二条侯爵、再び
本日二話目の更新です。160話を先にお読みください。
放課後、校門を出ると、美也子さんと美咲さんが、瑞祥家の大型SUV車の中から手を振っているのが見えた。トーリ君の着替え類は、昨晩、さっと取って来たものの、長期滞在を見越して、丸っと全部荷物を取って来ようということになった。それで、例によって我が家の頼りになる女性陣の出番というわけだ。
明楽君と真護も、それぞれ家に自分達の荷物を取りに行ってから、我が家に集合することになっている。
「美也子さん、美咲さん、ありがとね。こっちがトーリ君ね」
「トーリ君、瑞祥家がお世話してもらってる美也子さんと美咲さんだよ」
車の中に乗り込みながら、トーリ君を紹介すると、人当たりの良い美也子さんと美咲さんに、トーリ君も小声ながらも「こんにちは」とちゃんと挨拶してくれた。トーリ君は、人見知りだけど、失礼な子ではないんだよ。
「じゃあ、車を出しますので、住所を教えてくださいね」
トーリ君が、西都に引っ越してきてから、逃亡中(仮)の鞍作父と暮らしていたのは、西都の中心部にある学園から見ると北側、文福叔父様が貫主を務めておられる喜代水寺に近い住宅街にある。
アパートの前に駐車してもらって、トーリ君の後に続いて歩いて行くと、トーリ君がいきなり立ち止まった。視線の先には、開いたままになっている玄関のドア。
「父ちゃんが帰って来たのかな」
走り出そうとするトーリ君の腕をぎゅっと掴んで、全員を【風壁】の中に入れる。
「もう、いいよ、トーリ君。様子を見に行こうか」
「ありがとな。何か分かんないけど、俺を守るような魔法を使ってくれたんだろ」
「うん。【風壁】って言って、空気のバリアみたいなやつね。今、皆で、明楽君のお爺様に教わってるんだ」
そう言いながら、開かれたまま放置されているドアから家の中を覗き込んで、愕然とした。
「うそ。誰がこんなこと・・・」
家の中が、ぐちゃぐちゃに荒らされていた。トーリ君が「泥棒?」と警察に電話しようとしていたので、慌てて止める。ごめんね。トーリ君は、正しいんだけど、こういう時は、我が家で一番に呼ぶのは警察ではないんだよ。
「牧田、助けてーっ」
大声で、牧田を呼ぶ。
「若様、どうされました?」
瞬間、いつものように、びしっとした牧田が現れた。トーリ君は、ドン引きだ。
「牧田、トーリ君の家の中を誰かが荒らしたみたいなんだ」
「若様方は、少し待っていて下さい」
そう言いながら、牧田が靴を脱いで、部屋の中に入って行った。
「なるほど。若様、もう中に入ってもらって宜しいですよ。警察に届け出ますか。あんまり役に立たないかとは思いますけど」
「何で、警察に届けても役に立たないの?」
靴を脱ぎながら、牧田に訊ねると、牧田が視線を下に向けた。
「え、これ、ゴーレム?」
牧田の視線の先には、こんもりとした土の山があった。これは、土の魔力持ちがゴーレムをトーリ君の家に侵入させて、荒らした後に、魔力を解除しているということだ。
「どういうことなんだ、ふーちゃん、牧田のおっちゃん」
「おっちゃん・・・」
絶句している牧田を見て、美也子さんと美咲さんが後ろで、にやにやしていた。
「トーリ君、この土の山なんだけどね。誰かがゴーレムを使って、侵入して部屋を荒らしたみたいなんだ。その後で魔力を解除して残ったのが、これ」
トーリ君が、信じられないという顔をして土の山を凝視した。
「若様、瑞祥の殿にお願いして、二条侯爵を派遣してもらいましょう。警察に通報するかどうかは、侯爵の判断に委ねればよいのでは」
牧田、こういうところは、父様と同じなんだよ。面倒臭そうな話は、さっさと丸投げ。
「うん、分かった。トーリ君、美也子さん、美咲さん、ちょっとだけ待っててね」
牧田に言われた通りに、【遠見】でお父さまの様子を確認すると、ちょうどお父さまが、瑞祥のお池の前を歩いているところだった。急いで【水人形】を作ると、突然出て来た水のパンダに、ショウちゃんが嫌そうな感じで、のそのそと離れていった。ごめんってば。緊急なんだよ。お祖母さまに言いつけないでね。
『お父さま』
「ふーちゃん、ごきげんよう。どうしたの?」
私が水を使う時は、ぱんころが出て来るのをご存知のお父さまは、驚くこともなく返事をして下さった。お父さまに経緯を説明して、二条侯爵家から誰かを派遣して欲しいとお願いすると、お父さまから二条侯爵本人が到着するまでは、残された土には近寄らないようにと注意を受けた。
『うん【風壁】を張ってるから、大丈夫だよ。牧田も来てくれたから平気』
そう言って【水人形】を解除した。その後、五分と待たずに、二条侯爵が苦笑しながら現れた。
「ごきげんよう。殿から緊急連絡が来たと思ったら、過保護な嘉承公爵に、問答無用で転送されちゃったよ」
冥王サマ、瑞祥は嘉承とノリが違い過ぎるんだから、もっと丁寧に進めようよ。
「二条のおじさま、すみません」
「ふーちゃんが気にすることはないよ。私の力が瑞祥の殿に必要とされているのであれば、二条としては、喜んでお仕えするだけだからね」
やっぱり、これはお仕えしている宗家の違いだな。
「さてと、どの土を分析すればいいのかな」
