中身
どこからか読経が聞こえてくる。麻生は、高村愛の母の告別式が行われている葬儀会館の近くに車を止めて様子を伺っていた。速水伯爵親子が家人と出て来るところを確認すると、麻生は車にエンジンをかけ、そのまま去った。
「これが最後の二つの付箋のついた記憶ですね」
東宮殿下がそう仰ると、一旦、【魔鏡】の画像が停止された。
「何かすっきりしないな」
おもむろに父様が言うと、四侯爵が頷いた。私には、父様が何を言いたいのか、さっぱり分からないけど。
「何が?」「何がです?」
私と、みっちー首相が同時に尋ねると、父様が顎をさすりながら、自分で自分を確認するように言った。
「高と麻生の動きが変だ。それに、高の中身が違う」
「そう、それ。私も同じことを思ったよ。麻生があれだけ慕っていた高博士の娘を轢き逃げするかな。それに麻生が高校生の頃の高博士は、もっと、ねっとりとした感じがあったよね」
父様に、西条侯爵が同意した。麻生の記憶は気持ち悪い場面ばっかりだったから、直視していなかったし、お父さまの十八禁フィルターのかかっていた私では全容がいまいち分からない。
「麻生の高校生の記憶から十年近い時間が流れているので、単純に老けたということはないですか」
賀茂さんが言うと、北条侯爵がかぶりを振った。
「いや、妖にとって人の生の十年は一年の長さもない。ましてや、あれだけの古妖では、感覚的には、もっと短いんじゃないか」
「それなのに、高村愛の記憶の中の祖父は、何て言ったらいいのかな。そこらの短気な爺さんみたいだったよな」
「それ、私も思った。麻生が高校生の頃の高博士は、不適切だけど、なかなか魅力的だったよね。妖だけに怪しい魅力というかさ」
東条侯爵と南条侯爵の会話で、麻生の記憶の中の高博士が浮かんできた。そうだよ。私だって、高博士は魅力的だと思ったんだよ。
「この後に向かう火葬場で、高博士、高村愛の母親の再婚相手の人と喧嘩していたよね。高校時代の麻生の記憶の高博士と全然違う。あの人は、もっと洗練されたインテリで、声を荒げて喧嘩するようなタイプじゃないよ。激高して、母親の再婚相手に殴り掛かろうとしてたし。ああいう人は、喧嘩するなら、冷静に完全論破して、相手の弱点を抉ってくるタイプだと思う」
そう話しながら、完全に思い出した。確かに、高博士が高校生の麻生に接しているところを見て、悪い奴ほど善人の顔をして人の心の隙間に入ってくるって思ったじゃないか。
「不比人は小さくて可愛らしいのに、人を見る目が素晴らしいね」
「そうなんです、殿下。ふーちゃんは、まだ小さいのに、洞察力を持った、頭と性格の良い子なんです」
また殿下のデ〇専疑惑に、お父さまが触発されて、うちの子自慢モードを再起動させた。このお二人は、さっきから一体何を競っているんだろう。今は、それどころじゃないんだって。皆の目が生温くなって恥ずかしいから、本当に勘弁してほしいよ。
「こほん。東宮殿下、瑞祥公爵閣下。嘉承の君の素晴らしさは、後でご存分に語って頂ければと思います。今は、高英実の話をすべきかと」
みっちー宰相が軌道修正してくれた。でも、後でご存分に語って頂くというのは無くていいですよ。
「それで、ワタクシ、こういう物の怪ごとは全く不勉強で、お教え願いたいのですが、高博士の弟は、実は高博士だったという想定でしたよね。ところが中身にいたのは土蜘蛛という妖だったと。でも、嘉承の皆様は、また中身が変わっているというのですね。では、さっきまで私たちが見ていた男の中にいるのは何なんです?それと、妖に憑かれた者は、妖がいなくなると炭化するのでは?」
宰相の最後の言葉に、小野家の三人の纏う気がぴくりと揺れた気がした。明楽君も気がついたようで三人の方を見ている。峰守お爺様が「大丈夫だよ」と明楽君の方を見て笑顔を見せて下さったけど、小野一族には忘れたくても忘れられない記憶だよね。
「妖の宿主は、妖がいなくなったら全て炭化するのではなくてですね、えーと、その・・・」
賀茂さんが説明しようとして、言い淀んだ。
「義之君、うちのことは気にせず、殿下と宰相にご説明申し上げて」
「はい、恐れ入ります」
峰守お爺様に、賀茂さんが頭を下げた。
「炭化は、宿主、宿主ではないに関わらず、妖が、人の生命力や魔力を完全吸収する場合に起こります。宿主を変える際に、最後に吸い尽くす場合もありますし、何もせずに、そのまま去る場合もあります。それから、土蜘蛛がいなくなった彼の中は誰かということですが、私は高博士の弟なのではないかと思うのですが。つまり、元の体の持ち主です」
「そうだな、俺もそう思う」
賀茂さんに父様が同意すると、西条侯爵がまた、カバンの中から何かを取り出そうとした。また出たよ、英喜おじさまのカバン。もう、変なものは出さないでよ。
