表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天狐の嫁取り〜千四百年待った伴侶は、虐げられ侍女でした〜  作者: じょーもん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/30

第二十一話 好きと、千四百年の痛み

 吉彦は、祭壇の品をひとつひとつ丁寧に真綿でくるみ、つづらへ納めてゆく。

 真広は茜の隣まで戻り、その様子を眺めていた。


「真広さま……」


 茜はそっと真広の袖を引く。


「そろそろ、私にも種明かしをしてくださってもいいのではないですか?

 “ミトノカサマ”とは一体何なのか。真広さまとどういう関係だったのか。

 そして……私と、どう関係があるのか――。」


 言い淀んで――、

 けれども真広を逃がさない、とばかりにその手を握る。


「今までの真広さまのお話、それから、吉彦さまと斎部清七郎さまのお話……。

 全部合わせて想像すると、

 大昔、鹿奈媛さまという方がいらっしゃって、忌部のご先祖様が、人柱に立てた。

 鹿奈媛さまは真広さまの特別な方で、

 真広さまは私こそがその鹿奈媛さまの生まれ変わりだと考えておられる……。

 そういうことになりますけれど……」


 真広はそれでも前を向いたままだったが、やがて小さくため息を吐き出すと、茜の手を握り返す。


「うん……そうだよね。まあ、そうなる、よね……。」


「思い出そうとしてみましたが、やはり全く思い出せません。

 姫塚にも行ってみましたがダメでしたし、今こうやって遺品を見ても、何の感慨も浮かばないんです。

 真広さまは……、私に思い出して欲しくはありませんか?」


「……」


 また黙り込んだ真広に、茜は彼の正面に回り込むとその手を両手で包み込んだ。


「真広さまは、ずっと鹿奈媛さまを探してらっしゃる。

 伝承を集め、遺品を探し、そして、鹿奈媛さまの記憶を何一つ持たない私を、それでも好いてくださる。

 私も、知りたいのです……。」


「でも……僕は、茜が何も覚えていなくても、茜がいるだけで、それで十分なんだよ?

 今の茜のままで、僕は、君が大好きだから――」


 真広はくしゃりと顔をゆがめて、茜の手に頬ずりをする。

 言葉とは裏腹に浮かんだ、泣きそうな表情を、茜は見逃さなかった。


「真広さま……、お気づきですか?

 私が思い出せなかったと言う度に、悲しそうな顔をなさっていること。

 私に思い出さなくていい、今のままでいい、とおっしゃる度に泣きそうなお顔をなさっていることを。」


「……」


 ずっと逸らしていた視線を、真広はやっと茜の顔に向けた。

 眉根を下げて、少し悔しそうに苦笑いする。


「……敵わないなぁ……。茜、僕のこと、よく見てるんだねぇ……。

 もしかして、僕のこと、好きになってくれてたりする? なーんてね……」


 冗談めかして真広は言う。

 だが、茜は至極真面目な顔のまま、さらりと返答した。


「ええ、好きですよ。」


「え……?」


 真広は、狐につままれたような顔で、キョトンと茜を見返す。

 茜は真顔のまま、彼の手をぎゅっと握り直す。


「特別に気にかけてくださって、怖い目に遭えば助けてくださって、傷まで治してくださる。

 そのうえ、今のままの私でも好きだと言ってくださる。

 容姿は端麗、毛並みは最高、甘えるお姿は愛くるしく――

 好きにならない方がおかしくありませんか?」


「……うぅ……なんか、そんなに真正面から、大真面目に言われたら、なんか恥ずかしい……」


 真広は頬を染めて俯いたが、茜はまだ表情を崩さなかった。


「私も、真広さまのお気持ちに応えたいのです。それに知りたい……。

 真広さまが求めてやまない、鹿奈媛さまのこと。」


「……でも……。」


 再び言い淀み、しばらく考えた後、真広も真剣なまなざしで茜を見返した。


「鹿奈媛の遺品を持ち帰ったら、その記憶を探ってみようと思ってたんだけど……君も一緒に潜ってみる?

