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お公家の事情 火にも水にもわがあらなくに  作者: 英じゅの
黄色いおにぎりと練りきりの猫
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蜘蛛の罠

宰相に丸っと怒られたところで、殿下がまた【魔鏡】の映像を進めて下さった。


「あ、そういうことか」


殿下が独り言のように仰った。


「殿下、何か問題でもございましたか?」


叔母様が尋ねると、殿下がにっこりされた。


「私も、瑞祥の大姫さまをお支えする会の会員になるよ」


は?


「几帳面に折りたたまれた麻生の記憶に付箋がついている」

「付箋でございますか」


さすがの大人達も、きょとんとしている。私も意味が分からない。


「そう。大姫さまのご指摘通りに、魔鏡を動かすよ。麻生の記憶のどこを見ればいいのか、印がついているんだよ。流石としか言いようがない」


やっぱり、人外の妻になって人外を産むような女性は人外なんだ。あの数分で、そこまで出来る、普通?ほんと、流石としか言いようがないよ。


「おい、そこのスナギツネ、失礼なことは考えるなよ」


ちっ。父様、また勝手に人の心を読んだよ。あと、スナギツネじゃないから。


殿下がお祖母さまの謎の付箋らしきものにしたがって【魔鏡】を早送りしていくと、効率よく事実が見えて来た。殿下が、麻生の父親が宮様の生い立ちに付け込んだと仰ったが、まさにそれが、高博士が麻生にとったアプローチだった。高博士は、麻生の父が麻生家の繁栄と嫡男以外に興味がないこと、麻生には狂おしいほどの承認欲求があることに早くから気がついていた。


【魔鏡】に映る高博士は、弟の体を乗っ取っていることを加味しても、とても若々しく、アカデミックな人には珍しくがっしりとした体躯の持主で、背も高いが、知的でソフトな話し方なので威圧感はなく、魅力的な紳士だった。隣国から来たとは思えないほどに、言葉が流暢で訛りもない。大学で教鞭をとっていただけあって、勉強の教え方も上手かった。


「ほんとだよ。悪い奴ほど善人の顔をして心の隙間に入ってくるんだ。分かりやすい悪人は雑魚なんだね。野分翁とか。」


思わず口をついて出た私の言葉に、皆が大爆笑した。


「違いない!」


皆が大うけしている中、明楽君だけが、お父さまをじーっと見ていた。


「えーと、明楽君、何で私を見ているんです?」


明楽君、誤解だから。お父さまは善人の顔をしているんじゃなくて、本当に善人なんだよ。


「明楽、お前は大したやつだな」


父様が大笑いしていた。明楽君、分かりやすく悪人顔の極悪人も、そこにいるから、気をつけようね。


「東宮、次!」


父様、ほんと、いつか不敬罪でお家断絶するからね。殿下も、ちょっとは言い返して下さい。


「えーと、すみません。次の付箋なんですが、色が違うんですよ。ちょっとお時間ください」


殿下の【魔鏡】の画像が落ちた。


「あ、これは。酷いな」

「どうした?」

「高英実が麻生伯爵と密談をしています。ああ、これは、高博士が麻生の家庭教師を終えた後に、書斎か伯爵家の図書室に行って父親と話しているのを麻生が、土蜘蛛を使って見ているのか。巻き戻して、映しますね」


すぐに殿下の【魔鏡】に高博士と一人の壮年の男が映し出された。あれが麻生の父親の麻生伯爵か。高村愛の記憶で見た成人した麻生にそっくりだ。


「高博士、今更、私にそんなことを言われても困りますよ。貴方のお嬢さん、私と速水の二股をかけていたでしょう。私の子供かもしれませんが、速水の正妻は数年前に亡くなっていますし、あれは領地を持つ貴族ですから、私よりも、多くふんだくれると計算したうえで、向こうを父親に選んだんでしょう。現に、速水は子供を速水家の姫として養育すると言ったのに、何で断ったんですか。まぁ、法外な養育費を20年間分確約してもらえたのなら上出来ですよ」


思いがけない会話の内容に、会議室で【魔鏡】を観ていた全員が息を吞んだ。高村愛は本当は麻生伯爵の娘で、それなのに速水伯爵に押し付けたってことだよね?本物の外道だな、麻生伯爵も、高博士も、その娘も。


「私はね、速水には我慢がならないんですよ。とかく、家の誇りがどうの、領地がどうだ、領民がどうしたと語りたがる。貴族家として正しくあらんとしているようで、その実、領地を持たない我々を馬鹿にしている鼻もちならないやつです。やめてください。友人なんかじゃありませんよ。あれは、私を学生時代からの親友と思っていますが、私は一度もそう思ったことはない。速水の娘も父親に似て、小賢しい。ただ、あの娘は皇太后の覚えが良く、使えそうですから、うちの嫡男にもらって速水の領地を狙いますよ」


これには、皆、同じように怒りを感じたはずで、特に、頼子叔母様の秘書の火村さんは、「女は道具じゃない!」と感情を露わにして机をバンと叩いた。大人しい感じの人だと思ったけど、さすがに、野生のサブ子と働いているだけあって、芯は強い人なのかも。苗字に火がついているから、嘉承に所縁を持つ家の出身かもしれない。


【魔鏡】の中の麻生も、父親に対する憎悪を更に募らせたように見える。そして、麻生が、その翌日に動いた。高博士の経営する学習塾に彼を訪ね、昨日の父親との会話を聞いてしまったことを告白した。


「気にすることはありません。部屋の隅に蜘蛛がいたのは気づいていましたよ」


高博士は驚くことなく、楽しそうに麻生に告げた。そして、この狡猾な男は、更に麻生を罠に追いやる。


「しかし、困りましたね。貴方のお父様は、嫡男の伊知郎(いちろう)さんに速水伯爵令嬢を娶る気でいるようです。本当は、貴方、仁郎(じろう)さんの方が、麻生家を継ぐのにも、伯爵令嬢にもふさわしいのに」

高博士は、まるで蜘蛛だ。張り巡らせた罠に、獲物がかかるのを静かに待っている。そして、麻生が物心ついてから、渇望していた言葉を吐いた。


「私は、家庭教師として、この一年、貴方も伊知郎さんも見てきましたので、それぞれの資質についてはよく分かっていますよ。貴方の方が優れているのは明白なのに」


【魔鏡】の画像がぼやけているのは、麻生の目が潤んでいるからだ。もう、過去のことなのに、心の中で「麻生、信じるな!」と手を握って見入ってしまう。そして、高博士が、罠にかかった獲物を絡めとるように、麻生の欲しがっていたもう一つの言葉を掛けた。


「私はね、貴方を息子のように思っていて、可愛くて仕方がないんですよ。何かお手伝いできることがあれば、何でも言って欲しいと思っていますよ」


出たよ。勝手に父親になる悪党。私には、生まれてからずっとお父さまがいるから、高博士のような陳腐な言葉には引っかからないけど、麻生のような立場だったら、全身全霊で縋ってしまうと思う。高博士が麻生を塾の玄関まで見送ろうと、二人でエレベーターに乗ったようだ。エレベーター内の大きな鏡に映った公達学園の制服を着た少年の照れたような、嬉しそうな、ぎこちない笑顔が切な過ぎた。チョロいんだよ、麻生、あんなやつに騙されるなよ。そう思っても、もう誰にも何も出来ないことが、ただただ悔しくて、悲しかった。

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