第三幕 ろくろ首 【六】
赤子の怪異の解決後、数日が経った。
一か月もの間、悪夢にうなされていた愛悟は、限界が近かった。
名家・白藍家の当主と娘の姫君の捜索を急ぐ中、一か月前に起きた流産事件の話を聞く。
一方、城で起きていた複数の女中の行方不明と物品の窃盗の事件も進展があり、二つの事件が同一の組織の犯行だと分かる。
盗まれた物は闇市で売られ、女中達は遊郭に売られていた。その名簿の中には……。
【六】
遊郭。
それは男にとっての極楽。女にとっての地獄。
領地に一つは存在する花街の中でも、帝都のは規模が違う。
城からだと南東に位置するそこは、小さな町がすっぽり入るほどの土地を持ち、城のように水堀と高い木製の塀に囲まれていた。
東西南北に設置された橋でしか行き来出来ないようになっており、それぞれの大きな門が置かれ、門番が立っている。
町の中に、もう一つの町があるような様相だ。
働く者以外は女人禁制であり、女は入ったら最後、出るには死ぬか、高額の金で買い取られるぐらいしか出る方法はない。高い塀や門も相まって、女には完全な牢獄だった。
世羅は帝都の賑わいとは全く違う、独特の華やかさが門の奥に広がるのを、遊郭に入る一歩手前の門前で眺めていた。
その傍には白い着物の軍服に身を包んだ隊員達が勢ぞろいしている。
今いるのは主君の真虎の他に、カルマ、昴流、優駕の〈三貴子〉。彼らの副官達。第九、第十部隊の隊員からそれぞれ二十人ずつが連れて来られていた。
世羅も含めれば四十八人が門の手前にいるため、遊郭の内外の人々は突然の軍人達に不安そうな視線を向けていた。
今から、女中誘拐事件の被害者の救出と、家宅捜索をするのだ。
さきほど話していた狩弥と慶、愛悟は今はいない。
愛悟は寝不足の体調不良のため強制的に寝かしつけられ、狩弥はこういった場所は不得手のため愛悟の看病に残っている。慶も、領主として皇帝へ挨拶せねばならないため、城に残ったのだった。
部隊が点呼や軽い作戦の流れの再確認を行っている間に、世羅は門の傍で遊郭を外から眺めていたのだ。
長い棒を持って立っている門番が、突然の炎陽軍の物々(ものもの)しい雰囲気に気圧されて視線をさ迷わせ、小さな彼女に気付いて見下ろす。
「あ、おい、お前女だろう。お面を付けてても分かるんだぞ。ここはお前みたいな子供が来るところじゃないぞ。それとも売られて来たのか?」
「…………」
「おい」
返事をしない世羅に、門番が怪訝な顔をすると、彼女は急に空を見上げた。
「いやぁ、これは厄介な……」
嫌そうな呟きを聞き留め、門番が目を眇めて空を見てみるが、昼時の晴れ渡った青い空に白い雲が緩やかに流れているだけだ。
「なんだぁ? お面を付けて変な事言って」
「……ああ、すみません」
世羅が視線を降ろして門番に話しかけた。
「実は私、これでも仕事をしていまして。怪異の解決を生業としている符術師でございます。ちょっと縁あって、部隊の方々について来ましたが、入りませんのでご安心を」
「……へぇ?」
「この辺は初めてですが、無念や怨念、情念が渦巻いておりますねぇ」
「――……そりゃあ、そうだろうよ」
門番が肩越しに振り返る。今は昼時だからか、香ばしい匂いが漂って、人々も飲食店を探しているが、この『町』は不夜城。夜は女と男の、艶めかしい雰囲気に一変する。特に情念と言われれば、女の念はこの町に集まっていることだろう。
「何かお困りのことがありましたら、どうぞご贔屓に」
文字通りに面妖な少女の言葉に門番が視線を戻すと、薄い唇に笑みを張り付けていた。
門番は怪異と聞いて、ふと思い出して世間話をするように口を開いた。
「そういやぁ、最近この辺で妙な話を聞いたぜ」
「ほう」
「酔っ払いの話で信用は出来ねぇが……ここから左へ遊郭の水堀沿いに進むとな、『投げ込み寺』ってところがあるんだが」
「投げ込み寺?」
「あー、知らないか。本当は東方寺っていうんだけどな。ここだけの話じゃなくて、花街の傍には寺が一つか二つはあってだな、身寄りがない遊女の遺体や堕胎された赤子が無縁仏として埋葬されるんだ。で、最期に放り込まれるってことで、通称が『投げ込み寺』ってわけよ」
「へぇ。そういう場所があるんですか」
解説に素直に頷いているのが子供らしく見えたのか、男ばかり相手にしている門番も気を良くして饒舌に語り始める。
「その寺の前をな、遊郭帰りの酔っ払いが通りかかったら、墓場から女のすすり泣く声を聞いたんだと」
