第二幕 ノツゴ 【四】
病弱で幽体離脱までしてしまう青年がいた。
彼は庭にいるクマほどもある巨大な赤子がいることにいつも不思議に思っていたのだが、ある晩に幼い子供に変化した赤子に連れられ、異形の市場へと連れ出された。
一方、世羅は帝都の城へ到着してみると、『二日間目が覚めない者がいる』と分かり、さっそく怪異解決に乗り出すこととなる。
【四】
山吹家の屋敷は城と目と鼻の先にあり、徒歩での移動になった。
水堀の奥に威容を誇る帝国で最も大きな城がすでに見える。
最も活気に満ちた帝国の中枢、堅牢な城塞としても有名な城だ。
城の周囲には敵の侵入を拒むように堀があって川が引かれ、門の傍には櫓が伸び、城の出入りを制限するために跳ね橋も設置されていた。
外側から見ても、黒い壁が際立つ巨大な城で、大小さまざまな岩を組み合わせて作られた石垣が高く積み上げられ、その上に、黒を基調とした武骨で威圧的な巨大な天守が鎮座し、さらに右に少し小さい天守がくっついている。見上げていても、他にも周囲にいくつか御殿の黒い屋根が見える。
造りはメノウ領の城と同じだが、それよりも遥かに立派だ。
水堀に沿って歩く昴流を先頭に真虎と世羅が続く。
その時世羅は左側から寒気がし、気配を辿って城とは反対方向の城下町へ視線を首を巡らせた。
屋敷と屋敷の間の狭い通路、その中がまるで光すら吸収しているような異様なほどに闇がわだかまり、漆黒の穴が開いている。
(げぇ……幽世への道が開いてんじゃん。ん? あれは……)
通路の奥へ金色の光の粒子が紐のような形をしてフワフワと浮いていた。ソレと一緒に、見知った眷属の気配が混ざり合っている。
あの紐は体と魂を繋ぐ文字通りの生命線だ。アレが切れた時、人は死んでしまう。
「…………」
彼女は紐を辿って反対方向へ首を巡らせると、水堀の空中に長く伸び、城の塀の壁を貫通して中へと繋がっている。
(ははぁ、なるほど。目を覚まさないって、そういうことか)
魂が抜けだして、しかも別世界同然の場所まで行ってしまっている上に眷属が魂を戻すための祈りの邪魔をしているのだ。これではどれだけ祈祷しても戻らない。
原因は分かったが、巻き込まれた人物の見た目も分からない。どういう理由で、眷属と一緒にいるのか調べなければならないのだ。
その時、昴流が歩調を緩めて世羅の隣に並んでいた。軍服に香を焚き込んでいるのか白檀の香りが鼻腔をくすぐる。
「ねぇねぇ、世羅ちゃんって呼んでいい?」
「え……ああ、はい」
「そのお面について聞いても大丈夫?」
どうやらずっと気になっていたようだが、気遣って黙っていたらしい。きちんと前置きする辺り、女性への配慮はしているらしかった。
腕が触れそうなほどの距離になると、二人の間に真虎が割り込み、目を据わらせて昴流を見る。
「個人的な話なら後で儂が話してやる。今は仕事優先だろう」
「あ、はい」
警戒されている事に気付いて昴流は亀のように首を竦めた。
そんな話をしている間に、本当に近かったようで城から跳ね橋が降ろされている場所へ辿り着いた。
門番が昴流に気付いて敬礼すると、彼は片手を上げただけで悠々と通り過ぎ、真虎と世羅も咎められもせずに素通りになった。
普通なら止められて身分確認をされるところだ。
こういうところも闘将という立場だからなのだろう。
聳え立っている天守閣を横目に、左右に壁や穴がある迷路のような通路を通り抜け、やっと敷地内に入る。
やはりメノウ領の城よりも広い庭と立派な建物がたくさんあり、昴流が真っ直ぐ本丸御殿へ歩を進めると、世羅に足元に蹴鞠が転がって来た。
「おっと……」
足で蹴鞠を止め、屈んで手に持つと、砂利道を六歳ほどに見える少年が走って来た。緑の髪を頭の高い位置で結んだ赤い瞳が愛らしい少年で、鮮やかな緑の着物とさらに濃い緑の袴を穿いていた。
しかし、その姿は向こう側が透けている。
世羅は蹴鞠を手渡してやると、少年が満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
