第三幕 ろくろ首 【七】
赤子の怪異の解決後、数日が経った。
一か月もの間、悪夢にうなされていた愛悟は、限界が近かった。
名家・白藍家の当主と娘の姫君の捜索を急ぐ中、一か月前に起きた流産事件の話を聞く。
一方、城で起きていた複数の女中の行方不明と物品の窃盗の事件も進展があり、二つの事件が同一の組織の犯行だと分かる。
盗まれた物は闇市で売られ、女中達は遊郭に売られていた。その名簿の中には……。
【七】
八橋屋。
遊郭でも高級遊女を集めた一番の大店だ。
壁は赤く、屋根は黒々としていて、他の店よりも華やかかつ、階層も多く高い。
炎陽軍第九、第十部隊が来たのはこの店だった。
作戦通り、隊員の数人が音もなく部隊から離れ、店の裏手や出られそうな窓などを確認して逃げられないように囲った。
正面からは〈三貴子〉と真虎、副官三人の七名が堂々と入店し、楼主を呼び出した。
待っている間、店の奥では着飾った遊女たちが、絶世の美男子の三人を見て色めき立っているのが見える。
昴流が女を篭絡する爽やかな笑顔を向け、手を振ってやると黄色い悲鳴が上がった。
その様子に真虎が嘆息する。
「……おい、真面目にやれ」
「すんません」
昴流が首を竦めると、店の奥からどたどたと慌てて男性がやって来た。
男性は四十代ほどに見える。痩せているようで、骨ばっていてひょろりとした印象だ。頭部の右から一本だけ角が伸びている。灰色に近い着物と袴に藍色の羽織りを着ていて、身なりも清潔感があって高級なのが見て取れた。
玄関へ駆けつけた楼主はすぐさま平伏した。その後に続いて老婆が斜め後ろに控えるようにして平伏した。おそらく遊女たちを取り仕切る『遣り手婆』だろう。
楼主が頭を下げたまま言う。
「これはこれは、闘将様がお揃いでどうなさいましたか? まだ昼ですが、遊ばれるのでしたら花魁たちを呼んで……」
「今日は仕事で来た」
昴流が遮って冊子の項目が見えるように楼主に突きつける。
「ここに記載されている女性達は、城内の女中達、そして武家の当主とその姫君だ。全員が誘拐され、お前の店で買い取った記載があるんだが?」
「な……!」
楼主と遣り手婆が勢いよく顔を上げ、愕然とする。
ただ、軍人としての経験上、その表情は『知らなかった』ではなく『見つかってしまった』という絶望の顔だった。
昴流の発言を聞いたのか、廊下の奥から豪華絢爛な着物を纏った女性が駆け寄って来た。
「昴流閣下……!」
「うん?」
「わたくし、山吹写蘭様にお仕えしておりまし……」
「ああ、芙蓉さんだね?」
「え……」
彼女が名乗る前に昴流が爽やかな笑顔を向ける。
「身近な女中の顔や名前は全員覚えてるよ。特にお袋に仕えてたんだしな。帳簿に名前があった時は驚いたよ。大変お待たせしてしまって申しわけなかった。もう大丈夫だ」
「あ……あぁ……」
昴流の言葉で耐え切れなくなったように芙蓉が大粒の涙を零す。完璧な化粧があっという間に目元から真っ黒になってしまったが、彼女は気にしていない。
「もう終わったものと思っておりました……。誰に素性を言っても、信じて貰えず……」
「まぁ、遊女は諸事情で売られてきた女性ばかりだからなぁ……」
優駕も後頭部を掻いて苦々しい顔をする。
きっと、あの天下の城から誘拐されたなんて言っても、客も従業員も『この場所から出たいための嘘』としか思わなかったのだろう。その上で、彼女たちが天涯孤独だったために捜索依頼も出ず、城での仕事で所作も完璧。これ以上ないほど即戦力の遊女にうってつけな者はいない。
芙蓉は化粧が剥げて黒くなった涙をぬぐい、ハッと何かに気付いたように顔を上げた。
「そうでした、わたくしとしたことが……助かる事しか考えておりませんでした。大変なんです。白藍家のお二人がこの店へ連れて来られたのですっ」
「ああ。帳簿にも書いてあるから知って……」
「それだけではないのです……!」
