麻生の記憶2
検非違使に勤めてからの麻生は、禍々しいオーラが増幅していた。検非違使庁は、公家の跡継ぎではない子女の、高級国家公務員試験を通らなくても入れるという暗黙の了解があるようなところだったが、腐っても公達、実は意外に魔力をもっている人間が多かった。魔力を潜在的に宿しながら使えないタイプの魔力持ちだ。みっちー宰相の話では、帝都では、年々そういう魔力持ちが多くなっているそうで、少子化同様、曙光帝国の社会問題になっているらしい。
賀茂さんが教えてくれたところによると、土蜘蛛に限らず、妖というのは、生物の魂を取り込む毎に力を蓄え、それが魔力持ちのものになると更にパワーアップして、短期間で上位種に変化するらしい。真護と小野の二の君は、某ゲームのスーパーキノコのようなものだと納得していた。捕食者である土蜘蛛や牛鬼にしてみれば、キノコかもしれないが、被害者は、将来のある若い人達や、家族が帰りを待っている人達だ。キノコじゃないんだよ。
「あ、大姫の付箋が、最後二つになりましたよ」
鏡の画像を落として、内容を確認されていた東宮殿下が、ほっとしたようなお顔で仰った。東宮殿下は、私達ちびっこ組に対して、責任感のようなものをお持ちになったようだ。付箋のついた記憶は、全て先に確認して、私たちが見ても問題ないものだけを【魔鏡】に映して下さっている。魔力を食うという【魔鏡】を、かなり長い間、発現させたままだ。まだ十代なのに、素晴らしい魔力制御と精神力だと素直に頭が下がる。右に立つ宰相と、後ろで支える皇后を、しっかりと選べば、曙光帝国の未来は、完全に約束されたようなものだよね。
「殿下、本当にありがとうございます。殿下のおかげで、この二年の間、闇に隠されていた事実が、どんどん見えてきましたわ」
「その分、帝都のしくじりも明確になってきたけどな」
叔母様が、殿下を労い、せっかく良い雰囲気にしてくれたのに、うちの冥王は、ほんと、容赦がないよね。大人なんだから、もうちょっと空気を読むとか、周りを気遣うとかすればいいのに。ちなみに、私は、権力に阿るガチガチの忖度子豚だよ。
「面目ない。二年前の厄災の後始末も、今回のことも、西都におんぶに抱っこだと、陛下はお考えだし、我々も慙愧に堪えない思いだよ」
東宮殿下が、私たちの方に向かって、ぺこりと頭をお下げになった。みっちー宰相は卒倒しそうな勢いで、口をパクパクさせている。
「でででで殿下っ。我が曙光帝国の次代の皇帝たる方が、臣下に頭を下げるなどあってはなりません」
「いや、宰相、私はそうは思わないよ。間違っていたら、皇帝でも誤りを認める。力が足りなければ、助けを求める。それを皇帝の威信に関わると言えば、嘉承は絶対に、我らと袂を分つだろう。嘉承が去れば、その守りびとの瑞祥も離れる。するとどうなる?火、風、水、土が次々に離れていくぞ」
「殿下、それは西国の公家にございます。我らが帝都の公家は、何があろうとも、曙光皇帝をお支え続けます」
「それは嬉しいけど、1400年仕えてくれた小野家をご覧よ。もう、良真卿しか帝都に残っていない。このままでは、土御門も賀茂も、そのうち不比人に跪くだろうよ。そうすると、曙光に残されるのは、宰相と、後は、日和見で、ことなかれの帝都貴族だけだ」
え、私?何で、土御門さんと賀茂さんが私に跪くの?ぽかんとした私の顔を見て、殿下が微笑まれた。
「陰陽師は、火、風、水、土の何れかの魔力持ちだ。水の賀茂も、土の土御門も、瑞祥には頭が上がらないよ。ましてや、不比人は嘉承の火と風だけでなく、瑞祥の土と水も持っていて、末恐ろしい魔力量なんだから。それに、フヒトでしょ。始祖伝説の信奉者は、いまだに多いんだよ」
うわぁ。迷惑。1400年前の先祖なんか、赤の他人レベルの血の薄さだよ。そんな人の信奉に、私を巻き込まないで欲しいよ。
「そんなわけだから、皇家は、嘉承に愛想を尽かされないように挽回できるチャンスには、頑張るしかないんだよ。もうちょっとだから、やり切ってみせる」
そんなお覚悟でいらっしゃったのか。殿下が悪いことなんて一つもないのに、上に立つ人というのは、大変だよね。それでも殿下は微笑んで、まだ私達に気遣いを見せて下さった。
「この付箋は、ちびっこ達には、きつい内容だし、速水の大姫も小野の末の君も出て来ないから、見なくてもいいよ」
明楽君と真護が素直に頷いて、お父さまの後ろに隠れた。私は、悪い子豚なので、ダメだと言われても見るつもり。殿下のお気持ちには、本当に頭が下がるけど、もう、今更って感じなんだよね。毒食わばってやつだよ。