「ほほう」
「まだ遊び足りなかったらしくてなぁ、酔って怖さもなくなってて、墓場に入ったらしいんだ」
酔っ払いは暗い砂利道を自身の鬼火を浮遊させて進む。
夜中ということもあって、鬼火の光で薄ぼんやりと浮かび上がる墓の数々はそれはもう不気味ではあったが、すすり泣く女の声は鈴のように愛らしい。
声を頼りに進むと、一本の桜の木の傍まで来た。遊郭に通いなれている男は知っているが、この寺の一本だけの桜は樹齢も長く、それはそれは立派で満開になると道からも桃色の桜を見ることが出来る。ただ、残念なのは墓場にあることと、その時はまだ蕾がいくつか膨らみ始めたばかりで寒々(さむざむ)しい枯れ木のようだったことだ。
その木の付け根で背を丸め、座り込んだ女が泣いている。桜の木の方を向いているため、まるで枯れ木の桜を嘆いているかのうようにも見えた。
俯いて、顔を手で覆って泣く姿に、男はそっと近づいた。
「おぉい、そこで何してるんだ? 男にでも振られたか?」
話しかけると、女の泣き声がぴたりと止み、肩を震わせる。わずかに顔を上げると暗がりで分からなかったが、長い髪を降ろしていて、するりと肩から流れ落ちた。
「み、見ないで……」
鬼火に照らされて艶めく髪、そこからわずかに覗く白く細い首、薄暗くても分かる若々しい声もそそられる。男は下心のみで舌なめずりをしながらさらに近づく。
「大丈夫だって。うちで酒でも飲みながら相談に乗るぜ。な? 何もしない……」
「見ないで……」
男の話も聞かず、同じ言葉を繰り返した女の顔が上がる。髪がさらに流れ落ち、するすると持ち上がった。思わず男も目で追うと、視線が自然と上がっていく。
「え……?」
そこで男は思わず声を上げた。体は背を丸めて座り込んだまま、細い首が蛇の胴体のように伸び、頭がどんどん上へ、上へと首をくねらせながら上がっていく。
桜の木の枝に頭が上があたると、やっと止まり、女が長い髪を垂れ下げ、顔を巡らせて遥か上から男を見下ろす。夜中で顔は陰って見えないが、はらはらと涙の雫が鬼火に反射して煌めきながら地面に落ち、女が悲し気に言う。
「……みないで……」
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
そこで男はその場から逃げ出したのだった。
「で、血相を変えて、本当に地面を転がるみたいにして門まで逃げて来て、泥だらけでこの話をしてきたんだ」
門番がそう締めくくると、世羅は怖がりもせずに興味深げに頷いた。
「……なるほど。首が伸びる女ですか。行ってみたんですか?」
「いいや? お嬢ちゃんもさっき言ったろう? ここは情念が渦巻いてるんだ。そんな話ならザラにある。この辺に住んだり仕事するなら、そういう話を聞いたら、そこにゃ近づかない。むしろ怪異の情報交換をして、広めて、被害を最小限にするもんなのさ」
「素晴らしいです。怪異が起きてるのを知ってて近づくとか、馬鹿ですよねぇ」
「そうそう。肝試しなんてする奴の気がしれねぇ」
何度も頷く門番に、世羅が首を傾げる。
「……話は変わるんですが、この辺に市女笠とか売ってる場所を知りませんか?」
「市女笠? それならこの道の左側から三つ目の店が笠屋だぜ。屋根辺りに笠の絵が描かれた看板のある店だ。たぶんあると思うぞ?」
「そうですか。面白い話をありがとうございます。では私はこれで……」
急な問いをした世羅が頭を下げると、踵を返して部隊へ近づき、軍服を着ていない男性……真虎へ話しかけた。
「上様」
「ん? なんだ?」
「ついて来てはみましたが、遊郭には入れないので、周りを見て来ます。何かありましたら、私の名前を呼んでください。すぐ参じます」
「うむ」
どうやって来るのかも何も聞かずに真虎が頷くと、一度門番へ視線を向けた。
「後で先ほど話していた怪談とあわせて、他に話がないかあの門番には聞かねばな」
怪異や怪談話、いわく付きの物に目がない。それが世羅の主君なのだ。
城の女中と武家の女性二人が行方不明と言う異常事態でも、彼の蒐集癖は抑えられないらしい。
「……寺には確認に行きますが、それ以外は行きませんよ」
世羅は釘を刺すと、懐から霊符を取り出した。
橋の袂へ行き、三つ編みにしている濡れ羽色の髪を弄って長い一本を引き抜くと、霊符に挟み、何度か折り、それから小さく詠唱する。
「流れを統べ、波を鎮め、雫を従えし者よ。我が声を聞き届け、力を貸し与え給え――水術・水天祈願」
