17話
非常口の一本道を由希とまひろと奏は駆け抜けた。今のところ追手がいるような気配は感じられなかったが、警報音が鳴らされた以上、既に由希とまひろは追跡されているだろう。
3人は扉の前にたどり着いた。
「これは、出口でいいんだよな」
「そうじゃなかったら非常口の意味がない」
「確かにな」
「お兄ちゃん」
奏が由希の裾を引っ張って訪ねた。
「これで、助かった?お父さんと、また会える?」
「……ああ、そうだ」
そう答えながらも、奏と父親を引き合わせることが可能なのか由希にはわからなかった。
アイギスの方針にしたがって、引き取ればそれは難しいことになるのかもしれない。かといって、今はアイギスに逆らうことが正しいとも思えない。
雛月親子はどうしたら幸せになれるのか、わからない。
「由希」
今度はまひろが口を開いた。
「今は脱出して、奏を連れ出すことが先決。それからのことは、後で考えればいいわ」
そうだ。
とにかく自分は奏をここから連れ出すために来たのだ。今自分がするべきことは、そのことだけだ。
由希は扉を開けた。
「っ!?」
瞬間、由希達は眩い光に出迎えられた。
徐々に目が慣れてくると、目の前には、銃を構えた、たくさんの隊員らしき集団の姿があった。
20人はくだらないだろう。それが、先ほど警報が鳴らされて自分たちを確保しようとする者たちなのだとう、由希は悟った。
一人の研究員が、集団の前に出てきたのを由希は見た。
「いやはや、先ほどぶりですね」
それは、研究所で由希たちと話をした職員だった。
「一体、どういうことなんですか?」
「その非常口はね、実験中のオーナーが逃げた時に逃げ込むようにしてある。走り去った先で私たちが待機して再度連れ戻すというようにしてあるのだよ」
由希の隣でまひろが小さく舌打ちするのが聞こえた。
「あなたも、関係者だったのか」
「関係者も何も、私はここの所長だよ」
職員、もとい所長はあざ笑うような表情で、由希たちを見ていた。
「だから、実験の事も、予備研究室に何があるかなんてわかりきっているのさ」
「それはおかしい」
まひろが割り込んだ。
「ん、何がだい?」
「機密を守るのなら、予備研究室の話を私たちにする必要はないはず」
所長はまるでその質問を期待していたかのように、喜びの声をあげた。
「ははは、それがそうでもないんだな」
「なぜ?」
「あの研究所は機密保持をしているのだが、どういうわけだか偶に嗅ぎつけて侵入してくる輩がいるんだよ。そして機密をかぎつけるモノはね、そいつ自体がオーナーであることが多いんだよ……だから、ああやってこれみよがしに場所を教えてやる。すると、どうなるかな?」
尋ねておいて、所長は勝手に続けた。
「こうしてほら、私の前に新たな実験対象が二人もいるではないか」
「……罠だったというわけね」
「そういうことだねえ」
舌なめずりをするような、不快な笑みを所長は浮かべた。
「さて、大人しく捕まるか、抵抗して捕まるかどうする?」
その言葉を合図にするように、銃口が改めて由希たちに狙いを定めた。
絶体絶命な状況の中、由希は必死で脳を稼働させた。
どうすればこの状況を脱出できる?
自分が囮になって、まひろと奏だけでも逃がす?
だめだ。これだけの人数を相手に、引き付けられるのはたかが数人程度だろう。
破壊の能力を全力で開放して、強引に突破するか?
不可能だ。敵の銃はいつでも発砲可能で、能力が発動するよりも先に制圧されてしまうだろう。そもそも、由希がそこまで強力に能力を発動させられる保証がない。
突破も不可能だ。かといって退路もない。完全に八方塞がりだ。
ここまできて、諦めるしかないのか。
なすすべもなく捕まり、考えるだけでおぞましい実験にさらされることになる。
自分はまだいい。自業自得なのだから。しかし、まひろと奏はそうではない。
まひろは、奏の事を知ってから、彼女を一刻も早く保護することを提案していた。しかし、由希はそれを阻み、こうして研究所へ訪れるきっかけを作った。
奏だって同様だ。
まひろとミントの方針通り保護してれば、父親と離れる寂しさはあるかもしれないが、こんな状況になることはなかった。
すべて、俺が、引き起こしたこと。
思わず、由希は膝から崩れ落ちた。
「おや、もう降参かい?少しぐらい抵抗してくれてもよかったんだけどねえ……ん?」
不意に由希の視界を何かが横切った。由希が顔をあげると、奏がまるで由希を守るように立っていた。
「施設に戻る……その代わり、お兄ちゃんとお姉ちゃんは許してあげて」
「子供はこれだから嫌なんだ……理屈ってものがわかってない。どっちにしろ捕まるのに、そんなお願い聞くわけないでしょう」
「なら、実験には協力しないよ」
「なに?」
「私が実験に協力しなかったら、おじさんも困る……っ!?」
突然、大きな発砲音が聞こえて、由希の前の奏が崩れ落ちた。
「ガキが生意気いってんじゃねえよ」
所長がいつのまにか拳銃を取り出していた。
「安心しろ、ゴム弾だから命にかかわりはしない。でも、痛いだろ?これくらいで音を上げてる時点で、協力するしないなんて選択肢はないんだ」
「てめえ……」
「お兄ちゃん!」
