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第四幕 土蜘蛛 【一】

遊郭で騒動が起きていた頃、城では羯磨に異変が起きていた。

体が異常に痒いのだ。

掻きむしるその姿から見かねた護衛が世羅から預かった霊符を渡す。

しかし神器が暴走寸前になり、霊符を貼りつけたにも関わらず、痒みは収まるどころか激しくなる一方だった。


その一刻後(約二時間後)、闘将の緊急招集が城から通達されたため、昴流と優駕は遊郭の事後処理を部下に任せ、カルマと部下の矢萩、真虎と世羅、そして遊郭の近くの寺で保護された里桜を連れて城へ戻る。

       【一】


 文机(ふづくえ)の前で仕事をしていた羯磨(カツマ)は全身の痒(かゆ)みに苛(さいな)まれていた。

 朝方の一件もあって気分は最悪なうえに、こんな状態でも、仕事をせねばならない。

 彼の仕事は宝物や日用品の調達などの管理。

 武家達からの献上品なども最初に目録を確認し、品物と照らし合わせ、宝物殿に収め、その後の管理もする。

 実は窃盗事件も、門前では知らないフリをしていたが、監査が入っているため知っていたし、立ち合いから聴取すらされていた。

 門前で抵抗したのは、下位の者がする検査を武家の高貴な自分までされるのが、まるで見下されているように感じたからだった。

 それを半分平民の血が流れる汚らわしい弟と、妙な子供の術師に自分が悪者のように扱われ、あげくに子供の方は自分の神器にまで文句をつけてきた。

 腹立たしい。

 腹の底から溶岩のような熱がふつふつと煮えているような怒りを堪(こら)えていた矢先に、今度は体に異変が起きた。

 昼過ぎを周り始めた頃の事だ。急に体が痒くなり始めた。

「うぅ……」

 歯を食いしばって爪を立てて皮膚を引っ掻(か)く。腕から首から顔まで、何度も強く掻く所為で、血が滲(にじ)み、爪も赤くなっていた。

 しかし、掻きむしった痛みよりも、痒みの感覚の方が強い。

 それもそのはず、彼の感じる痒みは内側からの感覚だった。

 あえて言い表すなら、皮膚の内側を無数の小さな虫が這(は)いまわっているかのようだ。

 特に背中と額、頬が痒い。

 こういうのはたまにあった。

 いつもはお気に入りの小姓(こしょう)が名医に頼んで購入している薬を飲めば収まるのだが、今日はなぜかいくら飲んでも収まらない。

「ああ、くそ……! なんで痒いんや……!」

 掻きむしっている所為で引っかき傷も相まって顔も真っ赤になっているのを見て、部屋の端で仕事をしていた従者兼護衛兼同僚の二人が顔を見合わせ、一人が声をかけた。

「あの、もしや、朝方のお話が関係しているのでは」

「はぁ?」

「神器(じんぎ)のツクモが復活しかけてるとか……顔色もお悪いですよ」

 もう一人も心配そうに彼を見つめる。鏡もないので分からないだろうが、掻きむしった痕だけでなく、肌は青白く、冷や汗が滲み、目も落ち窪(くぼ)んで周りが黒くなっていた。他人から見ても異常なのが分かる。

 一人が懐から霊(れい)符(ふ)を取り出した。

「実は、術師様が助言された時に渡そうとされていた霊符を貰っております。万が一もありますし、霊符を神器に貼(は)ってみては……」

「余計なことすんなや! そんなもん捨ててしまえ!」

 羯磨が怒鳴ると護衛は反射的に霊符を懐(ふところ)にサッと戻した。

 捨てろと言ったのに破りもせずに隠すだけだったその動作に、羯磨は盛大に舌打ちをするが、動きはしない。

 本当はすぐに駆け寄って、奪い取って、燃やすか破り捨てたかったが、痒みと、段々視界も霞(かす)んで来ていて、体が思うように動かないのだ。

 話題に出てしまった所為か、正座した傍(そば)に置いている刀に意識が向き、子供の助言と己の力量不足の指摘を思い出してさらに苛立(いらだ)ちが増す。

(くそぉぉぉぉ)

