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第二幕 ノツゴ 【六】

病弱で幽体離脱までしてしまう青年がいた。

彼は庭にいるクマほどもある巨大な赤子がいることにいつも不思議に思っていたのだが、ある晩に幼い子供に変化した赤子に連れられ、異形の市場へと連れ出された。

一方、世羅は帝都の城へ到着してみると、『二日間目が覚めない者がいる』と分かり、さっそく怪異解決に乗り出すこととなる。


       【六】


 二人で外へ出て見ると、豪奢(ごうしゃ)な車が待っていた。

 牛車(ぎっしゃ)というから牛かと思ったが、前方に(くら)で繋がれているのは巨大な白い狐だった。首には注連縄(しめなわ)のような首輪がされていて、那由他(ナユタ)が来ると首を(めぐ)らせてきた。

「お疲れ様です、主様」

「あら、白銀(しろがね)がやるの? いつの間に……」

「その方が安心かと思いまして、志願しました」

 さらに黒い髪に修験者(しゅげんしゃ)のような服、背中に漆黒の翼をもつ女性が近づく。

「私が従者(じゅうしゃ)を務めます」

「分かった。さぁ、乗りましょう」

 那由他が月草(ツキクサ)(うなが)して乗り込むと、ゆっくりと牛車が動き出した。

 向かい合うように座った那由他は、約束通り砕けた口調で注意した。

「そうだ、外は見ないでね。今まで非常識な現象が起きても変だと思わなかったのも、ノツゴの力とこの幽世(かくりよ)の力が働いてたからだけど、少しずつ離れて行くから、妙なモノを見たら、下手したら発狂するよ」

「そうなんだ。分かった、見ないよ」

 月草は友人のような気軽さの彼女に、思わず頬を緩ませてから、那由他に詰問する。

「さっき喋っていた狐と女性は……?」

「どっちも私の式神だよ。心配しなくてもちゃんと城まで安全に行くから」

「そ、そうなんだ」

 一瞬話が途切れ、月草は話題はないかと視線をさ迷わせてから、聞かされた現世の話で触れていない事を思い出した。

「そういえば、僕たち常磐(トキワ)家が着てる着物が毒って……」

「んー……。それは調査中だから、本当にそうかは分からないよ。戻ってからまた改めて上様達から結果を聞かないと」

「そっか……」

 那由他の方から説明を中断されると、月草は不意に体が(なまり)のようにずっしりと重く感じ、肩から力が抜け、眠気が押し寄せて来た。

「あ、れ……」

 もっと話していたくて、重い(まぶた)を手で擦るが、それでも(あらが)えない。

「思ってたより生命力があってよかった。次は城で改めて会おうね」

 遠くで那由他の声を聞きながら、ついに堪えられなくなって瞼が落ち、視界が暗点してしまった。

 次に意識が覚醒(かくせい)した時、体が重く動かない、いつもの感覚に襲われた。

 ――ああ、戻ったんだ。

 そう思ったと同時に、ゆるゆると(まぶた)を開くと、見慣れた天井が目に入る。同時に線香の匂いが鼻腔(びこう)をくすぐった。那由他が説明していた通り、祈祷(きとう)をしていたためだろう。