考えなく突っ込もうとした由希は思わず足を止めた。
「あたしは大丈夫だから……お兄ちゃんは逃げて」
「何……いってんだよ。そんなことできるわけないだろ」
「お兄ちゃん……ありがとう」
「……え?」
奏から突然お礼を言われて由希は狼狽えた。
「私を助けてくれようとして、ありがとう」
「奏……違う、違うんだよ」
俺は、そんなお礼を言われるようなことをしてなくて。
むしろ、お前も、まひろも苦しめるようなことをして。
俺は……お前を守れなかった。
「茶番はもういい。そろそろ、終わらせるぞ」
そういって、所長は手をあげた。
隊員たちの銃口が改めて由希たちに狙いを定める。
そして、所長が腕を振り下ろそうとした瞬間――
「な、何だお前は!?」
動揺する所長の声に釣られて由希が顔をあげると、そこには黒いローブに身を包んだ謎の人物が立ち塞がっていた。
異質な乱入者にその場にいる誰もが動けなかった。
まるで時が止まったかのような膠着状態は、やがてその謎の人物によって崩された。
謎の人物は腕を空中に掲げると、手のひらの上の空間が歪み、そこから何かを取り出した。
その物体を見て由希は息をのんだ。
それは拳銃だった。
由希が認識すると同時に、その銃口は火を噴いていた。
隊員が反応する間もなく、地面に倒れていった。赤い液体がその隊員の頭のあたりから広がっていく。
「う、うわあああああ」
その光景に、隊員の一人が謎の人物に向かって銃を連射した。
謎の人物は前に向けて手の平をかざした。すると玉虫色のような円盤状の輝きが生まれ、隊員が撃った銃弾を全て弾き飛ばした。
信じられないという表情をしながらも、必死に隊員は銃を撃ち続け、やがて残弾がなくなった。
続けざまに拳銃を取り出そうとして、再び大きな発砲音がしたと思ったらその隊員も頭部を打ちぬかれ、地面に吸い込まれるように倒れた。
さらに、一発、二発と続けざまに銃声がなり、隊員たちが倒れていく。
後ろ手に控えていた第二陣の隊員たちが謎の人物を取り囲んだ。
謎の人物はさらに手をかざした。すると今度は、その人物の身の丈ほどもありそうな、巨大な物体が生まれ、まもなく形を成した。
それは、巨大なライオンのような姿をしていて、まるで息づいているかのように呼吸をし、隊員たちを睥睨していた。
隊員たちは、その猛獣に向かって機関銃を乱射した。
猛獣は銃弾をものともせずに、次々と隊員たちに襲い掛かった。
丸太のような太い腕で殴りつけられた隊員はあり得ない方向に首を曲げられ、無骨な刃物のような牙で胴体に噛みつかれた隊員は、内臓をまき散らしながら絶命した。
「ばかな……そんなばかな」
次々と蹂躙される隊員たちをみて、所長が震える声で尋ねた。
「お前は……何者だ……一体何の目的があって、こんな」
謎の人物は所長の問いに答えることはしないまま、なぜか由希の方を見た。
ローブのせいでその人物の顔を見えなかったが、それでもその視線が由希に向いていることを感じた。
「しねええええええええ」
謎の人物の視線が自分から外れたことを、所長は無謀にも勝機と悟ったのか、拳銃を発砲した。
先ほどゴム弾と言っていたのとは別の拳銃のようだった。
しかし、銃弾は謎の人物に届くことはなかった。
そして、最後に一度発砲音が聞こえたと思ったら、所長も地面に倒れ伏した。
由希たちを囲んでいた人間は全て息絶えていた。
だが、由希たちにとってまだ危険な状況が去ったわけではなかった。
「お前は……何者だ」
由希はまひろと奏を庇う様にして、謎の人物に尋ねた。
「一体どこから、急に現れた?……お前の目的はなんだ」
由希の問いかけに、謎の人物と再び目が合った。相変わらずその人物の顔貌は見えない。
やがて謎の人物は踵を返し、手のひらを前に出した。
何もない空間が歪み、時空の切れ目のようなものが生まれると、やがて謎の人物はその向こう側へ消えていった。
その場には由希とまひろと奏だけが取り残されることとなった。
「……終わった、のか?」
「……ええ」
由希のひとりごとに、まひろが答えを返した。
「あいつ、一体何者だったんだ」
「私に聞かれても、わからないわ。ただひとつ言えるのは、逃げるチャンスが生まれて、私たちはこれを逃しちゃいけないということ」
「……そうだな」
由希は奏を見た。
先ほどの惨状を目の当たりにしたことを由希は心配したが、意外にも奏の目には輝きが灯っていた。
その瞳と、由希を守ろうと所長の前に立ち塞がったことから奏が意志の強い人間であることが伺えた。
由希は奏の様子に安堵しながら、
「帰ろう、奏」
「うん」
謎を残しつつも、由希たちは研究所から脱出した。
なんとか奏を連れ戻すことには成功した安堵の中で、由希は謎の人物と視線を交わした時の事を思い出していた。
あの人物は一体何者だったのか。なぜ、由希たちを助けるような真似をしたのか。
「それに、どうして……」
「え?」
「あんな、悲しそうな目をしていたんだろう」
実際に目を見たわけではない。
しかし、なぜだか由希は感じてしまった。
謎の人物の、深い悲しみを。
帰りの道中、由希はその事が頭からどうしても離れなかった。