彼女は首を横に振り、ぎろりと楼主たちを睨みつけた。
「こいつらが、お二人が有名な武家で、しかも姫君が流産したばかりと知って、このことが露見すると大変だと、お二人を遊郭の長屋へおいやってしまったんです!」
「なんだと……!?」
遊郭の知識がある全員が絶句する。
長屋というのは、遊郭の東にある、遊女の最下層が集まる区域で、病や高齢の所為で仕事が出来なくなった者達の行きつく掃き溜めだ。
女は高額で買い取られない限りは出られない掟の所為で、病を患っても遊郭から出られず、結果『掃き溜め』が出来てしまったという経緯がある。
そんな場所にあの親子を。
既に悪事が露見したためか、楼主が開き直って頭を上げて苦言を呈した。
「仕方ないじゃないですか! まさかよりにもよって武家の女を連れて来る何て思わなかったんです! それに、誘拐何てされて、存在すら抹消されそうになるなんて、女達も何か『やらかした』ってことじゃないですか! 巻き込まれるなんてごめんなんで、長屋に押し込んだんですよ!」
「お前……!」
とりわけ今回の件の中心にいるカルマが昴流の隣をすり抜けようとするが、昴流が腕を軽く上げて押しとどめ、優駕も後ろから彼の肩を掴んだ。
「待て。言いたいこともやりたいことも、分かってる。分かってるが、抑えろ」
「オレも同じ気持ちだが、ここは待て」
「お、おま……! くっそぉ……!」
カルマは血管が浮き出る程拳を握り込み、己の感情を声を上げて抑え、肩で大きく息を吐いてからゆっくり下がる。
「……悪かった」
「ええよ。後でやけ酒に付き合ったる」
昴流が方言で彼の背中を叩いて宥めさせ、優駕が楼主を睨む。
「女中達の事もあるが、経営についても徹底的に洗わせてもらう。お前の背後にいる首謀者も、何もかも知ってる事を洗いざらい吐いてもらうぜ。覚悟しろよ」
「ぐ……」
楼主が苦々しい顔で俯くと、真虎が顎を擦りながら視線を逸らした。
「長屋か……かなり範囲が広いんじゃなかったか? それなら檜皮の式神も使った方が早いだろう。あれは広範囲探索が得意だからな。すぐに呼んで……」
「ひわだ……?」
なぜか楼主が反応し、ずっと黙って平伏してた遣り手婆も顔を上げて顔面蒼白になっていた。
「ひわだって……檜皮世羅?」
「は? なぜ知って……」
楼主の口から世羅の名前が出たことに不審に思った瞬間、楼主が懐から薄茶色の縄の腕輪を取り出して昴流達に向けた。
「くびり縄!」
腕輪が発光した刹那、天井から輪っかになった縄……首吊り縄が無数に垂れ下がった。後ろで密かに見ていた遊女たちまで含め、その場の全員の頭上から縄が垂れ下がり、するりと首に掛かったかと思うと一気に持ち上げられる。
「げうっ!」
誰の声か分からない呻きと同時に、周りからも、外からも悲鳴が上がった。
騒動を起こした楼主が闘将達の脇をすり抜けて店を出て行き、遣り手婆はその場でバタリと倒れたかと思うと、首が青白く燃え上がり、胴体と分断して頭が浮き上がった。
その首が楼主に続いて外へ飛び出し、人とは思えないほどの声量で叫んだ。
『那由他が来たぞぉぉぉ! 檜皮世羅だぁぁぁ! 皆、早く逃げろぉぉぉ!』
謎の叫びで、暗く重い霊力が外からざわりと動いた。
一方、闘将達の動きも早かった。
自分達の持つ神器をすかさず抜くと、つま先立ちの時点で首に掛かった縄を断ち切った。
そして昴流は足が浮き上がってしまっている芙蓉を、カルマは振り返って矢萩や副官達の縄を断ち切って助ける。
優駕は真虎が鬼火で自力で脱出したのを一瞥で確認した瞬間、土足で店に上がり込む。
店の者達も縄に吊り上げられ、足をバタつかせていた。優駕は手近な者から手当たり次第に縄を斬り、叫ぶ。
「刃の鬼火を持ってる奴! 他の者の縄を斬れ! そうでない者は吊り上げられている奴を下から支えろ! 早く!」
同じことを何度も言いながら次々に助けていく。
