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第二幕 ノツゴ 【五】

病弱で幽体離脱までしてしまう青年がいた。

彼は庭にいるクマほどもある巨大な赤子がいることにいつも不思議に思っていたのだが、ある晩に幼い子供に変化した赤子に連れられ、異形の市場へと連れ出された。

一方、世羅は帝都の城へ到着してみると、『二日間目が覚めない者がいる』と分かり、さっそく怪異解決に乗り出すこととなる。


       【五】


「……というわけで、ここへ参りました」

 幽世(かくりよ)では那由他(ナユタ)の名を使っている世羅(セラ)が説明を終える。

 黙って聞いていた月草(ツキクサ)という偽名を使っている空駕(クウガ)は、怯えたようにガタガタと震えて青ざめていた。

「ぼ、僕がそんな……そんなことしてるなんて……」

生霊(いきりょう)は無意識で存在しているんで、気にすることはありません。誰でも、不満や欲の一つや二つはありますし、魂が分裂してどこかさ迷っていたりしますよ。ご母堂もそうでしたし」

「え……じゃあ、君も?」

 月草が不安そうな顔で那由他を見る。

「私など生霊ばかり出して養父(ちち)を困らせていましたよ。視える側の人ですから、私の生霊が一人で寝れないと泣いて部屋に入って来たそうで。それで枕を持って部屋に入って来て『寂しいならちゃんと言いにおいで』って笑って隣で寝たくれたりしてました」

「そ、そうなんだ」

「まぁ、小さい頃は自分自身が廊下を歩いていて驚いたこともありましたねぇ」

「え、えぇ……」

 ()える人の立場の話を聞かされ、月草は興味深く聞いているうちに己への恐怖心は薄れていた。

 そして冷静になり始め、月草が目を伏せる。

「僕……みんなに迷惑かけちゃったんだね」

「いやいや、迷惑だなんて。子供なんですから迷惑かけてなんぼでしょ。戻ったら、思い切って我が儘を言ったらいいですよ」

「…………君は、凄いな」

 月草が小さく呟く。

 自分なら、絶対に喉に詰まって言葉も出せずに、言いなりになるだけだ。よく分かっている。だからこそ、欲が(あふ)れて生霊などが出てきてしまった。

 戻ったら、本心を言う。……本当に出来るだろうか。

 月草は不安そうにしていると、那由他が話しかける。

「なんならここで練習しましょうか? 私に何かしてほしい事があるなら言ってみてください」

「え」

 突然の申し出に月草は文字通り跳び上がってオロオロと狼狽し始める。

「で、でで、でも……」

「ほらぁ、それがいけないんですって。我が儘を言い過ぎるのも良くないですが、溜め込め過ぎるのもよくありません。まずは他人の私で練習です。ほら」

 那由他が催促(さいそく)すると、月草はせわしなく視線をさ迷わせ、たっぷり時間を置いてから、もじもじと彼女を見る。

「じゃ、じゃあ、その……け、敬語はやめて貰えない、かな……って」

 月草は勇気を振り絞って言うが、最後は尻すぼみして声が消えていく。

 そして思わず肩を(すぼ)めて俯いた。

 実は別の我が儘を言いかけていた。帰りたくない、と。

 だが、そんなこと口が裂けても言えない。言ってはいけない。

 病気でまともに外にも出れず、友人も作れず、心配ばかりかける毎日。

 帰っても、生き辛い毎日が待っている。

 いくら彼女が説教したからといって、全部の状況が好転するわけはない。

 だからこそ、この場で言える我が儘は、彼女に話しかけられた時に思った事を言うしかなかった。

 異形を前にしても堂々としていた彼女に、砕けた口調で話してほしかった。

 城では大人から子供まで身分が高い所為でよそよそしく、敬語で堅苦しく(わずら)わしい。

 気兼(きが)ねなく話してくれるのは闘将(とうしょう)達と親族ぐらいのもの。

 だから、目の前の子とだけでも普通に話をしたい。

 周りに流されるままの人生を送っていた彼の、なけなしのお願いだったなど、彼女は知る由もない。

 那由他が袖に手を入れて腕を組む仕草をする。

「うーん、貴方様はお武家様。しかも皇帝陛下のお孫様です。私とは身分が違いますが……私から言い出したのに、願いを断るわけにはいきませんね。分かりました。ただ……人前ではさすがにできませんよ。二人の時だけ限定です」

