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お公家の事情 火にも水にもわがあらなくに  作者: 英じゅの
黄色いおにぎりと練りきりの猫
109/164

新しい風

「邪霊って、今も存在するの?」


これは、私にとっては、めちゃくちゃ重要な問題だ。それこそ死活問題だよ。


「この世以外のことは分からんが、俺は、あの男として生きていたモノは、1400年前に完全に消滅したと思っている。ところが、麻生のような外道は、あの男の邪霊が甦れば、自分達が世界を支配できると狂信しているからな。野分のジジイのように皇帝の治世や西都のやり方に不満を持つ者を利用して、国家転覆などと面倒くさいこと計画したんだろ」


父様、国家転覆なんて途轍もないことを面倒くさいの一言で片づけちゃっていいのか。


「じゃあ、私はもう狙われないの?」

「そりゃ、狙われるだろ」


何それ。父様、そんな怖いこと、ケロッと言う?実は、私、めちゃくちゃ崖っぷちの子だったよ。


「正道から外れて、皇帝を弑そうとする奴らにとっては、あの男の邪霊を甦らせるというのが、1400年の悲願だからな。狂信者の間では、あの男が気に入る生贄を捧げることが出来れば、ヤツは魔界から転生すると信じられているらしいぞ」

「それが嘉承の子供?」


私の脳裏に、大きなお皿に乗せられた、こんがりと焼き上がった子豚が浮かんだ。


「おう。あの男にしてみれば、嘉承は、宿敵が溺愛する不比等の直系だからな。だから、俺達の先祖は、表向きは瑞祥と嘉承の両方が直系と思わせて、更にカッコウの伝統を続けるようにしたらしいけどな。正直、ここ千年ほどの代々の当主は全員、意味がないと思っているぞ」

「じゃあ、何で今でもカッコウの伝統を続けてるの?形骸化していると言いながら、続けているのには、何かまだ不安要因があるからだよね」


怖い。怖いよ。父様、何もないって言って。お願い!


「不安要因なぁ。あるっちゃ、あるな」


あるんだ、やっぱり。怖くて泣きそうだよ。


「瑞祥に預けておけば、詩歌管弦、公家の嗜み全般、丸っと面倒みてもらえるだろうが。悪いが、嘉承では無理だぞ」


それまで静かに聞いていた四侯爵の間で、「ぷっ」と失笑が漏れた。そうだったよ。うちは、そんな家だった。もう、伝統とか関係なしに、私は私の意志で、お父さまのところに、ずっといることにするよ。成人しても、居座る。


「それより、お前、今日、山科に行くんだろ?」

「うん。明楽君の様子を見に行くよ。真護のことも気になるし」

「そうか。なら、その前に、ハンザキの中に隠してある牛鬼の頭を出しておいてくれ。今日は、西都総督府で、東宮を召喚するから」


東宮召喚って、まるで手下の呼び出しのノリだよ。あの牛鬼をまた見なくちゃいけないのか。朝から、気の重い話だな。


「ハンザキは、今どこにあるの?」

「俺の寝室」

「何で、あんな気色悪いものと寝てるの!変質者の行動じゃん」

「誰が変質者だ。お母様に見つかると、俺も父様と同じ目に合うだろうが。お前、お母様のハンザキ愛を甘く見るなよ」


真護も大好きで、毎日、瑞祥のお池経由で通学しているけど、お祖母さまは、何であんなグロテスクな両生類が好きなんだろう。ご趣味が謎過ぎるよ。やっぱり西都の姫の生態は分からない。


「そう言えば、お祖父さまは?」


いつも朝は食堂で、ご自分の朝食を済ませても、新聞を読んで私の朝食が終わるまで付き合って下さるのに、今日はお姿がない。


「サンルームが出来上がるまでの間、西都所払いになった。側近も二人ずつ半月単位で入れ替わって付き合わされる」


何それ?私がお父さまの方を見ると、お父さまが説明して下さった。


「お母様のお気に入りのサンルームが崩壊したからね。お帰りになった途端、父様が平謝りしたんだけど、お怒りが解けなくて。それで、新しいサンルームが完成するまで父様の顔は見たくないって仰ってね。その間、西都ではないところで、お役に立つというのは如何かしらって、あの笑顔で仰って。その場に居合わせた土御門君の発案で、帝都が落ち着くまで陰陽寮のお手伝いをすることになってね」