少年が背中を向けて走り去り、開けた場所で蹴鞠で遊び始める。
その傍に木刀を振る十代前半の少年がいた。こちらも体が透けていて、蹴鞠で遊ぶ少年と面影が重なる。
「…………」
ぶんぶんと風を切る木刀の音がし、熱心に素振りをしているその姿はどこか楽しそうだ。
他にも、よくよく視ると、庭を散策する姿や、昴流が行こうとしている本丸御殿の濡れ縁では読書している姿など、あちこちに年齢はバラバラだが同じ少年達が居る。全員が二十代以上はいないようだった。
「どうした?」
真虎に声を掛けられて、世羅が振り返る。
「庭を見て何をしてる? まさか何かいるのか?」
二人が怪訝そうに世羅を見ていた。彼らには世羅が声を上げ、見えない何かを拾い上げて渡しているようにしか見えなかったのだ。
「そうですね。ちょっとお尋ねしますが……寝ているという方は、二十代に届かないぐらいの年齢で、緑色の髪で赤い目の男性ですか?」
世羅が問いかけると、真虎が肩を落とす。
「お前は本当に色んなモノが視えるんだな。その通りだ」
「なるほど。随分と感情を押し殺している方のようですね」
彼女の唐突な感想に二人が驚いた表情で顔を見合わせた。
真虎が複雑な顔で世羅を見る。
「なぜそう思う?」
「さきほど山吹閣下にも生霊の説明をましたが、庭に年齢がバラバラですが同一人物の生霊がたくさんいるんですよ」
「生霊が?」
「遊んだり、訓練したり、庭を眺めてたり、読書していたり。全体的に視て、どうやら外に出たいとか、やりたい事があるようですね。色んな欲が体から溢れて、年齢の違う姿で庭にいるって感じでしょう」
「――……」
話を聞いた真虎が憂いを帯びると指で目元を抑える。
同じく昴流もなんとも言えない悲し気な表情をした。
「子供の頃から病気で外にもろくに出られないんだ……その願望だろう」
「ほほう。その空駕様とおっしゃいましたっけ? その方についてご存知の事があれば教えていただきたいのです。武家の家系はほぼ分からないので詳細もお願いしたいです」
「もちろん。行きながら話そう」
昴流に促され再び歩き出して三人で本丸御殿に入る。昴流と真虎は草履をそのまま玄関先で置いたが、世羅はなぜか草履を手に持って入った。
まず真虎がさっそく話を始めてくれた。
「今から会いにいく子の名前は常磐空駕。実兄は蘇芳優駕だ。さすがに優駕は知ってるだろう」
前回の御前試合で史上最年少者は三人。しかも八、九、十位と並んでいる。
昴流を含め、全員が初代闘将から続く名家の出身かつ、同い年の幼馴染みだ。
その一人である優駕の序列は十位であり、炎陽軍第十部隊隊長で、昴流と同じく世襲制だったら皇太子でもおかしくない人物だ。
なぜなら、彼の祖父こそが現皇帝。さらに彼自身が『蘇芳家』の血を色濃く継ぎ、初代と同じ赤髪赤眼、祖父と同じ鬼火の形を持つ。神器も難なく受け継ぎ、実力も申し分なく、次席の志渡に続いて皇帝候補の一人だ。
真虎の説明で世羅は首を傾げる。
「実兄と仰いましたが、ご兄弟で名字が違いますね」
「あー……空駕のは母方の姓だ。ご母堂は蘇芳家と同じく初代〈十二闘将〉の武士から続く五大名家の『常磐家』の出身だ」
「山吹閣下のご両親も名家同士のご結婚ですよね。大分家系が複雑そうですけど……」
真虎の補足に世羅が頭がこんがらがりそうになっていると、昴流が短く溜め息を吐く。
「そうなんだよ。めっちゃ多いぞ、そういう複雑な家系。しかも分家も含めるから覚えようとしたら頭が痛くなる。だからある程度家系が分かるように『色分け』されててな」
「色分け?」
「そう。大まかにだけどな。例えば、現皇帝の『蘇芳家』は赤。俺の『山吹家』や分家のおやっさんは黄色。ちなみにうちのお袋は『竜胆家』で紫なんだけど、女性で仕事してると男より大変でさ。闘将に同じ名字が三人もいるから、仕事の時は『竜胆』姓だし、行事の時は分かりやすいように黄色と紫の着物を重ねて着たりしてるんだ」
「なるほど。闘将の証の陣羽織もですか?」
「うん。ある程度ってだけで、陣羽織は個人で刺繍したり飾り付けたりできるけどな」