店内は優駕一人で足りると判断した昴流とカルマ、他の副官達は合図もなく外へと駆けて行く。
外はさらなる惨劇になっていた。
何の支えも無い中空から首吊り縄が無数に垂れ下がり、それが人々を襲って首を引っ掛けられた者から空へと攫って吊り上げて行く。
店内は天上付近で止まっていたが、外は無限に引き上げていくようで、すでに屋根の近くまで上げられてバタバタと足をばたつかせて抵抗する者が複数いる。
店を包囲していた隊員達は、縄の脱出は全員できていたようで、すでに手近な者を救出に動いていた。
さらに戦闘種族と言われる鬼人だけあって、武術に長けた者は素早く鬼火で脱出し、近場の者を助けようと屋根へと駆けあがり、縄を斬って落とし、下では難を逃れた者達がすぐに受け止める。助けられた者もすぐさま加勢に入って、どんどん救助の輪が広がっていた。
武術に長けて居なくても、指示を出す者、治療にあたる者、助けられても力のない者を避難させる者など、しっかりと役割を果たしていた。これも幼少から武を重んじる鬼人や、怪異で鍛えられている賜物なのだろう。
しかし、それでも手は足りていなかった。
昴流達がざっと周りを見回すと、かなり遠方でも無数の人影が屋根より高い位置まで引き上げられているのが見え、その現象が遊郭全体だと思われた。
救出は順調でも、首を吊られた状態のままだともって一分か二分だ。
昴流はすかさず片手に鬼火を灯し、横へ薙ぐと五つに分裂して『狼』に姿を変えた。
「行け!」
彼の掛け声に反応するように炎の狼たちが散開し、牙を剥きだしにして空中を駆け、縄を焼き、噛み切っていく。
カルマも鬼火を灯すと姿を変える。それは掌ほどの丸い輪にしか見えない代物だった。しかし手の上で炎の輪が回転を始めると、高速回転と炎と風による摩擦で空気を引き裂くような甲高い音をさせる。それが十個以上に分裂した。
「ふっ!」
カルマは鋭く息を吐きながら全ての『戦輪』を宙へ放つ。
キィィィン!
戦輪が狼よりもさらに多くの縄を断ち切って音を置き去りにしていく。
屋根より上に吊り上げられた者も落とされる事になるが、鬼人なのだから受け身を取るか最悪でも骨が折れるぐらいで、命に別状はないはずだ。
空を裂くような甲高い音と共に数倍の人数を助けたカルマに、昴流が呟く。
「さすが〈残響〉のカルマ」
「簡単な形やから数が多く作れるってだけや」
カルマの〈残響〉、昴流の〈餓狼〉、優駕の〈炎龍〉の称号は、鬼火が由来だ。
称号は基本的に鬼火の形や特性から取られ、それが被ったり、あまり特徴がない者はその他の神器や身体的特徴、伝統的に昔から使用されている異名などから付けられる。
次々に助けていた狼と戦輪だが、遠方に行くと次第に小さくなって掻き消えた。
さすがに昴流が焦燥の声を上げる。
「っ! 駄目だ、やべぇ! 射程外だ! 遠くの奴は間に合わないぞ!」
同じく奥歯を噛んだカルマが必死で打開策を練る。
「……! そうや、さっきの楼主が原因やろ! あの持ってた縄を奪えばええんとちゃうか!?」
「それだ! っつっても、この騒ぎの中から見つけるって……」
救助最優先だった二人で周りを確認すると、異様な者達がいた。
首が異様に長くなった者が、悲鳴と怒号が上がる中で必死に逃げていく。頭上では頭だけの者が首から青白い炎の尾を引きながら浮遊して必死に叫んでいた。
「檜皮が来たぞ!」「那由他が来た!」「なんでこんなところに!」「早く逃げろ!」
阿鼻叫喚の中の異形の声を聞き留めて、昴流とカルマが顔を見合わせた。
「あいつら、世羅ちゃんの名前が出た途端に逃げたよな? 怖がられてるのか?」
「なんでなん?」
「何してる、馬鹿共! 楼主が見つからないなら、もう一度鬼火を放ってお前達も助けに行け! 外だけじゃなく、他の店の内部も同じはずだろうが!」
