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第三幕 ろくろ首 【一】

赤子の怪異の解決後、数日が経った。

一か月もの間、悪夢にうなされていた愛悟は、限界が近かった。

名家・白藍家の当主と娘の姫君の捜索を急ぐ中、一か月前に起きた流産事件の話を聞く。

一方、城で起きていた複数の女中の行方不明と物品の窃盗の事件も進展があり、二つの事件が同一の組織の犯行だと分かる。

盗まれた物は闇市で売られ、女中達は遊郭に売られていた。その名簿の中には……。

       【一】


 愛悟(アイゴ)は気が付くと、馴染みのある広々とした居間(いま)にいた。

 彼はすぐさま理解する。

 ――これは、夢だ。

 夢だが、半年前に実際に起きたことでもある。

 すぐに理解はするが、何度願っても目が覚めない。

 そこは見慣れた白藍(シラアイ)家の屋敷で、立派な(つく)りなのだが、殺風景(さっぷうけい)だ。

 理由は調度品(ちょうどひん)の類が全くないからだった。

 しかも、使用人や女中の姿もなく、静寂(せいじゃく)に包まれている。

 かつては栄華を誇り、毎日賑やかだったのに、当主が国の百鬼(ひゃっき)御前(ごぜん)試合(じあい)で負けてから一気に衰退(すいたい)し、その当主も病で亡くなった。使用人たちに払う金にも困り始め、調度品を売ってやり繰りしていたが、次々と辞めていき、今では愛悟以外は誰もいない。

 よくある武家の没落(ぼつらく)だ。

 弱肉強食の様相(ようそう)の制度により、勝ち続けないとあっという間に衰退する。

 初代〈十二(じゅうに)闘将(とうしょう)〉を祖先とする名家ですら、この例には漏れない。

 愛悟の父は白藍家の配下の下級武士で、母は当主の厚意(こうい)で一人娘・白藍里桜(シラアイ・リオ)乳母(うば)を務めていた。

 愛悟が生まれたのはその翌年で、里桜と一緒に育てられたため、幼馴染みの間柄だった。両親はその後に流行り病で亡くなってしまい、成長してからは、当主の厚意で愛悟は使用人として里桜に(つか)えていた。

 彼は膝の上で拳を握り込み、(うつむ)いて身を固くしていた。隣には荷物をまとめた風呂敷が置かれている。

 目の前には、当時はなかった畳の上に丸い影があり、俯いている愛悟の視界には半分だけが見えていて、その横には踏み台が横倒しになっている。

 現実では、一人の女性が向き合う形で端座(たんざ)していたはずだ。

 とても淡い水色に、白い桜の模様をちりばめられた着物を着ていた。淡い水色は『白藍家』の証としていた色だ。

 俯いているため、視界の端に膝が見えるぐらいだが、美しい桃色の髪に、少したれ目で若葉を太陽に透かしたような美しい緑色の瞳をした、儚げで麗しい姿をしているのは分かっている。

 教養も完璧で、見目麗しく育ち、誰にでも愛されるような優しさを持つ女性。

 その美しさは当代一とも言われて持て(はや)されているほどだ。

 それが夢では、現実とは違っていた。

 里桜の優し気な声が、()()()()()()()()

「ついにお別れですね……」

「は、はい」

 黙っていたいのに、過去をなぞって自然と声が出てしまう。

「最後まで働いてくれてありがとう。とても助かったわ」

滅相(めっそう)もございません」

 これから里桜は母親・八重(ヤエ)と共にハリ領へ行き、領主の息子に嫁ぐ。

 八重も(しゅうとめ)としてハリ領の屋敷に住まうことになったためこの屋敷を売り払い、最後の使用人だった愛悟も(いとま)を貰うことになったのだ。

 その時、どこからか風が吹いて来た。これも過去とは違う。


 ギィィィ……ギィィィ……。


 上から、木が(きし)むような音がした。

 視界の端の影が、音に合わせて右に、左に、揺れる。

 考えないように必死で自分の手元を見つめる。じっとりと手汗が(にじ)んでいるのが分かる。

 過去に沿って、影の前に細長い(うるし)塗りに螺鈿(らでん)の桜の模様がされた美しい箱が置かれ、勝手にスーッと愛悟の前へ動く。本来なら白く細い手がその箱を滑らせていたはずだ。