説明を受けて昴流と真虎を交互に見比べる。確かに、黄色を主体とした服装だ。
そして遊んでいた生霊の子供達の服も思い出す。
「そういえば、私が見た生霊はみんな緑色の着物でしたね。『常磐家』は緑色?」
「……うん。すげぇな。霊が視えるだけで話が早いぜ。おやっさんが傍に置く理由が分かってきたぜ」
基本情報を終えた昴流は、兄弟のことを思い出したのか遠い目をした。
「で、母方の『常磐家』が、すごい短命で有名なんだ。本当に、常磐家だけ百歳を超えられない奴がゴロゴロいるんだ」
「え? 鬼人なのにですか?」
「おう。奇跡的に空駕のお袋さんと常磐家当主の彼女の兄は百歳超えて長生きしてるけどな。それでも体が弱くて、臥せりがちだ。当主は一応、前回の御前試合もギリギリではあるが、十二位に滑り込んで、なんとか軍の隊長もやり続けてるけど、たまに倒れる」
「それはまた大変ですね……」
「うん。それで、当主には子はいないし、優駕は蘇芳家を継ぐことが決まってる。だから、次期当主として空駕が選ばれて名字も変更されてるんだ」
「なるほど」
名字の違いに納得して頷くと、今度は真虎から長いため息が聞こえた。
「空駕は、母方の血を色濃く継いでしまったようで、酷く病弱でなぁ……優駕は本当に病気知らずで元気なんだ。幼少から二人の事は見てるんだが、具合が悪くなったのは、常磐家の次期当主に決まってからなんだ」
「……それは常磐家に問題があるように聞こえますが」
「儂はそう思ってるからな。常磐家は何かに呪われてるんじゃないかと噂になってるぞ」
「俺も何かあるんじゃなかと思ってる」
昴流も重々しく頷いた。
「絶対、先祖が何かしでかしてるんだって。それが一族の間で続いてるんだって」
「そうは言うが、儂も調べてみたが、分からなかったしなぁ……」
「ほう、一族の呪いですか」
世羅が食いついたと気付いた真虎が廊下を歩きながら肩越しに一瞬振り返る。
「お前なら解決できるかもしれんな。なんならそれも一緒に解決してやれ」
「本当に呪われていて、その『呪い』とやらが私の手に負えるのなら解決しましょう。その症状についてはご存知ですか?」
「症状か……調べた時に詳細は聞いたな。確か……発熱、腹痛、下痢、嘔吐はいつもだったな。他に発汗や痙攣、手足に紫斑が出てたこともあるらしい。あと、最近じゃあ皮膚に黒い斑点が出たり爪が変色してるそうだ」
「ん……?」
世羅は症状を頭の中で反芻し、人差し指で唇を叩きながら思案を始める。
その間にも真虎は残念そうに肩を落として続けた。
「腕のいい神職、符術師が見ても、呪われていないと首を横に振る。名医を国中からかき集めて診察させているが、原因不明。症状が少し緩和しても、すぐに悪化を繰り返して埒が明かないんだ」
「……上様。聞きたいことがあるのですが」
世羅が話を遮り、深刻そうな声音を発すると、二人が立ち止まって振り返る。
「何だ?」
「一族で色を決めているとのことですが、一族で使う染料を決められてるってことでよろしいでしょうか?」
「? まぁ……基本的にはそうだな」
「もしかして常磐家が使っている染料の名前は『花緑青』じゃないですか?」
奇妙な質問に思え、二人が顔を見合わせる。
そして世羅の問いに真虎が答える。
「染料の名までは分からないな。常磐の当主なら知ってそうだが……」
「では聞いていただけますか? それで、花緑青なら、すぐに着るのをやめるよう伝えてください」
「どういうことだ?」
「今言った花緑青というのは、猛毒『ヒ素』から作られている染料です」
世羅が告げると、二人が目を見開いて驚愕する。
「なんだと?」
「どのような緑色か分かりませんが、こんな話がありまして。数百年前のとある地方で、とても綺麗な緑の着物や装飾品が人気になったことがあったそうです。しかし人気と同時に謎の体調不良者が続出したとか。上様が仰った症状がそれにそっくりなんです」
「「…………」」
「しかし、ある方がその地方の緑の着物、装飾品をいたく気に入って、一般人からも商人からも全て買い占めたそうなんです。そうしたら、体調不良の騒ぎは収まったという話でして」