 鹿奈媛として思い出すんじゃない。僕と一緒に、外から眺めるだけ。

 絶対に安全とは言えないけど、失くした記憶を無理に呼び戻すより、今の茜が引っ張られる危険はずっと少ないと思う」


「そんなことができるのですか?」


 茜が驚いて問い返すと、真広は深くうなづいた。


「できる。うん、そうしよう。それが一番いいと思う。」


 その時、祭壇の方から吉彦が声を上げた。


「従者さまぁ、できました。これでいいですかねぇ、確認、よろしくおねがいしまーす。」


「はいはい、今行くよー。」


 真広は明るい調子で返事をすると、茜の手をそっとほどいてつづらを見に行った。




 +++++



「うん、全部ちゃんと納められているね。

 じゃあ、背負子を出してやるから、おまえが外まで背負って行って。

 丁寧に、だぞ? 壊したら承知しないからな?」


 真広は満足げにつづらの蓋を閉めると、再び(さかき)を懐から取り出し、今度は枝ごと両手で包み、ゆっくりと揉む。

 パッと手を離すと、つづらにちょうど良い背負子が現れた。


「えー、俺が持ってくんですか?」


 吉彦がげんなりした顔をすると、真広は涼しい顔で背負子を指さした。


「当り前じゃないか。荷物持ちだって言っただろう?

 それに、背負子まで出してやったんだ。感謝してほしいね。」


「うへぇ……ありがたきしあわせ~」


 まったく嬉しくなさそうに、しかし素直に、吉彦は背負子を手に取りつづらを括り付け始めた。

 真広はその様子を見届けると、今度は床板の上に寝そべったままの御座へと向き直った。


「君も、どうにかしてあげるって、約束したからね……。

 “痛み”とはいえ、その記憶も、鹿奈媛の大切な記憶の一部だ。

 僕がもらってゆくよ。」


 そう言うと、彼女のもとまで歩み寄る。


『ううぅうぅぅううぅぅう……』


 低く、蜂の羽音のような声で唸り続ける御座に、真広は両手をかざすと、静かに目をつむる。

 茜と八束が息をのんで見守る中、御座の唸り声は次第に小さくなり、聞こえなくなるころ――


 カタン――


 硬いものが床へ転がり落ちる音がした。


 音のした方を見れば、一寸ほどの透明な赤い多面体の宝石が一つ、淡く光りを放っている。

 真広は手をかざすのをやめて懐紙を取り出すと、宝石を拾い上げ、その上に乗せる。


「……きれいだね。」


 言っている間にも、淡い光は失われてゆく。

 やがて光が完全に消えると、真広はそれを懐紙に包んで懐にしまった。


「姫さまは……、姫さまは、助かったのですか?」


 八束が悲鳴のような声を上げた。


「この子を蝕んでいたものなら、取り除いてやったけど……

 何をもって“助かった”とするかは、また別の話かなぁ。

 能力はまた後で返してもらうけど――」


 真広が半分独り言のように言うと、八束は御座の傍らで額を床に擦り付ける。


「どうかお慈悲です……、お慈悲ですから、お助け下さい。

 御座さまご自身は、本当に何も知らないのです。

 どうか、どうか――」


「んぁ――、わかってる。わかってるってば……。

 こっちとしても、手は尽くしてみるよ。だからそれまで、病気で臥せってるとかなんとか言って、大人しくしててくれるかな?」


「承知いたしました。必ずやそういたします。

 なので、なにとぞ……なにとぞ――」


 なおもすがる八束に、真広はうんざりしたように眉を下げ、最後には茜へ「たすけて」と訴える視線を送った。



 やがてすっかり帰り支度が整うと、真広は懐から白墨のかけらを取り出して、床に大きな円を描いた。


「さあ、みんな。帰るから、この円の中に入って。」


「これで帰れるのでございますか?」


 いつもと違う帰り方に、御座を抱いた八束が首をかしげてたずねた。


「うん、まあ各々荷物も多いでしょ? 帰る場所は分っているから、僕がパパッと飛ばしちゃうよ。

 たぶん、もうここには来られないから、忘れ物が無いように気を付けてね?」


「もう、来られない?」


 八束には答えず、真広はもう一度祭壇を見回した。

 何も残っていないことを確かめると、自らも円の中へ入る。


「じゃあ、帰るよー。」


 努めて明るい声で言って、パンッと手を叩くと――


 ザァッ――


 滝のような、大量の小豆を転がすような音がして、

 社殿が――、いや、忌み宮が存在する空間そのものが、砂のように崩れ始める。


「忌み宮が――」


 誰かが思わず声を漏らし、息を呑む間に一同は光に包まれる。


 眩しさに思わず目をつむり、しばらくしてあたりの空気が変わる。


 そっと目を開けると、一同は元の御座の座敷へ戻っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