店の前で真虎は片手に刀型の神器、もう片手に鬼火の刀を携えて叱責する。二人は弾かれたように動き、二手に分かれて隊員達に命令しながらひたすら助けに走る。大先輩の一喝なのだから、考えるのは後だ。
「……とは言ったものの、儂に出来るのはこれぐらいなんだがな」
真虎は呟いてその場で地面を蹴り、壁を蹴って店の屋根へと駆けあがり、思いっきり息を吸い込んで叫んだ。
「何をしている、檜皮ぁ! この怪異に気付いてないお前じゃないだろう! さっさと何とかしろぉ!」
我ながら無茶を言っているのは自覚しつつ、そう言うしかなかった。
怪異に関しては打開策を練って、大規模な術で大勢を救える人物など長い人生でも片手で数える程しか知らない。その中の一人がすぐ傍にいるのだ。
と、叫びと同時に、真虎の全身を冷たく湿った風が吹き抜けた。
地鳴りの低く重い音がしたかと思うと、遠方から……おそらく遊郭を囲んでいる水堀から水が重力を無視してせり上がり、屋根よりやや高い位置を、半円を描くように広がり、遊郭を塞いだ。太陽が水で反射して揺れて見え、まるで水底から見上げているような光景だった。
その水面は救助が遅れた者達を縄ごと浸し、それ以上の縄の浮上を止めると同時に、水の浮力で宙吊り状態を緩めて窒息を回避させる。
さらに水面から数えきれない水の触手が生え、その先端が鎌のように変形すると、次々に縄を切り裂き、店の戸や窓の隙間などから水の触手が滑り込んでいく。
すでに水に浸っていた者は、他の水の触手で体を包まれ、ゆっくり地面へと降ろされていく。
助けを求める叫びが次第に止み、変幻自在の水の触手が空をうねる姿を見上げている者達は、ぽかんと口を開いて見ていた。
空に吊るされた者がいなくなると、触手は水の半円へ戻り、頂点からするすると水が開いて水堀へと戻っていく。
何事もなかったかのように水がなくなってしまうと、真虎が鬼火を消して刀も鞘に収め、地面へ降りると、店から出て来た優駕が目を白黒させて空を見上げていた。
「なんだったんだ、今の……」
「うちの専属符術師だ」
「へ?」
真虎が告げると、ちょうど背後から声を掛けられた。
「遅くなって申し訳ありません」
二人が振り返ると、いつも通りの世羅が佇んでいた。
ただし、彼女の片手には襟首を掴まれてガタガタと震える首の長い楼主がいた。さらにその傍には霊符が張られた水の塊が浮遊しており、複数の首の長い者と、生首が閉じ込められている。
救助のついでに、異形達を捕らえていたようだ。
水の球体の中をよく見れば、さきほど楼主と一緒にいた遣り手婆の頭部も浮かんでいた。恐怖で顔を歪めていて、今にも逃げ出したがっているようだが、水が流動しているようで動きを完全に封じられているようだった。
真虎は符術の知識や、長年の戦闘経験もあるからこそ、彼女の今の術を理解していた。
能力によって人々の場所を正確に探知した上で、結界を張り、縄を的確に水の触手で攻撃し、救出し、敵の捕縛までやってのけたのだ。少なくとも結界、攻撃、捕縛の三つの術が同時並行で発動されていたはず。
『遅くなった』というのはその術を使う莫大な霊力を練っていた事と、その全てを発動、維持するのに時間がかかったということだろう。
いや、一つの術だけでも従来の符術師なら倒れてしまっているところだ。それを遅れたの一言で済ませ、いつの間にか傍にいて涼しい顔をしているのは、彼女の特殊能力と修行の賜物だろう。
「……うむ。よくやった」
真虎があえて短く労うと、察した優駕が瞠目する。
「え、まさかさっきの水って世羅ちゃんなの?」
「言うてなかったか。檜皮は『帝国一の水術師』だぞ」
「わぁお……空駕を助けた時も他と違う感じだったけど、これが本領だったのか……やば」
驚きを称賛にした優駕だったが、世羅は浮かれるどころか意気消沈して俯いた。
「いえ、今回は失態が多かったです。縄の勢いで首の骨を折って死亡した者が十人、間に合わなかった者が五人おります」