「なぜそんな事を知ってる?」
怪訝そうな真虎に、世羅は顔を少し背けた。
「あー……その買い占めた方が養父の知り合いで、酒の席で話してくれたんです。『猛毒の着物』を着て体調不良になって不思議がってるのがあまりに滑稽だったし、説明しても信じそうになかったから全部買った、と。その時に『ヒ素中毒』の症状の詳細や染料についても教えてくださったんです」
「――……」
世羅はじっと二人を見上げる。
自分自身も聞いた時は信じられなかった話だ。だが、彼らの説明から思い出したのはこの事しかないし、辻褄は合う。
「……ううむ。服を着ただけで毒が体にまわるものなのか?」
真虎の当然の質問に世羅は以前に自分も同じ質問を投げかけ、答えられた事を説明していく。
「その人曰く、ヒ素は水に溶けやすく肌からも入り込むそうです。他にも汗や唾液の飛沫、環境でも服から毒が蒸発して、たくさん空気に混ざって毒を吸い込むんだとか。……お城の外は水堀で湿気が多いですし、環境的にも最悪かと」
「じゃあ、常磐の当主と優駕たちのお袋さんの兄妹が長生きなのは?」
「えぇっと……」
昴流からの詰問にはしばし考え込む。これは知らないが、今までの話を思い返す。
「…………あ。もしかしたら、常磐の着物を着る頻度が下がったんじゃないでしょうか。ご当主は闘将様ですから軍服の事が多いでしょうし、妹様も蘇芳家に嫁がれたんですから着物は赤が多いのでは?」
その場の思い付きのような単なる予想だ。実際どうなのか分からない。
いつもならこの辺りで、信用されずに不審な視線を向けて来るものだ。
しかし世羅の心配をよそに、二人は剣呑な表情で顔を見合わせた。
「そうか……確かに。次期当主に決定してから体調不良になったのも緑の着物に変更されたからか。優駕の着物が赤で健康、空駕が緑だから病気になってるのだとしたら……これは可能性がかなり高いぞ」
「そういや優駕のお袋さん、蘇芳家の親族と喧嘩したとかで緑の着物ばっかり着てたぜ。言われてみるとその辺から具合が悪化したかも」
「毒の検査はされたか知ってるか?」
「分からねぇけど、毒の検査はしてないと思う。毎食の毒見もしてるし、調度品も拭き上げたり、頻繁に代えたりして細心の注意を払ってるって分かってるから……毒じゃないと思い込んでるかも」
「まさか着物が原因とは誰も思わんしな……」
「空駕の容態悪化を知らせたんで、常磐隊長も急いで城に向かってるんだ。今日中には来るんで、染料の名前もすぐ聞けるぞ」
「念のため着物も撤去しておいた方がいいだろう。陛下にも報告を……」
二人の会話はどんどん進み、世羅は完全に蚊帳の外になってしまった。
調べて貰えると分かって安堵していると、横から霊気が漂って来て、世羅の耳に小さな声が届いた。
廊下で話し込んでいたが、ちょうど隣に部屋が一つあり、障子が少し開いている。
いけないこととは分かっていたが、霊気を感じたためなんとなく障子の隙間から中を覗くと、緑の髪の少年・空駕が正座をして座っているのが視えた。その向かい側に深緑の長い髪が美しい女性が端座している。どちらも向こうが透けている。
(生霊……いや、どちらかの記憶が部屋に残ってる感じかな)
空駕は俯いて膝の上で手を握り込み、怯えたように小さく震えていた。
女性はやつれて痩せこけた顔に、満面の笑みを浮かべてこう言った。
「当主になってくれるって言ってくれて嬉しいわ。次は妻を迎えないとね」
その口から細く黒い煙が漏れ出し、ガタガタと震えている空駕の周りを取り巻いた。
「……は、はい……」
空駕がか細く言うと、その様子にも気付いていないのか女性は続ける。
「一族は短命だから、早く次の子を産んでもらわないと。まだ成人してないけど、婚約はできるもの。早い方がいいわ。すでに三人の姫とお話を通してあるの。健康で血筋も優秀な娘を選んできたわ。将来は元気な子を産んで、一族を盛り返して頂戴」
「は、はい。母上……」
空駕が力なく答える。
その様子を見ていた世羅は女性を一瞥する。
