表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天狐の嫁取り〜千四百年待った伴侶は、虐げられ侍女でした〜  作者: じょーもん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/8

第七話 白狐の背に乗って

 町からダラダラと長い上り坂を上って、峠の頂上に着いたところで、日が暮れた。

 秋の日はつるべ落とし。

 空はまた明るいものの、足元はすっかり暗い。


「あーあ、間に合いませんでしたね。

 狼が出ませんように。熊が出ませんように――」


 茜がぶつぶつ口の中で呟くと、真広はサッと手を振った。

 途端に、青白い狐火が、行く先に二つ、後ろに一つ浮かぶ。


「これでどう? 足元も明るいし、狼も大熊も牽制できるよ。」


「……真広さま、すごい。」


 茜が素直に驚くと、真広はますます得意げになって茜の手を取る。


「このくらい朝飯前だよ。さ、行こう?」


 狐火は、真広の歩みに合わせて進み、上下に揺れた。



 狭い岩の間を下り、少しだけ開けたなだらかな場所に出た。

 村まではあとわずか。

 茜がほっと胸をなでおろしたとき、木々の奥の闇の中から、狼の遠吠えがした。


「ひっ……」


 茜は思わずたじろいで、真広の手を強く握る。


「ちっ、やっぱりただでは通してくれないか……」


 真広は舌打ちすると、狐火を三倍に増やした。

 やがて、ガサガサと茂みが鳴り、光る眼が一対、また一対と増えてゆく。


 粗い息遣いや、低い唸り声も聞こえてきた。


 真広はくるりとその場で一回転、宙返りをすると、牡牛ほどもある白狐へと変化した。

 毛を逆立て、身を低く伏せ、牙をむき出して、いつでも飛び掛かれる姿勢をとる。

 四本の尻尾は天を向いて立ち上がり、ゆらりゆらりと揺れている。


 やがて二人の前へ、一頭の大きな狼が群れの中央から進み出る。


『狐風情の気配がしていると来てみれば――

 通行するとは先触れがなかった。これはわが一族への宣戦布告と捉えてよいか』


 狼の声は確かに獣の唸り声なのに、茜の耳にも意味のある言葉に聞こえた。


『新参者の犬ころ風情が――、少し目を離せば大きな顔をしおって。

 焼き殺されたくなければ引くがいい。』


 真広も吠える。

 その声は先ほどまでのものとは違い、人ならざるものの低い声だった。


『貴様、我が一族の棟梁、御坂守の山守権現と知っての無礼かっ!』


 脇から若い声が響き、一頭の若狼が躍り出る。

 茜がおびえて真広へすがり、息をのんだ。


 が、真広の敵ではない。

 尻尾を一振り、横ざまに薙ぎ払う。


「キャンッ」


 衝撃波が狼を襲い、身体がしなやかに弧を描いて悲鳴と共に草むらへと叩き落とされた。


 狼たちは一気に色めき立ち、唸り声がひときわ高くなる。


『――無礼が何だと? お前たちはカンも悪ければ目も悪いと見える。』


 真広が唸り声をあげ、全身に力を込めると、ブワっと尻尾が真っ青な炎を纏った。


『……!? そ……その尾は……まさかっ!』


 棟梁の狼がたじろいで、一歩後ずさる。


『やっと気が付いた?』


 真広が一歩進み出る。


『――まさか、大山の天狐さまとは露も知らず、申し訳ございませんっ。

 まさかこのようなわき道をお通りになるとは思いもよらず、ご無礼仕りました。』


 狼は耳を伏せて、その場に這いつくばる。

 真広は不満げに鼻を鳴らすと、傍らに立つ茜に鼻先を擦りつけ甘えながら、睥睨した。


『まあ僕の眷属に対して、君たちがどういう態度をとるのかはよーくわかったよ。

 今後の参考にしてあげるから、覚悟はしておいてね?』


『……そこはどうか、お慈悲を……』


 狼はますます小さくなる。

 真広はしばらく黙って狼を見ていたが、やがてスッと目を細めてにやりと大きく口を開けた。


『僕は今、すごく機嫌がいいからね、見逃してあげる。

 でも、今回限りだ。……誰にも彼にも突っかかってゆくんじゃないぞ。』


 そう言うとフッと尾の炎が消えて、辺りが暗くなった。

 狼の棟梁は、転がるように草むらの中へと帰ってゆく。

 狼たちの気配も、森の奥へと消えていった。



「……真広さま、すごいですね。

 狼、行っちゃいましたね……。」


 茜が呆然と言うと、真広は狐の姿のまま、彼女に巻きつくように身体を擦り付ける。


