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お公家の事情 火にも水にもわがあらなくに  作者: 英じゅの
鶯餅と海老しんじょう
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子育て狐

「あ、おじさまに、警察に連絡した方がいいか訊いてなかったよ」

「じゃあ、荷造りの前に、一応、警察を呼びませんか。保険の補償申請時には、盗難番号が必要ですからね」


 美也子さんが言うと、トーリ君が頭を振った。


「おばちゃん、いいよ。うちの父ちゃんが、保険なんかに入るくらい気の利いた人なら、俺、今頃、苦労してないから」

「うっ」


 思わず、美也子さんが唸って、美咲さんが無言でトーリ君の頭をひたすらに撫でた。古今東西、ちびっこが、ちびっこの間は、何かと苦労が多いんだよ。


「魔力持ちが絡んでいるんなら、警察だと限界があるんだよな。芦屋さん、助けてくれるかな」

「以前の検非違使の仕事は陰陽師が担うことになっているんだけど、陰陽寮も色々と人手不足らしくて、西都は、総督府に報告することになってるよ、ね、牧田?」

「はい。今回のことは、西都と西国を統治している嘉承と瑞祥の両家が動いていますから、何も心配することはありませんよ。トーリ君、美也子さんと美咲さんに荷造りを手伝ってもらいながら、何か盗まれたものがないか確認してくれますか」


 そして、荷造りが始まった。とは言っても、トーリ君の家も、以前の明楽君の家と同じくらい物が少なかった。ただ、大きな違いは、トーリ君の家には、シンプルながら、一目で良品と分かる家具が多かったことと、全ての道具類が上質だったことだ。さすがは天才職人の流れを汲む家のこだわりだ。


「盗まれたものは、ないよ」

「そっか。なら、荷造りが終わったら、もう出ようか」


 今回は家具や生活に必要ではないものは置いておくので、逃亡中(仮)改め、ちょろい善人の鞍作父の物を運び出しても、大きなSUVのトランクには、まだ余裕があった。


 牧田が荷物を全部車に乗せてくれたので、家に帰ることにした。


「えっと、牧田のおっちゃんは一緒に帰らないのか?」

「トーリ君、心配しなくていいよ。じゃあ、牧田、後でね」


 美咲さんの運転するSUVが走り出して、すぐに後ろを振り返るともう牧田の姿は消えていた。牧田も、大概、せっかちだよね。


 家に戻ると、牧田が玄関を開けてくれて、何事もなかったように、車から荷物を運び始めたので、トーリ君は、またドン引きしていた。


「牧田のおっちゃんって双子なのか?」


 うん、多分、だいたいの人は、そう思っていると思うよ。トーリ君、嘉承の七不思議は深く考えると負けなんだよ。


「トーリ君、その辺りは、お家のじじょーってことで勘弁してよ」


 そう1400年くらいのお家のじじょーです。えへへ。


「何が何だか分からないけど、分かったよ」


 二人で玄関先で話をしていると、フロントバンパーに豹の顔のついた高級車が入ってきた。小野家だ。過保護な小野子爵が、車から降りて来るなり、私の肩をがしっと掴んだ。


「ふーちゃん、今回は、というか今回もだけど、明楽のこと、くれぐれも、くれぐれも、よろしく頼むね。ほんとに、頼んだよ」

「俊生、ふーちゃんに絡む前に、さっさと、明楽の荷物を降ろしてやってくれ」


 峰守お爺様に呆れたように言われて、慌てて小野子爵が車に戻った。その隙に、明楽君が、篤子お婆様と降りてきた。篤子お婆様は、明るくて優しくて、お話が楽しいので、風の魔力持ちには大人気の方だ。


「篤子お婆様、ごきげんよう」

「ふーちゃん、ごきげんよう。俊生が面倒くさい子で、本当にごめんなさいね」


 篤子お婆様が、いつものように、コロコロと笑いながら、小野子爵の方を見た。うん、小野家は平常運転で何よりだよ。


「本日から、私達も南条家にいますから、宜しくお願いしますわね。それで、こちらが、明楽の言っていた新しいお友達ね。こんにちは」

「こんにちは。鞍作斗利っていいます」


 トーリ君が、小声でぼそりと挨拶を返した。


「鞍作斗季子ちゃんのお子さんね。よく似ておられること」


 そう言いながら、篤子お婆様が目を細められた。


「え、おばあちゃん、俺の母ちゃんを知ってるのか」

「南条の別荘の一つが、南都の外れの山間の村にあって、それを結婚祝いに南条の父にもらい受けましたの。ふーちゃんも猫ちゃんの姿で二回くらい来てくれたでしょう。あそこの管理を、近くに住んでいた斗季子ちゃんのご両親に、長いことお願いしていたので、鞍作の長老になった季利さんも、亡くなった鞍作夫人のことも、昔からよく知っていますわよ」


