第二幕 ノツゴ 【三】
病弱で幽体離脱までしてしまう青年がいた。
彼は庭にいるクマほどもある巨大な赤子がいることにいつも不思議に思っていたのだが、ある晩に幼い子供に変化した赤子に連れられ、異形の市場へと連れ出された。
一方、世羅は帝都の城へ到着してみると、『二日間目が覚めない者がいる』と分かり、さっそく怪異解決に乗り出すこととなる。
【三】
半日前、那由他こと檜皮世羅はとある屋敷に来ていた。
かこん。
庭が見える座敷に通され、獅子落としの子気味良い音が聞こえてくる。
座敷の間取りだけで平民の一戸建てほどの広さがあり、世羅から見て一番奥の位置は一段高くなっていて、座布団と脇息が置かれているが、誰もいない。
そして世羅の目の前には茶色い着物と袴、その上から黄色い羽織りを着た男性の背中がある。
世羅の主君である刈安真虎だ。
今この場にいるのは真虎と世羅、それから保護者として同伴してきた彼女の兄貴分である東雲狩弥。さらに不安そうに周囲を見ている青年が同行していて、真虎を先頭に三人は横一列で正座していた。
今いる場所は、帝国の中心にある帝都コンゴウ領だ。
建国記念日と神器使いの会合のため、彼らは帝都まで一週間の旅路を無事に終え、刈安家の武家屋敷まで到着していた。
武家や帝都に来た領主は、城の周囲に立てられた自身の武家屋敷に宿泊し、城へは行事の時や拝謁の時だけ入城すると聞いていた。
しばらく休息だろうと思っていたが、急に真虎から言われたのだ。
「『本家』に檜皮の紹介と、白藍家の話をしに行くから一緒に来なさい」
それだけで十分伝わり、三人がついて行くことになった。
ハリ領で起きた水の怪異の折に、名家・白藍家の使用人だという愛悟という男性に助けを乞われたのだ。おどおどしている青年こそ、その愛悟だった。
曰く、ハリ領の領主の子息に嫁いだ白藍家の最後の姫・里桜とそれに同行した白藍家の当主・八重が行方不明になっている、と。
真虎ですら婚姻に関して寝耳に水の話だったため、皇帝にも話すべきだと判断し、愛悟も一緒に連れて来ていた。
とはいえ、早馬も使わなかったのは、かなり悠長だ。
というのも使用人の話しか情報が無く、確証がないからだった。
もしかしたら、まだ婚姻を開示してないだけで、二人はハリ領の城にいるかもしれない。勘違いで事を荒立てたら別の因縁が出来てしまうため、慎重にならざるを得なかった。
その真偽をはっきりさせるためにも、ハリ領の城に乗り込んでも領主に有無を言わせないよう、皇帝の号令が一番有効な一手と考えているのだ。
世羅は愛悟と出会った時に怪異を疑ったが、武家の政治的な事件の可能性の方が高いということで、白藍家の親子の状況が分かるまで、専門外の彼女は様子見となった。
とはいえ、全く動いていないわけではなく、愛悟が住んでいるシンジュ領の領主にも知らせを届け、この帝都の城で合流して共に名家の行方不明を話し合う事になっている。
ただし、皇帝への謁見もなかなか出来るものではない。
真虎がいくら元闘将といえど、いきなり行っても皇帝に簡単に会えるわけもなく、何人もの側近に精査された上で、忙しい中で時間を割いてもらうことにもなるため、数週間かかる可能性だってある。
だからこその『本家』だった。
全く家主が現れないため世羅が暇になったのか、待ち時間に真虎へ話しかけた。
「ここへ来れば謁見がすぐに叶うんですか?」
「ああ。何せ当主は帝国最強に次ぐ武人であり、皇帝の右腕だからな。だから、鶴の一声ですぐ謁見できる。事情を話せば動いてくれるはずだ」
「この五大名家『山吹家』は現在、闘将が三人もいる歴代でも稀にみる異常事態を起こした一家ですからね」
狩弥が失笑しながら言い、さらに主君の背中を見る。
「真虎様が勝たれていたら分家も合わせて四人もいることになってましたね」
「儂は息子に神器を一本、譲ってたし、闘将も一回やれば十分だ。それに一族に三人も闘将がいるのは正直多すぎだろう」
