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第三幕 ろくろ首 【四】

赤子の怪異の解決後、数日が経った。

一か月もの間、悪夢にうなされていた愛悟は、限界が近かった。

名家・白藍家の当主と娘の姫君の捜索を急ぐ中、一か月前に起きた流産事件の話を聞く。

一方、城で起きていた複数の女中の行方不明と物品の窃盗の事件も進展があり、二つの事件が同一の組織の犯行だと分かる。

盗まれた物は闇市で売られ、女中達は遊郭に売られていた。その名簿の中には……。

       【四】


 一か月前。

 カルマは城にある炎陽軍(えんようぐん)の各部隊長にあてがわれている部屋の奥の一段高い位置で苦々しい顔で座っていた。

 彼の斜め後ろでは副隊長である路孝矢萩(ロコウ・ヤハギ)が座して(ひか)えている。

 そして一段低い場所には、対面で二人の女性が座っていた。

「この度は謁見(えっけん)に答えていただきありがとうございます」

 年配の女性が(うやうや)しく平伏し、隣にいる若い女性がそれに倣う。

 見た目は四十代後半程。

 長い桃色の髪に白い物が混じっていて、顔には年相応(としそうおう)に皺があり、若葉(わかば)を太陽に透かしたような緑色の瞳には疲弊(ひへい)の色が濃く、年齢よりもさらに年寄りに見える。若い頃は美しかっただろうと思える女性だった。

 白藍の色である淡い水色に、青い麻の葉模様の着物を(まと)っているが、それも長く旅をして来たと思われる汚れが目立つ。

 彼女の名は、白藍(シラアイ・)八重(ヤエ)

 初代〈十二闘将〉を祖先とする『白藍家』の現当主。

 由緒正しき武家だが、いまだに十二闘将として君臨している『五大名家』とは違い、先代の当主である彼女の夫が闘将になれなかった。領主としても負け、ついには病死し、息子がいなかったために、妻の八重が代わりに神器を継承して当主になったものの、先代のような実力はなく、没落寸前になっている。

 ここだけの話、武家の間では笑いの種になっていた。

 ただ、カルマは彼女達とは面識もあり、今回は急な謁見(えっけん)の申し入れが『火急(かきゅう)要件(ようけん)』だと言われ、正規の手順も踏まずに会っていた。

 カルマは心配そうに二人を見つめながら口を開いた。

「遠路はるばる、しかも護衛もなく二人で来るとは、どうされたんです?」

 シンジュ領は帝都からもかなり距離のある領地だ。

 二人だけというのが、家臣すら離れ、護衛を雇うだけの金もないという現状が浮き彫りになっている。

会合(かいごう)には少しばかり早いですよ。しかも個人的に話をしたいなんて……」

 方言が出ないようにゆっくり喋ると、八重が僅かに顔を上げ、隣へ目配せした。

 見目も所作も美しい女性だ。

 見た目の歳は二十代に届くか届かないかほどだろう。若々しい白磁(はくじ)の肌に、八重と同じく薄い桃色の髪と若葉色の瞳。違うのは先端が赤く、根元が白い珍しい角を持つ。化粧も完璧で、世の男性ならば(はかな)げだが華やかさもあり、舞い散る桜の鮮やかさの如き美しさを持つ彼女に見惚れていたことだろうが、やはり彼女も疲弊しているようだった。着物は淡い水色に白い桜をあしらわれ、いつもは彼女の美しさを引き立たせていたが、やはり少々汚れている。

 彼女は八重の娘、白藍(シラアイ・)里桜(リオ)

 カルマより十歳年下で、比較的年齢が近い事や名家の生まれの為、顔を合わせることも多く、昴流(スバル)優駕(ユウガ)もあわせて四人は幼馴染みだった。

(綺麗になりはったなぁ……)

 幼少からの知り合いかつ、何度も会っているが、少しずつ大人の女性になり、美しさが増していく彼女に、カルマは僅かに目を細める。

 いつの間にか、その美しさは当代一と噂され、美女と言えば誰かと問われれば里桜の名前も出て来るようになっていた。

 すると八重の言葉が耳に入る。

「実は、今日お会いしたかったのはお願いがあってのことでございまして……里桜を、何卒(なにとぞ)、何卒、竜胆様の婚約者に……妻にしていただきたく参りました」

「……へ?」

 里桜を感慨深(かんがいぶか)げに見つめていたカルマが思わず(ほう)けた声を上げた。

「何言うてはるんです? ワイは結婚できへんのは知ってるやないですか」

 思わずいつもの口調に戻ってしまった。

 闘将であるカルマは強大な権力を有している。しかし、名家としてはかなり厳しい立場に立たされていた。

 実は母親が、平民だ。しかも、奉公に来て女中として働いていた母に、当主であるカルマの父親が手を付けたことで生まれた私生児だった。さらに不運にもカルマの母は産後の肥立(ひだ)ちが悪くて亡くなり、竜胆家に引き取られた。