 しかしいつも以上に体がだるい。二日も寝ていたのだから当たり前だろう。

 首をなんとか横へ巡らせると、憔悴(しょうすい)しきった男性が座っていた。

 彼の兄である蘇芳優駕(スオウ・ユウガ)だった。

「あに、うえ……」

 自分が思っていた以上に声が(かす)れていて、唇は渇いて喉がひりひりする。やはり二日という時間は体に異常をきたしていた。

 半分寝そうになっていた優駕が小さな声にすぐに顔を上げ、空駕(クウガ)と目が合うと炎のような瞳が大きく揺れ、中腰になって弟を(のぞ)き込む。

「空駕……! よ……っ、よがっだぁぁぁ……!」

 いつもは凛々(りり)しく勇ましいあの兄が、今は大粒の涙を流している。

 その姿に空駕は申し訳なさがこみ上げる。

「あにうえ……ごめんな、さい……」

「何を謝ることがある。……あ、ちょっと待ってろ。誰かいるか!」

 優駕は涙を乱暴に(ぬぐ)ってすぐに動き出した。

 声を聞きつけ、近くに待機していたらしき女中が入って来て、空駕に気付いて急いで廊下を飛び出していく。誰か呼びに行ったのだろう。

 その間に、優駕は傍に置かれていたお盆の上の急須(きゅうす)を手に取り、湯のみに水を入れて、片手で空駕をそっと抱き起した。

「少しだけ水飲んどけ。な? 二日はまともな物を食ってねーんだ。少し水を飲ませてたぐらいで……ホント、目が覚めてよかった……」

 近づけられた湯飲みの水をほんの少し飲み、口を湿らせてやっと一息ついた心地になる。

 そうしてから、頭が少しずつ回り始め、空駕は視線をさ迷わせた。

 彼女が、那由他がいない。

 優駕に寝かし直された空駕が兄を見上げる。

「兄上。僕はついさっきまで魂だけで、あの世とこの世の間にある、異形達の市場にいたんだよ」

「――……助けに行った女の子を見たぜ。ホントにそんな所に行ってたっていうのか?」

「うん。狐のお面を付けた女の子だよね。急いで来たから、生身で来たって。魂の僕も見えてたし、触れてたんだよ。ツクモか、眷属か分からない異形がね、彼女に敬語使って、怯えて、頭を下げてたんだ。他の異形の人たちも丁寧に接してたんだよ。すごいよね」

「へえ? 道理で母上相手に堂々としてたわけだよ」

 優駕は片目を(すが)めて話を聞き、今度は彼の方から話を振る。

「起きて早々なんだけどな、母上のことで話がある」

「うん……僕の生霊がくっついてたって聞いたけど……?」

「あ、ああ……それは気にするな。えっと、空駕が倒れて精神的にも疲弊しちまって体調が悪化してな。しばらく常磐家で療養することになった」

 視線を逸らす優駕の仕草や、気を遣ったような喋り方で、それだけじゃなさそうなのは空駕でも分かった。

「そうなの……まだ城にいる?」

「いや、すまねぇ、もういないんだ。早い方がいいってことでな」

「そっか……」

 すると優駕が慌てて別の話を切り出した。

「それでな、爺様とも色々と話してたんだけど、母上の我が儘をこのままにしとくのも良くないってことで、常磐の次期当主は取りやめて、姓も蘇芳に戻そうってことになった」

「え……」

 突然の話に空駕が目を見開くが、優駕は晴れ晴れとした顔をしていた。

「大丈夫だ。原因が分かったんだから、現当主も治療受けて健康になるだろうし」

「あの……」

「次期当主については考えなくていいぞ」

「えっと……」

「ずっと辛い思いさせて、ごめ」

「兄上、あ、あの、お話が、あります」

 優しい言葉をかける優駕を、彼は必死に止めた。

 やっと気付いたらしい優駕は首を傾げて弟からの言葉を待つ。

 空駕がジッと兄を見つめ、彼女の言葉を思い出していた。

 ――戻ったら、思い切って()が儘言ったらいいですよ。

 一瞬ぎゅっと唇を引き結んだ空駕は、勇気を振り絞る。

「あのね、兄上……」

「うん?」

「僕、常磐のままでいいよ」

 彼の返答に、優駕は目を丸くした。

「でもお前……」

「母上が困ってるからじゃないよ。僕が頑張る場所は常磐家だって思ってるんだ。でね、あの……それでね、僕が嫌な事、したいこと、今から言っていい?」

「お、おう」

 真剣な空駕の眼差しに、優駕が背筋を伸ばして聞く姿勢を示した。


「僕、周りが勝手に決めて、振り回されるのは嫌だ」


 不意を突かれたのか、優駕が言葉を失い、ややあって俯いて目を伏せた。

「……そうか」

「友達作って、一緒に遊んで、お祭り、行ってみたい」

「そっか」

「兄上みたいに、剣術習いたい」

「うん」

「いっぱい、勉強して、(じい)(さま)と兄上の役に立ちたい」

 最初を皮切りに、空駕は溢れ出す思いを兄に告げる。いつの間にか空駕自身も温かい涙が横へ滑り落ちて髪を濡らしていた。

 美形な顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、優駕が笑う。

「分かった。爺様にも常磐の伯父上(おじうえ)にも俺から言っとく。早く病気を治して、やりたいこと全部やって、立派な当主になろうな」

「……っ……うん……」

「今まで我慢させちまって、勝手に決めようとして、ひでぇ兄ちゃんですまん。空駕の話もちゃんと聞くよ」

「うん……」

 理解してくれた。

 やっと言えたのが良かったのか、胸のつかえが取れた気がした。

 誰にも振り回されない、自分で考えたことを、初めて口に出した。

 大事な大事な一歩だった。



 真虎(シントラ)昴流(スバル)は知らせを受けて廊下を早足で進んでいた。

 走るのは城ではご法度(はっと)なので、これで一番急いでいる。

 他にも数人が随従(ずいじゅう)しているが、朝方の時よりも人数は極めて少ない。世羅(セラ)が見に来た時に指摘した通り病人を(いた)わって、人数は(おさ)えられていた。