うわあ、あの笑顔で「如何かしら?」と訊かれたら、それは嘉承の当代の言霊よりも、大妖の呪詛よりも威力を持つよ。付き合わされる先代の侯爵達も災難だよね。


「検非違使庁が壊滅したからな。組織そのものが見直されることになる。最終結論が出ても、実行に時間がかかるだろう。その間は、検非違使が担っていた仕事の大部分を、警察が引き継ぐことになった。対応しきれないところは、陰陽寮がサポートするらしいから、あんなジジイどもでも、役に立つみたいだな。賀茂が泣いて喜んでいたな」


賀茂さん・・・。あの人は、やっぱり、つくづく苦労人体質だよ。

検非違使と警察は、その対象が貴族と一般市民というだけの違いで、任務は全く同じだ。官僚と違い、上級国家試験を受ける必要もないので、検非違使庁は、長年、麻生のような帝都貴族の跡継ぎではない子息の受け入れ機関のようになっていたらしい。それが帝都貴族の堕落になるのではないかという意見もあったそうだ。陰陽寮が、魔力という完全実力主義に対し、検非違使庁では実家の爵位がものを言うからだ。


真面目に働いていれば、どこからも文句も出なかっただろうが、6000人の職員のうちの半分は、実は、貴族家の子女が実家から連れて来た従者や侍女で、実際に実務を取っていたのは、彼らだったそうだ。もちろん、彼らも公務員として給与が支給される。


「検非違使になった子女の実家にしてみれば、(てい)よく穀潰し(ごくつぶし)が厄介払い出来て、使用人の給与が一人分浮くわけだからな。菅原みっちーの言葉を借りて言うと、理想的な「馬鹿捨て山」だったのが検非違使庁だったらしいぞ」

「バカ息子やバカ娘はともかく、従者や侍女はちゃんと真面目に働いていたんだよね」

「おうよ。むしろ、皆、バカ息子どもの分まで働いていたみたいだぞ」

「それなのに麻生のせいで、土蜘蛛の子に体を乗っ取られて、牛鬼の眷属にされちゃうなんて酷すぎる」


聞けば聞くほど、麻生の外道ぶりにも、家人を大事にしない貴族家にも腹が立って仕方がない。父様と侯爵達が、説明してくれたところによると、帝都の貴族家のほとんどは、すでに魔力が弱体化しているか、失って久しくなっているらしい。昔なら、ともかく、そんな現代の貴族の捕縛に魔力は必要ない。


「それで、みっちーは、警察機構が、検非違使庁と一般警察に分かれているのは、意味がないと、ずっと主張していてな。俺達も本当にそう思う。魔力持ちの犯罪や、妖や瘴気がらみの案件は、どのみち陰陽寮の管轄だろう。だから、これを機に検非違使庁自体を解散させたいらしい。元々、それがみっちーの推し進める公費削減政策の一つで、それに異を唱える急先鋒が楢原ならはら伯爵家だったわけだ」


楢原伯爵家、聞いたこともない家だな。


「ふーちゃん、楢原は、代々、検非違使別当(べっとう)を拝命している家だよ」


お父さまが教えて下さった。帝都の貴族家までは、覚えてないけど、着袴のお祝いが届いていた気もするかな。


「検非違使別当というのは、とりあえず、陰陽寮で言うところの賀茂みたいなもんだと理解すればいい。で、あの外道は検非違使佐だから、楢原の補佐だな。土御門みたいなもんだ」


父様が説明すると、テーブルの端で静かに朝食をとっていた土御門さんがむっとして言った。


「あんな悪辣な連中と一緒にしないでください。全く組織も機能も異なります」

「ふーには難しいから、とりあえずのイメージだ」

「イメージも何も、麻生と私が似たような者だとふーちゃんに思われるのは心外です」


それは思わないけど、麻生の検非違使庁という組織での立ち位置は分かったかな。


「とにかく、話を戻すと、みっちーの公費削減政策が進まなかった理由が、麻生伯爵家だ」


昨日の父様と陛下の会話だ。


「皇弟殿下の正妻が麻生家の出身だから?」

「そう。みっちーも由緒ある伯爵家の出身なんだが、楢原と麻生の両伯爵家がタッグを組んで、馬鹿捨て山の温存をうたうと、それに賛同する貴族家が多くてな」

「帝都貴族は、馬鹿が多いからね」


享護おじさまが付け加えた。だからって滅多なことは考えないでよ。


「今回の責任を取って、殿下は臣籍降下されることが決まったそうだよ。麻生はお家断絶になったよ」


陛下の弟君の臣籍降下、名門の伯爵家が突然の断絶、少なくとも3000人近い貴族か貴族家に所縁を持つ子女と、恐らくそれ以上の数の使用人が亡くなっている。帝都は、今、混乱の坩堝ではないかな。宰相や賀茂さんに、そのうち差し入れして差し上げないと。深瀬刑事にも。


