第三幕 ろくろ首 【五】
赤子の怪異の解決後、数日が経った。
一か月もの間、悪夢にうなされていた愛悟は、限界が近かった。
名家・白藍家の当主と娘の姫君の捜索を急ぐ中、一か月前に起きた流産事件の話を聞く。
一方、城で起きていた複数の女中の行方不明と物品の窃盗の事件も進展があり、二つの事件が同一の組織の犯行だと分かる。
盗まれた物は闇市で売られ、女中達は遊郭に売られていた。その名簿の中には……。
【五】
「――これが、里桜ちゃんに起きたことや」
カルマが語り終えると、部屋には耳が痛くなるほどの重苦しい静寂に包まれた。
彼の隣では副隊長である路孝矢萩が青ざめた顔で委縮して俯いている。
カルマは自分の袖を一瞥した。先ほど見せた風車と金平糖が入っている。
「風車と金平糖も、矢萩のでんでん太鼓も、そん時の子へのお供えにと思って持って来てん。陛下が祠を作って弔ってるって聞いたから……後で行くつもりや」
そう締めくくると、気まずい雰囲気の中、一人だけ普段と変わらない者がいた。
「お二人共、謹慎しているとのことですが、この話だと路孝様だけの謹慎でもよかったのではないですか?」
ずけずけと聞いたのは世羅だ。
カルマは大人の機微がまだ分かってないと察したのか微苦笑する。
「部下の失態は上司の失態や。それに、目の前で起きた事を止められなかった責任はワイにある。聞いた陛下も重く受け止めての厳罰や」
「はぁ……そういうものですか。で、その後のことですが、行方不明になったのはいつ頃かご存知でしょうか?」
「翌日やったよ。部屋に手紙が置いてあったそうや。短く、『これ以上恥を晒すわけにも迷惑をかけるわけにもいきません。探さないでください』とだけ」
「翌日?」
世羅が反芻すると、狩弥が不意に彼女を見下ろした。この時、幼少から世話をしている狩弥だけが、僅かな声音の変化に気付いた。
怒ってる。気付かれないように注意しているようだが、物凄く怒ってる。
医学の知識もある世羅が咎めるように質問する。
「いくらなんでも、流産の翌日は安静のはずです。自分から動くようなことはないかと。母君もそれは十分に分かっているはずです。おかしいとは思われなかったのですか?」
「……言い訳に聞こえるかもしれへんけど、これはワイも後で聞いたことなんや。翌日は尋問でずっと部屋に閉じ込められててん」
「探されたかはご存知ですか?」
「それは……探さへんかったようや。今回の件は武家にとって恥辱や。なんせ、名家のワイに婚姻を申し込んでおきながら、妊娠してた。しかも秘密にしてた上に、こちらの不手際とはいえ流産で大騒ぎや。探して城に戻されても、周りの視線はあまりにも冷たいねん。探しても、互いにええことないんよ」
「…………」
世羅は口をへの字に曲げて、何か言いたげの様子だったが、武家の世界の何が栄誉で何が不名誉なのか分からない彼女は押し黙るしかない。
世羅は手紙に関しての言及はやめて、指で唇を叩いて思案してから詰問をする。
「翌日にいなくなったということは、里桜姫が話したいことがあるという内容は聞いていないということで? 燃やされた手紙の内容も?」
「聞けへんかった」
「誰の子なのかも聞いてませんか?」
「……医官や女中にそれとなく聞いてもらったんやけど、ずっとだんまりやったらしい」
カルマも気になるのか髪を乱暴に掻いて気を紛らわせる。
「相談ってのがなんだったのか、ちゃんと聞いてりゃ……手紙があればなぁ」
「確かに……おそらくこちらの話を合わせると、ハリ領で何か起きた事を知らせる物だった、ってところではないでしょうか」
「そうだろうな」
世羅の予想に、ずっと黙っていた真虎が袖に手を入れて腕を組む。
「八重殿が言っていた『白藍家に泥を塗る』というのも、ハリ領で武家にとって恥になることが起きたんだろう。ただでさえ婚姻すら聞いてなかった状態だし、婚約者と何かあったか……」
「ワイも婚姻なんて初耳……よりにもよって朽葉のおっさんのとこに行くなんて……。あ、そうや、その息子の事で思い出したわ。さっき璃寛さんが言うてたけど」
カルマが急に慶へと視線を向けた。
「ハリ領の領主の長男が誠実ってホンマに言うてます?」
「え?」
「いや、長男っていうたら疾風やろ? 会合の時に朽葉のおっさんと一緒によく挨拶で屋敷に来てるんやけど、そん時にワイの兄の羯磨とようつるんでるんや。何年か前はうちの女中が粗相した時に兄が蹴り入れてたんやけど、止めるどころか笑って見てたで? ワイが止めんかったらどうなってたか……」
「え!?」
寝耳に水だったのか慶が愕然とする。
「そんな……私の知る彼はそんな子じゃありません。お父上が女中を部屋に連れ込もうとしたらすぐさま止めて咎める役を自分から引き受けてるんです。あの城で女性に優しく、常に庇っていたのは疾風様だけなのですよ。何かの間違いなのでは?」
「えぇ? ホンマに? この数年は朽葉のおっさんも悪い噂が酷かったやん? 女癖がさらに悪化したとか……それで息子もやっぱり同じなんやと思ってたんや」
互いの話での人物像の食い違いに、本気で不思議そうにしていると、世羅が会話に割り込み、まずカルマに詰問する。