世羅が川へと霊符を投げると、音もなく落ちた紙が濡れてわずかに広がり、青く輝いたかと思うと包んだ紙もろとも水に溶けるようにして消えた。
確認すると、背後からカルマの声がした。
「おいおい、紙を川に捨てたらあかんで?」
振り返ると、軽い足取りでカルマが近づいてくるところだった。
「何やってたん?」
「帝都の水を、私が術を使う時に、使いやすいようにあらかじめ術を施してたんです」
「ん……?」
「あ、説明してませんでしたね。私、符術の中でも水術が得意なんです」
「え、水?」
カルマが怪訝そうに目を眇めると、いつもと同じ反応に内心ではほんの少し落胆したが、全くその素振りを見せずに世羅は首を傾げた。
「卑怯者で驚きました?」
「へ? なんで? 卑怯やなんてあらへんで。火に強い水を使ってなんで卑怯やねん。勝つために戦ってんのや、弱点突いて何が悪いねん。それ言うたら刀相手に弓や槍は使うのも卑怯やん。ワイも槍使いやけど、卑怯やなんて言う奴おらへんよ。卑怯者っていうのは弱い奴が言うことや。単なる負け惜しみやで」
完全に強者視点の意見に世羅は面の奥で目を点にさせる。
黙り込んでしまうと、カルマは彼女を見下ろして納得する。
「にしても……そっか、水術師ってことは、『例の話』も世羅ちゃんのことだったんやな。成人するまで来ぉへんって感じやったのに、急に無理に来てもらった理由がわかったわ」
「はい?」
今度は世羅が不思議そうにすると、カルマはその様子に首を傾げ、やや思案してから真虎へ振り返った。
「あれ? おやっさん、例の話ってもしかして話してへん?」
「話してないな。嫌がると思って帝都で話すつもりだったんだが、こっちに来てから怪異やら、儂も武家の挨拶回りやらで話せずにいたんだ」
「えぇ? はよ、話してやらなあかんのとちゃいます?」
「……今は仕事中だからな。帰ったら説明する」
嘆息する真虎に、カルマが不満げに口を尖らせる。
「何も知らされずにおるのは可哀想やあらへん?」
「やかましい。お前こそ檜皮の事を知らないだろう。仕事では一応きちんと最後までやるが、私生活は面倒くさがりで、ただでさえそろそろ反抗期なんだ。それなら断れない時点まで話しを進めてしまった方が良い……というのが彼女の育ての親の見解だ」
「ほほう。何か大人だけで勝手に私の進路か何かを決めてますね?」
育ての親という単語に世羅が予想を付けると、真虎が明後日の方へと視線を向けた。
「さてなぁ? それは城で話すから、今は仕事に集中しろ」
「…………」
世羅は沈黙し、これ以上の追及は無駄だと判断して、もう一度次の行動を知らせる。
「ではここでやることもありませんので周りを見て来ます」
「あ、ワイも……」
歩き出した世羅に合わせてカルマもついて行こうとすると、背後からやって来た昴流と優駕が彼の肩をそれぞれ笑顔で掴んだ。
「抜け駆けすんな?」
「謹慎中だろうが、大人しくしとけ?」
「ええやん! ええやん! 謹慎してんやから、仕事の邪魔になるやん! 個人的に遊郭に来たって体やったけど、女の子の独り歩きなんて黙ってられへんやん!」
カルマが嫌がるが、二人はしっかりと掴んでいて、優駕が付け加える。
「大丈夫だ。お前には後で話すけど、弟を助けた実力者だぞ。ツクモだか、眷属だかが敬語使ってへこへこ頭を下げてたってよ。それに神器使いだぞ。その辺の鬼人にゃ手も出せねーよ」
「えぇ?」
カルマが目を白黒させている間に、世羅は先ほど聞いた笠屋へと向かうのだった。
大変お待たせしました。って書くのももう何度目でしょうか(数えてない)。
私的なことなのですが、かなり断捨離をしまして……祖母の生前整理とゴミ屋敷状態の部屋の片づけ、私室もついでに模様替えを敢行。業者に○○万も払って色々と家財道具を処分し、私室がほぼすっからかん。当初の見積もりの三倍の額を払って絶句。しかし、このまま家に置いておくわけにもいかないいらない物だったので、やけくそで払った次第で……。
おまけに使いまわそうと思った祖母のベッドがボロボロで急遽処分。
結果、ベッドがありません。マットレスで雑魚寝です。おまけでエアコンが壊れて買い替えなければなりません。暑い。めっちゃ暑い。出費痛すぎる。
……何が書きたいかっていうと…………。
ここ一週間以上、書けてませんでした!!!!
やっと、やっと、三幕も終わりが見えたものの、次の幕すら書き始めておりません……。
もう少しだけお待ちください(どろどろに溶けてる)。