 また上から声が降って来る。

「これを。生活の足しにしてください」

「こ、これ、姫様が大事になさってる(かんざし)でしょう? い、いただけません」

 すぐに何か分かって首を横に振る。父君が彼女のためだけに作らせた誕生日の贈り物の簪で、本当に大事にしていたのを知っていた。

「私にはもう、これぐらいしかしてあげられないのです」

 里桜の言葉で彼は迷ってしまい、互いに無言になる。部屋に耳が痛くなるほどの静寂(せいじゃく)が流れた。

 しばらくして、里桜が声を掛けた。

「愛悟……私……」

 だが、か細い声がすぐに途切れ、微かに息を詰まらせる音がする。硬い空気に耐え切れなくなったように、彼女は箱を置いて部屋を後にしてしまった。

 ……それから会っていない。彼女はすぐ旅立ってしまった。

 この場面になるたびに、後悔の波が押し寄せる。

 面と向かって、ちゃんと顔を見ておけばよかった。

 追いかけて、彼女の細い腕を掴めばよかった。

 そして何と言おうとしたのか、聞けばよかった。

 どうして……。

 この時の事を後悔しているから、こんな形で夢に投影されてしまったのだろう。

 自分の能力のことは分かっている。

 だが、夢を自由に操作することも、自分の意思で目覚めることも不可能なのも分かっている。

 だから、ここから先は能力と、自分の感情から出来ている。

「あ い ご……」


 ギィィィ……ギィィィ……。


 無情な軋み音が上から聞こえる。

 嫌なのに、上の情景が脳裏に浮かび上がる。

 あの人が、あの美しく優しい人が、首を括って、虚ろな瞳で自分を見下ろす姿。

 上から、過去にはなかった言葉が、紐で潰れた喉から、彼女の声が絞り出される。

「な ん で 止 め で く れ な が っ だ の」



「うわぁ!」

 愛悟が布団を()いで跳び起きた。

 毎度のことながら、全身から汗が噴き出し、着物を濡らしている。

 まだ真夜中のようで辺りは静まり返り、闇が部屋を支配していた。

 愛悟は慌てて鬼火(おにび)を空中に(とも)し、枕元に置いていた荷物をひっつかんで中身を漁る。布を巻いた細長い硬い感触を掴みだし、布を引き剥がす。

 中から現れたのは夢でも見た、里桜(リオ)姫からの贈り物である漆塗りの箱だった。蓋を開けると銀色の簪がある。先端は金の桜の枝になっていて、そこから銀色の鎖で青い宝石が三つ垂れている。