『僕、凄いでしょ? ねえ、褒めてよ。

 ほら、頭、撫でてほしいな。』


 大きな体なのに、彼は甘えた上目遣いでねだってくる。


 茜は恐る恐る手を伸ばすと、そっとその頭に触れた。


「うわっ……柔らかい……」


『もっと撫でて? ね、僕の毛皮、最高でしょ?』


 茜はねだられるままにわしゃわしゃと頭を撫でやる。

 真広はますます喜んで、背中や尻尾も触るように促した。


 ひとしきり撫でられて、真広は満足すると地面へと伏せる。


『茜、僕に乗ってよ。村まで連れてってあげる。

 この姿の僕になら、乗ってくれるでしょ?』


「え……でも、真広さまに乗るなど畏れ多い――」


 茜が遠慮すれば、真広は再び上目遣いで訴える。


『乗ってほしいなぁ、茜に乗ってほしいなぁ。この先、大熊だって出るかもしれないし……。

 ほら、背中の毛もふさふさだよ? 最高の乗り心地を保証するよ?』


 ふさふさの白毛は茜を容赦なく誘惑する。

 ごくりと喉を鳴らして、茜は白い背にそっと手を置いた。


「そ……そんなに申されるのでしたら、お言葉に甘えまして……」


 横座りにしようか一瞬迷ったが――

 どうせ夜道だ、見る者もいない。


 着物の裾をたくし上げ、真広の背にまたがった。


『よーし、身を伏せて、しっかりつかまっててね。

 荷物は僕が咥えてゆくから。』


 茜がぴったりと身体を背に預けたのを確認すると、

 真広は水ようかんの包みを咥え、足取り軽く山道を駆け下り始めた。




 真広は一陣の風のように木々の間を走り抜け、あっという間に桧ヶ瀬村へとたどり着く。

 音もなく忌部の屋敷の塀を乗り越え滑り込むと、裏手の人気のない場所まで走ってゆく。


「……あっという間に着きましたね。ありがとうございました。」


 茜が礼を言いながら背から降りるや否や、真広はまた飛び上がり宙返りして、元の従者の姿に戻った。


「ふふ、たのしかったぁ。嬉しかったなぁ。

 またいつでも乗せてあげるから、一緒に出掛けようね?」


 真広は茜の胸のあたりにぐりぐりと頭をこすり付けると、

 ひらひらと手を振って天狐の客室の方へと走って行った。


 茜はしばらく胸に手を当てて天狐の行った方を見つめていたが、

 やがて地面に置かれていた風呂敷包みを拾い上げ、夢喰みの居室に足を向けた。



 +++++



「ただいまっ! あーっ! 今日は最高だったよっ!」


 座敷に戻るなり、真広は上機嫌で伸びをした。


「……遅いお帰りで、どこまで行ってらっしゃったのやら……」


 空也が恨めし気に目をすがめ、くんくんと鼻を引くつかせる。

 それからますます胡乱な目で主を見つめた。


「真広さま……身体中に茜さまの匂いがべったりついていますよ。

 まさか、もう手を出したんじゃ――」


「そんなわけ、あるわけないだろっ!

 背中にのっけて走っただけだよっ!」


 上座にどっかり座った真広を、空也はますますいぶかし気に見つめる。


「……人間を、御身に乗せたのですか?」


「人間じゃない。茜だ。

 あと、いっぱい撫でてもらった。頭も、背中も、尻尾も!」


「尻尾までお許しになったのですか? 破廉恥な……」


「茜なら、何だっていいんだよ。

 あー、今度はおなかを撫でてもらおう。きっと気持ちいいだろうなぁ……」


 真広がうっとり言うと、空也は咳払いをする。

 他の従者の狐たちは、驚いたような、呆れたような顔で真広を見つめていた。


「真広さま、あなた様を止められないのは重々承知ですが、

 せめて、そのあられもない姿は、私どもの見えない場所で茜さまにのみ、お見せください。

 神の沽券にかかわります。」


「えー、我慢できるかなぁ。ずっと茜と一緒にいられるようになったら、ずっと甘えちゃいそう。」


 うっとりと、にんまり笑う真広を、空也はおぞましいものを見たように、ブルリと身を震わせた。


 が、次の瞬間には、なごんでいた場の空気がピンと張りつめる。

 真広も、空也も、従者たちも、ぴたりと動きを止め、耳を立てた。


 廊下の向こうから、足音が近づいてきて、やがて襖の前でぴたりと止まる。


「天狐さま――、夜分恐れ入ります。

 一の娘、天眼が、お目通り願います。」


 真広が空也に目配せして、うなづき合うと素早く席を入れ替える。


「――入れ。」


 空也が低く答えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