第十九話 空の御座と、姫塚の声
吉彦が、清七郎を伴って現れるまで、真広と茜は、何もしていなかったわけではない。
空也を通じて、四の姫・御座との面会を取り付けようと、あれこれ手を尽くしていた。
「御座さまは、御年十二歳になられます。
四姫の中でも特殊なお方でして、ひと月の半分は自我を持っていないとか、
残りの半分も、厳しい潔斎にあてているとか。
侍女も専属のばあやがつきっきりでお世話なさってるんです。」
真広に尋ねられた茜は、腕組みして思い出しながら答えた。
実のところ、茜も御座については、詳しいことはあまり知らない。
「うーん、だから、面会にもなかなか応じないって事なの?」
「ええ……、たぶん、“月のもの”だったんじゃないでしょうかね。
他のお嬢様方はそのようなことはないのですが、御座さまだけは、“忌み宮”をお持ちで、“月のもの”の時は、そこにこもられると聞いております。」
「いろいろ厳しい制約のある子なんだねぇ。」
真広が感心すると、茜も頷いた。
「ええ、何しろ“神降ろし”の能力を持っておられる方ですから。
――そういえば、天狐さま方は、女子に対する禁忌とかあるのですか?
『“月のもの”の時は触れてはならない』とか……」
「無いかなぁ。そういう不浄にうるさいトコもあるけど、うちは関係ないね。
人間の女ごときに穢される神性ではないよ。
茜も、いつでも、どんな時だって、僕にくっついてくれて構わないんだからね?」
「……それはずいぶんたくましい。」
そんな会話の後、結局、御座との面会が叶ったのは、清七郎の来訪から、三日後の事だった。
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「再三の面会のお申し出、お応えできず、大変申し訳ありませんでした。
ようこそおいでくださいました。わたくし、御座さまのお世話をさせて頂いております、八束と申します。」
御座の座敷で、主に代わって頭を下げたのは、初老の侍女だった。
当の御座は、口を半開きのまま、焦点の合わない瞳で遠くを見ていた。
半月ほど前の、大広間で邂逅した時と、あまりにも違う様子に、真広も空也も戸惑いを隠せない。
付いてきた吉彦は交流の少ない妹に、興味を隠し切れない。御座の座敷を訪れるのも初めてで、もの珍しげに、辺りをきょろきょろと見回した。
そんな中、茜だけは、多少事情を知っていたため、静かに目を伏せる。
「御座さまは、今、月の障りが明けまして、無明の時期にございます。
神降ろしはできませぬが、姫さまを妻にと請われるのでしたら、包み隠さずお見せするべきと思いまして……。
神座の時期の姫さまは、いつも御覧になられているでしょう?」
八束の言葉に、真広と空也は顔を見合わせた。
やがて空也が、慎重に口を開く。
「――いつも見ている、とはどういうことだ?
私が四の姫と顔を合わせたのは、先日の一度きりだが……」
すると今度は、八束が戸惑い始めた。
「え……何をおっしゃるのですか?