この広範囲を感知して、既に把握しているだけで脱帽だが、真虎は眉を下げる。
「――……それだけで済んだのはお前がいたからだ。そうでなければもっと死者が出た」
「それだけではありません。もっと注意深く探知していれば、危険な『呪物』を持つ眷属が潜んでいる事も見抜けていたはずでした」
呪物は鬼人の術師が創ったり、クモがその能力を付与した道具のことで、劣化版神器のようなものだ。神器に比べればかなり弱いものの、鬼人からしてみれば下手に扱えば怪異を起こしかねない危険物である。
例をあげれば、水の怪異を起こした〝瓶長〟が創った水瓶がソレにあたる。
「実は最初からこの遊郭がツクモの縄張りで、ツクモが結界を張って本来のこの地の主である〝大百足〟の目を欺いているんだということは分かってました。すみません、甘くみておりました」
「そうなのか。儂らではそれすら分からんことだ。ツクモは儂らとは存在自体が違う自然災害のようなものじゃ。そんな存在から全てを救えるわけではないのだ、気に病むな」
本気で落ち込んでいる世羅をなんとか宥めていると、空をちらちらと見ながら昴流とカルマが隊員達と一緒に戻って来る。
「なんか水の触手に助けられたんだが……」
「水って言えばさっき世羅ちゃんが水術が得意って言うてたけど、いやまさか……」
「って、世羅ちゃんがいる!?」
「ホンマや!」
気付いた二人が慌てふためいて世羅に近づく。
「さっきの縄に引っかからなかったか!?」
「首は平気か!? 痕とか残ってへんよな!?」
「お前ら、やかましいぞ。さっきの水は檜皮の術だし、あの程度に掛かる者でもない」
狼狽して詰め寄る二人に真虎が目を据わらせる。
真虎の発言で二人は顔を見合わせ、それからようやく世羅が捕まえている楼主に気付いた。
「あ、楼主!?」
「捕まえたん!? っていうか、首長ぇ!?」
「……ああ、こいつは〝ろくろ首〟という眷属です。首だけで飛んでいるのは同じく眷属の〝飛頭蛮〟といいます」
世羅が解説すると、ずっと怯えて震えている楼主が長い首を蛇のように動かして彼女へ懇願する。
「お、おお、お許しください、那由他様……けけ、決してあなた様に逆らおうとしたわけでは……」
「黙れ」
「ひっ……!」
静かだが迫力のある声音に、楼主は文字通り首を竦めて全身から冷や汗を流す。
カルマはその様子に恐る恐る世羅へ訊ねた。
「ねぇ、なゆたって何なん? 世羅ちゃんの名前が出ただけで大騒ぎになったんやけど」
「あ、この騒ぎ、私の所為だったんですね。大変申し訳ありません」
口を滑らせたカルマの後頭部を昴流と優駕が叩いた。
「違うんだ。そいつが逃げるのになんか術を使ったってだけだ。世羅ちゃんの所為じゃない。絶対違う」
「そうそう。自分を責めるのはやめような? さっきも落ち込んでたけど、世羅ちゃんの所為じゃないからな?」
「その通りだ。責めるべきはその楼主だ」
真虎も弁明し、カルマが柳眉を下げて頭を下げた。
「すまん。そんなつもりで言うたんやないんや……」
「いえ、こちらこそ気を遣わせてしまいました。名前でしたね」
話題を変えた世羅が口に笑みを浮かべる。
「那由他は偽名の一つですよ。鬼人の間では檜皮世羅、ツクモ達の間では那由他で通してますが、どちらもツクモ界隈で知られ過ぎたのでそろそろ名前を変えますかねぇ」
「あ、世羅も偽名なんや……」
「そりゃあ、術師が『真名』なんて名乗りませんよ。名前は誰でも使える短い呪いです。呼ばれるだけで魂は縛られ、存在も確定してしまう。術師にとっては命取りです。真名を教えるという行為は、本気で命を預けるという意味です」
「「「…………」」」
三人が物言いたげな視線で見下ろすと、彼女は察して肩を竦めた。
「申し訳ありませんが、預けられませんよ?」
「「「聞きたい」」」