(言霊で子供を縛り付けてるのが分からないのか。おお、こわ……)
「………い、世羅ちゃん?」
昴流に話しかけられてる事に気付いて世羅が前を向くと、首を傾げて見下ろしていた。
「どうした? もしかしてまたなんか視えた感じ?」
視えなくても勘が鋭いのか昴流が視線を世羅が見ていた部屋へ向ける。
同じく改めて世羅も首を巡らせると、障子はぴったりと閉じていた。
先ほどから色々と説明しているため、世羅は正直に話す。
「ええ。少しだけ……空駕様と母君がお見合いの話をしているところだったんですが……空駕様は婚約なさってるんですか?」
「あぁー……。いや、見合いは何度もしてるけど破談してる。っていうか、何度もやる上にお袋さんもせっついてて、空駕の体調の悪化もあってついに陛下が怒ってな。見合いは禁止になったんだ」
「父君ではなく陛下が怒ったんですか」
「うん……なんつーか、優駕たちの親父さんはお袋さんが病弱だから強く言い出せないみたいなんだよな。尻に敷かれてるっつーか」
「聞けば聞くほど空駕様は窮屈な思いをされてますね」
「は、はっきり言うね……」
昴流が口を引き攣らせると、世羅が歩き出し二人を追い越しながら謝る。
「足を止めさせて申し訳ありませんでした。急ぎましょう。こちらですね」
「……え、うん。もしかして道順も分かる感じ? 本当に何が視えてるのか気になって来ちゃったぜ」
「視えるモノが多すぎて辛い事の方が多いらしいがな」
世羅の奇怪な行動や発言には慣れている真虎も微苦笑するのだった。
三人が入り組んだ廊下を進んでいくと、人が集まっている場所に来た。
その全員が身なりが良く、色とりどりの着物を着ている。
祈祷で線香でも焚いているのか白い煙が薄っすらと廊下まで漂っていて、部屋からは祝詞のような声が微かに聞こえて来ていた。
廊下の先も見えず、ざわついている貴族達を見て、世羅は真虎の横に立って小声で苦言を呈する。
「病人がいるのに、あんなに人が集まると余計に負担では?」
「心配してる素振りを陛下に見せて御機嫌を取りたいのさ」
真虎も苦虫を噛み潰したような顔をする。子供に指摘されている大人が情けなくなってしまったのだろう。
一方、世羅の眼には、人混みから金色の細い紐が外へと伸びているのが視えていた。
(もう大体分かったし、見なくてもいいんだけどね)
城の外からも見えていた金色の紐を辿った世羅は廊下の引き戸を開け、庭へと顔を覗かせた。
庭の奥に、桜の木の下に小さな祠があり、その傍に見知った眷属の霊力が光の粒子の残滓になって中空を漂っている。
後ろから真虎と昴流が上に被るようにして庭を見ているため、世羅がそのまま訊ねる。
「あった。今回の原因はアレですね。上様、あの桜の木の祠は水子を祀っているようですが、理由はご存知ですか?」
「水子?」
「堕胎や流産で生まれてこれなかった赤子のことです」
「それは知ってるが、祠は知らんぞ。儂が一年前に見舞いに来た時は無かったはずだ。堕胎なぞ陛下が許さんだろうし、流産だろうが、一体誰が……。それに、アレが原因ってどういうことだ?」
「水子に限らず、幽霊は誰にも気付かれないのが基本なので、視えていると分かれば、助けを求めたり、構って貰いたくてついて来たり、時には連れて逝こうとして呪ったりしてしまうこともありまして」
「……まさか、水子の霊が空駕の魂を連れて行ったと?」
「はい。本当は水子にそこまでの力はないんですが、今回は水子を守る眷属がたまたま傍にいた所為で力が増していたようです」
「さすが、そんなことまで視ただけで分かるのか」
「生霊からも『遊びたい』って思いがありましたし、きっと一緒に遊びに出かけたんでしょう。彼はきっとちょっと遊ぶだけと思っているのでしょうけれど、早く連れ戻さないと、体の方が限界が来て死んでしまいます」
「――……おいおい、本気で言ってるのか?」
聞いていた昴流が顔面蒼白になっていた。
その時、前方の人混みが割れて二人の人物が廊下から出て来た。
一人は女性で、それを支えるようにして若い男性が付き添っている。
