表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お公家の事情 火にも水にもわがあらなくに  作者: 英じゅの
黄色いおにぎりと練りきりの猫
111/164

麻生の記憶1

西都総督府の建物は、アール・デコと呼ばれる様式のクラシカルでエレガントな雰囲気の内装を持つビルだ。大きなエントランスホールには、ぴかぴかに磨き上げられた大理石の大きな石柱が二本そびえ立っていて、その両脇に幾何学模様のモザイクの美しい大理石の階段が設置されている。廊下の天井はクリーム色でアーチになっているが、窓や壁の飾りなど、全てが直線的でシンプルでシンメトリックだ。私は、この独特なスタイルが大好きで、総督府に来るたびに、このホールに座り込んで、ずっと眺めていたい気分になる。


今日は、日曜日なので、総督府の業務はお休みだけど、6000人の検非違使の犠牲者を出した帝国史上最悪の犯罪の最重要情報の確認ということで、西都総督の頼子叔母様が、最上階の会議室を用意してくれた。この会議室も、床が濃いブルーとベージュの大きなタイルで、幾何学模様を作っており、その上にマホガニーの大きなテーブルに、飴色のレザーのチェアと、とてもエレガントな部屋だった。壁は柱と柱の間に同じ高さのステンドガラスが埋め込まれていて、光を浴びて、うっとりするくらいに綺麗だ。こんな素敵な部屋なのに、今からここで話し合われるのは、まったく似つかわしくない凄惨な話だ。


会議室では、頼子叔母様と秘書、総督府に勤める官吏の数名の他、嘉承の三侯爵と、小野家の面々と真護がいた。私の顔を見ると、真護と明楽君が飛んできた。大人に囲まれて、こんなすごい部屋で座らされていたら緊張するよね。それでなくとも、明楽君の世界は、昨日から180度変わってしまっているのに。


「真護、ご苦労様。明楽君、大丈夫?」


真護は私に少し微笑んで頷くと、すぐに享護おじさまのところに行ってしまった。明楽君は、私に抱き着いて離れない。


「明楽君、大丈夫じゃなかったら、無理することないんだよ。一緒に私の家に帰ればいいんだから」

「大丈夫じゃなかったけど、真護君がいてくれたし、ふーちゃんが来てくれたから、ちょっとだけ大丈夫になった」


そっか。真護と私がちょっとでも役に立っているんなら、嬉しいよ。小野家の三人が、真護君に抱き着かれた私に、口パクで「ありがとう」と言っているのが分かった。


「閣下、ご到着早々で恐縮ですが、時間がおしていますので、今から東宮殿下をお呼びして頂いて宜しいですか」


頼子叔母様が、いつもの凶暴なサブ子の顔を隠して、ビジネスモードで父様に話しかけた。叔母様の秘書を務めている火村さんという、うちの美咲さんくらいの年齢の女性が、電話で誰かと話している。内裏側の人と、東宮殿下の御準備の確認をしているようだ。


「殿下はいつでも召喚してくれと仰せなのですが・・・」


火村さんが、困ったというように眉を下げた。


「が?」


頼子叔母様が、火村さんに先を促す。


「宰相閣下と陰陽頭が一緒にお越しになりたいとご希望されています」

「ああ、二人追加で召喚か。いいぞ。問題ない」


父様が、面倒くさそうに片手をひらひらとした。


「火村、この男に気遣いは無用だから。問題ないって伝えてちょうだい」


叔母様のビジネスモードが、ちょっと崩れた。


「閣下、それでは、宜しくお願いします」


火村さんが受話器を持ったまま、父様に丁寧に頭を下げた。彼女の頭が元の位置に戻る前に、東宮殿下と宰相閣下と陰陽頭が会議室にご到着になったので、火村さんは驚愕のあまり固まってしまった。