 思考と体が噛み合わない事も相(あい)まって怒りが爆発しそうになっていると、同じ部屋で黙って仕事をしていた同僚が声をかけて来た。

「竜胆(リンドウ)さん、あの聞こえてしまったんで、聞きますけど、術師って狐の面を付けた女の子のことですか?」

「……それがなんや言うんです」

 辛うじて敬語で返すと、同僚は眉間(みけん)に皺(しわ)を寄せて真剣な眼差しで見つめる。

「狐面の子って今回の窃盗騒ぎに貢献(こうけん)した符術師ですよ。私もちらっと術を見ましたけど、とても鮮やかに術を発動されていて、かなりの手練(てだ)れかと。常磐(トキワ)家の空駕(クウガ)様もお救いして陛下にも一目置かれてるとか。その人に助言されたのなら、言うことを聞いといた方がいいと思いますよ」

 助言を送ると、護衛の二人も何度も頷いた。

「今日は早退(そうたい)していいですよ。上司には報告しておきます。顔色もそうですが、症状も見てると異常ですよ。何か忠告されたのでしょう? 怪異(かいい)かもしれませんから、その術師にもう一度相談した方がいいですよ」

「ぐ……」

 同僚と護衛達からの視線に耐(た)え兼(か)ね、羯磨が視線を逸(そ)らしながら呟いた。

「分かりました。助言を聞けばええんでしょ? 神器に霊符を貼れとかどうとか」

「こちらです!」

 サッと霊符を再度出した護衛が近づいて差し出した。

 その行動の早さに思わず舌打ちをして霊符へ手を伸ばし、指先が触れた刹那(せつな)。

 バチッと小さな音をさせて白い電光が奔(はし)り、羯磨の指先から手、腕を伝って痒みと激痛が駆け上がった。

「ぃだ!?」

 思わず手を引っ込め、激痛が一番強い肩を抑える。

 護衛もギョッと目を剥いて霊符を引くと、ガタガタと刀が震え出し、腹の底から響くような重く低い憎悪の籠った声が木霊した。

『うぉぉおおぉぉぉぉ! 忌々しい、符術師風情がぁぁぁ!』

「ひぁ!?」

 傍に寄っていた護衛が悲鳴を上げて霊符を胸に抱きしめると、同僚も怯(ひる)んでしまうがなんとか声を上げた。

「神器に貼れって言われたんでしょう! 貼って!」

「は、ははは、はい!」

 恐怖を飲み込んで護衛が刀の鞘に霊符を貼りつけた。

 その瞬間、霊符が白く発光し、刀全体へ光が広がると震えも声もしなくなった。

 しかし、刀の異変が止まっても羯磨の異常は止まっていなかった。

「か、痒い……! かゆいぃぃぃぃ」

 さっき以上に激しい痒みが襲い、羯磨があちこちをガリガリと掻き始め、たまらず床に転げまわる。

 そう、例えるなら、アリの群れを叩いて慌てふためいて散ったような。そんな感覚が、皮膚の内側で一気に激しい痒みが襲って来た。

 しかし、そんな感覚だからこそ、あることに気付く。さきほど霊符に触れた腕だけが痒くないのだ。何かの効力がその腕にだけ残ったのか。

 狂いそうな痒みの中で、羯磨は思わず叫んだ。もう武家の矜持(きょうじ)など頭から吹っ飛んでしまっていた。

「あの術師! 狐面の術師! 呼んで来い! はよう!」

「は、はい!」

 霊符を持っていなかった方の護衛が大慌てで部屋を出て、廊下を駆けだす。

 本当は、廊下を走るのは厳禁(げんきん)なのだが、そんなこと言ってられない。

 どこへ行けばいいか分からないため、廊下を行き交(か)う役人たちに手当たり次第に聞いて周る。

 幸か不幸か、城内でも既(すで)に有名になっていた少女の行方はすぐに分かった。

 ただ、今は別の事件で二つの部隊と一緒に外出していると知らされる。

 愕然(がくぜん)としながら部屋へ大慌てで走って戻っていると、廊下の奥から男性が二人の従者を連れて歩いて来ており、血相(けっそう)を変えている護衛を見て声をかけてきた。