女性の見た目は三十代後半ほどだろうか。
深緑の長い髪を後ろに流し、左側のみに生えている角には結婚の証であるとても豪奢な『角輪』が煌めいていた。
つり目の気の強そうな竹の色合いの瞳は真っ赤に充血して泣き腫らしている上に、彼女の頬はやつれ、肌も土気色で具合が悪そうだ。
彼女は竹や鳥をあしらった、鮮やかな緑色の打掛をまとっていた。
首を巡らせてその姿を見た世羅は剣呑に目を細めた。
さきほど見かけた生霊の女性だ。
しかも彼女の背後に庭で見かけた生霊の空駕がついて来ているのだが、庭のキラキラとはしゃぐ子供達とは違っていた。
どす黒い瘴気を纏って、顔も青白く、眼窩は闇のような黒い穴が開き、そこから血の涙を流し、何か彼女へ呟いている。一番質の悪い『生霊』、いや『怨霊』になりつつある。
一方で、昴流が支えている男性へ声をかけた。
「優駕」
「……おう、昴流か」
男性が疲れた表情で女性と一緒に近づく。
見た目は二十代半ばほど。
よく映える長い深紅の髪を馬の尻尾のように高い位置で結んでいて、ややたれ目な紅玉の如き瞳が美しいが、目の下には隈が出来ていた。漆黒の二本の角は真っ直ぐ伸びているが、螺子のように螺旋になっているのが特徴だ。
色白で中性的な顔立ちは女性にも見紛い、男らしく肩幅も広く長身で、本当にどちらにも見えた。
服装は鮮やかな赤に、金の昇り龍が体を巻き付くように描かれた派手な着流しだ。軍服ではない辺り、きっと軍の仕事を休んで付きっきりで看病していたのだろう。
昴流が彼に話しかける。
「状況は?」
「…………全然起きない」
「そうか……あ、そうそう。初めて城に来た神器使いを紹介するぜ。檜皮世羅ちゃんだ。符術師で、今回の件の解決を手伝ってくれるってよ」
昴流が手短に紹介すると、一緒に来ていた女性が世羅を一瞥して鼻で笑った。
「符術師? なんじゃ、子供ではないか。妾の空駕をどう助けるというのじゃ」
「母上……」
「もう、もう、常磐家は終わりじゃ……妾はもう子は産めぬ。兄上ももう長くはない。もう何もかも……そうじゃ、優駕」
母と呼ばれた女性は何か思いついたように優駕に縋り付く。
「優駕、早う嫁を取れ。そして子を作って常磐家の当主にしておくれ。そうじゃ、そうじゃ、そうすればよいではないか!」
「ちょ、母上……!」
その場で聞いていた全員が、発狂気味の女性へ冷ややかな視線を向けたその時だ。
「クソババア」
世羅の言葉で廊下の空気が凍り付いた。
女性も驚いて世羅を見た。
「は?」
「みなさんが思ってる事を言ったまでですよ? 息子さんはまだ生きているのに、一族の話しかしてないじゃないですか。助けたとしても生き地獄確定でしょう? こちらとしても、なんて助け甲斐のない」
「わぁ……」
あまりに怖いもの知らずで、昴流の完全に引いている小さい声がするが、完全に無視して続ける。
「言霊ってご存知です? 術師の間ではとても危険視してることでしてね。ちょっとした発言が人に深く影響してしまう、誰にでも使える一種の呪いになるんです」
「な、なにを……」
「今の、闘将閣下に言っていたこと、空駕様にも言ってたでしょう。何度も何度も。押し付けていた言葉が彼を縛り付けてしまってますよ。しかも我慢しすぎて彼は生霊まであなたに飛ばしてしまってます」
世羅が女性の背後へ顔を上げる。
「何と言っているかお教えしましょうか?」
「何……?」
「『母上、僕はあなたにとってはただの人形なのですか。道具なのですか。僕は常磐家を守るだけの傀儡なのですか。僕を見ずに、僕の話を聞かずに、ずっと、ずっと、ずっと、常磐家のことばかり。家が存続すれば僕何てどうでもいいんでしょう』」
「……!」
世羅の台詞で女性が息を詰まらせた。
優駕も茫然と世羅の視線を追って背後を見るが、その姿は見えない。
誰も彼女を止めないのも、その言葉に思うところが十分にあるからだった。
「『当主なんて僕には無理です。嫁をとって子を作れなんて、そんなのまだ早いって皆言っているのに……母上はずっと急かして……。ああ、苦しい、痛い、辛い……もう逃げたい。どうして僕ばかりが』」