「殿下は無事にご到着ですか」


受話器に向こうから殿下のご無事を問う声が聞こえる。火村さんが再起動しないので、伯母様が受話器を奪って代わりに答えた。


「はい。ご無事ですわ。お帰りの際に、また、ご連絡差し上げます。ごきげんよう」


叔母様が電話を切って、ようやく火村さんが我に返った。


「総督閣下、大変失礼いたしました」

「いいのよ。あんなデタラメな魔力なんて見たら、普通はそうなります」


叔母様、部下には寛容だな。家族には塩対応どころか塩酸対応なのに。そう思って見ていると、叔母様がキッと私を睨んだ。げっ。あの人もサイキックだ。


「明楽君、東宮殿下がいらしたから、ご挨拶しないとね」


私達が、立ち上がって頭を下げると、当の東宮殿下は楽しそうに、きょろきょろとあたりを見回していらっしゃった。


「すごいなぁ。本当に一瞬で西都に来れちゃったよ。総督、ごきげんよう!」

「殿下、ようこそいらっしゃいました。この度は、お力添え、誠にありがとうございます」


頼子叔母様が、見事な淑女の礼で、殿下にご挨拶した。普段は野生のサブ子なのに、さすがは嘉承の大姫、天下の公爵令嬢だ。私や真護とは比べ物にならないくらい巨大な猫を被っているよ。あれくらいになると、猫じゃなくて、虎だよね。虎被りのサブ子。うぷぷ。


瞬間、叔母様が鬼のような目で私を睨んだ。まずい。あの人、悪口に敏感過ぎるよ。慌てて、明楽君の腕を引っ張って、お父さまの後ろに隠れる。


「東宮、日曜の朝から悪いな。早速だが、これを【魔鏡】に移してくれ」


父様が欠片も悪いとは思っていない口調で東宮殿下に曙光玉を渡した。


「え、これ、曙光玉?牛鬼になった麻生の記憶を見るはずでは?」


反射的に受け取ったものの、思いがけず出て来た曙光玉を見て、殿下の視線は手の中の玉と父様の顔を行ったり来たりしている。


「母が、ハンザキの中に牛鬼の頭を保管しているのを嫌がりまして、麻生の記憶をこちらに移してくれたんですよ」


お父さまの説明に、東宮殿下がきょとんとされた。


「ハンザキ?」

「オオサンショウウオのことです、殿下」


お祖母さまに負けないくらいハンザキ好きの真護が元気な声でお教えした。


「ああ、そうだよね。西ではハンザキって言うのか」


「母は昔から、あれが大好きで庭で大事にしているものですから」

「オオサンショウウオとは。まったく、西都の姫達の生態は独特すぎる」


宰相がぼそりと言った瞬間、会議室の温度が上がった。


「宰相、何か仰って?」

「みっちー、母に言いたいことがあるなら、はっきり言え」


いやいやいや、宰相、大失言だよ。気持ちは分かるけど、この二人が暴れたら、ハルマゲドンだから。世界の終わりが訪れるからやめてよ。


「宰相、言葉に気をつけよ。先帝陛下と今上陛下が今の失言をお聞きになったら、謀反とみなされるぞ」


む、謀反になっちゃうの、あれで?


「お二人とも、瑞祥の大姫をお支えする会の名誉会員でいらっしゃる」


出たよ。お祖母さまの、高収入、高学歴、高年齢の3Kの集まる会。高年齢じゃなくて、高位だっけ。どっちでもいいけど、先帝陛下だけじゃなくて、今上帝もメンバーって、帝国で敵に回すと一番危ない組織だよ。


「兄様も、頼子も落ち着いて下さい。頼子、部屋が暑いから」


お父さまが、二人を宥めてくれたので、部屋の温度がもとに戻ったが、宰相は、まだダラダラと汗をかいていた。真護は慣れているので、全く動じる素振りもなかったが、明楽君は、怯えて、また私に抱きついてきた。もう、二人とも、七歳児の前で大人げないことしないでよ。


「それにしても、さすがは瑞祥の大姫。もの凄い魔力制御だね」


東宮殿下が曙光玉を光に翳して中を覗き込んでいらした。


「私は、皆と属性が違い過ぎて、両公爵の魔力に関しては、人外としか思えないんだけど、これは同じ属性だから、どれだけ凄いかよく分かるよ。麻生の記憶が几帳面に折りたたまれている。これだと【魔鏡】に映すのも、凄く楽だね。ありがたい」


東宮殿下がそう仰ると、梨元宮様の時と同じように、辺りに薄闇の帳が降りたようになり、大きな鏡が現れて、すうっと宙に浮かんだ。殿下の瞳は、今は漆黒に変わっている。


「闇魔法って独特の様式美があって、カッコいい。殿下の鏡は、アール・デコなんだ」


思わず口から出た私の感想に、殿下が楽しそうに答えて下さった。


「フレームは、気分次第で変えるんだよ。今日は、西都総督府のイメージに合わせてみたよ。麻生の年齢だと、記憶を全部見ると魔力切れになるかもしれないから、今回の件に必要なところだけ、ざっと見ていくね」

