(みた)ては立てられないけど、瓶長がやってること、マズイかも」

「何が?」

「本で読んだんだけど、地中を穴だらけにすると、穴に水が溜まることがある。地下水ってことなんだけど、その上の地面が(ゆる)んで、土が沈んで、地上に大きな穴が開くんだって。地盤(じばん)沈下(ちんか)っていうらしい。本来なら穴がどこにあるか分からないものだし、危ない状態だよ、これ」

「こっわ……」

「ねー。怖いよねぇ。いつ起きるか分からないし、式神で()め立てた方がいいかなぁ」

「いや、あたしが怖いって言ったのは別なんだけど」

 思案する世羅を見て、狩弥が小さく呟く。

 本好きで知識が豊富なのは知っている。感知能力がずば抜けているのも知っている。推理力もあって、知識とほんの少しの情報で謎を解くのも何度も見た。

 だが、来た事も無い土地で、瞬時に地形や環境を把握し、危険を予期するなど、(はた)から見たら異常でしかない。

 恐るべし、我が妹分。

「と、とりあえず、もっと詳しい話を聞きに行こうか」

 狩弥が咳ばらいをして鼻を押さえつつ、忠太の指示通りに左へ進んでいく。

 二人で並んで歩いていると、狩弥が話しかけた。

「そういやさっきの会合(かいごう)の話なんだけどさ。明日説明受けると思うけど、前々から父さんと上様(うえさま)とで相談しててさ。あたしが保護者として帝都に同行することになってるから」

「え、兄さんも来るの?」

「うん。大人って言っても成人年齢じゃないし、保護者同伴(どうはん)は帝都側にも許可貰ってる。かといって、住職である父さんが長期間寺をあけるわけにもいかないし」

「う……それは、そうだけど」

「何だよ。兄ちゃんが一緒に行くの嫌なのか?」

「嫌じゃないけど、旅の安全祈願はしといた方がいいかなーって」

「嫌って言ってるように聞こえますヨ?」

 狩弥が肩を落とすと、世羅が前方を見る。

「あ。宿場町ってあれじゃない?」

 狩弥も促されて見てみると、簡素な木製の壁が見えた。宿場町などは盗賊や眷属、肉食の動物から町を守るために町の周りを囲っているのが基本だ。

 すると世羅が立ち止まった。

 気付いた狩弥も止まる。

「どうした?」

「……町に水の霊力が荒れ狂ってる。その中心に鬼人が二人いて、一人は死んでる。……水の霊力で、二人だし、犯人じゃない?」

「あー、もー、二次被害出てるぅ……。こんな話が広まると、監視官は何してるんだ、とか苦言が出て面倒なんだよなぁ」

 げんなりと肩を落とす兄貴分と共に再度歩き出して門まで行くと、狩弥の格好を見て門前にいた男性が走って来た。

 狩弥の服装と似た筒状の袖と履物(はきもの)だが、色は茶色で、右腕に腕章(わんしょう)をつけている。

 一般的な衛兵の服装で、おそらく派遣された役人なのだろうと分かる。

 すると狩弥は世羅にだけ聞こえる声量(せいりょう)で呟いた。

「今から茶々入れずに黙って聞いててくれる? あとで分かったこととか聞くから」

「了解」

「あ、あの、監視官様でございましょうか!?」

「はーい。応援(おうえん)要請(ようせい)でメノウ領から参りました。東雲(シノノメ)狩弥と申します~」

 のんびりと手を振って自己紹介すると、狩弥は隣の世羅を示す。

「こちらはメノウ領領主様の専属符術師、檜皮(ヒワダ)世羅様です。今回は水の怪異とのことでしたので調査や報告を省いて、解決最優先で先に水の専門家に来ていただきました」