「や、やめよ!」
「血の涙を流しながらずっと訴えてますよ。息子さんの意見、聞いたことあります?」
「やめよと言っ……ぐっ、げほげほっ……!」
女性が咳き込み、思わず袖で口元を覆おうとした刹那、その手を昴流が掴んだ。
「おっと、すいませんが、念のためその着物を口に近づけないでください」
「な、何を言って……」
「後でご説明します。……で、世羅ちゃん、怒ってるみたいだけど、空駕の事、助けてやってくれる?」
女性の腕を一旦離した昴流が心配そうに振り返る。
先ほど世羅が『助け甲斐がない』と言ったのを気にしてのことだろう。
気付いた世羅が肩を竦めた。
「大丈夫ですよ。本心は助ける気がなくなりましたが、上様の頼みなので助けます」
「……う、うん、それならよかった」
昴流が苦々しい顔をする。武家を前にしてこの態度と発言は本当に命知らずだ。彼女は武家のことを知らないと言っていたため、知識が乏しい子供ならではなのだろう。
そんなことを思われているとも知らず、世羅が女性に説教をする。
「これからはちゃんと息子さんの話を聞いてあげることです。そうしないと、そのうちその体調不良より先に、息子さん自身も知らないうちに、生霊に憑り殺されますよ」
「は……!? こ、ろ…………空駕が、妾を、こ、ころ……」
「生霊は本心が剥き出しですからね。あなたに病への痛みも悲しみも怒りも全部向けてしまってます。あなたが無理矢理彼を縛り付けるからそうなるんですよ」
世羅の追い打ちに、女性は想像以上に衝撃を受けたようで、魂が抜けたようにその場にへたり込み、狼狽した優駕も屈んで様子を窺う。
世羅は言いたいことをまくし立ててから、手に持っていた草履をさきほど開けた戸から庭先に置いた。
そして世羅は生温い表情で見ている真虎を見上げた。
「上様、私はこのまま空駕様を迎えに行ってきます。といっても、半日は待っていただきたいです」
「長いな」
世羅の発言に真虎が渋面になると、彼女も声音に緊張をはらむ。
「眷属が力を貸してるので、危険な場所まで行ってしまってます。どうしても追うには時間がかかります」
「ぬぅ……分かった。陛下に伝えておこう」
「はい。では、さきほど話した件もお願いします。私はその辺り、専門外なので」
「任せておけ」
「あ、でも、予想が間違ってても奥の手を用意しておきます。容態は安定するはずです」
「分かった。奥の手については……聞かない方がよさそうだな」
真虎が失笑すると、世羅は手に持っていた草履を庭に置いて履き直し、部屋から中空を漂う金の紐を辿って壁へ向かう。
空中で結界を足に張った結界を展開して塀の上に飛び乗ると、先ほどと同じ通路へ伸びる金の紐を見て世羅は嘆息した。
「やれやれ……二日なら向こうは一刻ぐらいか、間に合うかな」
世羅はその場で懐から霊符を取り出した。小さく呟くと、霊符が白い鼠に変化する。
「忠太、ちょっと仕事をお願い。『元締め』が前から欲しがってたアレを家から持って来て。火鼠にアレを渡して、霊薬との物々交換の交渉してちょうだい」
「了解っす」
忠太が掻き消えると、世羅も塀から跳び降り、空中で結界を蹴って颯爽と紐を辿って、闇が凝縮された路地へと駆け込んで行った。
めっちゃ長くなりました。しかも難しい話が多すぎる……。
推理も一気に進めてしまったため、意味が分からないかもしれません(汗)。
ちなみに、「花緑青」は実際にあるヒ素から作り出された人口顔料です。
英名はパリスグリーン。またはシェーレグリーン。
海外で人気になって服や壁紙、絵の具などなどいろいろな物に使われて流行したそうですが、前述通りのヒ素から作られた顔料のため中毒者が続出したとか……。
あのゴッホの自画像の背景などにも使われ、ナポレオンも壁紙に使った所為で死んだのではないかと言い伝えがあります。気になる人は調べてみてください。
あ、ブックマーク登録ありがとうございます!
一件ついててパソコンの前で大声上げてしまいました(笑)
拙い文章ですが、これからも精進していきます。