「宜しくお願いします」


小野家の三人が、真剣な顔つきで頭を下げた。殿下の【魔鏡】が早送りで麻生の記憶を映し始めた。宵闇の君と同じように、遠くで起きている砂嵐のようなザザザザという音が流れ、鏡の表面が古いテレビが周波数を合わせて画像を立ち上げていくようになった。


最初に、鏡にはっきりと映ったのは、どこかの床と傷だらけの小さな手足だった。え、何これ?

お父さまが、私を明楽君ごと引き寄せ、二人の頭を自分の体に押し付けて鏡を見えなくした。鏡からは、人を殴るような恐ろしい音と、小さな男の子が呻く声が聞こえた。私と明楽君にはお父さまのシャツしか見えないけど、何か怖いことが起きている。


「すみません。子供たちに見せるべきものではありませんでした」


殿下がショックを受けたように慌てて謝罪される声が聞こえたけど、私たちにはお父さまの白いシャツとグレーのベストしか見えないので、よく分からない。まだショックで、心臓がバクバクしている。こういう時は、お父さまの香だ。シャツに顔を押し付けて深呼吸すると、生まれてからいつも私のそばにある香りが鼻腔に広がった。お父さまの服には、調香師のお母さまが作っている香が焚き染められている。


「彰、あの外道を殴っていたド外道は誰だ?」

「先代の麻生伯爵です。私の一番嫌いな人種だったようですね」


お父さまが私と明楽君をお膝に乗せて下さった。早くも鬼子母神モードにスイッチが入ったようだ。


「麻生伯爵家の当主とご嫡男は、かなり以前に、お亡くなりになったと聞いた気がしますわ」

頼子叔母様が尋ねると、宰相の声が聞こえた。


「もう25年ほど前になりますかね。帝都大学在学中の話です。嫡男とは同じ学部でしたので、よく覚えていますよ。亡くなった人を悪く言うのは良くありませんが、選民意識の強い、いかにも麻生伯爵家の嫡男という男でしたね」


麻生の昏い幼少の思い出を垣間見て、開始数分で、会議室の空気が重くなった。次に出てきたのは、整った顔立ちで綺麗な髪の私と同じ年くらいの御令嬢。入学式か何かかな。公達学園の制服を着て、凛と姿勢を正して椅子に座っている姿が、周りの同じ年の少女達からは、際立った育ちの良さを醸し出していて、眼を引く。ちらちらと彼女がうつることから、麻生が彼女を気にしているのが分かる。


「速水伯爵令嬢だね」「凪子姫だ」


令嬢と面識のある小野子爵と二の君が同時に呟くと、それまでお父さまに背中を撫でられながら俯いていた明楽君が顔を上げた。


その後も東宮殿下の大きな鏡が、美しく成長していく速水の大姫の姿を映していく。礼儀正しくて、勤勉な公家の姫だ。さっきの麻生の記憶の後だけに、清涼剤のような清々しい麗しさだよ。こんな姫が本当に厄災になっちゃうのかな。そして、画面が更に早送りされて、姫の制服が中等科のものになった。公達学園の制服は、西都も帝都も、初等科から高等科まで同じ紺色の制服で、リボンとネクタイの色が異なる。初等科が萌黄色で、中等科が浅葱色で、高等科が深緋色だ。今、姫のリボンは、鮮やかな青い中等科のものになっている。


「あっ」


小野家の三人が同時に声を上げた先に、姫とにこやかに話している小柄で色素の薄い髪と目をした、私が大好きな豆柴のような笑い方をする少年がいた。小野の末の君、鷹邑卿だ。本当に明楽君に瓜二つだよ。


「あれ、土御門さんだよね、ふーちゃん」


真護が、馴染みの顔を見つけた。白皙のすらっとした美少年が二人に向かって話しかけて、三人で笑っている。美形は、ずっと美形なんだな。私は、ずっと子豚なのに。


麻生の視線は、いつも凪子姫を追っている。その横には、いつも小野の末の君と土御門さんがいた。ああ、段々、見えてきたよ。小野の末の君も、土御門さんも、麻生も、速水の大姫が好きだったんだ。


会議室の中に微妙な空気が流れた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