表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天狐の嫁取り〜千四百年待った伴侶は、虐げられ侍女でした〜  作者: じょーもん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/30

第十九話 空の御座と、姫塚の声

 吉彦が、清七郎を伴って現れるまで、真広と茜は、何もしていなかったわけではない。


 空也を通じて、四の姫・御座(みくら)との面会を取り付けようと、あれこれ手を尽くしていた。


「御座さまは、御年十二歳になられます。

 四姫の中でも特殊なお方でして、ひと月の半分は自我を持っていないとか、

 残りの半分も、厳しい潔斎にあてているとか。

 侍女も専属のばあやがつきっきりでお世話なさってるんです。」


 真広に尋ねられた茜は、腕組みして思い出しながら答えた。

 実のところ、茜も御座については、詳しいことはあまり知らない。


「うーん、だから、面会にもなかなか応じないって事なの?」


「ええ……、たぶん、“月のもの”だったんじゃないでしょうかね。

 他のお嬢様方はそのようなことはないのですが、御座さまだけは、“忌み宮”をお持ちで、“月のもの”の時は、そこにこもられると聞いております。」


「いろいろ厳しい制約のある子なんだねぇ。」


 真広が感心すると、茜も頷いた。


「ええ、何しろ“神降ろし”の能力を持っておられる方ですから。

 ――そういえば、天狐さま方は、女子(おなご)に対する禁忌とかあるのですか?

『“月のもの”の時は触れてはならない』とか……」


「無いかなぁ。そういう不浄にうるさいトコもあるけど、うちは関係ないね。

 人間の女ごときに穢される神性ではないよ。

 茜も、いつでも、どんな時だって、僕にくっついてくれて構わないんだからね?」


「……それはずいぶんたくましい。」


 そんな会話の後、結局、御座との面会が叶ったのは、清七郎の来訪から、三日後の事だった。




 +++++




「再三の面会のお申し出、お応えできず、大変申し訳ありませんでした。

 ようこそおいでくださいました。わたくし、御座さまのお世話をさせて頂いております、八束(やつか)と申します。」


 御座の座敷で、主に代わって頭を下げたのは、初老の侍女だった。

 当の御座は、口を半開きのまま、焦点の合わない瞳で遠くを見ていた。


 半月ほど前の、大広間で邂逅した時と、あまりにも違う様子に、真広も空也も戸惑いを隠せない。

 付いてきた吉彦は交流の少ない妹に、興味を隠し切れない。御座の座敷を訪れるのも初めてで、もの珍しげに、辺りをきょろきょろと見回した。

 そんな中、茜だけは、多少事情を知っていたため、静かに目を伏せる。


「御座さまは、今、月の障りが明けまして、無明(むみょう)の時期にございます。

 神降ろしはできませぬが、姫さまを妻にと請われるのでしたら、包み隠さずお見せするべきと思いまして……。

 神座(かみくら)の時期の姫さまは、いつも御覧になられているでしょう?」


 八束の言葉に、真広と空也は顔を見合わせた。

 やがて空也が、慎重に口を開く。


「――いつも見ている、とはどういうことだ?

 私が四の姫と顔を合わせたのは、先日の一度きりだが……」


 すると今度は、八束が戸惑い始めた。


「え……何をおっしゃるのですか?