 売れるわけがなかった。

 ずっと家の神棚(かみだな)に置いていたのだが、一か月前から悪夢にうなされだし、彼はこの簪と一緒に姫を探して旅に出たのだ。

 愛悟はガタガタと震えながら箱ごと抱き締め、布団の上に(うずくま)る。

「う、うううう……」

 すすり泣き始めると、声を掛けずに障子(しょうじ)が開かれ、男性が入って来た。

 白い寝間(ねま)()姿で、顔には鼻を口を(おお)布面(ぬのめん)を付けていた。

 東雲狩弥(シノノメ・カリヤ)という、符術師(ふじゅつし)集団『月夜(つくよ)(しゅう)』の一人だ。

「大丈夫ですか? またうなされたんですね……」

 狩弥が愛悟の(そば)に膝を突いて背中を優しく擦る。

 ここは帝都にある『刈安(カリヤス)家』の武家(ぶけ)屋敷(やしき)で、二人は隣同士の部屋を借りていた。

「難儀な『夢見(ゆめみ)』ですねぇ……夢なんで制御も出来ませんし……」

 狩弥が呟いて嘆息する。

 白藍家の元使用人である愛悟は、昔から悩みがあった。

 身近な人の『死』を夢に見てしまうのだ。

 しかも、性質が悪いのは『未来で死ぬ場面を見る』わけではない。

 『死んだ状態』で夢の中では日常生活を普通に送っているのだ。

 そして死体の状態で『どんな死に方をしたか』だけが予想出来、数日後に実際に夢の通りの状態で発見される。

 隣のおばあさんは、ブクブクに膨れ上がった姿の夢を見た。その数日後に川で溺死した。

 同じ使用人の青年は、首が半分切れていた。その後に盗人に入られ、争った末に首を斬られて発見された。

 近くに住む女の子は、首に手形の痣があり、おかしな方向に折れていた。警戒していたが殺人鬼に誘拐され、山中で首を絞められ、折られて殺された。

 何度も何度も人の死を夢で見る。

 警告しても、見張っていても、どうしても彼らの死を回避できない。

 そんな事を続けていれば気味悪がられ、敬遠(けいえん)される事も多い。そんな中、里桜だけは悩む彼の傍にずっといて、話しを信じ、時には共に奔走(ほんそう)し、(はげ)まし続けてくれていた。

 それなのに、今度はそんな彼女の、死の夢を見る。

「嘘だ……絶対嘘だ……姫様は自殺なんてしない。そんなこと絶対しない……!」

 愛悟の呟きに狩弥はかける言葉が見つからない。

 彼から夢の話を聞いた時点で、狩弥は育った寺へ連れて行き、育ての親である住職・白露(ハクロ)へ助言を求めた。

 話を聞いた彼も、狩弥の予想と同意見で、特殊(とくしゅ)能力者(のうりょくしゃ)だと告げたのだ。

 能力の名は『夢見』。

 この夢に関しては能力者の中ではかなり多いし、曖昧(あいまい)で様々なものがある。

 直近の未来を見る。人や場所の過去を見る。人の夢へ入り込む。物から事件や事故の記憶を読み取って夢に見る。などなど数えだしたらキリがないほど人によって『見る夢』は違ってくる。

 愛悟の場合は出会った人物の『死期(しき)』を、夢という形で視ていると判断された。

 普段は夢で見た人物が亡くなると夢を見なくなるらしいのだが、今回は一か月は見ているのだ。

 この経験則(けいけんそく)から、まだ死んでいない可能性があり、希望を持っているらしいのだが、人の死を見続けるというのは精神的に非常につらい。気丈に彼女の死を否定して口に出しているが、涙を流すほどなので、彼も結果はもう分かっている様子ではある。

 そんな中、帝都で白藍親子についてほんのわずかに進展した。

 白藍親子が帝都に来ていて、しかも里桜は懐妊(かいにん)していた上に事故で流産。その後の行方が分からないというのだ。

 さらにこの話は一か月前。愛悟が夢を見始めた時期だった。

 愛悟もいずれ知る話の為、一緒に聞いたが、その時の彼は死人のように青ざめていた。

 どんな事故かは分からないが、我が子を失った絶望は、どれほどのものだろう。

 さすがに狩弥も、愛悟の夢の通りになってると思ってしまった。

 すすり泣く愛悟を見て、狩弥は妹分を思い浮かべて嘆息する。

(やれやれ……やっと世羅の出番だよ。これで解決するといいけどなぁ)

 彼女にも一応、彼の能力も夢の内容も教えていたが、武家同士の問題ということで符術師の出番ではなく、静観(せいかん)状態だった。

 だが運が良いのか悪いのか、流産した赤子が怪異(かいい)を起こしたことにより、世羅の出番が来たのだ。

「明日、城に行って、事故の詳細を聴くことになってます。現実にも、夢の力にも、負けないでください。絶対、白藍様を見つけましょう」

 狩弥はありったけの励ましをするが、内心は暗澹(あんたん)としていた。

お待たせしました。第三幕、開幕です。

最初は恐ろし気に書くことに努めてるんですが、やっぱりオチが怖くないんですよねぇ(遠い目)。

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