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お公家の事情 火にも水にもわがあらなくに  作者: 英じゅの
黄色いおにぎりと練りきりの猫
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やってみた!

その後の麻生は、思想も所業も完全に高博士という蜘蛛の糸に操られたかのように、どんどん悪行に手を染めていった。暗躍したのは、麻生の黒い蜘蛛だ。


「ああ、そういうことか。時間をかけて罠を張り巡らせるわけか。罠にかかった連中の思想をゆっくりと操作して、眷属を増やしていく。強い妖にすれば、10年など人の1年ほどの長さもない」


北条侯爵の言葉に、賀茂さんが更に説明を加えた。


「高博士の経営する学習塾なのですが、検非違使庁に勤めていた役人達の若い頃ではないかと思われる顔を多数見たように思います。彼らも麻生と同じように長い間かけて洗脳されていったのではないでしょうか」

「宰相、仕事を更に増やして申し訳ないが、内裏に戻ったら、内務省に指示して、検非違使達の遺族に連絡をとって、学生時代に彼らが高博士の学習塾に通っていたか確認してほしい」


東宮殿下の指示に、みっちー宰相が「御意」と言って頭を下げたが、その背中には疲労蓄積という切ない四文字熟語が浮かんで見えるようだった。変ちくりんな人だけど、不器用で真っ直ぐで、一生懸命な人だと思う。裏を返すと、確実に、隣の冥王と悪魔侯爵たちに、おもちゃにされるタイプだよ。うちの大人たちは、典型的な「好きな子をいぢめる」成長しないガキ大将と幼馴染の仲良し五人組だから。


「もしも遺族を訪ねるのであれば、陰陽師も付き添います。検非違使たちを通して、その家族も眷属化されている可能性は否定できません。蜘蛛は一気に増殖しますからね」


賀茂さんが言うと、父様が賀茂さんに意地悪発言をした。賀茂さんも、ずばり、チーム嘉承の好きなタイプだな。


「賀茂、陰陽師が300人必死で這いずりまわったところで、6000人の検非違使の家族となると両親や兄弟姉妹、祖父母、他の親族と、キリがないぞ。直の家族だけでも20日かかる。その間に、また眷属を増やされると面倒だろうが」


結局、着地点はそこなんだよな、うちの冥王は。


「せっかく隠居ジジイどもが帝都にいるんだ、思いっきり利用しろよ」

「そうだね、なー君の【業火】で帝都中を一回焼いてもらえばいいんだよ」


そうそう、かりっとね。・・・しまった、私もチーム嘉承に洗脳されているよ。最近、ずっと一緒にいたから感化されちゃったんだ。手口がまるで土蜘蛛だよ、あの人達。


「東宮、帰ったら、陛下とジジイ共に伝言な」


だから、父様、殿下をそこらの小僧の使いっぱしりのように扱わないでってば。


高等科の麻生は、より一層、残虐な性格が顕著になり【魔鏡】の画像も、見るに堪えないものが多く、その都度、お父さまの鬼子母神センサーで、私と明楽君の視界が遮られた。麻生は元々、嗜虐的な一面を持っていたが、それが妖の影響で、どんどん手口が猟奇的になっていったようだ。


そして、その日は唐突に訪れた。麻生が高等科の二年の夏と思われる記憶の中にそれはあった。麻生の蜘蛛が父親と兄を襲った。麻生は、必死で命乞いをする二人を高博士と二人で傍観したのだ。鬼子母神センサーが、私と明楽君の視覚と聴覚を遮ったが、その前に【遠見】をステルスモードで飛ばしてしていたので、麻生伯爵と嫡男が、どんどん干からびて木炭のように黒くなるところまで全部視てしまったよ。同じ属性の高位の使い手の父様と侯爵達と小野家の三人は気づいたみたいだけど、何も言わなかった。


【魔鏡】では、麻生の姿は見えないが、高博士の表情はよく見えた。恍惚とした顔で、麻生の父と兄の最後を見ていた。そして、その顔は、どんどん異形のものに変わり、二人の断末魔が聞こえる頃には、高博士の両目は赤く光り、顔と衣服から見える部分は全て黒い剛毛で覆われていた。あれは間違いなく私が内裏で見た牛鬼と同じ種類の目だ。


「やっぱりそうか。東宮、一旦止めてくれ」


父様が、殿下の【魔鏡】を止めると、西条侯爵に合図をした。西条侯爵も、小野家のように書類を用意していた。


「実は、嘉承は、そもそものところで、高博士の存在に疑問を持っていたんだよ。二年前に、敦ちゃんと時影が、帝都で小野の末の君のご遺体を見せて頂いた時に感じた違和感をずっと調べていてね。曙光帝国の公家はどこも、この1400年の間に平和ボケしているから、当時は分からないことだらけで、思いのほか時間がかかったよ」