「信用してないわけではないですが、こればかりは」
「本当にその通りだぞ。儂らも『真名』はあるし、名乗ってはならんと口酸っぱく言われているだろうが。あと、檜皮は急に名前を変えられてもこちらも困るから、『ツクモの抑止力』と思って名前はそのまま使っとけ」
真虎が三人を止め、世羅にも注意を促す。
頷いた世羅が、ちらりと楼主を一瞥した。
「そうそう、お前がこの辺を縄張りにしているツクモと、誘拐犯の首謀者との仲介役でいいのかな?」
「へ? は、はは、はい。その通りで……」
「じゃあ、アレらはいらないな」
世羅は水の球へ顔を上げると、開いた片手で指を鳴らして一言呟いた。
「攻式水術・爆縮」
言葉と乾いた音と同時に、水の球体に貼られた霊符がまばゆく発光した。
バシュンッ!
中のろくろ首と飛頭蛮達が、水の球体ごと瞬時に内側へ縮んだ。いや、球体の中心へ押しつぶされたようだった。
真虎が何とも言えない顔で、ほんの少しの飛沫を残して消滅してた空間を見る。
今の球体は実は捕縛の術ではなく、攻撃術。水は深くなるほど圧力がかかり、金属すら押しつぶすという。その『水圧』を再現して圧殺するという凶悪な術だった。
仲間達が一瞬で消滅したのを目の当たりにした楼主が縮み上がって悲鳴を上げる。
「ひ、ひぃぃぃぃ……!」
「うるさい。これで少しは素直に話す気になったでしょう?」
「……!」
容赦ない世羅の物言いに、顔面蒼白よりもさらに白く肌を変色させた楼主が、救いを求めるように闘将達へ視線を向けるが、彼らも生温い顔で彼女を見ていた。
真虎が彼女を紹介する時に、再三言っていたことを思い出す。
(((絶対怒らせるのはやめよう)))
同じことを心に誓うと同時に、化け物達が逃げ出した理由も知った三人だった。
さらに世羅は真虎を見上げる。
「あと、報告が。良い話と悪い話と非常に悪い話がございますが、どれからお聞きになりますか?」
「うん? 悪い話が多いのか。じゃあ……良い話から」
「はい。白藍里桜様を発見いたしました。こちらで保護しております」
「まことか!?」
世羅の朗報に全員が目を輝かせるが、彼女はどこか暗澹としている。
「では次に悪い話を。実は、白藍親子は、亡くなられております。どちらも自殺だそうです。さきほど向かった寺にて、住職に事情を話してご遺体の捜索をしていただいているところです」
「…………は? だが、今、発見して保護したと……」
矛盾する説明に真虎が嫌な予感で背筋を凍らせると、世羅は楼主を一瞥した。
「ここからは非常に悪い話になります。この地を縄張りにしているツクモは『自殺』を司り、絶望した者ほどその力に誘発されて我知らず自殺してしまうんです。そして、首に関する眷属となり果てる。この男もそうなんですが……その……」
「――……う、嘘や、そんな……」
言いたいことが分かったカルマが、希望を打ち砕かれて血の気が引くのを感じた。
世羅は悲し気に真実を口にする。
「里桜姫は、眷属〝ろくろ首〟です」
はい。えー、第三幕終了でございます。
タイトルのろくろ首が終盤しか出てこなかった件。ごめんなさい。でも、事件とか謎とか書き込んでいくと、怖い話がなかなか書けませんでした。この辺の緩急はまだまだ練習が必要ですね。
ちなみに、愛悟の悪夢に関して、三幕の序盤でも後書きにて記載しましたが、『夢に出て来た人物が生きている間はずっと見る』という設定なのですが、時系列がおかしいことに今更気づき、悪夢にうなされているのは『里桜の手紙が来なくなってからの二か月前から』に変更させていただきました。自殺しているのにどうして夢を見ているのか? については、次の四幕にて説明します。
愛悟君ごめんね、長すぎるけど我慢してくれよ。前書きが全部『一か月』になってますが、変更するのは大変なので、そのままにさせていただきます。
というわけで、今回もおまけ、いってみましょう!