 庭に面した廊下へ差し掛かると、橙色に染まる世界で、砂利を踏みしめる音がし、首を巡らせるといつの間にか世羅が近づいて来ていた。

 すぐに気付いた真虎と昴流が立ち止まる。

檜皮(ヒワダ)!」

「世羅ちゃん!」

「あー……ただいま戻りました」

 廊下の(そば)で頭を下げた世羅は、すぐに懐から小瓶(こびん)を取り出した。

「こちら、万病から猛毒まで全てに効く特殊な霊薬(れいやく)でございます。空駕様の所へ行かれるなら、こちらの中身を全て飲ませてください。そうすれば、今の病はたちまち癒えます」

「本当か!? ありがてぇ、すぐに持ってく!」

 昴流が(かが)んで手に取ると、見ていた世羅が失笑する。

「信じるんですね」

「ん?」

「いえ、急いでいたので言いませんでしたが……着物の予想の時も、今も、こんなお面を付けた怪しい娘の話を信じて動かれるので、それが少々不思議でして」

「そうか? 心当たりあることばっかり言うし、嘘ついてるようには見えなかった。俺、嘘をついてるかついてないかは人を見りゃ分かるんだぜ?」

「…………」

 わりと人間不信の世羅が見上げていると、昴流が片手を上げて(きびす)を返した。

「じゃあ、俺は空駕の所に行ってくる!」

「先に行け。儂は少し檜皮に話がある」

 真虎だけがその場に残ると、彼は世羅を見下ろして目を細める。

「ご苦労だった。危険な真似をしたようだったから心配していたぞ」

「やれると言ったことは、必ずやれることですのでご心配なく」

 世羅が微笑すると、庭へ首を巡らせた。

「生霊もいなくなりましたし、上手く話せたようで何よりです」

「――……そうか」

 発言で気付いた真虎は必要以上に聞かずに嘆息する。

「お前がいなかった間の事を話しておこう。まず、着物の件だが、お前の言う通り『花緑青(はなろくしょう)』で間違いなかった。空駕たちの症状も『ヒ素中毒』だ」

「当たっていましたか。……でしたら、先ほどの霊薬の持ち主から交換条件に、その着物が欲しいと言われていまして。毒の着物で処理が難しいと思いますし、私に預けていただけると、常磐家の方々にも霊薬が配れるのですが」

「ほう。陛下に伝えよう。霊薬の出所は聞かない方が良いのはさすがに陛下も分かるだろうし」

 怪異に慣れている真虎は深くは聞かずに了承してくれる。

 胸を撫でおろしていると、真虎はさらに話を戻して報告を続ける。

「それから、空駕の母君のことだが、廊下の出来事を陛下と常磐閣下、旦那の耳に入ってな。空駕にとってかなり負担になっていると分かったし、彼女も精神的に不安定と判断されて実家の常磐家で療養となった。離縁(りえん)にはならないだろうが、しばらくは城に来ないとのことだ」

「…………あの時、座り込んでいましたし、やり過ぎましたか。申し訳ありません」

「お前が謝る事じゃない。元から空駕や家柄に過剰で、(うと)まれ始めていたんだ。常磐閣下曰く、両親に『家名に恥じない姫として子をなして一族を繁栄(はんえい)するように』ときつい教育を受けていたらしくてな。子への愛情表現を上手くできなかったんだろう」

