麻生と土蜘蛛
「喜代水の五百羅漢も従えているのか。不比人は、可愛いから人気なんだねぇ」
殿下、違いますから。今は、おかしなデ〇専疑惑をまき散らす場面じゃないですって。
「そうなんですよ、殿下。不比人は、まだ小さいのに、礼儀正しくて、人に対する気遣いも素晴らしくて、妖にも大人気の可愛らしい良い子なんです」
お父さまも負けじと、うちの子自慢モードのスイッチを入れた。ほんとに、今は止めて。あと、妖に大人気になった覚えはないし。
「秀喜おじさま、五百羅漢にそんなに妖がいるなんて聞いてないよ」
「そお?その筋では割と有名な話だけど」
どの筋だよっ、絶対ロクなもんじゃないだろ、それは。
「お母様と霊泉先生が定期的に開いているお茶会な、西都の噂は、あそこに集まるんだよ」
うわーい。めちゃくちゃロクなもんだった。良かった、口にしなくて。私が、ほっとしていると、隣の明楽君が、くすくすと笑った。
「ふーちゃん、さっき、失礼なことを考えていたでしょ」
明楽君、恐ろしい子!
「全く、いつものことと言えば、その通りですけど、嘉承というのは、つくづく緊張感に欠ける一族ですわね。西条侯爵の報告では、高博士の教え子達が眷属化されていたわけでしょう。そうすると、今頃、隣国では土蜘蛛が大量発生しているのではないですか」
叔母様が顔を顰めて、チクリと仰った。
「ご懸念はごもっともです、総督閣下。土蜘蛛というのは、牛鬼になっていなければ、妖蛾と同様、比較的弱い妖でして、逆に強い妖に憑りつかれることがなくなりますので、その点では高博士の教え子たちには良かったかと。我が国と違い、魔力持ちがいない国ですから、短い時間で大きな力をつける蜘蛛はいないでしょう。検非違使たちの場合は、下手に魔力があったことが致命傷で、彼らの体の中で土蜘蛛を強くしてしまい、心身ともに乗っ取られてしまったんです。魔力を持たない者に入った場合は、高慢になったり、人を陥れたり、とにかく悪さをしますが、人の子の枠を超えるほどではありません。ただ、妖憑き同士で子孫をもうけられて長い年月をかけて潜まれると困りますが」
「その辺は、陛下に相談したうえで、小野が良いように対応してください」
賀茂さんの叔母様への返答を聞いた東宮殿下が小野家に言い渡した。
「御意」
三人のうち、二の君だけが頭を下げたので、殿下が少し意外な顔をされた。
「そうだったね。もう帝都には良真卿しか残っていなかった。後は皆、不比人について行くのかな?」
殿下がそうお尋ねになると、峰守お爺様と小野子爵が「恐れながら」と頭を下げた。皆の視線が私に向く。えへへ。小野一族の新しい主君(予定)です。
「東宮、母の付箋は、まだ沢山あるのか?」
「いえ、もう数えるほどです」
父様が、殿下に質問して、皆の視線が私を離れた。でも反対に、殿下は、私と明楽君と真護をご覧になった。
「麻生が父親と兄を襲った後の記憶だけど、歯止めの家族がいなくなって、横にいるのは、あの高英実だから、酷いことになっている。ちびっこ組には、きついことになりそうだから、後は大人たちに任せるといいよ。三人とも、よく頑張ったよ」
殿下のお言葉に心が揺らぐ。私がどうしようかと考えていると、明楽君が先に答えてしまった。
「小野鷹邑と速水凪子が出て来るところは見せて下さい。後は、ふーちゃんと一緒にふーちゃんのお父さんにくっついて、下を向いています」
ふーちゃんと一緒にって、もう明楽君の中で私がいるのは決定事項なんだね。真護を見ると、げっそりとした顔をしていた。目があったので、ちょいちょいと手招きすると、真護が私と明楽君のところにやって来たので、どうするかと訊いた。真護は、限界に近い。できるなら、もう家に帰って欲しいんだけど、享護おじさまは、真護に選ばせろと言ったからね。
「僕は、ふーちゃんといるから」
そう言いながら、お父さまに手を差しだして「彰人先生、【回復】をかけて下さい」と頼んだ。お前、【回復】が必要なくらいに疲弊しているんなら、もう帰れよとは思うものの、それでも傍にいようとする真護の気持ちは、本当にいじらしくて有難いと思う。誰もこれを拒否はできないよ。享護おじさまの方を見ると、ばちんとウィンクされた。はい、伝わってますよ。
「真護君、頑張ったね。皆さんもお疲れでしょう。昨日から、全員、休みなく対応していますからね」
お父さまがそう仰ると、水の【回復】が部屋中に広がった。これは効く。頭も体もすっきりとして、軽くなった気分だ。皆も、思わず「ああ~」と声が出している。水の魔力はいいねぇ。チーム嘉承が水のファンなのが分かった気がする。