【魔鏡】に現れた麻生の記憶は、どこかの旧家の邸宅にありそうな趣味の良い部屋から始まった。麻生伯爵とその嫡男が「事故」で亡くなった当時、高校生だった麻生は、すぐに伯爵家を継げず、成人して大学を卒業してから家督を継いだらしい。それまでの間は、速水伯爵が、麻生の後見人兼管財人になったと記録されている。
速水伯爵は、二股をかけていた愛人の高村愛の母親や、実は麻生伯爵の娘だった愛のことを喜んで引き取ろうとしたほどに、よく言えば人の良い、そのままで言うと脇の甘い騙されやすい人で、麻生の父親が存命の頃から、親友の息子達のことを可愛がっていた。そのせいか、麻生も伯爵を慕っていたようで、検非違使になっても、麻生と速水家の交流は続いた。今、速水家の応接室と思われるところで、速水伯爵が女性と男性の三人で話をしていて、麻生は、それを裏で聞いているという雰囲気だ。女性は、伯爵より少し若く見える。どこかで見た顔だなぁと考えていたら、南条侯爵が答えを出してくれた。
「あれ、高村愛の母親だよ」
「織比古おじさま、会ったことあるの?」
「ないよ。でも、そっくりだから、間違いないよ」
確かに、言われれば、顔立ちや体つきが、高村愛に良く似ているような気もする。さすがはダンディー南条。
「伯爵の隣で、書類を持って、愛の母親に説明しているのは、速水家の家令だよ。帝都で会った時より、ずいぶん、健康的で若く見えるから、一瞬、分からなかったけど」
西条侯爵が男性の方の正体を教えてくれた。そう言えば、速水の家令から、山ほど書類を押し付けられたって話があったな。
「ですから、ご説明申し上げた通り、当家では完全に義務は遂行されたという考えです。お約束通り、お嬢さんの愛さんの養育費は、20年間お支払いしました。愛さんも成人して、大学を卒業されて何年も経ちますし、そもそものところで、あなたの御主人のお仕事が上手くいっていないという理由で、当家が何故、お金を用立てる必要があるのですか」
「だから、用立てるとか、そんな大げさなものではなくて、300万円、貸してくださいって言ってるだけです」
いやいや、一緒だって。高村愛の母って、もしかして、娘と同じ人種?さすが妖蛾に好かれるだけあるかも。
「300万円は大金です。貸せと言われて、簡単に貸せる金額ではありませんし、理由がありません」
「うるさいわね。使用人のくせに口を出さないでよ。あんたに貸してって言ってないでしょ」
いやいや、財務管理は家令の仕事だから口を出して当然だよ。うちだって牧田に言わないと何も出てこない。大蔵大臣をすっ飛ばして、宰相にお金を出せって言うようなものだけど、高村愛の母親には公家の事情は全く理解できていないらしい。
高村愛もそうだったけど、貴族に反感を持って不公平だと主張する割に、周りの人への失礼な物言いや態度がどれだけ理不尽かというのは分かっていないようだ。この人から、もう妖蛾は抜け出て高村愛に移っているはずなのに、やっぱり喜代水のおじさまや、賀茂さんが言う通り、妖に何年も憑かれるだけのことはあるってやつだよ。
「ご主人の事業なら、家か何かを抵当にして、銀行に融資を頼みなさい。うちは、家令が出せないというなら、出ないねぇ」
そうだよ。普通は、家令でなくとも断るよ。速水伯爵、ちょっと鷹揚過ぎないか。もっとビシッと言わないと、この手の人間には通じないよ。
「娘の義理の父親が困っているんだから、少し、助けてくれてもいいじゃない」
「あなた、何を言っているんですか。再婚後は、愛さんを両親に預けて、一月に一、二回会う程度で、愛さんが大学に入ってからは、年に二回ほど会うくらいでしたよね。その程度の関係しかない母親の再婚相手が事業に失敗したからといって、どうして伯爵がお助けしないといけないと思うんですか。当家には何の関係もない話です。もう、これ以上の話し合いは不毛ですから、お引き取り下さい」
家令が、毅然とした態度で高村愛の母の要求と突っぱねて、この話は終わりだと言うように立ち上がり執事を呼んだ。
「お客様のお帰りです。玄関まで案内して差し上げて下さい」
執事が、高村愛の母に向かって、扉から玄関の方へ手を指し示した。伯爵も「悪いね、力になれなくて」と言いつつ手を振っている。伯爵、もっと強く出ないとダメだって。そんなことだから、騙されて麻生伯爵の娘の法外な額の養育費を二十年間も払う羽目になるんだよ。この家も、うちと同様、家令がいないと滅ぶ口だな。
「何よ、貴方はいつもそう。凪子ばっかり可愛がって、愛はどうでもいいんでしょ。愛があまりに不憫じゃないの。もういいわ。貴族って皆そうよね。私、愛があまりに可哀そうで、気が動転して、今までの経験を週刊誌に売っちゃうかもよ」
いやいやいや、何それ。めちゃくちゃ変でしょ。何でそういう反応になるかな。脈略がおかしいって。何で再婚相手に300万円を貸さないことが、そういう結論になるの?
