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お公家の事情 火にも水にもわがあらなくに  作者: 英じゅの
黄色いおにぎりと練りきりの猫
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一難去って、入ってくる鹿

あれ?

目が覚めると、毎日見ている天井が目に入った。顔を横に向けると、どう見ても自分の部屋だ。さっきまで内裏にいて、お菓子を食べていたと思うんだけど、実は全部夢だった?


もそもそと起き上がり、ベッドのヘッドボードに体を預けて考える。


魔力は元に戻っているけど、体中がもの凄い筋肉痛で、ギシギシとあちこち痛むので、あれは夢ではないというのは分かるんだけど、どうやって家に戻って来たのか分からない。父様のような魔力持ちが帝都にいるとは思えないし。あの人、召喚の連続に転移で魔力が空だって言ってたしね。実はへそくりの魔力でも持ってたのかな。


こんこんと、伺うようなノックが聞こえた。これは牧田だ。


「起きてるよ」

「若様、おはようございます。お体はどうですか」


牧田が持ってきてくれたカップの白湯を一口飲むと、何だかホッとした。


「体のあちこちが、痛いけど、我慢できないほどじゃないよ。魔力は元に戻ってる」

「それはようございました。朝食は食堂でお取りになりますか。体がお辛いようなら、こちらに運びましょうか」

「お父さまの顔が見たいから、食堂に行くよ」


半日離れていただけど、色々と濃い大人たちに囲まれていたから、人見知りの私にはつらかったよ。でも、本当に半日なのかな。実は、三日くらい昏睡状態だったとかじゃないよね。


「牧田、私達、昨日、お家に戻って来たの?」

「はい、あれから、宰相の菅原伯爵に、旦那様が絡まれて少々時間は取られましたが、昨日中には戻って来れましたよ」


あの変わり者のオジサンか。帝国の頭脳がギャグ漫画だとは知らなかったよ。


「でも、父様、魔力がほとんど空って言ってたよ」

「帝都には悠人ゆうと様と遥人はると様がいらっしゃいますので」


そうだったよ。帝都には、叔父様達がいらしたよ。瑞祥の大姫とお祖父さまの間には五人の子供がいる。父様とお父さまと、頼子叔母様と、その下に双子の叔父様達がいて、この叔父様たちは、普段は帝都住まいだ。


「叔父様達も【転移】が出来たの?」

「いえ、お二人の魔力を旦那様がお使いになりまして、それで全員、昨日のうちに西都に戻ることが出来ました」


兄弟間の魔力の譲渡か。父様のことだから、譲渡じゃなくて強奪な気もするな。

牧田と話をしながら着替えて、いつものようにチェックしてもらうと、昨日のことが嘘のように私の日常が始まった。


食堂に行くと、四侯爵が、がやがやと朝食を食べていた。


「ふーちゃん、おはよう。昨日はお疲れ様」


げっ。瞬間、日常が逃げちゃった感じだよ。


「おじさま達、昨日はお泊りしたの?」

「そう。敦ちゃんもふーちゃんも魔力切れだったからね。側近が傍にいるのは当然でしょ」


織比古おじさまがパンにバターを塗りながら答えた。そんなまともな側近の返事がくるとは思わなかったな。


「でも牧田が、帝都の叔父様達に魔力をもらったって言ってたよ」

「お二人から半分ずつもらっても、敦ちゃんの魔力の半分にもならないよ。その後、全員で西都に戻ってきたしね」


英喜おじさまが、塩鮭をほぐしながら言う。皆、和洋バラバラの朝食だな。朝から料理長が大変だよ。


「召喚と転移って、すごく魔力を使うんだね」

「それもあるけど、一番魔力を使ったのは、ふーちゃんに昨日の朝あげたお守りだよ。あれで半分以上使ってたから」


享護おじさまが、グラノーラにヨーグルトとフルーツを入れたものを食べながら教えてくれた。あのお守り、そんなにすごいものだったんだ。


「あれが完全に牛鬼の呪詛を弾いていたからな。本当に良かった、ふーちゃん」


時貞おじさまが、ほうれん草のお浸しに醤油をかけながら、にっこりと笑ってくれた。


「あの、気色悪い、フヒト、シネってやつ?」

「そう、あれ。力のある妖の呪詛は、なかなかに効くから、対峙している時にやられると大変なんだよ。でも、ふーちゃんには全く影響が出なかったでしょ」


そうだったんだ。私は、制御や魔力の使い方もそうだけど、妖とか、そういうのも、怖がらないで、もっとちゃんと勉強しないといけないよね。昨日は、割と魔力が上手く使えたと思っていたけど、父様の魔力を纏っていたからか。


牧田がご飯と和朝食用のおかずを持ってきてくれた。今日は、胡麻和えと玉子焼きと人参のきんぴらとお豆腐のお味噌汁でいいや。塩鮭はどうしようかなと考えていると、享護おじさまが、ひょいと手を伸ばして頭を撫でてくれた。