「ほ、本当?」

 月草が顔を上げると、明らかに希望の光で目を煌かせていた。

 結構表情に出やすいからなのか、はたまた感情が剥き出しの魂だからこそなのか、分からないままだが那由他は失笑する。

「本当本当。じゃあ、こっちから聞きたいことあるんだけど」

「うん、何?」

 本当に砕けた口調になったことが嬉しくて月草が笑みを浮かべる。

 那由他は月草の隣に座っている幼児へと首を巡らせた。

「その子……いや、(ほこら)に祀られている水子(みずこ)に同情とかしなかった? 可哀想とか」

「あ、うん。祠の子は僕とは違って健康だっただろうに、生まれられずに母親まで居なくなって、可哀想だなって……」

 正直に話すと、那由他が頷く。

「なるほど。その思いを寄せたことで、視えていると気付いて構ってくれると思った祠の水子が外へ出て来た。だからノツゴが純粋に願いを叶えるために力を貸してしまったんだろうね。それでこんな場所までやって来てしまったわけか」

「ノツゴ?」

「おっと説明不足でごめん。その子はね、母性を司るツクモ〝産女(うぶめ)〟の眷属(けんぞく)で、赤子の魂を守る役目を持ってるの。名は〝ノツゴ〟」

 名を告げると、幼児が(あわ)く光ってむくむくと(ふく)れ上がり、月草がいつも夜中に見ている巨大な赤子の姿に戻る。

 いまだに恐怖心のない月草が隣の巨体を見上げる。

「てっきり庭にある祠に祀られた赤ん坊の幽霊かと……」

「その幽霊を守っていたのがノツゴだよ。赤子の魂はツクモや眷属にとって栄養満点の餌でね。水子があの世へ逝くまでの四十九日の間、異形から守る役目を持ってる」

「そうなんだ……」

「本来は、親が子を想って祈り続ければノツゴが守らなくてもあの世へ逝くことができるんだけど、堕胎や間引かれた捨て子……親から『生まれるのを望まれなかった子』は祈られず、現世をさ迷ってしまうの。そういう子達のためにいる眷属がノツゴ」

「――……」

「いつもは体内でたくさんの魂を守って山奥に引きこもっているんだけどね。これは予想だけど、城に親に祈られなかった魂がある事に気付いてやって来た。けれど、誰かに丁重に祠に祀られて冥福(めいふく)を祈られて祠が家のような状態になっていた。そこで四十九日が過ぎるまで傍で見守る判断をしたんじゃないかな」

 月草が思わずノツゴを見上げる。

「そうか、君はそんなに大事な役目があるんだね……」

 そういえば、祠の子も、母親が流産してそのまま子供を置いて行ったと聞いた。つまり親からは祈られなかった子なのだ。

 思い出している間にも、那由他が話を続ける。

「言ってなかったけど、二人共本当に危なかったよ。こんなところまで来て長居(ながい)してしまうと、体は死を迎えるからね。つまり、水子はそんなつもりがなくとも人を殺した事になる。そうなると、転生は永遠にできず、いずれはツクモか眷属に食われて消滅してた」

「そんな……っ」

 自分がとんでもないことをしていたと知って月草が俯いた。

「祈り方も知らないと当然の祈り方だよ。ほとんどの人は同情心で手を合わせるからね。本当に水子の事を想うならば、安らかな世界に行けるように祈ること。あとは、産女によって転生が早まるからねぇ。記憶は綺麗に無くなるけど、来世を願って祈ってあげる。今度こそは、生まれて、幸せになれますように、ってね」