 そんな生まれのカルマに味方がいるはずもない。

 正室、側室のみならず、異母兄弟達にもいじめの的として見られ、家臣達も守るどころか加担していた。

 ただし、いじめは僅か数年で終わり、逆に恐怖されて近寄らなくなっていた。

 理由は簡単で、彼が凄まじく強く、あまりにも優秀だったから。

 武術は一度見たものならどんなに困難な技でも習得し、兄弟たちの誰も成せなかった神器【天沼矛(あまのぬぼこ)】を僅か十歳で継承した。

 このため、父親の覚えも良く、兄達を差し置いて次期当主に指名され、初代皇帝であり竜胆家の始祖の名であり、当主が代々襲名している『(カルマ)』の名を、早々に継承させたほどだった。しかし彼は名前の重圧や周りの厳しい目に耐えられず、漢字ではなくカタカナで名乗っている。

 闘将にも史上最年少でなり、自力で権力も手に入れ、実力で黙らせられるようになったのだ。

 いじめられなくなった理由はもう一つある。

 山吹家の嫡男であり、竜胆家当主の妹が母親であるため従兄弟(いとこ)にあたる昴流(スバル)と、皇帝の孫・優駕(ユウガ)が傍にいたからだった。

 年上ばかりの武家社会の中で珍しい同い年。カルマの父は彼に対する酷いイジメの対抗策として、名家の跡取りたちと引き合わせ、彼らの名の力も使って守ろうと考えた。

 もし名家の跡取りが、カルマのいじめに巻き込まれて死にでもしたら強大な相手を敵に回すことになるのだ。そうなればカルマに手が出せない。

 他の親達も現状を知って了承し、二人とカルマは出会ったのだ。

 それからというもの、武術を切磋琢磨(せっさたくま)した好敵手であり、色んな悪戯や遊びをした悪友で、何でも腹を割って話せる親友で、背中を預けられる大事な戦友だ。

 二人がいなかったら、悪政、横領、暴行、自分の事を最優先にしか考えない悪行の数々しか覚えなかった兄達と同じ道を辿ったかもしれない。

 それでも彼を良く思っていない者は数知れず、裏では家族に暗殺されそうなことなど日常茶飯事だった。

 表立って毛嫌いしているのは、当主の長男である羯磨(カツマ)ぐらいだが、裏で陰湿な事をしてくるよりはマシかもしれない。

 そんな中で結婚など、弱点を作るようなもの。相手にも非常に迷惑だ。

「ワイと一緒になるいうことは、毎日命を懸けなあかんということですよ」

 もう標準語をやめたカルマは苦々しい顔をすると、八重はとんでもないことを言い出した。

「立場が厳しいことは存じ上げております。だからこそ、竜胆家は兄君方に任せ、どうか白藍家の婿養子として来ていただきたいのです!」

「――……」

「ご存知の通り、もう白藍家は後がありませぬ! 婿養子に来てくだされば、竜胆家は暗殺される理由がなくなり、私達はお家の存続が出来る。互いにとって良い事だらけではありませんか!」

「な……それは……!」

 思わず口を挟もうとした矢萩に、カルマは片手を上げて止めてから、落ち着いた口調で答えた。

「確かにええ話ですね」

「ならば……!」

「でもそれはあかんのです」

 力なくカルマが首を左右に振る。

「正直に言います。竜胆家には、いや父上には……返しきれへんぐらいたくさんの恩があるんですわ。それにうちの兄達の素行(そこう)はワイが見ても最悪で、このままワイが婿養子で家を出て兄の誰かが継いでまうと、大恩だいおんある竜胆家は兄達の所為で落ちぶれて、断絶(だんぜつ)しかねへんのです」