 いつも月の半分、神座の時期には、天宇根大明神さま御自ら、御座さまへ降臨あそばされて、

 神託をお授け下さるではないですか?」


 もう一度、空也は横目で真広を見たが、真広は小さく首を振った。


「いや……私はその娘を通してはおろか、それ以外の方法でも、この村に来たことも、神託を授けたこともないのだが……。

 その神託を授ける神とやらは、本当に『天宇根大明神』を名乗っていたのか?」


 空也の言葉に、八束はますます青くなり、口元を押さえて息をのむ。


「い……いえ……。四姫様の御力は、天宇根大明神様より授かりしものと思いまして、

 てっきり、ご降臨あそばされる神様も、告げられるご神託も、天狐さまとばかり――」


 八束は御座を見て、急に怖くなったように、思わず身を引き距離を取った。


「――少なくとも、この姫はその名の通り、“神の御座”なのだろうが、

 その座に座るのが何者か――わからんな。少なくとも、天宇根大明神ではない。」


 腕を組んで、思わず口を挟んだのは、真広だった。


 その途端、御座の瞳がぐりんっと真広へ向く。

 空也も、八束も――息をのみ、座敷に緊張が走った。


『……か……かみ……たつは……むすひ……まま……あひれ……』


 突然、御座が意味の分からない言葉のようなものを口走り始める。


『しとげ……のし……む………ああ……や……』


 御座は、勢いよく畳に両手をつくと、そのまま両手の力だけで、真広の方へずりずりと這ってゆく。

 さすがの真広も、その不気味さに思わず後ずさった。


『ぬ……みぬは……ああ……ま……ひろ……まひ……ろ……や……』


 ――確かに、まひろと……真広と、言った。


 真広は目を見開き、御座を見つめたまま、ぴたりと動きを止めた。

 御座は、真広のすぐそばまで行くと、彼のひざ元に手を着き、さめざめと泣き始める。


「これは一体……」


 空也が青ざめたまま、その様子を見つめ呆然と呟く。


 真広もしばらく御座を見つめていたが、やがて意を決すると泣き崩れている御座の肩に手を置いた。

 途端にその顔は険しくゆがむ。


 ――御座さまの、記憶を読んでらっしゃるのだわ……


 以前、同じことをされた茜は、すぐにわかった。


「これは……、なるほど、そういうことか……」


 真広は一人で呟いてから、八束の方へ向き直る。


「八束……はっきり言おう。御座に降りてきているものは、天宇根大明神ではない。

 まず、その神座の時期に降りてきているものは、亡者か低級霊か――

 いずれにしろ神のフリをしたいモノでしかない。」


「そ……そんな……」


 唇がわなわなと震え出した八束に、真広は肩をすくめる。


「確かに、この姫は神を降ろせる御座ではあるんだけど、

 そういう空座は、神のフリをしたいモノにとっては垂涎の舞台でね……。

 どのみち、こんなことを続けていれば、良いことは一つもないよ。」


 それから真広は急に真面目な顔になって、御座を見やる。


「で――無明、だっけ? この子が“御座”として機能しない時期。

 今、この子を通して喋ったものが何かってことなんだけど……

 ねぇ、ここ最近、この子、ずっとどこにいたの?」


「それは……、“月の障り”でございましたから、“忌み宮”に――」


 八束の言葉に、茜と吉彦がハッと目を見開いた。


 ――もしかして……


 直感だった。

 二人の脳裏には、吉彦が重ねた“オクミヤクチ”の表記のある、屋敷の見取り図が鮮明に浮かんでいた。


「その“忌み宮”って古い祭具が祀られてたりしない?

 例えば、“姫塚に元々納められていたような遺品”とか」


 真広の言葉に、八束の方がビクッと跳ねた。

 彼女は、信じられないという顔で、真広を見返す。


「……なぜ、それを、ご存じなのですか?」


「んー……この子に入っているの、姫塚の主のカケラだから。」


 真広は少し悲し気に、もう一度御座の肩に触れる。


「姫さまの中に、姫塚の御方が?」


 恐怖より、疑問が勝ったのだろう。

 八束は顔色を取り戻しつつ、真広と御座を交互に見た。


「うん。そして、多分それは、この子自身の心を壊す原因にもなってると思うよ。

 姫塚の主はね、最期までの長い間、それはそれはむごい仕打ちを受けて、酷い苦しみの中で息を引き取ったんだ。その時に切り離した心のカケラを、この子は無明の期間に繰り返し体験している。

 それでやっと解放された残り半月……神座の時間を、神モドキに乗っ取られる。

 そりゃあ、正気じゃいらんないよね?」


「姫様は、助かるのですか?

 どうすれば――」


「助かるかはわからない。この子の心が、残っているかは、僕にもわからない。

 自我が残っているかの保証はない。」


「そんな……」


 思わずつぶやいてしまったのは、茜だった。


「でも、苦しみを終わらせることはできるよ?

 もう神モドキは降ろせなくなるかもしれないけれど……。」


「……旦那様にご相談しなければ……」


 言い淀んだ八束を、真広はまっすぐに見つめる。


「岳彦かい? あの業突く張りが、この子の神託とやらで、相当儲けてるんだろう?

 こんな金づる、はいそうですかって、手放すと思うかい?」


「……」


 言葉に詰まった八束に、真広は最後のとどめを刺す。


「おまえしか、この姫さんを解放してやれない。

 その、忌み宮とやらの入り口を、教えてくれないかな?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