★作中のろくろ首と飛頭蛮★
作中の説明の通り、首吊りをした者が眷属化した存在。
主であるツクモの力により、自分でも気付かないうちに首を吊ってしまった者が成ります。
飛頭蛮も同じく、自殺した者がなる存在。こちらは首を切ったり刺したりして自殺した者が成ります。本来はろくろ首の亜種で『抜け首』というのがありますが、分かりづらいと思ったので、別々の存在として設定しました。
昼の間は眷属の姿でも人の姿も自在に変化できますが、ツクモと眷属は夜の方が強いため、変化の制御が効かなくなり眷属の姿にしかなれません。
☆妖怪のろくろ首と飛頭蛮☆
『ろくろ首』はもう、書かなくてもいいぐらい有名ですね。
私が尊敬する水木しげる先生の『日本妖怪大全』や、鳥山石燕先生の『画図百鬼夜行』には『飛頭蛮』の漢字にルビが『ろくろくび』とされて紹介されています。
記載されている文献、小説は多く、有名なのは小泉八雲先生の『怪談』の短編『ろくろ首』。
『ろくろ首』は、二種類に分けられ、首が長く伸びる有名なタイプと首が胴体から離れて首が空を飛ぶ『抜け首』タイプが存在します。様々な文献には、ほとんどが女性が成る妖怪とされ、魂が抜けている間の姿だとされています。
『飛頭蛮』と読む場合は中国の妖怪で、夜になると首だけで飛び回り虫などを捕食するとされています。様々な文献に記載があり、主に首筋に赤い傷跡や筋があるのが特徴で、朝になるまでに体に戻れないと死んでしまうというものが多いもよう。
元々はこちらの『飛頭蛮』が日本に伝わってできた話が『ろくろ首』という説が有力。
なお、他にも南アメリカのペルーには『ウミタ』。チリの『チョンチョン』など海外には首だけで空を飛ぶ伝承があります。マレー半島には首とそこに繋がる内臓をぶら下げて空を飛び回るという『ペナンガラン』というのもいるとか。
……調べ出すときりがないほど伝承が出てきます。日本の妖怪でも巨大な頭だけの妖怪とか結構いますしね。妖怪ではないですが、有名どころでは『平将門』も首だけで飛んでます。
えー……(読み返してみて)めっちゃ長文になってるじゃないですか、やだぁ。というわけで、文献を記載していくときりがないので、この辺にしておきます。もっと知りたい方は調べてみてください。
小説ですが、分かると思いますが第四幕へ続きます。全然事件が解決してませんからね。二部構成と思っていますが、書いてみないとわかりません。様々なキャラの視点とか書きたいと思うとどんどん長くなるんです。もう三部構成になる可能性もあります。
まだ全部の話の辻褄があうかも分からなくなってきていますので(おいこら)、第四幕は全部書ききってからの投稿とさせていただきたく、一か月ほど投稿を中止させていだきます。勝手で申し訳ありませんが、しばしお待ちください。
一か月長すぎるので、もしかしたらディアマンテ大陸の他の国の話が『クロスオーバー』で始動させるかもしれません。こっちも中盤まで書いてるんでね。本当にちょっとずつなら投稿できます。ちなみに和風と真逆の中世ファンタジーかつゾンビホラー。
こ、乞うご期待……?




