第六話 水ようかんと狐のやきもち
「ねーねー、茜は疲れないの?」
「疲れません。」
「おなか減らない? おだんご食べない?」
「……どうせ葉っぱか……お狐様なら馬糞の団子でしょ?」
「ひどいなぁ、大切な茜にそんなもの食べさせないよぉ。
峠の茶屋で食べてかない? お金ならほら――」
「……葉っぱのお金は使ってはいけません。」
桧ヶ瀬村を出て一里ほど歩いた。
道中、真広は絶え間なくしゃべり続け、早くも茜は彼に同道を許したことを後悔し始めていた。
「……真広さま、そんなに喋ったら、喉が渇きますよ。
水筒、持ってきてないですし、ちんたら歩いていたら町に着く頃には夕方になってしまいます。
行きは下り道が長いですけど、帰りは逆なんですから、考えて歩かないと――」
茜が語気を強めると、真広は何故か嬉しげに目を輝かせる。
「あー、やっといつもの茜に戻って来た。
そう、それだよ。その気安い感じ! もっと砕けたっていい。」
「……いつもの私って……、つい昨日知り合ったばかりでしょう。」
「そうとも言う。」
真広はああ言えばこう言い、ちょろちょろと茜の回りを動き回る。
茜は喉の渇きを覚えつつ、峠道を急ぐ。
紅葉はまだ始まっていない。
けれども、初秋の午後の陽射しは過ぎ去った夏の残り香を宿し、どこか物悲しい。
その後、幾人かの旅人とすれ違い、やがて森が開けて家並みが木々の間に見え隠れし始める。
町へと至るころには、陽はずいぶん傾いていた。
「真広さま、町へ来るのは初めてですか?」
町の入り口で、茜はふと真広にたずねた。
真広は落ち着きなく、キラキラした目であたりを見回し、何にでも興味を示しているようだったからである。
「いいや、何度も来ている。ここの芹田稲荷はうちの舎弟なんだ。だから時々見て回ってるんだけど――
前回は、五年前かな。ほら、式年大祭があっただろう?」
「……七年に一度のあれですか? 時々……ですか。」
「うん」
屈託ない真広の横顔に、人ならざるもののうすら寒さを感じながら、茜は目をそらす。
「では、真広さまは芹田稲荷に寄って行かれますか?
それでしたら、私は三浦屋に行きますので後で落ち合いましょうか。」
茜が提案すると、真広は勢いよく彼女へと向き直る。
「えっ?! 別にいいよ。僕、茜と一緒にいたい。」
「……っ」
まっすぐ向けられた好意に、茜はたじろいだ。
「……で、では、三浦屋へ参りましょう。お狐様に気に入っていただけるものはないと思いますが――」
「うん!」
茜が一足先に歩き出すと、その後を真広が追った。
三浦屋は町に三軒ある菓子屋の一つで、大通りの西側に位置していた。
店先には屋号を白く染め抜いた深草色ののれんが揺れて、まだ商いしていることが遠くからも分かった。
「ごめん下さい――」
茜はそっと頭を下げてのれんをくぐると、店先では店主が菓子の棚を整えている。
「へい、らっしゃい――、ああ、いつもごひいきに、ありがとうございます。」
店主は顔を上げ、茜の姿をみとめると、柔和に微笑んだ。
初老の彼は、年若い茜に対しても物腰が柔らかい。
「すみません、今日はまだ水ようかん、ありますか?
お嬢様が是非にと、ご指名でして……」
「ああ、まだございます。まだ陽気が暑うございますからね。
いつものでよろしいですか?」
「ええ、お願いします。」
茜がうなづくと、店主は奥へと声を張り上げる。
「オイ、忌部さまのいつもの――
ちょっと待っててくださいね。今用意させます。」
店主も奥へ引っ込むと、入れ替わりに丁稚が盆を手にやってきた。
茜と真広は、薄暗い店内の一角に置いてある床几に腰を下ろす。
「――今年の試作です。召し上がってみてください。」
茶と共に差し出されたのは、黄金色の芋ようかんだった。
「ありがとう。」
丁稚の背を見送ってから、茜は茶に口を付けた。
真広は早速芋ようかんにブスリとクロモジの楊枝を突き刺して、大きな口で頬張る。
「……お狐様は、甘いものもお好きなのですか?」
茜が少し呆れた顔で聞けば、真広はもぐもぐ口を動かしながら答える。
「油揚げだけ食べてると思ってた?