「おい、どないした?」

 怪訝(けげん)な顔で近づいて来た人物に、護衛が誰か気付いてその場で平伏(へいふく)する。

「ご当主様……!」

 見た目の歳は四十代前半だろうか。

 白い二本の角を持ち、左の角には既婚者(きこんしゃ)の角(つの)輪(わ)。白いものが若干混じっている紫色の髪を短く切っていて、顎(あご)髭(ひげ)を蓄(たくわ)えていて、薄紫の瞳は知性と冷静さを兼(か)ね備(そな)えた光を湛(たた)えている。皺も少し多いが、カルマが年を取ったらこうなりそうと思うぐらいには似ている。竜胆家の証(あかし)たる紫の着物と袴(はかま)を着て、刀を佩(は)いていた。

 異母兄弟の羯磨とカルマの父であり、竜胆家現当主、竜胆多聞(リンドウ・タモン)だ。

「な、なぜ城へ……」

 護衛が思わず詰問(きつもん)してしまう。

 多聞は元闘将(もととうしょう)であり、城での務(つと)めを辞(や)め、当主の仕事に集中しているのだ。城へ来るのは会合や祭事(さいじ)の時ぐらいだった。

 しかし今日はそんな行事は聞いていない。

 すると当然の質問に多聞もあやふやに答えた。

「急に帝都にいる全闘将に緊急会議の通達(つうたつ)が来たんやて。しかも名家の当主も参加せぇって儂(わし)のとこにも通達が来たんや。まだ会議は開かれへんみたいやけど、名家まで参加っちゅーのは相当大事件が起きたんやろ」

「そ、そんな事になってるのですか……」

「うん。で、お前は確か羯磨の護衛やんな? 廊下を走ってどないした?」

 改めて聞かれ、護衛は我に返って先ほどの事情を説明した。

 朝からの内容まで全部細かく報告すると、多聞は親指と人差し指で目元を挟(はさ)んで俯(うつむ)いた。

「うちの息子は何やってんねん……」

「あの……」

「放置したいところやけど、〝土蜘蛛〟が復活しそうならそんなん言ってられへんな」

「つちぐも?」

「神器のツクモの名前や。神器を得たって報告してきた後、一応神器やツクモについては調べておいたんや。アレは〝土蜘蛛〟っちゅー蜘蛛(くも)のツクモ。牛を食う程でかい蜘蛛らしいで。神器は【膝(ひざ)丸(まる)】。刀身から獣が吠えるような音をさせる振動で切れ味が増す能力がある」

「……え。蜘蛛って、天下の〝大百足(おおむかで)〟が守護する土地で使うのは良くない神器では……」

「せやな、少なくとも竜胆家が使うべきではない神器やな」

 竜胆家は初代皇帝の血筋であり、巨大なムカデのツクモである〝大百足〟の助力でかつての王族を討(う)ち取ったという経緯(いきさつ)がある。だからこそ、守護者としての大百足には最も敬意を払っているし、祀(まつ)っている大社(たいしゃ)にも毎年奉納もしている。

 だからこそ、他の虫のツクモの神器を使うのは不謹慎にしか思えなかった。

 多聞は眉間に皺を寄せ、少し思案してから命令を下した。

「よし。それじゃあ、その術師が戻ってくるまで、お前は城で待機しとき。戻り次第、申し訳ないが相談に乗って欲しい旨(むね)を伝えてくれ。私は仕事部屋で騒ぎを起こしてる羯磨を連れて一旦屋敷へ戻る」

「ははっ」

 護衛が声を上げると、多聞は振り返って従者へも声をかける。

「一人は私と来い。もう一人は、すまんが陛下に『息子に怪異が起きたから、城に迷惑がかからないように息子を連れて屋敷へ戻る』と伝えてくれ」

「「承知しました」」

 二人が頭を下げると、四人は行動を開始するのだった。

ハッピーハロウィン!


丑三つ時の深夜からこんばんは。ハロウィンならちょうどいい時間では?

怪異相談所『不可思議』、再開いたします。

大変長らくお待たせいたしました。一か月とか書いておいて、もう三か月近く……。

とはいえ、こんなに期間を開けたのに、まーだ、終わってません……(泣)

本当に、本当に、申し訳ありませんが、二週間に一回ぐらいのペースになるかと思います。


なぜ、ラスボスと黒幕も考えていて、しっかり流れも考えていて、オチまで頭に入っているのに、書き出せないんだ(滝涙)

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