末の君の話になったので、俯いていた明楽君が顔を上げた。


「西条侯爵、鷹邑に感じた違和感というのは?」


小野の二の君が普段のおちゃらけを全く感じさせない声で訊いた。他の二人も真剣な顔つきになっている。


「先ず、敦ちゃんが、あれは闇落ちではないと強く言い切ったから、我々にそれを疑う余地はない。小野鷹邑卿は闇落ちしていない」


西条侯爵が言い切ると、小野の三人は静かに頭を下げた。末の君が闇落ちとなると小野家も爵位剥奪、断絶になる。


「西条侯爵、主君への忠誠からくるお気持ちはご立派ですが、それは、妄信とも言えます。危険なことではないですか。事実とデータと数字から総合的に判断するのが正しい在り方です」


宰相が真っ直ぐに西条侯爵を見て言い返した。みっちー、変てこりんな、小さいおじさんなのに、ものすごくカッコいいな。


「うん、帝都はそれでいいと思うよ。うちは、一族、それも血縁の濃いところでやってるから、絶対的に人手が足りていないんだよね。だったら、効率を考えるしかないでしょ。その手段の一つに、私達は、主君の言葉を一旦信じるという時代錯誤で泥臭いものを持っているわけ。先代も敦ちゃんも、人外レベルに恐ろしく勘はいいからね。でも、大概いい加減な人間だから、そこからきちんとしたものに固めて、宗家に恥をかかせないようにするには、相当な証拠固めが要るでしょ。経験値と実績は、1400年になる。なかなかにいい仕事をしてきた自負はあるけどね」


ほんと、嘉承は、いい加減だからなぁ。曾祖父や先祖のことは知らないけど、絶対にあの二人と同じ匂いのする人達だよ。側近が苦労を重ねて、1400年。敵が多すぎる一族だから、ガチガチのバッキバキに穴のない仕事をしないと、即、一族郎党巻き込んで破滅への道だもんね。


「身も蓋もないこと言うなよ、英喜」


父様がそう言いながら、爆笑している。いやいや、笑っている場合じゃないよ。嘉承は、いつも崖っぷちで勝負し過ぎなんだって。側近の苦労を分かろうよ。


「ま、そういうことなんで、敦ちゃんの違和感を信じて調べていったら、二つの可能性が残ってね。一つは、三十年以上前に隣国で騒がれた高英実博士の研究内容。でも、私たちは、これには最初から、半信半疑でね。誰かの死体に、違う誰かの魂を入れる。これは、嘉承を宿敵と狙う、アレの狂信者達が1400年の間に、何度も試みたから、私達の方も、調べ尽くしたし、調査は続けているけど、今のところ本当に成功したという事実がないんだよ」

「曙光ではもちろん、世界中で禁忌とされているから、事象自体が少なくてな。高博士の噂の信憑性について結論を出すほどには十分な情報も何も集まらなかった。隣国は、世界からの非難を恐れているのか、ひたすらに事実を隠しているしな。大学側は、高博士の研究資料は全て破棄したと主張しているが、我々には、高博士の研究自体、本当に存在していたのかという疑問があった」


嘉承の研究職を束ねる北条侯爵が付け加えた。


「それで、隣国に渡って調べようと思ったんだけど、この二年、厄災の後処理で、嘉承と側近四家と一族の十三家も、めちゃくちゃ大変だったから、調査を一旦休止せざるを得ない状況だったんだよ。そうこうしている間に、陰陽寮の第一位が、いつのまにか姿を消して、隣国に渡っちゃうしね」


西条侯爵の声に、チクリと嫌味が入り、賀茂さんが頭を下げた。


「うちの土御門の勝手な行動、申し開きのしようもありません」

「土御門君みたいな美貌の華やかな雰囲気の人が動くと、意味なく注目を集めるだけだから、ちゃんとした情報なんか取れるわけないんだよ。隣国だって、土御門君の立場は間違いなく掴んでいるだろうしね。まぁ、そのおかげで、こっちは陰で動き放題出来たから、感謝はしているよ」


そう言いながら、西条侯爵が別のファイルを机の上に置いた。


「隣国は、厄災の後処理と復興で大変な帝都の事情を踏まえた上で、疑うなら高博士のお墓を、いつでも掘り起こしていいって外務省に啖呵切ったでしょ。だから、掘り起こしてみたんだよね。詳細はこれ。宰相、持って帰っていいよ」


うわぁ・・・。ほんとにやっちゃったんだ。会議室に微妙すぎる空気が広がった。


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