 あの家か。あの近所にトーリ君の自慢の凄腕仏師のお爺様が住んでいらっしゃったのか。意外な小野家と鞍作家の接点に、驚いていると、トーリ君の荷物を運び終えた牧田が私達を呼びに来た。


「若様、旦那様が病院からお帰りになったので、評定を始めるそうです。先代小野子爵にも、ご出席いただきたいそうです」

「うん、分かった。篤子お婆様、後で、南条家に明楽君と遊びに行きますね。小野子爵、ごきげんよう」


 私がお二人に向かって、ぺこりとお辞儀をすると、明楽君が、「お母さん、お兄ちゃん、また後でね」と、手を振ったので、小野子爵は、私達が家の中に入るまで名残惜しそうに手を振っていた。


「すごいな。あのおっちゃん、まだ手、振ってるぞ」

「うちのお兄ちゃんでしょ。僕の本当のお父さんが死んじゃったから、目を離したら、僕も死んじゃうんじゃないかって怖いんだって。お兄ちゃんのことは好きなんだけど、早くこっちの家が完成して、ふーちゃんのご近所で、お父さんたちと気楽に暮らしたいな思ったりもするんだよ。これ言うと、お兄ちゃんは、絶対に大泣するから秘密だけど」


 号泣する小野子爵が、目に浮かぶよ。確かに、間違いなくいい人で、明楽君を大事にしているのは分かるけど、毎日あれじゃ、ちょっと距離を置きたくもなるよね。


「家族に大事にされているのは、良いことではないですか」

「それは、そうだけど」


 明楽君が軽く同意したところで、気がついた。さっきの誰?誰か後ろにいる?振り返ると、薄緑色の毛皮に翡翠の目をした狐が二本足で立っていた。 


 また出たよ。喜代水の妖。お父さまの結界は、妖には効かないのかな。


「えーと。ごきげんよう。綺麗な緑の狐さんは、喜代水のお使い?」

「いえいえ、私は天河村の狐です。銀の狼がうちの村の近くにいて、その傍に色んな妖が入れ替わり立ち替わり現れるものですから、落ち着かなくて、うちの一族の子供達が夜泣きをして大変なんですよ。これは、四つの魔力の君に何とかしてもらうしかない、と思って参りました」


 翡翠色の狐は、ぷりぷりした様子で、そう言った。


「私?」

「そうですよ。昔から、銀の狼は四つの魔力の君の言うことだけは、素直に従うじゃないですか。子供達が怖がっているんで、あれを、さっさと西都に呼び戻してくれませんかねぇ。あれ、四つの魔力の君、ちょっと縮みました?」


 いやいや、それは、四つの魔力の君違いだと思うし、何なら、銀の狼違いでもあると思うよ。でも、子狐が怯えて夜泣きというのは良くないよね。どうしたらいいかな。智は、お祖父さまや牧田に言われて、トーリ君のお父様を見張っているだけで、悪さは絶対にしないし。


「狐ごときが、若様に何を吹き込んでいる?」


 普段からは考えられないような冷たい声の牧田が、めちゃくちゃ不機嫌な顔で狐を睨んでいた。狐は、「ひいっ」と小さく叫んで私に抱き着いた。尻尾が恐怖で膨らんでいる。


「牧田、大丈夫だよ。この狐さんは、子狐の夜泣きについて相談に来てくれただけだから」

「若様が、妖狐の子育て事情にまで、首を突っ込む必要はありません」


 牧田は、本当に妖には手厳しいんだよね。あの牛鬼みたいなのなら、ともかく、この狐は、話をしに来ただけなんだから、別に問題はないと思うんだけどな。


「そうだけど、小さい狐が眠れずに泣いているなんて可哀そうだよ。ほら、評定が始まるんでしょ。遅れるから、行こうよ。ついでに、狐さんも、一緒に来てね」


 私にしがみついている翡翠色の狐を、そのまま抱えて家の中に入ると、玄関で真護が待っていた。


「また、ふーちゃんが変なのを連れて来た!」


 真護、「また」って言うな。


「ふーちゃんといると、本当に退屈しないよね」

「昨日はオコジョで、今日は狐。明日は何だろな」


 真護につられて、明楽君もトーリ君も言いたい放題だよ。


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