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18話

 アイギスのアジトに帰還して、由希とまひろはミントに事の顛末を説明した。

 ミントは由希、まひろに視線を巡らせて、

「お前たち、本当にご苦労だったにゃ。それに、奏も無事、研究所から脱出出来て何よりにゃ」

 ミントがいうと、奏は照れくさそうに口元を緩めた。

 その様子にミントは小さく微笑んでから、由希に向き直った。

「由希には感謝してるにゃ」

「え?」

「お前のおかげで、またオーナーが不幸な目に合うことを避けることができたにゃ」

 ミントの賛辞は嬉しかったが、由希にはずっと心の中で思っていることがあった。

「そもそも……俺が余計なことをしなければ、こんなに面倒なことにはならなかったと思います」

「それは結果論にゃ。お前が私たちの意見に素直に従っていたとしても、また別の問題が起きていたかもしれんにゃ。とにかく、今、この場に奏がいるということ、それだけが事実にゃ」

「そうですかね……」

「お兄ちゃん」

 尚も迷いのある由希に、奏が呼びかけた。

 そして、由希の服の袖を引っ張りながら、

「助けてくれて、ありがとう」

 奏はにっこりと笑った。

 その無垢で可愛らしい笑顔に、由希は胸の奥が暖かいもので包まれるのを感じた。

「……ああ、こちらこそ、ありがとう」

「うん!」

 そんな由希と奏のやりとりをミントは頷きながら聞いていた。

 しばらく優しい空気が流れた後、ミントは切り替えるように口を開いた。

「さて、それはそうと気になることも出てきたにゃ」

 ミントの声音の硬さに由希は再び顔を引き締めた。

「黒いローブの人物についてにゃが……」

「ミントさんには心当たりはありますか?」

「いや、残念ながらないにゃ。そいつの能力はどういう物だったにゃ?」

 由希は当時の、謎の人物の圧倒的な大立ち回りを思い返した。

「空間から武器や防具を取り出したり、後は猛獣のような物を生み出して使役していました」

「にゃるほど。そうなると、まひろの能力と同系統のものになるのかにゃ」

 ミントの指摘に、まひろはやや苦い口調で答えた。

「確かにそうです……ですが、あの人物の能力は私の能力よりも遥かに高度なものに感じました」

「ふむ……確かににゃ」

「待て、それはどういうことなんだ?」

 納得するまひろとミントに、由希は思わず尋ねた。

 初めてまひろに会った時もまひろは武器を同じように扱っていたし、研究所ではカードキーの複製によって大いに助けられたのだ。だからこそ、由希にはまひろの能力が劣っているとは思わなかった。

 しかし、そんな由希の内心とは裏腹にまひろは言った。

「改めて言うと、私の能力は『複製』。ただし、あまり複雑なものは生成できない。具体的に言えば、私がその物体の仕組みとか構造を理解することが出来る場合に限られる。例えば拳銃は生成できるけど、レールガンのようなモノは複製できない。私の頭じゃ理解できないから」