「禁忌の研究は、全く成功なんかしてなくて、実は妖に体を乗っ取られていたことが分かったし、大学の講義も、学生から生命力をもらっていたという話だしね。これ、昨日、彰ちゃんが、深瀬刑事からもらった、高村愛の調書の写しなんだけど、再婚相手が事業に失敗して、愛の祖父母に何度も借金を申し込んでいたらしいよ。実際、少なくない金額を渡したそうだけど、ほとんど踏み倒されたんだって。葬儀の費用も、出して欲しいって言われて揉めてたらしいよ」
「速水伯爵にも、愛の母親が無心に来てたよね」
速水伯爵にしてみれば、全く見当違いなお願いもいいところだ。
「うん。ひどい借金の取り立てにあっていたらしくてね。取り立て屋が、娘二人がキャバクラで働けばいい稼ぎになるから、すぐ返せるって言ったって愛の祖母に泣きついたんだって。それで再婚相手も、愛の母親も必死に工面しようとしていたんだけど、愛にしてみれば複雑だよね。自分は、もうキャバクラで働いているのに、母は血の繋がらない娘たちを、キャバ嬢にしないために、両親に泣きついて、ましてや、速水伯爵のところにまで行って借金を申し込んでいるのに」
「ラブちゃんは、プロ根性を持って頑張っていたよ。吉原史上で最高の売り上げを一晩で叩き出した伝説のキャバ嬢だったんだから」
織比古おじさまは、ぶれないよね。今回は父様が弾き飛ばさないので、真護が明楽君の両耳を塞いでいた。どうした、真護、最近、めちゃくちゃ使えるじゃないか。
「南条侯爵、ちびっこ組が同席しておりますので、その辺りのお話は」
「彰ちゃん、あの母親がおかしいんだよ。ラブちゃんは、母親にも義理の姉たちにも引け目なんか一切感じなくてもいい」
お父さまが、やわらかく注意して下さったが、おじさまは力説を続けて最後に、どんと机を叩いた。少なくとも、高村愛には味方が一人残っていたみたいだ。この人には妖蛾の魅了は効かないから、昔の頑張りを本当に認めている人がいることが高村愛に伝わればいいな。
「織比古、お前は大馬鹿野郎で、女限定でしか優しくない、ロクでもないヤツだが、時々、憎めないな」
「本当、敦ちゃん?ありがとう!」
おじさま、それ、あんまり褒められてないから。時々憎めないって全然、褒め言葉になってないから。
「まぁ、弾き飛ばされないだけ、織比古にしては上出来だな」
「享護、東条のお前が言うな」
「はぁ?どういう意味だ、やんのか、織比古」
風の南条と東条の二人が揉め始めたかと思うと、瞬間、消えた。
「東宮、みっちー、俺の側近が失礼したな」
東宮殿下も、みっちー宰相も呆然として、理解が追い付いていないご様子だ。西都チームは、小野家も含めて、概ね普通に受け入れているが、秘書の火村さんと叔母様の部下の官吏のおじさん達が、コップに入った水をごくごくと飲んで落ち着こうとしているのが目に入った。
「ふーちゃん、真護君のお父さん達、消えちゃったの?帰ってくる?」
「明楽君、嘉承一族ではよくあることだから、深く考えちゃダメだよ」
「だいじょぶ、だいじょぶ。父上達なら【風天】でさっさと帰ってくるって。四条先生と違って、東久迩先生に埋められちゃったわけじゃないから」
天真爛漫に爆弾発言を投下した真護に、東宮殿下は、好奇心旺盛な目をされて、宰相の顔から色が消えた。やっぱり、真護は真護だったよ。
「埋められちゃったって、何だ。どういうことなんだ。しかも、東久迩・・・」
「みっちー、帰ってこい。放心する前に、麻生の記憶の続きを見るぞ」
父様がみっちー宰相の目の前で手をひらひらと振った。東久迩先生は、叔母様の幼馴染で親友だ。別名、百鬼夜行の副官。宰相の様子からして、絶対に何か裏にあるよ。
「東宮、次、頼むわ」
「公爵、でも宰相が」
先にさっさと進みたい父様と、宰相の事情が気になる東宮殿下の攻防。
「彰、みっちーに【回復】をかけてやれ」
「さっき軽く皆さんにかけたばかりですから、続けてはダメですよ」
「じゃあ、ふー、初期魔法のあの火を使って、みっちーを落ち着かせろよ」
「【仄火】だよ、父様。火の基本中の基本なのに何で名前も覚えてないの?やっぱり本当は初期魔法が使えないんじゃないの?」
「うるせー、スナギツネ、お前も飛ばすぞ」
絶対に使えないよね、この人。あと、スナギツネじゃないから。
「嘉承公爵、初期魔法が使えないとは?」
「東宮、西都土産の曙光玉1600個、帝都に持って帰るか?」
「さぁ、【魔鏡】で麻生の最後の記憶を映すよ。時間は有限だからね」
東宮殿下、切り替えが早過ぎだよ。この人は、何というか色んな意味で、曙光帝国の名君になる器があることは確定だ。そして、帝国一の魔力持ちと呼び声の高い当代の嘉承公爵が初期魔法が使えないのも確定した。
そして、もう一つ、確定したこと。帝国の頭脳、菅原宰相は、東久迩先生にトラウマを抱えている。やっぱり西都の姫達の生態は、まとめて謎過ぎるよ。
殿下のアール・デコの大きな鏡が私の思いを汲んだかのように、きらりと光った。