 カルマは異母兄弟達を思い出し、情けなくなって柳眉(りゅうび)を下げる。

 そして彼はすぐに居住まいを正して、里桜を真っ直ぐに見据(みす)えた。

「それに、ワイにとって里桜ちゃんは妹みたいに思うてます。失礼な言い方になってすんませんが、一人の女性として見てへんのです」

「私も、信頼できる兄と思っております」

 ずっと黙っていた里桜がか細い声を上げ、深々と平伏した。

「母の事をどうかお許しください。母は家が困窮(こんきゅう)するあまり(あせ)ってこのような……」

「ええんよ。家の事、大変なのは色んなところから聞いてるんや。結婚以外ならワイに出来ることがあるなら言うてな?」

「あの、では……内密にご相談が。これを」

「なりませんっ!」

 里桜が懐から手紙を取り出すと、八重が叫んでそのか細い手から奪い取った。

「あのことは忘れるよう何度も言ったではないですか! あの話をすれば白藍家の名に泥を塗る事になるのですよ! あんな者の所為で……!」

 目を吊り上げ、嫌悪感で顔を(ゆが)ませ、八重の手から怒りを体現するような火が燃え上がる。握っていた手紙は炎に包まれて、あっという間に灰となってしまった。

 止める間もなかった里桜が愕然(がくぜん)とする。

「お母様、なんてことを……」

「あのような者達に心を砕くことはありません!」

「……あの、話しがみえへんのですけど、なんかあったのは分かりまっせ? 白藍が関わった事は秘匿(ひとく)しますんで、話してみてもらえまへん?」

 言葉の端々(はしばし)から事件性を感じ取ったカルマが真剣に聞く。きっと謁見の要請に聞いた『火急の要件』はこちらのことだろうと察せられた。

 しかし、八重は首を横に振る。

「御心配には及びません。竜胆様が動かれることのない些末(さまつ)なことでございます」

「お母様、聞いてください。手紙の事もですが、実は……」

「あとになさい! あの話は忘れて、今は婚約についてちゃんと話さなくては!」

 里桜の言葉を遮って、八重が再度話を持ち出そうとした時、カルマの後ろに控えていた矢萩が急に立ち上がった。

「――いい加減にしろ!」

 矢萩の怒声が部屋に響き、三人が思わず口を(つぐ)んでしまう。

 忠臣であり、カルマとも付き合いの長い矢萩が激昂(げっこう)して八重の前に進み出た。

「黙って聞いていれば、手順も踏んでない謁見も快諾(かいだく)してくださっている閣下に対し、こちらの事情を話しても聞く耳も持たぬとは、いくら武家の当主でも不躾(ぶしつけ)なのが分からないのですか!」

「おい、矢萩……」

 敬語ではあるが、頭に血がのぼっている事に気付いたカルマが片膝かたひざ立ちになって静止するが、八重も武家の当主の威厳(いげん)なのか、立ち上がって矢萩に反論する。

「あなたに何が分かるというのです!」

「分かりませぬ! ですが、そもそも、貴女(あなた)の意見は、閣下のことなんて考えていない! 全部白藍家のためにしか聞こえませぬ! 閣下どころか、姫君の意見も完全に無視している! 閣下も姫も互いに断って納得してるんですから、まずは姫ときちんと話されよ! 話はそれからです! 閣下、謁見はもう終わりです、参りましょう!」

「なんという口の利き方……! 無礼はどちらですか! この……」

 八重も顔を赤くして激昂(げっこう)すると、里桜も立ち上がって母親を止めようとした。

 その時、八重が彼の腕を掴んでしまった。

 武人で闘将の副官であり、怒りで我を忘れかけている男の腕をだ。

「おい、待て!」

 悪い予感ですぐさまカルマも畳を蹴って止めようとするが一瞬遅かった。

 矢萩は怒りに任せて、掴まれた腕を思いっきり振り払ったのだ。

 その勢いで八重は後方に転倒する。後ろから止めようとした里桜もぶつかり、母の下敷きになる形で横転した。

「きゃ!」

「う……!」

 止められなかったカルマは矢萩の横を通り過ぎて彼女達に傍に屈みこむ。

 八重が慌てて横へどき、里桜を抱える。

「ああ、里桜、ごめんなさい、大丈夫?」

「う、うぅ……」

 苦し気なうめき声に混じって里桜からとんでもない言葉が聞こえた。

「あ……あ、あかちゃん、が……」

「!?」

 妊娠を告げられ、カルマも矢萩も体を硬直させ、全身から血の気が失せた。

「な、なんですって……!? まさかあの男の……!」

 驚愕したのは八重もだった。

 どうやら里桜の妊娠を知らなかった様子だ。しかし、里桜に懸想(けそう)した男がいた、ということに関しては知っていたらしく、八重は娘の心配と同時に激しい怒りで(まなじり)を吊り上げていた。

 カルマは硬直していたが、すぐに我に返って矢萩へ振り返った。

「すぐに医官を呼んで来い! 早く!」

 とっくに怒りの熱は冷め、逆に氷塊(ひょうかい)が背中を滑り落ちた心地になり、心臓が痛いほど早鐘を打っている矢萩は、その鋭い声でやっと駆けだしたのだった。

前の後書きでカルマの設定を書くと後書きで書いておきながら前回の投稿で書かず。すいません。

そして前回の後書きで書いた通り、ちょっと早めにフライング投稿。

フライングしすぎたので、ちょっとだけ投稿間隔を開けさせてください(まだ第三幕終わってない……)。


八重お母様はヤバすぎ感を出したかったんですけど、どうでしょう?

空駕君のお母様と似た感じです。ええ。似た者同士で話が弾むかもしれない。自分ちの自慢大会とか。

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