「でも、それはそれで便利なんじゃないのか?」

「考えてみて。拳銃なんて実際に本物を用意すればいいだけだし、カードキーだって無くしたときにもう一個作ることが出来る。だから、能力としての価値は低い」

「ちなみに奏の能力は『回復』にあたるものにゃ。今の医学は治療は出来るが、最終的には体が自然に治るのを待つだけじゃが、奏の能力はそれを増幅させることができるにゃ」

 由希はなんとなく、まひろとミントが言わんとすることが理解できてきた。

「つまり、化学で再現できないものほど、能力として価値が高いということか?」

「そういうこと。そうやって考えると、あのローブの人物の能力の価値がわかるはず」

「……それって」

「ええ。あの人物の能力は「生命」を生み出すという意味で、相当な規格外の能力ということになる……言ってしまえば、私の上位互換ね」

「なるほど」

 話を聞いて由希は改めてレリックにまつわる超能力というものが、いかに人知を超えた現象であるのかを理解した。

 確かに、そんなモノを身に着けているオーナーという存在は、良くも悪くも注目をあびて然るべきだろう。

「上位互換とまひろはいったにゃ。念のため聞いておくが、まひろに兄妹はいるのかにゃ?」

「いないです」

 まひろが答え、由希も同意した。

「なら、両親のどちらかがオーナーだったことはあるかにゃ?」

「いいえ。私の知る限りでは、ありません。そんなそぶりは微塵も感じさせなかったので、間違いではないはずです」

「なるほどにゃあ……って、ありゃりゃにゃ」

 ミントが不意に目を丸くした。視線を追うと、奏がいつの間にかうつらうつらと舟をこいでいた。

 その姿にその場の空気が和らいだ。

「まあ、ここで悩んでいてもしょうがないにゃ。今日はここまでにするにゃ……奏は部屋を用意してあるにゃ。お前たちも、今日は解散にゃ」

「はい、お疲れさまでした」

 こうして、由希の初任務は、成功に終わったのだった。

 色々な紆余曲折はあったが、収まるところには収めることが出来た。今まで感じることのできなかった、微かな達成感をかみしめながら、由希は支部長の部屋を後にした。


 由希はまひろと共にアイギスからの帰りに夜道を歩いていた。

 なんとなく由希が足取りの軽さを感じていると、まひろが呟いた。

「嬉しそうね。なんか、良いことでもあったのかな?」

 茶化すような口調でまひろが尋ねてきて、由希は照れくさくなった。

「まあ、なんていうか、さっきの任務の事でさ」

「うん」

「俺がやったことが実を結んだっていうことが初めてで嬉しいんだ」

 今まで自分の行いは人を不幸にするものだと思っていた。

 だが今回は違った。

 オーナーという宿命を背負った小さな少女を、救うことが出来た。そしてそれをミントや、まひろに認められ、奏にも感謝された。

 それは未だに暖かなまま由希の心にあった。

「思えば、俺はこうして誰かのために何かをして、感謝されたり、認められたいと思っていたのかも」

 気づけば一人で喋っていることに気づき、由希はバツが悪くなった。

「悪い、一人で盛り上がって」

「そんなことないわ」

 まひろは穏やかに答えた。

「由希がそう思ったなら私も嬉しい」

「ありがとう……これも全部まひろのおかげだ」

「え?」

 まひろが素っ頓狂な声を出した。

「どうして私のおかげなの?」

「だって、まひろが今までずっと俺の傍にいてくれたから。まひろがいなければ俺はずっと自分の殻に閉じこもっていた」

「でも、私のせいで由希はオーナーになってしまった」

「おかげさまで奏を救うことが出来たんだ。やっぱりまひろがいてくれたからだよ。まひろがいなかったら、今の俺はいない……これからもずっと、まひろには一緒にいて欲しいと思う」

 由希の言葉にまひろは慌てて顔を俯けた。

「ど、どういたしまして」

 俯いた顔にかかる髪の隙間から、まひろの赤みがかった頬が街灯に照らされていた。

 そんな幼馴染の様子を見て、ようやく由希は自分が告白めいたことを言ってることに気付いた。

「あ、えっと、そのなんていうか今のは……」

 慌てて言い訳をしようとするが、余計に変な雰囲気になってくる。

 夜の帳も降り始めるような時間のせいか、辺りは非情に静かだった。

 二人の歩く音と、微かな息遣いすら聞こえる程の静けさ。それに加えて明かりもどこか頼りなく薄暗い。

 それに気づくと、由希は二人きりという状況を意識してしまった。

 由希がドギマギしていると、

「へへ、ようやく見つけたぜ」

「「!?」」

 突然、二人の背後から声が聞こえた。

 由希とまひろが慌てて振り向くと、そこには不気味な風貌の男が立っていた。

 全体的にやせぎすで、眼は濁り、白めの部分は赤く濁っていた。さらに顔の下半分がぼろきれのような布で覆われている。

「もしかしてお楽しみ中だったかな?悪いな、昔から人の気持ちとか考えたことないもんでな」

「誰だ」

「はあ?お前、それ本気で言ってんのか」

 意図が分からず由希は答えることができない。

「いやあ、長かったぜ……おめえらと関わったせいであんなことになっちまってよお」

「言ってる意味がわからない」

 まひろが答えると、男は血走った眼でまひろを睨みつけた。

「すっとぼけやがって。俺はお前の顔はひと時も忘れなかったんだぜ?あの時、お前にぶちのめされてから、俺は今までずっと闇の中に身をひそめていなければいけなかったんだからよ」