 真虎の話に世羅は黙り込む。

 これについては両親もおらず、武家でもない世羅にはよく分からないことだった。

 親達の思いが理解できていないとは露知らず、真虎は続ける。

「本来なら大人の儂らが咎めてなんとかすべきことだったんだ。見て見ぬふりをしてしまった大人が悪い。お前は何も悪くないから気にするな」

 真虎が眉を下げると、空駕のいる部屋の方角へ首を巡らせた。

「それから、(ほこら)水子(みずこ)についても聞いておいたんだが……」

 言葉を切ってしまった真虎に剣呑なものを感じて世羅も真剣さを帯びる。

「どうかされました?」

「例の祠の水子は里桜(リオ)姫のお子だそうなんだ」

 真虎の言葉に理解が追い付かず、世羅はやや間を置いて問い返した。

「え……? 里桜姫? 白藍(シラアイ)家の姫君ですよね? ハリ領にいるはずでは……」

「儂も耳を疑った。どうも一か月前に、この城に来ていたらしくてな。その時にある事故で、流産したと……これについては後日、原因になった当事者を呼んで、互いの話をすり合わせると陛下に言われな。だから詳しくは聞いておらん」

「それは……えっと……里桜姫は今は?」

「それが分からないらしい。流産の後に何も言わずに親子は城を後にしたらしくて、足取りがつかめないとのことだ」

 予想外の話の連続にさすがに世羅も口を引き結んで黙り込んだ。

 ハリ領領主の子息に嫁いだはずの姫が帝都にいて、しかも妊娠どころか流産。

 事件の気配を感じ取ったと察知した真虎も真剣に見下ろす。

「それと、親子以外にも城内で使用人の不審な行方不明者が出ているそうだ。しかも献上品(けんじょうひん)窃盗(せっとう)もあってる。窃盗はともかく、行方不明については親子のこともあるし、符術で手助けをして貰うかもしれん。覚えておいてくれ」

 彼の言葉に、無言で頷くほかない。

 嫌な予感がひしひしと迫って来るのを感じる世羅なのだった。

大変申し訳ありません。空駕の我が儘部分を改正させていただきました。結構修正した……。よくよく考えたら、我が儘言うと常磐家が没落です。……我が儘言わせすぎた(滝汗)。もうちょっと優しい空駕にします。


第二幕、終了でございます。今週は月曜投稿間に合った(汗)。

次回、やっっっと愛悟の依頼「白藍親子捜索」に入ります。お待たせ愛悟君。

では終了したので今回のツクモと眷属の紹介、いってみよう!


★ノツゴ(作中)★

母性を司るツクモ・産女うぶめの眷属。

堕胎や流産で死に、親に祈られなかった水子や育てられずに森に置き去りにされるなどして「間引き」された子供達の魂を守る役目を持ちます。詳しい説明は本編で語ってますので、そちらをどうぞ。


☆伝承のノツゴ(妖怪)☆

本来のノツゴは、姿は不明。

愛媛県北宇和地方、南宇和郡、高知県幡多郡に伝わる。

足がもつれたり、突然歩けなくなることを「ノツゴに憑かれた」といい、子供が夜に外に出たがる時は「ノツゴに憑かれるぞ」と言って注意し、その地方では恐れられている。山で赤子の「オギャアオギャア」という泣き声が聞こえたりもする。

もし山でそういった足が重くなったり、もつれたりしたら草履の(紐を通す輪の部分)を切るか、草履の鼻緒を切って投げると解放されるという。

この地方では間引きや堕胎が多く、私生児を生んだ女性が子供の口を塞いで土に埋めて殺したということもあったとされ、そういった不遇な死を遂げた子供が成仏できずにさ迷っているのがノツゴの正体ともされている。wikiにさらに詳細があるので、よろしければそちらもご覧ください。


……現代だったら、間引きだけで大事件です。時代が違うだけで、こんなにも悲惨な事が多く起こっていたと思うとやるせないです。こういう伝承が出来たのも「後悔の念があった」んでしょうか。

しかし……本当に上記のような怪異にあったら、対処法はどうすればいいんだろうか。妖怪の対処法は決められた言葉や行動があるのが多いんですが、よりにもよって草履。現代は靴だよ。どうすんの。靴紐切ればいいの? 分からん。


この伝承から創作しましたが、ノツゴの姿のモデルは手塚治虫先生の「どろろ」のキャラ。マイマイオンバという妖怪に殺された孤児たちの霊の集合体「小僧妖怪」です。ノツゴを調べた時に思い出してしまい、どうしてもイメージが消えなかったので、そのままにしちゃいました。駄目だったかな……。



あ、大百足も名前だけ出てきましたね。まぁ、瓶長かめおさやノツゴに比べたら遥かに有名なので、書かなくてもいいかな?

尺的に省きましたが、世羅と大百足は色々と縁があるので、話しを入れ込むと長すぎまして……短編ぐらいなら一本書けるかもしれません。外伝的なのを……いや、連載に集中しよう。うん。

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