「は、はい。お気遣(きづか)い痛み入ります。どうぞよろしくお願いします」

 世羅が無言で軽く会釈(えしゃく)すると、役人も深々と頭を下げ返した。

 身長も低く、面を付けた世羅に不審(ふしん)な視線すら向けないところを見ると、切羽詰(せっぱつ)まってそんな事を思う暇もないようだ。

 そして、役人が世羅の感知した通りに話し出した。

「あの、実は……」

「犯人が二重にやらかしたんですね。しかも町中で」

「え、なぜお分かりに……」

「檜皮様が超優秀でしてね。そういうの、近づくだけで分かるんだそうです」

「そ、それは、凄く頼もしいです。実は数刻前の夜半に、犯人達が水瓶でまた怪異を起こしてしまったようでして」

「その二名の所に行きがてら詳しいお話を聞かせていただきたいです」

「は、はい! こちらです!」

 役人に先導されて、二人も町へ入ると、住民の気配がなく閑散(かんさん)としていた。

 狩弥が役人に訊ねる。

「おや、住民は?」

「町中で怪異がありましたので、怪異が起きた現場から離れた場所に避難(ひなん)させています。この辺りは誰もいません」

「適切な判断で助かります」

「待った」

 狩弥が感心している矢先に、約束をいきなり破って世羅が声を上げた。

 その彼女が二人ではなく、左側の住居(じゅうきょ)へ顔を向け、立ち止まっていた。

 そして二人が何か言う前に、世羅が首を戻して話しかける。

「申し訳ありません。住民は避難してるんですよね?」

「え、はい。そのはずですが」

「なるほど。――そこの(たる)の後ろに隠れてる人。出て来なさい」

 世羅が声をかけると、先ほど見ていた住居の間、(せま)い通路に置かれていた樽の後ろから恐る恐る男性が出て来た。

 歳は二十代ほどに見える。

 一本角の男性で、茶色い髪を後ろできつく縛っていて、鼻筋(はなすじ)から頬にかけてソバカスが目立つ。表情には疲弊(ひへい)の色が濃く、旅装束を着こんでいるのだが、泥や(ほこり)でくすんでいて、相当旅をしていたのだと(うかが)い知れる。しかも左頬には殴られたのか、青あざがあった。

 世羅は首を傾げて訊ねる。

「ここは怪異が起きている危険な場所ですよ。避難命令が出てるはずですよね? 好奇心の物見(ものみ)遊山(ゆさん)がどれだけ命取りか分かってますか」

「あ、あ、あの……ハリ領の役人様では、ない、ですよね?」

 世羅の詰問に答えず、男性は(おび)えたように逆に問いかける。

「その……怪異監視官って、国の、お役人様ですよね? ハリ領専属じゃない、ですよね?」

「? まぁ、大きく見ると帝国所属ですがね。あたしはちょいと仕事で忙しいハリ領管轄監視官から要請を受けて来た、メノウ領管轄監視官ですが?」

 狩弥が答えると、彼は僅かな希望を持ったのかすぐさま駆け寄り、狩弥の前で平伏した。

「お願いします! お願いします! 姫様を助けてください!」

「へ? あー……落ち着いてください。わけが分からないんですが」

 狩弥の最もな意見に、彼は少し落ち着きを取り戻して自己紹介する。

「あ、えっと、わ、私……シンジュ領にお住いの武家、白藍(シラアイ)家当主、白藍八重(シラアイ・ヤエ)様にお(つか)えしている使用人で、愛悟(アイゴ)と申します」

「白藍家? 名家じゃないですか。その姫様って言うと……里桜(リオ)姫でしたっけ?」

 すぐさま気付いた狩弥が記憶をたどる。

 国の役人になると、さすがに現在の武家や領主の家系も把握(はあく)している。

 一般人でも初代〈十二闘将〉の名前は勉学で暗記させられる。歴代は多くあり過ぎて覚えきれなくとも、最初の英雄達の名前は覚えておくのは基本とされていた。

 そして、『白藍家』は今なお残っている初代の血筋の一つだ。

 しかし、前回の御前試合で闘将入りも果たせず、領主としても負け、武家の名前のみが残ってしまう失態で没落(ぼつらく)寸前になってしまった。

 武家は強者制に根付(ねづ)いている所為で、『強い者が血筋にいる』という確固たる地位が無ければ、あっという間に衰退(すいたい)する。それが例え、英雄の血筋でもだ。

 白藍家もその例に洩れなかった。

 追い打ちをかけるように再起(さいき)を図る当主も亡くなり、その奥方が代理をしているのだ。

「現当主の奥方は嫁いで来た立場ですから、今や白藍家直系は姫だけだとか……?」

 悲惨(ひさん)な現状を思い出す狩弥に、愛悟と名乗った男性が答える。

「その通りでございます。実はその里桜様がハリ領領主の息子様に(とつ)がれ、八重様と共にこの領地へ来られたのです」

「え!? 嫁いだ!? あそこに!? なんてことを……!」

 仰天したのは聞いていた役人の方だった。

 ハリ領は現在、親の間でも、女性の間でも、言い含められている言葉がある。

 ――ハリ領領主の元へ嫁がない。働きに行かない。城には絶対入らない。

 それほど女癖の悪さが有名な上に、それをもみ消すために女中が密かに処分され、行方不明になっているという噂すらあったのだ。

 実は国の役人にのみ、その情報が伝えられているが、城で起きた怪異と同時に噂の真偽も調査中で、評判の悪さも相まって闘将も剥奪(はくだつ)寸前だった。

 狩弥も危急だと判断し、緊張した声で聞く。

「いつです?」

「半年前です。姫様は律儀な方で、月に一度手紙が届いていたのですが、二か月前にそれが途絶えました。それに、武家の婚約や結婚ならば国中に知らされるはずなのにそれすらなく、()ても()ってもおられず参ったのです」

