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天狐の嫁取り〜千四百年待った伴侶は、虐げられ侍女でした〜  作者: じょーもん


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第二十話 忌み宮の霊宝

「天狐さま……、従者さま……、一体この里で、何が起きているのですか?」


 八束は天狐たちの方へ、にじり寄ると、窺うようにたずねる。


「言の葉さまは、突然出家され、今は京の尼寺に入ったと風の噂で聞きました。

 あんなに明るく、精力的にお勤めをこなしていらっしゃった天眼さまは、人が変わったようにお部屋に引きこもっておられます。

 篤彦さまはお嫁さま選びが終わらぬうちから東京へとんぼ返り。

 反対に、吉彦さまはすっかり天狐さまのところへ入り浸り――

 変らないのは夢喰みさまぐらいでしょう。」


「――そう……であるな。」


 空也は慎重に答えると、ちらりと真広を見やり、指示を仰ぐ。

 真広がうなづくと、空也は今度は自信をもって答えた。


「私がこの里を去った後、ここは大きく変わり、忌部の権勢は地に落ちるであろう。

 我らは、我らの宝を、一片たりとも残してゆくつもりはない。

 もしお前が我らに力を貸すというなら――我らもまた、四の姫を支えよう」


「まさか……それは――

 ああ、何という……」


 八束は、忌部の行く末を悟ったのだろう。青ざめ、口元を押さえた。

 しかし、すぐに覚悟を決めると、頭を深々と下げる。


「承知いたしました。忌み宮への門を開きましょう。

 必ず――必ずや、御座さまを、よろしくお願いいたします。」




 +++++



 八束は女中を二人呼び寄せ、丸い巨大な白銅製の盆を持って来させる。


 畳二枚を優に覆い隠すほどのその盆は、縁がわずかに立っており、

 八束は手ずからくみ上げた清らかな井戸水を、溢れんばかりに注ぎ込んだ。


 水をたたえた盆の表は、わずかな風に揺らめいて、ちらちらと光を返す。

 白銅の淡い煌めきと相まって、まるで光の精が水辺に舞い遊んでいるかのようだった。


「これは、代々御座さまのお世話をいたします、乳母に伝わる秘術にございます。

 御座さまの忌み宮を守るため、編み出したものでございます。」


 八束は厳かに言うと、水盆へ手をかざし、聞き取れないくらい小さな声で、何やら祝詞を唱え始めた。


 同じ忌部家に仕える侍女でも、茜はこの儀式を全く知らなかった。

 茜は八束の低い声に耳を澄ませながら、魅入られたように水面を見つめていた。


 やがて水盆は、ゆっくりと光を失い、底知れぬ闇を吐き出し始める。

 いつしか、畳の上にぽっかりと穴が開いたように見えた。


 すると、今まで大人しく座っていた御座が、すくっと立ち上がり、

 真広を焦点の定まらない目で見つめる。


『ああや……あなや……こちに、こちへ――』


 彼女は手招きすると、水盆へとまっすぐ歩いてゆく。

 そして、何のためらいもなく、穴へと落ちていった。


「へぇ、ずいぶん大層な仕掛けだね。うまく入り口を隠したもんだ。」


 真広は感心すると、茜へと手を差し伸べる。


「大丈夫。これくらいなら、道が閉ざされても、自力で帰れるから。

 さ、行こっか。」


「天狐さま――空也さまは?」


 茜が空也に振り返ると、彼は首を横に振った。


「私はここで待つ。」


 すると、先ほどまで息をひそめていた吉彦が、元気よく立ち上がった。


「お……俺も行っきまーす!!」


 勢いよく片手を上げると、そのまま穴へ飛び込み、たちまち姿を消した。


「あっ、吉彦さまっ!?」


 顔色を変えた茜の手を、真広はぐいぐいと引く。


「じゃあ僕たちも行くよー!」


 そう言うと、茜を道連れに真広も穴の中へと飛び込んだ。





 穴の中は真っ暗で、底に辿り着いた時に衝撃は感じなかった。


 見えない地面にふわりと降り立ったが、視界は闇に閉ざされたままだった。


 不意に背後からパンバンと柏手を打つ音がして、淡い紫の明かりが無数に灯る。


「暗いでしょう――、こちらです。」


 真広と茜を後ろから追い抜いて先導し始めたのは、八束だった。


 ふと見れば、吉彦は少し離れた地面にへたり込んでいた。

 慌てて立ち上がると、何事もなかった顔で茜の後ろへ並び、そのままついてくる。


「ここは、数百年の昔、忌部家中興の祖、忌部康親(やすちか)さまという方が、