 興奮状態でまくしたてたせいで、その男の顔を覆っていた布がひらりと落ちた。

 その男の口はこめかみ辺りまで裂けていた。その顔貌に、ようやく由希の記憶が蘇った。

「お前は……まさか」

「はは!ようやく思い出したか」

 その男は5年前、由希とまひろを襲ったオーナーの男だった。

 由希とまひろの驚く様子に、男は裂けた口角を不気味に釣り上げた。

「良い顔してくれんじゃねえか。今からその顔がもっと歪むのを見られると思うと、たまんねえぜ」

 言い終わると同時に、男は徐に口を大きく開いた

 その動作に、由希の防衛本能が一瞬で反応した。咄嗟に地面を蹴り、転がり込むように道のわきに移動する。

 次の瞬間、由希の元居た場所のあたりが陽炎のように揺らめいた。そして、歯ぎしりのような耳障りな音が聞こえると、アスファルトに抉り取ったような大きな穴があいた。

「ち、外したか」

 言葉とは裏腹に、男はどこか楽し気な声音だった。

 今の現象に由希は見覚えがあった。

 それは忘れもしない5年前。由希がまるで手も足も出なかった不可思議な力。まるで巨大な咢がそこにあるかのように、空間ごと捕食してしまう能力だ。

「おい、男!てめえに用はねえんだ。今だったら逃がしてやってもいいぞ」

「生憎と、見て見ぬふりは苦手なんだ」

「は!じゃあ、無様に殺されるんだな!」

 男が再び大口を開き、由希を攻撃しようとした瞬間、銃声が鳴り響いた。

「ちっ!」

 まひろが能力で拳銃を生成し、男に対して放ったのだ。

「ああ、それだそれ。お前はそうやって好き勝手武器を作って攻撃するんだよな」

 男の言葉に答えず、まひろは続けざまに銃撃を放った。男は再び口を開いた。すると男の目の前が歪み、まひろの撃った銃弾が飲み込まれていった。

「へへ、無駄無駄」

 男の能力の奇怪さにまひろが眉をひそめた。

「あの時は、油断しちまったが、ネタが割れてる今じゃそうはいかねえぞ」

「さっきから」

「あん?」

「さっきからあなたは何を言ってるの。私はあなたと闘ったことなんてない」

「おいおい、そいつは無理があるぜ。お前はあの時、その場で見つけたレリックで超能力に目覚めて、俺に反撃をかましてくれたんじゃねえか?」

「……いえ、そんなことはしていない」

「怖かったぜ……あれは完全に俺を殺すつもりだったな。しかも能力に目覚めたばかりだってのに完全に力を使いこなしてやがった。俺ですらここまで力を使えるのに年単位で掛かったっていうのによ」

「知らないわ」

「けっ」

 まひろの答えに男は焦れたようだった。

 再び口を開くと、まひろの場所の空間が揺らめいた。まひろがそれを躱すが、追いかけるように空間が歪み、周りの物体を巻き込んでいく。

「くっ!」

 能力によって飛び散った瓦礫がまひろの足を傷つけた。

「はは、チャーンス!」

 男が口を開く。

「まひろ!」

 由希はまひろを突き飛ばして、自身も直撃を避けることができた。すぐさままひろに駆け寄る。

「大丈夫かまひろ」

「う、うん」

 そのやり取りに、男が唐突に笑い出した。

「ああ、なるほど、そういうことか……その男に知られたくねえってことか」

 むき出しの歯茎が街灯に照らされて、その姿はさながらフィクションの化け物だった。

 そしてその異形の口から、信じられない言葉が飛び出した。

「お前が超能力に目覚め、それからオーナーを殺しまわってきたってことを」

 男の余りの言葉に、まひろも遂に声を荒げた。

「私はそんなことしていない!」

「何言ってやがる。そうじゃなきゃ、お前らはあの時とっくに俺に殺されちまってるはずだろうが」

 不思議と男が嘘を言っているようには思えなかった。

 当時の由希はまひろをかばった時に男に弾き飛ばされ意識を失い、気づけば病院にいたのだ。

 その間のことは何も知らなかった。

 ならば、その時に助けてくれたのはまひろということになる。

 なぜまひろはそれを認めようとしないのだ。

 命の恩人であるという事実を隠す必要があるはずがない。

 もしあるとすれば、それを明かすことで何か別の、明かしてはいけない事実がある時。

 それは、もしかすると、先ほど男が嘯いた――

「要はその女は人殺しってことだ」

「違うわ!」

 まひろが必死に否定する。その様子は真剣そのものだった。

「ってかよ、てめえは何でオーナーを殺しまわってるんだ?」

「もう、やめて!」

 まひろが再び男に向かって銃撃を放つが、やはり男には届かない。

 その様子に男は大げさにため息をついた。

「なんかつまんねえな。話はまともに聞かねえわ、弱っちいわ。傷が完全に治って、万全を期すために長い間まっていたが、拍子抜けだったぜ。まあ、復讐は果たさせてもらうぜ……ん?」

 不意に、パトカーのサイレンの男が聞こえてきた。男とまひろの能力による騒音に、近所の住民が通報したのだろう。

「ったく、無駄話しすぎちまったみたいだな」

 嘆息しながら男は落ちていた布を拾い上げ、口元に付け直した。

「今日はここまでだ。だが近いうちにお前を殺す。覚悟しとくんだな」

 そう言い残して男は去っていき、由希とまひろが取り残された。

まひろが苦い顔で由希を振り向いた。

「由希……」

「……とにかく、今はここを離れよう」

「……うん」

 由希は疑念を押し殺して、走り出した。背中にはまひろが力なく追ってくるのを感じていた。

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