「カルマ閣下、その疾風という方は、いつ頃から本家に出入りをされているか分かりますか?」
「え? うーん……朽葉のおっさんと一緒に挨拶に来るようになったのに気付いたのは、一、二年前やったかな……? うちの使用人か、羯磨の家臣に聞いたらもっと正確に分かるかもしれへんけど」
「ほう……では、仮定として、竜胆のお屋敷に来るようになった時から性格が悪くなったと考えると、一年か二年の間に、何かあったのでは?」
世羅の予想に困惑して全員が顔を見合わせる。全員が答えがでないまま彼女を注視すると、代表者のように真虎が尋ねた。
「何かとはどういうことだ?」
「……さぁ?」
「おい」
言った当人が首を傾げる様に、真虎が思わず突っ込みを入れる。
すると世羅は口元を袖で隠して忍び笑いをした。
「いや、すみません。意味深な物言いは癖でして……」
もったいぶった言い方をする世羅が、不意に横へ首を巡らせた。そこには壁があるだけなのだが、彼女が告げる。
「おや、大慌てで昴流閣下と蘇芳閣下がやってきますよ。何かあったんでしょうか」
「……へ? あ、この足音はさすがにワイでも分かる」
一瞬の間を置いて、カルマは微かな音で気付く。さらに数秒経って、常人でも分かるバタバタと廊下から激しい早足の音がし、勢いよく障子が開け放たれた。
どちらも白い軍服の上から黄色と朱色の陣羽織を着ていた。
「「世羅ちゃんいる!?」」
同時に声を揃える二人に、真虎が目を据わらせる。
「仕事中で呼ぶなら儂じゃろうが」
「あ、おやっさんいたのか。カルマもいるじゃん。ちょうどよかった」
「お前ら……」
親戚である昴流のついでとばかりの発言に真虎の目元を痙攣させ、従兄弟かつ悪友のいつもの反応にカルマも失笑していた。
その間に何かの冊子を握っている優駕が世羅の傍に行くと、手の冊子を前に置いた。
「大変な事が分かったんだ。これ見てくれ」
ある項目で開かれた冊子を見るよう促され、世羅がすぐに手に取った。
「なんですか、これ?」
「例の誘拐事件を起こした組織が付けてた帳簿。あのクソ野郎ども、女中達を遊郭に売ってたんだ」
優駕の話を聞きながらその項目を順番に見ていた世羅が急に困惑する。
「え……? あの……ここに白藍八重、白藍里桜、売却って……」
「なんだと!?」
真虎の驚愕の声に、世羅が彼へ冊子を渡すと、カルマも表情を険しくさせて近づいた。
「今、なんて言うた?」
「……八重殿と里桜姫が遊郭に売られてる」
改めて真虎から聞かされ、全員が絶句すると、昴流が報告する。
「首領と使用人が吐いたことなんだが、二人に関しては内通していた城内の首謀者に命令されたんだと。で、使用人が睡眠薬で眠らせて、城内で大きな行李の中に入れて、二人を拉致したらしいんだ。手紙については、知らないと言ってたから、首謀者が偽装で用意したんだろう」
片膝を突いたカルマが真虎から冊子を受け取って茫然自失で眺めている。
世羅はその間に昴流達を見上げた。
「その首謀者については分かりましたか?」
「それが、全員が顔を知らないらしいんだ。いつも違う人物が連絡に来てるらしくて、きっとそいつらも何人も経由させて顔は知らされてないんじゃないかって話でさ」
昴流が答えて、続けて優駕も説明する。
「でも、首領もさすがに予想は出来てるみたいだったぜ。城でそんな大それたことして、しかも武家の二人まで売り飛ばして隠蔽するなんて、武家か、それ以上の名家が関与してんじゃねーかって。さすがに詳細を聞くと消されそうだから、黙って従ってたらしい」
すると、ずっと黙り込んでいた愛悟が、順繰りに冊子を渡され、名前を確認してがくがくと体が震え出した。全身の血の気が引き、頭の芯が痺れたように感じ、指先が冷たく、眩暈で視界が歪む。
「そんな……そん、な……あのお二人が遊郭、に……」
「おっと……愛悟さん、落ち着いて」
顔色が真っ白になり唇も青黒くなっていることに気付き、愛悟が冊子を彼から取って背中を擦る。
世羅も彼の異変を感じ取って、正面に周って顔色を確認する。
「ん? この隈で、この体調不良だと、たぶん寝不足だと思うけど?」
「そうなんです。この数日は例の能力で毎晩うなされて跳び起きてるんです」
「なるほど。今の話も精神的によくなかったね。もういっそ、術で夢を見ないぐらい深く眠らせようか? あとで住職様に連絡して、夢の封印術をかけてもらおう」
「ああ、その手の術はあたしは不得手なんで助かります。お願いしま……」
「ま、待ってください」
術師同士の相談に愛悟が首を横に振った。
「だ、大丈夫です。それより、遊郭に行かないと。姫様達を探さないと……」
「それは私達に任せてください。今は自分のことを考えてくださいね」
「待っ……」
不意打ちで世羅の小さな手が愛悟の目元を覆った。手の平の温かさはなく、かさりと紙の感触がして、緩やかな彼女の詠唱が耳に入って来る。
霊符で目元を覆われたのだと気付いた時には、愛悟の意識は闇に溶けていたのだった。
遅くなってすみません。すごく長くなってしまってます……。どうしても外せない話が多いため、この第三幕はもう少し続きます。