実は二本の神器を所有していた真虎が鼻を鳴らすと、世羅もさすがに思い出して来た。
帝国固有の『村人でも強ければ皇帝になれる』と謳う『強者制』だが、現状は『武家』達によって牛耳られている状態だ。
血筋による才能から、富も名声もあり、教育環境も充実しているのだから、村人と差が出るのは当然だった。
初代〈十二闘将〉を始祖に持つ武家はいくつか衰退してしまったが、いまだに国を守っている者達がいる。
歴代の十二闘将に入り続け、何度も皇帝の座についている五家が存在し、『五大名家』と呼ばれ、御前試合になればどの五家から皇帝が出るか賭けがされるほど定着している。
その五家のうちの一つが『山吹家』。
現在の帝国次席に君臨するのが山吹家当主の〈剣聖〉山吹志渡。
彼は二度の出場で、二度とも序列二位を勝ち取り、現皇帝・凌駕も初老に入るため次期皇帝最有力候補と目される。
その上で、妻と息子もとんでもなかった。
妻は初代皇帝の直系であり、五家の一つでもある『竜胆家』の当主の妹にして、序列は夫に次ぐ三位。女性最強と評される〈妖艶〉竜胆写蘭。
息子はその名家の二つの血を引き、参加資格年齢である十六歳で御前試合に出場し、最年少で闘将を勝ち取った神童。序列九位、〈餓狼〉山吹昴流。
家族三人が闘将という史上初の快挙を成し遂げているのだ。
一家の話題になって真虎が思い出したように肩越しに振り返って世羅を見る。
「そうそう、当主の息子の昴流はとんでもない女好きで、美形だから、気を付けるんだぞ」
「美形?」
世羅が首を傾げると、狩弥が補足を入れた。
「あー、昴流様以外に十六歳で闘将入りした神童達がいるんですけどね。三人共に名家出身かつ超美形なんで三人合わせて〈三貴子〉なんて言われてるんです。女に困った事が無い立場で、女慣れして甘い言葉を平気でかけてきたりするので、油断しないでください」
「ああ、なるほど。美形も身近にいて慣れてますし、美形に変化して騙してくる異形達も相手にしてるんです。何も問題ありませんよ」
「あたしを見ながら言わないでください」
冷静に答える世羅の視線が斜め上に上げられ、狩弥がそっぽを向く。彼もまた絶世の美男で老若男女問わず言い寄られ、不幸すら呼び込むほどで非常に困っているのだ。
そんな話をしていると、ドスドスと大きな足音をさせながら座敷に男性が入って来た。
見た目の年齢は二十代前半ほどだった。
首筋辺りで切られたざんばらな金髪で、右側の一房だけを長くして三つ編みにしている。白い角は、左側に長さの違う二本が並んでいて、切れ長の瞳は紫水晶のような煌めきの紫色で、目鼻立ちの堀が深い。すらりとした長身かつ、首筋や僅かに見える腕でも鍛えているのが見受けられ、立ち姿に隙は無い。
その美貌はまるで名のある絵師が描いた絵から抜け出したかのようだ。
コクヨウ帝国炎陽軍の丸い袖が特徴の白い軍服姿だが、前合わせの軍服をわざと胸元を少し緩めてはだけさせ、闘将の証である明るい黄色の陣羽織を着ていてる。首には赤い勾玉に無数に連なる真紅の玉の長い数珠の首飾りを三重にして下げ、腰にも、刀にも幾重にも数珠が巻かれていた。
世の女性のみならず、男性でも見惚れてしまう美貌。真虎が注意してくるのも頷ける美しさだ。
年齢的にも、見た目にも、どうやら彼が当主の息子、昴流だろう。
座敷の一番奥に一段高い位置に移動した彼は、刀を傍に置き、胡坐をかいて座ると、四人が一斉に頭を下げた。
「メノウ領領主、刈安真虎、ただいま帝都にまかり越しました」
「いつもご苦労様です。……さて、堅苦しいのはここまでにしましょ」
すぐに砕けた口調になった昴流にあわせ、真虎が顔を上げる。気配で気付いた三人も顔を上げると、昴流は苦笑いを浮かべていた。
「親父が来れなくてすみません。っていうか、ずっと城にいましてね。実はこれから俺も城に行かなきゃならないんです。で、来る前に部下から、陛下との謁見を要請したいって聞きましたけど、かなり難しいですよ」