……まあ、油揚げは飽きないけれど、酒も、甘いものも大好きだよ。」
「お酒も召し上がられるのですか? そのなりで?」
自分と同い年ほどにしか見えないその姿に、茜が思わず驚けば、
真広は口の中の芋ようかんをごくりと呑み込んで、にやりと笑う。
「うん、お酒大好き。ふふ……茜、僕のこと、子どもだと思ってるでしょ。
でもねぇ、この姿は世を忍ぶ仮の姿だし、君が思っているより僕はずっと年上なんだよ?」
「……仮の姿。」
茜はぼつりとつぶやくと、自分も芋ようかんを切り分けて、口へと運ぶ。
「そ、仮の姿。茜が好きかなーって、今は同じ年くらいにしているけど――」
真広はそっと茜の耳元へ顔を寄せ、続きを囁く。
「――茜がもっと年上が好みなら、こんな風にもなれるよ?」
その声は、艶めいて、色気を含んだ大人の男の声で――、
茜はビクリと肩を震わせて思わず真広へ振り向いた。
が、視線の先の真広は、先ほどと同じ顔をして、相変わらずニコニコしている。
思わず赤面して、頬に手を当てると、真広は楽し気にクックと笑い声をあげた。
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夢喰みのために用意されたのは、白木の重箱いっぱいに流し固めた水ようかんで、店主自ら風呂敷で包んでくれた。
茜は代金を、しっかり夢喰みの小銭入れから支払い、のれんをくぐって表へ出れば、秋の陽はすっかり傾いていた。
「さあ、真広さま、急がないと真っ暗になります。」
「そうだね。今日は月が細いから、本当に真っ暗になったら、僕が茜をおぶっていくよ?」
「……だから、それは無理でしょう?」
そんな軽口を言い合いながら、桧ヶ瀬村の方へと足を向ける。
「あれ? 茜ちゃん?」
町の外れに差しかかったところで、後ろから青年に声をかけられた。
振り向けば顔馴染みの青年だった。
「あら、佐太郎さん。お久しぶりです」
茜は愛想よく頭を下げる。
「おつかいかい?」
「ええ、三浦屋まで、ほら。」
茜が持っていた包みを苦笑しながら掲げて見せると、佐太郎も思わず苦笑する。
「――夢喰みさまか。今から村へ帰るんかい?」
「ええ。」
「……今からじゃあ、日が暮れちまうなぁ。俺が送ってやれればいいんだが……
せめて、うちに泊まって、明日に出立じゃあだめなんかい?」
佐太郎が腕組みしながら首をかしげる。
茜の隣に立っていた真広の目がスッと細められ、険しくなった。
「ありがとう。でも、急げば間に合うと思うし、この方も一緒だから大丈夫だと思う。」
「そうかい? 心配だな……」
佐太郎は初めて真広へと視線を移す。
茜は少し慌てて、辺りをうかがうと、佐太郎へ少し顔を近づけ、声を潜めた。
「今、村に天狐さまがいらっしゃってるのは知ってるでしょ?
この方、天狐さまの従者様なの。だから、ね?」
「――なるほど……なら大丈夫か。」
佐太郎はなおもいぶかしげに、真広と茜を見比べていた。
十分注意しろと言い残して、佐太郎が去るやいなや、
真広は憮然と茜に問いただす。
「ねぇ、あの男。なんなの?」
「なんなのって――、佐太郎さん。北向かいの金蔵さんちの長男さんですよ。
二年前から町の大工さんに弟子入りしてて、長屋で一人暮らしをしてる――」
「は? なに、あの男、一人暮らしの家に茜を招こうって魂胆だったの?」
真広は思わず茜の肩を掴んだ。
「そんなんじゃないですよ。佐太郎さんは兄のような存在で……私たちを心配してくれただけです。」
茜は、眉をしかめて、水ようかんの包みを持っていないほうの手を、そっと真広の手に重ねた。
「だいたい、真広さまもいるのだから、変なふうに取るのは失礼でしょ。」
「……でも、茜の事、『茜ちゃん』って言っていた。」
「……村の知り合いなら、そう呼ぶ人もたくさんいますよ。」
「……」
真広は押し黙り、やがて茜の肩から手を放す。
「……ごめん。」
俯きがちに口を尖らせ、それでもあやまった。
「いいえ。
さあ、急ぎましょう。ほんとに日が暮れてしまいます。」
茜は、話はここまでだと断ち切るように言って、再び村の方へと歩き始めた。