「ふーちゃん、昨日は、本当に素晴らしかったよ」


えへへ。


「見事な魔力の錬成と制御だった」

「ほんとだよ。途中でお手伝いがいるかと待機していたのに、全然出る幕なかったしね」

「嘉承の将来は明るいねぇ」


時影おじさまが続いて、英喜おじさまと織比古おじさまも頭を撫でてくれた。お祖父さまの側近もだけど、父様の側近の侯爵たちも、なんやかんや言って、私に甘いんだよね。


「うん、だけど、あの水の魔力の使い方はどうなんだろう」


げげっ。


「あれは、ないよねぇ。水の魔力を使うのに、パンダのタコ殴りって」


風と火の嘉承なのに、何で、いつもそこまで水にこだわるんだよ。


「織比古、享護、水より、火じゃないの。ふーちゃん、それだけ魔力があるのに、何で赤い火なの?」


だって白くしようと思うと制御が難しいんだもん。


「ふーちゃんなら、すぐに青もいけると思う。最年少の【業火】の使い手になれるはずだ」


いやいやいや、時影おじさま【業火】はまだ無理。瞬間、魔力切れを起こす自信があるよ。


「【業火】が使えたら、西条と北条はついて来るかな」

「私達火の魔力持ちって、基本は単純だから、分かりやすく強い力が好きなんだよね」


そっか。実は、火が一番、苦手なんだよ。今回は、わんころが一番使い物にならなかったし。


「魔力属性に関係なく、やっぱり制御だよね」

「それはもちろん。でも、ふーちゃん、制御上手くなってるよ」

「そうそう。かなり体が小さくなっちゃったもんね」


え?


おじさま達の言葉に慌てて、食堂の壁に掛かっている鏡でチェックする。昨日の今日で、珍しく牧田が、私を甘やかして髪をブラッシングしてくれたから、鏡を見てなかったよ。

鏡をのぞくと、少しぽっちゃりめの、父様によく似た七歳児がこちらを見ていた。


「私、ほんとに、父様の子供だったよ」

「今まで、誰の子供だと思っていたんだ、お前は」


思わず漏れた感想に、むっとした父様の声が応えた。振り返ると、不機嫌な父様と、おかしそうに笑うお父さまが立っていた。


「おはようございます。父様、魔力切れ、大丈夫?」

「おう、彰人にもちょっともらったから、マシになったぞ」


属性が違うのに、両親が同じ血の繋がった兄弟だと、魔力共鳴があって譲渡・譲受が出来るんだったっけ。


「親子だと魔力は移せないの?」

「享護と真護みたいに、属性が同じ場合は移せるぞ」

「じゃあダメだよ。父様は二属性で私は四属性だから。いいなぁ。兄弟。私は一人っ子だから羨ましいなぁ。陛下じゃないけど、お姉様が欲しかったよ」

「嘉承に生まれて来る姫は、サブ子みたいなのばっかりだ。あんなの一人で十分だろうが」


そうだけどさ。あれ?私、何か忘れてないか。何かすごく大事なこと。


「そうだ、明楽君だよ。明楽君は、小野の末の君と速水の大姫の子供なのに、何で、小野子爵と魔力共鳴したの?」


思わず大きな声が出てしまった。よく、こんな大事なことを忘れていたよ。


「それはね、ふーちゃん、明楽君は、小野鷹邑卿の魔力を持っているからだよ」

「でも、高村愛が盗んだ赤ちゃんが明楽君なんでしょ」


お父さまの仰ったことが理解できない。明楽君が小野の末の君の魔力を持っているって、魔力を譲渡されたってことなのかな。私が尋ねると、お父さまが困ったようなお顔をされた。こういう時は、父様に訊くしかない。


「父様、明楽君は私が嘉承で保護するって決めた子だよ」

「麻生の外道が、禁忌中の禁忌に手を出していた」

「禁忌中の禁忌?高村愛のお祖父さんの研究よりも酷いことがあるの?」

「高位の魔力持ちの赤ん坊の体を使って、1400年前に討伐された邪霊を受肉しようとした」


1400年前の討伐って、不比等のやんごとないお父上と腹心の朝臣の話だ。逆恨みで危険な目に合わないように、やんごとなき御方の寵愛していた才媛の産んだ皇子は、生まれた直後に臣籍降下させられた。かの朝臣が養父になって育てた、その皇子が不比等だ。帝国の貴族なら、皆、始祖伝説として知っている。今でも、嘉承の子供は成人するまで瑞祥で育てられている。1400年続く嘉承のカッコウの伝統は、邪霊の目をかわすためだと言う。帝国の貴族は、雅で儚げな瑞祥を、豪胆で強靭な嘉承が守っていると信じているが、実は、嘉承の先祖こそが不比等で、瑞祥は朝臣の子孫、守り人の家だ。ずっと古い迷信だと思っていた話が急に現実味を帯びる。邪霊が存在しているのなら、狙われるのは、嘉承の子供。


私だ。

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