「どうかしたのか?」
本家で立場は遥かに昴流が上だが、数百歳の年齢差と元闘将の先輩であるため、真虎は敬語すら使っていない。
昴流もそれが普通なのか、柳眉を下げて困った顔をした。
「実は空駕が危篤になりましてね」
「なんと……」
たったそれだけで二人には理解できているらしく、真虎が絶句し、顔を俯かせた。
「そうか……なら、謁見はしばらくできないな」
「まぁ……ずっと祈祷もしてるんですけど、効果ないみたいでしてねぇ」
「祈祷? ちょっと待て、病気で危篤じゃないのか?」
さすがにこの辺りは理解できなかった真虎が聞き返すと、昴流が頭を掻く。
「あ、そうか。言葉が足らなくてすみません。実は二日前から何をしても起きなくなっちまったんですよ。医者は『寝てるだけ』って診断するんで、怪異じゃないかと月夜衆の凄腕を呼んでずっと祈祷中ってわけで」
「ああ、なるほど……。よかった、それならまだ助けられるかもしれん。うちの専属符術師の出番だな」
昴流の説明に、真虎が急に体ごと横を向き、世羅が見えやすいようにした。
「こちらは数年前から専属として傍に置いている神器使い、檜皮世羅だ。怪異相談の店を市井でもやってる凄腕だぞ」
「……ご紹介に預かりました、神器使い、〈最弱〉檜皮世羅と申します」
突然の紹介にも動揺せず、世羅が平伏すると、昴流が目を眇める。
「ああ、君が最年少神器使いちゃんか。酷い称号だけど……本当に解決できるのか? どれだけ実力があるのかこっちは分からないんだけど」
「それもそうか。よし檜皮、ちょっと奴の周りにナニカいないか視てやれ。どうせナニカくっついてるだろう」
真虎の予想と命令に世羅が失笑する。
「……そうですね。生霊というのをご存知でしょうか」
「いきりょう?」
「人は感情の強さで魂の一部が無意識のうちに抜け出してしまうことがあります。それが生霊です。山吹閣下には女性の生霊が五人は憑いてますね」
「え」
「まず一本角で右目の下にほくろがある女性が後ろから抱き着いてます。それから、たれ目で左の頭部に二本の角がある、たくさんの簪を付けて豪華な着物を着た青い髪の女性が凄い形相で睨んでまして。茶色い髪の素朴な着物を着た女性が……」
「いや、もういい。もういい。うん、実力は分かった」
世羅の説明を遮って、昴流は視線を逸らしながら手を振ってみせる。
真虎は呆れて目を据わらせた。
「お前という奴は……覚えがあるならきっちり話をしてこいよ。それだけ情が強いってことだからな」
「は、はは、すんません……」
「えっと……では、先ほどの話の続きをよろしいですか? 寝ている他に、何か異変があったんでしょうか?」
世羅が話を無理に戻すと、昴流も口をへの字に曲げる。
「俺が聞いた話だと、妙な気配が漂っていたから、ツクモか眷属が入り込んで何かしたんじゃないかと予想されてるぞ」
「……うーん。それだけではなんとも言えませんね。直に見て見ないと」
「まぁ、そうだよな。いいよ、実力も見たいし、遠目からになると思うけど、一緒に城に行こう」
「儂も行こう。……東雲、謁見は中止せざるを得なくなった。問題が解決するまで愛悟と一緒に屋敷に戻っておれ」
「……承知しました」
ずっと黙って成り行きを見守っていた狩弥が頭を下げた。
顔中が冷や汗まみれの愛悟も慌てて頭を下げる。平民ですらその名を知らない者はいない超有名人を前にしているのだから緊張していても仕方のないことだ。しかも、心配している白藍家についても進展しないと分かって、嫌な汗が出ているのだろう。
そんな愛悟の焦燥も余所に、昴流が立ち上がったのを見計らって、真虎達も行動に移すのだった。
一日ズレてしまいました。
読み返し続けていたら、面白くなくて、加筆修正していたら……。
ちょっと短いし、設定ばかりですみません。次の話は長めにアップします。