「閣下、何とお優しい・・・長年の肩こりと腰痛と偏頭痛が消えました」
みっちー宰相が滂沱のごとく涙を流している。いちいち言動がギャグ漫画なんだな、この人。
「いえいえ、宰相。これくらいなら何でもありませんよ。お役に立てて良かったです」
にっこりとお父さまが微笑まれると、宰相が手を合わせて拝んだ。ちゃんと二回、柏手まで打っているよ。宰相の脳内で、変な宗教が発生していないか。まぁ、私もお父さまのことは心の中で西都観音って呼んじゃってるけど。
「うん、じゃあ、ちびっこ組がいいなら【魔鏡】を再作動するよ。三人ともいいかな?」
東宮殿下は、私達にも気を使って下さる。お祖母さまの付箋に従ってとはいえ、先回りして麻生の記憶を視ながら、凄惨な場面が出てくる前に【魔鏡】を止めて、私達に警告して下さっていた。私達よりも年上とはいえ、殿下は未だ御年19歳だ。ご本人こそ、かなり精神的にも魔力的にも疲弊していらしたはずなのに、きちんと私たちのことを気にかけて下さっていた。殿下は、将来、間違いなく名君になる器をお持ちだと思う。お仕えする私だって頑張らないと。
「殿下、ありがとうございます。私たちは大丈夫です。続けて下さい」
私がそう申し上げると、真護と明楽君も続いて「お願いします」と頭を下げた。
そして、直ぐに私たちは後悔した。麻生の記憶、グロすぎるよ・・・。
殿下の【魔鏡】が再起動すると、いきなり出てきたのが、麻生と土蜘蛛の同化のシーンだった。これがトラウマ級の酷さだった。蜘蛛って何なの?管とか出すの?めちゃくちゃ気持ち悪いじゃん。明楽君と真護は賢明にも、再起動前に、お父さまに引っ付いて【魔鏡】から目をそらしていた。しっかりしているよね、この二人。
私は怖がりのくせに、怖いもの見たさが勝つタイプなので、今回も、しっかりと見てしまったよ。同化前の麻生は、さらに成長していて、大学生くらいに見えた。土蜘蛛との同化が終わったのか、画面には、黒い毛で覆われた体が部分的に現れた。その横に嬉しそうに立つ高博士が、麻生を褒めるように撫でて、鏡の前に麻生を誘導した。麻生には、赤い目が八つあって、昨日見た牛鬼とは違い、巨大な黒蜘蛛という印象だ。
キシキシキシと麻生が笑った。あの笑い方、同じだ。やっぱりあれは、麻生なんだな。
「その機能性の極致のような美しい体はいつまでも見ていたいところですが、我々は、まだまだ強くならなくてはいけません。幸い、この国には魔力持ちという素晴らしい餌がいますからね。先ずは、潜在的に魔法を持ってはいるものの発現させられないような連中を狙いましょう。彼らは、自分達がいかに残念な存在かよく分かっていますからね。その無念を私たちの餌になることで晴らして差し上げましょう。さ、仁郎さん、元に戻りなさい」
高博士が麻生にもとに戻るように言ったが、麻生はキシキシと笑うだけで、人型に戻れなかった。
「仕方がありませんね。よく見ていなさい」
そう言うと高博士の体がぐにゃりと歪み、大きな蜘蛛の体が現れた。父様と四侯爵が乗り出すように【魔鏡】に映った黒い蜘蛛を睨んだ。
「敦ちゃん、あれは、まだ土蜘蛛だ。牛鬼になっていない」
「確かに。でも、あの大きさは土蜘蛛では結構な古妖だ」
「外道が。曙光帝国で魔力持ちを取り込んで牛鬼になったか」
父様達の会話の通り、次の場面では、麻生が検非違使の制服を着ている同僚と思しき女性に話しかけていた。私からすると、どう見ても外道オーラ満載の蜘蛛男だけど、妖には、高村愛の妖蛾のように、異性を魅了する力を持つものが多いせいか、麻生の前の女性は完全に麻生の虜になっているようだった。
「あ、ここからは十八歳以下は見てはダメなやつかも」
瞬間、お父さまの鬼子母神センサーが発動して、視界が遮られた。ご丁寧に音までしっかりと遮断されている。父様が私の方を見て、何か言っているような。何だろ?【遠見】を飛ばして父様に訊いた。
「父様、何?」
「ドあほ。ステルスで【遠見】を飛ばすなって言ったんだよ」
もう紛らわしいなぁ。無邪気で真っ当な七歳児をやっているのに、危うく十八禁の会話を聞いちゃうところだったよ。さっさと【遠見】を切って顔を上げたところで、お父さまの良い笑顔に迎えられた。げげっ。
「ふーちゃん、ステルスの【遠見】って何?誰がそんなことをしているのかな?」
・・・えーと、それは、お父さまのお膝の上の、とっても悪い子豚です。