「そっか……そういう風に祈るんだね」

 月草が次こそは正しい祈りを捧げてあげようと胸に刻むと、廊下から声がかかった。

「失礼いたします。牛車(ぎっしゃ)の準備ができました」

 女性が(うやうや)しく平伏してから、那由他へ近づき、一つの小瓶を差し出した。

「那由他様、実はご主人様が急ぎで一人分の霊薬(れいやく)をお作りくださいました。持って行ってくださいませ。これを飲ませれば体を(むしば)む病も毒も癒えます」

「あら、ありがとう。……他にも病を(わずら)ってる人がいるからもっと欲しいんだけど」

「その話も(うかが)っておりますが、対価が足りないと仰っておりまして」

「むむ……」

「そこでなのですが、霊薬が必要な原因は『花緑青(はなろくしょう)の着物』とのことですが?」

「あー……その可能性の高い着物を着てる人がいてね」

「その着物がもし『花緑青の着物』なのでしたら、霊薬の交換条件に加えたいとのことです。今まで使っていた着物がそろそろ減ってきていましたので、ちょうどいいと」

「…………」

 女性の発言に那由他が視線を逸らして遠い目をする。

 実は『花緑青』について教えてくれたのは帝都で信仰されているツクモ・大百足(おおむかで)なのだ。猛毒を使う彼は、人よりも遥かに毒の知識も、解毒の知識も(ゆう)している。

 大百足は時折気まぐれに人に化けて人の生活をすることがあった。その時に事件に出くわし、全部購入して毒の効かない彼は普段着にしていた。それを養父と一緒に聞いたのだ。

 ……こんな話、真虎(シントラ)達に詳しく説明するわけにもいかず、その英雄が誰かは(にご)していた。

 那由他は口をへの字に曲げて苦々しく答える。

「何とか貰ってこよう。用意だけしておいてもらえる?」

「承知しました。それから、ノツゴのことなのですが、こちらの判断でご主人様に報告させていただきました。那由他様の都合が良ければ、こちらでノツゴを預かると仰っております」

「……水子(みずこ)を食うならいくら元締(もとじ)めでも許さないよ」

滅相(めっそう)もございません。実は〝産女〟様の行方が分からなくなっておるのです。神器化した気配はありませんが、役目も(おろそ)かになりつつあり、ご主人様もそれを(うれ)いております。そのノツゴが那由他様と一緒にいるのも産女様が役目を果たしていない証左(しょうさ)です」

「産女が行方不明?」

「詳細は分かりません。ただ、現世で水子を守るより、あの世へ続くこの場で守るほうがノツゴにとっても負担は少ないかと。それに、この屋敷にいる限り他の者に手出しなど誓ってさせませぬ」

「確かに……分かった。預けよう」

「承知しました」

 女性が頭を下げると、那由他が立ち上がってノツゴへ近づき、大きな頭を()でる。

「じゃあ、ここでお別れね。来世(らいせ)が良き出会いに恵まれますように」

「あ、僕も」

 慌てて立ち上がった月草も頭を撫でた。その時に思い出したのは我が子と自分の家柄(いえがら)を守ろうとするあまり、様々な事を押し付ける母親の姿。

 月草には『母親』は彼女しか知らない。他の母がどんな風に子に接するのか分からない。ただ、ノツゴが守る赤子達は月草の母よりもさらに子を思わない親だったのだ。

 自分だけが不幸なのではない。もっともっと不幸な子はたくさんいる。

 眉を下げた月草はそっと呟く。

「……良き、ご両親のもとに生まれますように」

「さ、参りましょう」

 願いと別れをしてから、律儀に人前で敬語になっている那由他に頷き、二人は並んで歩き出した。

※水子の祈り方について。

那由他の説明として書いたことは個人の感想となります。

あくまで、この世界では転生があって、そう願ってあげようね、というお話。

ただ、オカルト的には同情すると幽霊がついてくる、あまり良くない、って話はよくあります。

まぁ、個人的には転生ってあると思ってますので、来世の幸せを願ってもアリじゃないかと思って書きました。ちょっと調べてみると、亡くなった赤ちゃんは穏やかな存在。旅立ちや幸せ、安寧を願ったりする、とか色々と出てきました。

……下手に『こうすべき』って書かない方が良かったかな……? 


★お知らせ

大変申し訳ありませんが、投稿を次から『毎週月曜日』から『週一投稿、曜日未定』に変更します。ミスして一週間前にあらすじの方を先に変更してしまってました、すみません……。来週からランダムに変わります。

理由は、書き溜めていた分まで投稿が追い付き始めたためです。

遅筆で申し訳ありません。が、頑張って週一は出す予定です。

仕事の合間にちまちま書いてはいるんですが……お、お許しを(平伏)

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