「はい、こちらです」
二条侯爵を家の中に案内すると、トーリ君が驚いた顔をしていた。亜麻色のさらさらの髪をして、仕立ての良いスーツを着こなしている二条侯爵は、いかにも都の雅な侯爵サマなので、一般家庭のいわゆる「お茶の間」では場違いな感じだ。それに比べて、チーム嘉承の気楽さよ。
「おじさま、これです」
「うん、分かった。じゃあ、ちょっと魔力を出すから、下がっててもらってもいい?ふーちゃんの【風壁】って、実は完全な風じゃなくて、水も火も土も混じっていて、今は特に、中に土の子がいるから、結構、土寄りの【風壁】なんだよね。だから、土の魔力を分析する時に近くに立たれると難しいんだよ」
げっ。【風壁】に関しては、結構、錬成が上手くなったと思っていたのに、まだ他の魔力が混じっていたのか。それにしても、さすがは二条侯爵。【風壁】の中にいるトーリ君の属性を瞬時に見破っていたよ。そそくさと皆で後ろに下がると、二条侯爵が魔力を放出したのが分かった。
「「うわ~っ」」
思わずトーリ君と驚きの声が重なった。綺麗なキラキラした明るい黄色の魔力が繊細な糸のように降りて来て、部屋の中に残された土の山を幾重にも覆った。
「すごいな、あの綺麗な兄ちゃん。魔力も綺麗だ」
二条侯爵は、実年齢は四十代だけど、美魔オジだから、二十代後半くらいのお兄さんに見える。それにしても、本当に綺麗な魔力だな。私が慣れ親しんでいる土の魔力と言うと、東久迩先生の底なし泥沼だから、こんな上品なのは新鮮だよ。
「うん、もういいよ」
二条侯爵が、そう言いながら、蓋つきのシャーレのようなものを魔力で作って、その中に残った土の山のサンプルを入れた。
「あの、兄ちゃん、俺、鞍作斗利って言います。さっきのは何、えと、何ですか」
人見知りのはずのトーリ君が、私より先に二条侯爵に声をかけた。
「兄ちゃん?もしかして、私のことかな」
見知らぬ少年に、兄ちゃん呼ばわりされた二条侯爵は、少し驚いている。この雅な、いかにも上位貴族な佇まいの人を、兄ちゃんと呼ぶ勇者はトーリ君くらいだよ。
「私は、高校生の娘を持つおじさんだから、そう呼んでもらえるのは嬉しいよ。私は、二条宣親。瑞祥公爵家をお支えする、二条侯爵家の当主をやってるよ。さっきのは、魔力解析だよ」
「侯爵サマだったのか。あの、すみません。俺、えと、僕は、貴族の人にどうやって話したらいいかとか、よく知らなくて」
「全く問題なし。鞍作斗利君、そんなことを子供が気にすることはないよ。ふーちゃんに近しい某侯爵家の当代や先代なんか、四家まとめて、貴族の何たるかをかなぐり捨てているくらいだからね」
すみません、二条侯爵。あの一族は、もう色々と手遅れなんです。二条侯爵のストレートな批評に、美也子さんと美咲さんがぶぶっと吹きだして「大変失礼しました」と軽く会釈した。
「ふーちゃんの魔王の爺ちゃんと父ちゃんも、喋り方が俺と同じだった、です」
「魔王の爺ちゃんと父ちゃんか。ふふふ。それはいいね。そうだね、あの魔王様のお二人に比べたら、君は、丁寧に話そうとしているだけ、気遣いの出来る良い子だと思うよ。あのお二人には、せめて陛下に奏上する時くらいは、何とかして欲しいんだけどね。困った御方々だよ」
すみません、二条侯爵。あの親子のことは、皇帝陛下も、先代陛下も、既に諦めておいでのようです。
「えと、でも魔王の爺ちゃんと父ちゃんは、すごく良い人だと思い、ます。喋り方も、本当は俺に合せてくれてるだけだと思うし。それに、何でもババっと決めて、パッと助けてくれるし」
トーリ君が、うちの魔王と冥王をかばってくれた。身内の私でさえ庇いきれないというのに。何か、凄く嬉しいよ、ありがとね。
「ババっと決めて、パッと助けるか。うん、君は、物事の本質を見ることが出来る良い子だね。土の魔力持ちの中に斗利君みたいな子がいて、すごく嬉しいよ。何かあれば、いつでも二条家においで。ふーちゃんが傍にいるから、我が君や魔王様達がたいていのことは解決してくれるだろうけど、土の魔力のことなら、私だって助けになれると思うからね」
そう言って、美魔オジの二条侯爵が、トーリ君の頭を撫でた。二条侯爵、めちゃくちゃいい人だな。トーリ君の話し方にも、機嫌を悪くせずに、ちゃんと相手をしてくれたうえ、サポートまで申し出て下さった。さすがは、お父さまの側近だ。
「それで、さっきの魔力解析だけどね。ちょっと、我が君とご相談したいことがあるから、ふーちゃん、魔王の父ちゃんを呼び出してくれる?」
「あ、さっきから【遠見】で視てますから、二条のおじさまがOKなら、直ぐに【召喚】してもらえますよ」
「げっ。ずっと視てらっしゃったの?めちゃくちゃマズイ・・・」
二条侯爵が、青い顔で狼狽えると、瞬間、その姿が消えた。確かに、パッと解決してくれるかもしれないけど、うちの冥王は、ちょっとせっかち過ぎるよね。
「若様も人が悪い。二条侯爵、かなり狼狽えていらっしゃいましたよ」
「ほんとにそうだよ」
牧田が面白そうに言うと、トーリ君も同意した。
子豚のお腹が、どれもピンクとは限らないんだよ。中には腹黒いのもいるってこと。うひひひ。