「確かに、国の役人なら武家の婚約の時点で耳に入りますねぇ。半年前ならいくらなんでも知らせが国中に出回りますぜ? あたしは聞いちゃいませんが」

「私もです……。知りません、そんな話……あの、城には行ったんですか?」

 役人が詰問すると、愛悟が頷いた。

「し、城に行って、せめて安否だけでも聞きたいと申したのですが、門番に殴られ……そんな二人は来ていない、と言われたのです」

「ああ、その(あざ)はその時のやつってわけですか」

 顔の青あざの理由に狩弥が頷き、役人も肩を落とした。

「使用人でしたね。確かに門前払いは仕方ないですし、『来ていない』というのも追い返すための発言でしょうから、信用できませんが、名家の姫が安否不明ってだけで一大事です」

「はい……失礼ですが、ハリ領の方はもう信用できなくなりまして、もうどうすれば良いのか分からずにいた時に、別領地の監査官様が怪異解決でおいでになると聞いて、他の領の方ならなんとかしてくれるかもしれないと……」

「ハリ領所属の身としては恥ずかしい限りです。私があなたの立場なら同じ気持ちにもなります」

「お願いです。どうか、国に伝えて調査を……!」

 頭を地面にこすりつけるほど懇願(こんがん)する愛悟に、ハリ領の領主の問題がさらに重くなったと分かった狩弥は、目元を片手で押さえて空を振り(あお)ぐ。

 すると、蚊帳の外だった世羅が片手を軽く上げた。

「ちょっといいです?」

 突然の割り込みに狩弥は少々驚いた。

 彼女は興味のない事……武家の家系や政治などは全く勉強しようともしない。

 だからこそ黙っていたのだろうが、それが急に発言するとは思わなかったのだ。

 ハッと我に返った狩弥が先を(うなが)す。

「ど、どうぞ?」

「安否確認というなら、ハリ領の城の役人を問い詰めても領主が怖くて答えない可能性が高いです。ここはもっと上層の方々に動いていただいた方がよろしいかと」

「――……確かに」

「というわけで、二手(ふたて)に分かれましょう。私はこちらの怪異の解決に動きます。東雲様はそちらの方を連れて、まずは上様の元へ報告へ行ってください」

「……そうですね、本来は分野が違う仕事ですが、緊急ですね……すみません、後はお願いします」

 世羅の判断に狩弥が首肯すると、彼女は袖に手を入れ、彼へ拳を突き出した。受け取ってみると、ふわりと小さな毛玉の感触がする。

「こちら、預けておきますので、情報交換や移動にお使いください」

「助かります」

 忠太を預かった狩弥は、役人に見られないように懐に入れた。(ねずみ)の式神の説明をする時間を省くためだ。

 狩弥は役人へ向き直る。

「申し訳ありませんが、一足先にメノウ領へ戻らせていただきます。檜皮様が必ず怪異を解決してくださるので、ご安心ください」

「は、はい……しかし、水の怪異は他の怪異より解決が大変と聞いたことが……」

「ご心配なく。この方は『帝国一の水術師(すいじゅつし)』でございます。むしろ得意分野ですよ」

「え」

 水を使う鬼人と聞き、役人が目を瞬かせ、世羅は兄貴分に抗議(こうぎ)の視線を向ける。

 さすがの世羅も今のを否定すると、不安を(あお)ることになり兼ねないため、苦言が喉元までせり上がったが、飲み込んで役人へ話しかけた。

「ここからは私一人で同行させていただきます」

 世羅が頭を下げると、茫然(ぼうぜん)としている愛悟へ顔を向ける。

「怪異監視官に頼った辺り、何か他に事情がおありでしょう」

「……っ!」

「ま、それはあとでゆっくり監視官殿に話すといいですよ」

 意味深な指摘(してき)を聞き、愛悟の動揺(どうよう)も気付いて狩弥は得心(とくしん)がいった。

「ああ、切迫(せっぱく)しすぎて頼ったわけではないと……分かりました」

 狩弥が頷くと、世羅は改めて役人へ話しかけ、口元に笑みを作った。

「では、途中になりましたが、現場に行きがてら事情の説明をお願いします」

やっと話が動きました。遅くて申し訳ありません。どうしても省けない登場人物達だったもので……。

この後、一気に話は進みます。


ちなみに、愛悟の話はまた別の事件として語っていきます。

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