「それとは、逆に、速水家に爵位を戻すという話が出ていてね」

「明楽君の母方のお祖父様は、まだご存命なんだよね」

「そう。もう魔力は奪われてしまったけどね。ただ、速水凪子嬢の魔力が厄災に関与していた事実は、陰陽寮が確認しているからね。その辺の事情がまだ明らかになっていないから、麻生の記憶で確認しなくてはいけないんだよ。それに、今回の妖の件、楢原が麻生と手を組んでいたのか、これも状況次第では楢原伯爵家の存続に関わるからね」

「そんなわけだから、ふー、これスーツケースみたいな運びやすいのに変えてくれ」


父様の言葉が終わると目の前に、お腹がぽっこりとしたハンザキが現れた。あのぽっこりの原因は何なのか、朝から考えるのは止めておこう。


「父様、麻生の記憶を西都総督府で見るの、私も隅っこでいいから見てちゃダメかな」

「外道の記憶だからな。高村愛よりかなり酷いと思うぞ」

「うん。でも小野鷹邑卿と速水凪子姫に何があったか、ちゃんと知っておかないと。私の一代限りとはいえ、小野は一族でついて来てくれるし、二の君が加護をくれたから、野分翁の風を防ぐのも楽だったし。それと、代替わりの時は、ご祝儀で子爵が【玉風】をくれるんだって」


私が必死で父様に訴えている後ろで、「まさか・・・」と織比古おじさまが呟く声が聞こえた。


「ふーちゃん、【玉風】って何か知ってるよね」


享護おじさまも驚きで顔色が変わっている。


「それは、うちの【志那津】を真護ではなく、ふーちゃんに贈るというのと同じ意味だよ」


そうなんだよ。小野は深奥を私に譲渡するって言ってるんだよ。これは、本気でまずい話だ。普段は軽妙な調子で、誰よりも喋る織比古おじさまは、完全に黙り込んでしまった。深奥を贈るというのは、相手に一族の生殺与奪せいさつよだつの権を譲るということだ。つまり、完全服従。これは、代々、嘉承の側近の四侯爵でさえ前例がない。


「うわぁ、小野、本気でふーちゃんの側近を狙ってきたね。そうなると送り込んでくるのは、間違いなく明楽だね。ああ良かった。真護は明楽と仲がいいし」


能天気な享護おじさまを、織比古おじさまが、ぎろりと睨んだ。普段は物腰の柔らかい人で、何でもきれいに躱すのに、織比古おじさまは、一人娘の暁子姫が絡むと余裕がなくなる。


「煽るな享護。織比古、同じことを言うが、暁子には変な圧力をかけるなよ。嘉承は強制された忠誠はいらん。不比人の側近には、なりたいヤツがなればいい。もちろん、不比人が必要ないと思うなら、側近は一人もいらん」

「いやいや、敦ちゃん、側近は置いて上げようよ。ふーちゃん、うちは昨日も言ったけど、ふーちゃんの青い火を見たら、瞬間、ついていく方針だから。火の家は、単純だから、分かりやすく強い力が好きだからね。そこはもう一族でコンセンサスは出来上がっていて、ずっと待ち望んでいるくらいだよ」


英喜おじさまが、重くなった空気を払うように、手を振りながら、明るく言った。おじさま、気を使わせてごめんね。


「英喜、火の魔力持ちが皆、脳筋のように言うな。ふーちゃん、うちも西条と同じで、青い火を待っていたが、それは時間の問題というのは既に明白だから、時近自身はふーちゃんの側近に直ぐにでもなりたがっている」

「時近おにいさまが?」

「そう。あれは、雅子のことで、ふーちゃんに深く感謝している。そもそものところで、時近は、ふーちゃんが始祖様と同じ属性を持っているという噂が流れ始めた頃から、そわそわしていた」