 神代の霊宝を納めるために作らせたと言われる、特別な宮です。」


 静かに歩を進めながら、八束は誰に聞かせるでもなく語り出した。


「代々の姫君の中でも、御座に就かれる御方は、この霊宝の管理を任されてきました。

 殊に“月の障り”に伴って御身の気が乱れる折には、霊宝のそばで体を休めるのが習わしとされてきましたが――」


 八束はふと歩みを止め、真広へと振り返る。


「従者さまのおっしゃることが真ならば、それは間違いだったのでしょうね……」


「まあ、そうなんだろうねぇ。

 しかし、なんでそんな習わしになったが、僕にも皆目見当つかないね。」


 真広が肩をすくめると、八束は再び前を向き歩き出した。



 ほどなくして一行は、二本の支柱に横木を二本を渡しただけの、ごく簡素な白木の鳥居へとたどり着いた。


「忌み宮はこの奥でございます。」


 八束は鳥居の前で立ち止まり、礼をすると中へ入ってゆく。

 真広は何もせず鳥居をくぐったが、茜と吉彦は八束に倣って軽く頭を下げた。



 鳥居の中はほの明るく、一面白洲の庭に、ぽつぽつと飛び石が置かれている。

 そして奥には、白木の簡素な高床の社殿が、静かにたたずんでいた。


 八束は履き物を脱いで社殿の階段を上がると、音もなく扉を開け放つ。


 社殿の中には、先に穴へ飛び込んだ御座が、くたりと身を横たえていた。

 扉が開いた気配に気が付くと、顔だけこちらへ向けて、低い声でうなり出す。


「あの奥の祭壇に祀ってございます品々が、霊宝でございます。

 どれも、他に類を見ないものでしょう?」


 茜が祭壇の品々を見ようと、一歩踏み出しかけたとき、

 真広はするりと彼女の手を離し、ひとり祭壇へ近づいてゆく。


「真広さま――」


 茜が慌てて後を追おうとすると、真広は振り返りもせず、片手を上げて制した。


「茜は来ない方が良い。そこで待ってて。

 吉彦、おまえは来い。」


「はいはい、今行きますよ~」


 吉彦は揉み手で茜の脇をすり抜けてゆく。


 やがて祭壇の前に立つと、まずは吉彦が目を輝かせて唸り声を上げた。


「これは――、まさかこんなものが、姫塚に納められていたって言うんですか?

 これ、日本のものではないです。百済のものでもない。

 中国の古代王朝の玉器です。」


「へぇ、そうなんだ?」


「ええ。この中央に丸い穴の開いた円盤が『(へき)』。

 こちらの、外は四角く、中に丸い穴の通った筒が『(そう)』ですね。

 どちらも、日本でまずお目にかかれるものじゃない」


 それから吉彦は祭壇の上をくまなく見渡す。


「銅鏡が三枚――これも大陸の型式です。

 こっちの四耳壺(しじこ)は骨壺かな? これは日本製――古瀬戸だな。たぶん、墓を暴いた成親が用意したものだろう。」


「この玉器はすごいね……。僕には来歴は判らないけれど、神気がここまでビリビリ感じられるよ。

 まさか、こんなもの、持っていたとはなぁ……」


 真広も感心して、一瞬玉器に手を伸ばすが、すぐにひっこめた。


「やはり、これは、姫塚の被葬者――鹿奈媛の持ち物だったのでしょうか?」


 吉彦がたずねると、真広は大きくうなづいた。


「だと思うよ? 鹿奈媛を生贄にした連中が、こんなものを用意できるはずがない。

 なら、もともと鹿奈媛が持っていたんだろうね。僕も知らなかったけれど、百済でも特別な姫巫女だったんだろう。

 本当にバカだよね。こんなすごい姫巫女を、生贄にしちゃうなんてさ。

 まあ、だからこそ、封印が千四百年も保ったんだろうけど……」


 そう言うと、真広は懐から(さかき)を一枝取り出し、葉を一枚むしった。

 それを両手に包んでゆっくり揉み、床へ放る。するとたちまち、そこに大きなつづらが現れた。


「よし、吉彦。そのつづらに、ここにあるものを全部詰めちゃって。

 中には綿も入ってるから、品物同士がぶつかって傷つかないよう、しっかり包んでくれよ?」


「え、俺が詰めるんですか? 触るの怖いんですけど――」


「大丈夫。おまえの信心の浅さなら、無問題だよ」


「どういう意味ですか、それ」


「荷運びにもってこいってこと。じゃなきゃおまえなんか連れてこないさ。」


 真広は両手を頭の後ろで組み、さっさと祭壇から離れた。


「酷いなぁ」


 吉彦はむくれながらも、恐る恐る玉器に手を伸ばした。

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