いつも月の半分、神座の時期には、天宇根大明神さま御自ら、御座さまへ降臨あそばされて、
神託をお授け下さるではないですか?」
もう一度、空也は横目で真広を見たが、真広は小さく首を振った。
「いや……私はその娘を通してはおろか、それ以外の方法でも、この村に来たことも、神託を授けたこともないのだが……。
その神託を授ける神とやらは、本当に『天宇根大明神』を名乗っていたのか?」
空也の言葉に、八束はますます青くなり、口元を押さえて息をのむ。
「い……いえ……。四姫様の御力は、天宇根大明神様より授かりしものと思いまして、
てっきり、ご降臨あそばされる神様も、告げられるご神託も、天狐さまとばかり――」
八束は御座を見て、急に怖くなったように、思わず身を引き距離を取った。
「――少なくとも、この姫はその名の通り、“神の御座”なのだろうが、
その座に座るのが何者か――わからんな。少なくとも、天宇根大明神ではない。」
腕を組んで、思わず口を挟んだのは、真広だった。
その途端、御座の瞳がぐりんっと真広へ向く。
空也も、八束も――息をのみ、座敷に緊張が走った。
『……か……かみ……たつは……むすひ……まま……あひれ……』
突然、御座が意味の分からない言葉のようなものを口走り始める。
『しとげ……のし……む………ああ……や……』
御座は、勢いよく畳に両手をつくと、そのまま両手の力だけで、真広の方へずりずりと這ってゆく。
さすがの真広も、その不気味さに思わず後ずさった。
『ぬ……みぬは……ああ……ま……ひろ……まひ……ろ……や……』
――確かに、まひろと……真広と、言った。
真広は目を見開き、御座を見つめたまま、ぴたりと動きを止めた。
御座は、真広のすぐそばまで行くと、彼のひざ元に手を着き、さめざめと泣き始める。
「これは一体……」
空也が青ざめたまま、その様子を見つめ呆然と呟く。
真広もしばらく御座を見つめていたが、やがて意を決すると泣き崩れている御座の肩に手を置いた。
途端にその顔は険しくゆがむ。
――御座さまの、記憶を読んでらっしゃるのだわ……
以前、同じことをされた茜は、すぐにわかった。
「これは……、なるほど、そういうことか……」
真広は一人で呟いてから、八束の方へ向き直る。
「八束……はっきり言おう。御座に降りてきているものは、天宇根大明神ではない。
まず、その神座の時期に降りてきているものは、亡者か低級霊か――
いずれにしろ神のフリをしたいモノでしかない。」
「そ……そんな……」
唇がわなわなと震え出した八束に、真広は肩をすくめる。
「確かに、この姫は神を降ろせる御座ではあるんだけど、
そういう空座は、神のフリをしたいモノにとっては垂涎の舞台でね……。
どのみち、こんなことを続けていれば、良いことは一つもないよ。」
それから真広は急に真面目な顔になって、御座を見やる。
「で――無明、だっけ? この子が“御座”として機能しない時期。
今、この子を通して喋ったものが何かってことなんだけど……
ねぇ、ここ最近、この子、ずっとどこにいたの?」
「それは……、“月の障り”でございましたから、“忌み宮”に――」
八束の言葉に、茜と吉彦がハッと目を見開いた。
――もしかして……
直感だった。
二人の脳裏には、吉彦が重ねた“オクミヤクチ”の表記のある、屋敷の見取り図が鮮明に浮かんでいた。
「その“忌み宮”って古い祭具が祀られてたりしない?
例えば、“姫塚に元々納められていたような遺品”とか」
真広の言葉に、八束の方がビクッと跳ねた。
彼女は、信じられないという顔で、真広を見返す。
「……なぜ、それを、ご存じなのですか?」
「んー……この子に入っているの、姫塚の主のカケラだから。」
真広は少し悲し気に、もう一度御座の肩に触れる。
「姫さまの中に、姫塚の御方が?」
恐怖より、疑問が勝ったのだろう。
八束は顔色を取り戻しつつ、真広と御座を交互に見た。
「うん。そして、多分それは、この子自身の心を壊す原因にもなってると思うよ。
姫塚の主はね、最期までの長い間、それはそれはむごい仕打ちを受けて、酷い苦しみの中で息を引き取ったんだ。その時に切り離した心のカケラを、この子は無明の期間に繰り返し体験している。
それでやっと解放された残り半月……神座の時間を、神モドキに乗っ取られる。
そりゃあ、正気じゃいらんないよね?」
「姫様は、助かるのですか?
どうすれば――」
「助かるかはわからない。この子の心が、残っているかは、僕にもわからない。
自我が残っているかの保証はない。」
「そんな……」
思わずつぶやいてしまったのは、茜だった。
「でも、苦しみを終わらせることはできるよ?
もう神モドキは降ろせなくなるかもしれないけれど……。」
「……旦那様にご相談しなければ……」
言い淀んだ八束を、真広はまっすぐに見つめる。
「岳彦かい? あの業突く張りが、この子の神託とやらで、相当儲けてるんだろう?
こんな金づる、はいそうですかって、手放すと思うかい?」
「……」
言葉に詰まった八束に、真広は最後のとどめを刺す。
「おまえしか、この姫さんを解放してやれない。
その、忌み宮とやらの入り口を、教えてくれないかな?」