普段、能面が標準装備の時影おじさまが、珍しく「ふふっ」と楽しそうに微笑んでくれた。そうなんだ。私が出来損ないの子豚だから、ついて来てくれないって訳じゃなかったんだ。昔から、心の中にあった劣等感という鉛の錘が少し小さくなったように感じた。青い火が出せれば、火の西条と北条がついてくるんだ。


「あの、嘉承のことで、私が口出しをするべきではないのは重々承知なのですが、不比人の養父として、思うところを述べて良いですか」


お父さまが、言葉だけは遠慮がちに、「良い笑顔」で皆に話しかけた。これは、つまり、「お前ら、ちゃんと聞けよ。異論反論は許さない。刮目しろ」と言う意味だ。もちろん、お父さまはそんな粗雑な言葉使いはされないけど、嘉承チームの中では、ちゃんと脳内変換されている気がするよ。


「私は、今の四侯爵の会話こそが、小野の狙いだと思います。小野は、千数百年に渡り、帝国の外交を担っていた一族です。時勢を読むことも、水面下の工作行為も得意としています。ふーちゃんの側近がまだ真護君一人だと知って、今回の一連の言動をとっているのではないでしょうか。ふーちゃんの将来の立場を盤石にするために。誰もが認める実力と実績のある小野一族が嘉承に入り込むとなれば、父様や兄様が、いくら小野には今の四侯爵体制を崩すような野心がないと仰ったところで、周りはそうは考えませんよ。あれだけの一族なら誰が来ても、当然、当主の側近になると誰もが思います。実際、侯爵達は、そうお考えでしょう。そうなると、四侯爵の次代は、ふーちゃんにつくのか、つかないのか、否応にも、すぐに覚悟を決める必要が出るわけです。小野にしてみれば、明楽君はふーちゃんの仲良しですし、あの子の置かれた微妙な立場を考えると、嘉承の最側近というのは、周りの誹謗中傷から守るための最大の抑止力になるわけです。」


お父さまの言葉に皆が瞠目した。確かに、それは大いにあり得る。


「同時に、小野子爵の嫡男は変わらず曙光皇帝に仕えるでしょうから、小野一族の今の地位は、いささかも揺るぎません。曙光の先代陛下も今上陛下も、何なら東宮様も、皇太后のお気に入りの宮様を守るために峰守おじさまが辞任して、外務省を守るために小野子爵まで辞任したことをご存知です。つまり曙光は小野に借りがあると思っている訳でしょう。小野が賢いのは、そこで二の君をまだ外務省に置いているところです。責任は取ります、でも、陛下の恩情に応えるため、一族の忠誠はまだ皇帝にありますと外向きには訴えているわけですよ。深奥を嘉承に送ったところで、それで、小野がどうこうなるわけではないんです。そもそものところで、小野が一族で挑んでも、嘉承には勝てるはずがないですから。兄様の魔力を目の当たりにして、嘉承には絶対に敵対しないという道を選んだだけです。むしろ、下手に【玉風】を吹かせるような事態になるより、嘉承の庇護下にある方が安全でしょう。そして、素晴らしいのが、それをふーちゃん一代としたことです。ふーちゃんの次の当主が、どういう資質を持っているのか分からないところでは賭けに出ないんですね。ふーちゃんの子供を見てから考えればいい。皇帝のところに一族で戻っても、諸手を挙げて歓迎されますからね。次の皇帝、つまり東宮殿下は小野に借りがあると思っている訳ですから、小野子爵の孫は、確実に外務大臣のポストくらいは頂けるでしょう。そこに旨みがないなら、嘉承に留まればいいわけです」


お父さまの説明に、父様がにやりと冥府の王のように笑った。


「やっぱり小野はいいな。俺は、そういう小賢しいやつらは嫌いじゃない。ふーはどう思う?」

「もらう。小野は使えるからね。それに私のそばにいるのが、明楽君を守ることになるんなら、私の名前を利用してもらって全然構わない」

「そうか、なら決定だな。明楽を不比人の側近にする。不比人は代替わりの時に小野の【玉風】をもらうぞ」


父様がそう宣言すると、すっと東条侯爵が立ち上がって、私のところに来て手を取った。そして、そのまま跪き、私の手の甲に額を当てた。


『東条は、未来の風の王についていく』


東条が言霊で宣言した。



嘉承に新しい風が吹いてきたのが分かった。

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