「高村さん、貴方、自分が何を言ったか分かっていますか。これは、脅迫です。立派な犯罪ですよ。貴方がそういう態度なら、こちらは検非違使を呼ぶだけです」
えらい、家令、よく言った。
「そうだねぇ。私が後見をしていた親友の息子が、検非違使佐というお役目を頂いていてね。検非違使のナンバー2なんだよ。今日は、うちに食事に来る予定をしているから、そろそろ来ちゃうねぇ。それと、凪子を呼び捨てはいけないよ。君は、それほど親しくないのだから、速水の大姫と呼ぶのが礼儀だねぇ」
伯爵、気になるのはそこ?他に、もっと怒るポイントはあったよね。検非違使佐では、相手が悪すぎると思ったのか、高村愛の母は、伯爵に何かを投げつけて、逃げるように走り去った。小悪党感が満載だって。
「伯爵、ご無事ですか。何て失礼な態度でしょう」
家令が伯爵に訊ねると、伯爵が「あれ、これ、凪子が刺したものではないかな」と言いながら、見事な刺繍のハンカチを広げていた。あれは、速水伯爵家の家紋かな。
「そうですね。姫様のお手によるものかと思いますが、何であの女が持っているんでしょう」
「凪子があげたのかな」
「姫様は、高村さんのことも、愛さんのこともご存知ありませんが」
「そう言えば、そうだったねぇ」
伯爵、どんだけおっとりさんなんだよ。うちの牧田も大変だけど、こういう危機感の薄い伯爵の下にいる家令も大変そうだよ。不思議がる伯爵と家令の前に麻生が現れた。
「おじさま、ごきげんよう」
「ああ、仁郎くん、ごきげんよう。もう着いていたの?」
「はい。おじさま、先ほど、嵐のように走り去った女性は誰ですか」
「ああ、彼女ね。私の庶子の娘の母親だよ」
伯爵は、とことん伯爵だな。ぺろっと高村愛の母親の正体を教えちゃったよ。貴族家では、割と普通なこともあって、隠す気がまるでないんだな。
「あの女が」
麻生が伯爵に言ったというより、独り言ちたように呟いた。麻生は、父親と高博士の会話を盗み聞きしていたから、高村愛の存在は知っている。
「あの母親が、私の後見人を、薄汚い脅迫で不愉快にし、よりにもよって、妖蛾の宿主ごときが、麗しの凪子姫を呼び捨てにする始末だ。許せない」
ぎりぎりと下唇を嚙んでいた麻生が、伯爵に「まだ仕事があるので、検非違使庁に戻る」というベタな理由で、食事の約束を反故にすることを丁寧に詫びた。そして、足早に速水伯爵邸の庭に出ると、見るからに高級そうな黒いセダンに乗り込んだ。高村愛の記憶でみた車と同じだ。
何を思ったのか、ものすごい勢いでアクセルを踏み、ハンドルを切って、速水侯爵邸から、出て行くと、麻生は、なおもスピードを上げた。【魔鏡】に先ほど速水伯爵家から、逃げるように走り去った高村愛の母親の後ろ姿が映った。
もの凄い勢いで、その姿が近くなり、そして、そのまま麻生は、彼女を轢いた。数百メートルほど走ったが、車を止めるとバックミラーで後ろを確認していた。ミラーに映った麻生の目には何の感情も浮かんでいなかった。
高村愛の記憶と繋がった。




