l'enfant terrible 2
「不比人のゴーレムは、緊張感に欠けるの」
「もっと獰猛なものがあるだろうに」
「猫じゃなくて虎とか、犬じゃなくて狼とかねぇ」
背後でチーム曙光がごちゃごちゃと五月蠅い。
「ふーちゃん、ドンマイ!」
享護おじさま、気持ちは嬉しいけど、今は、それどころじゃないと思うんだよね。
「かぁあああーーっ。曙光も嘉承も、人を舐めくさりおって。貴様ら、もっと真面目に殿上人をやらんか!」
ほら、怒られた。
「貴様らが、そんなことだから、庶民どもがつけあがるのだ。今の帝都はどうだ、どこもかしこも、庶民ばかりで臭くてかなわん。内裏にまで庶民どもに上がり込まれおって」
広間の床に叩きつけられ、めり込んでいた野分翁が、頭部から出血しながら、立ち上がり、地団駄を踏みながら説教を始めた。この人、高村愛とは真逆の貴族至上主義者だよ。
「一般市民でも貴族でも、優秀でやる気があるんだったら登用すべきでしょ。西都はずっとそうしているよ」
「西都だと、小童。分かったような口をきくな。西都こそが、この嘆かわしい風潮を生み出した元凶だろうが!」
怒りで顔を真っ赤にしながら野分翁が更に説教を続ける。何かスイッチが入っちゃったよ。父様じゃないけど、これは面倒くさいかも。
「だいたい、貴様の先祖が我が君を、がはぁあっ・・・」
突然、野分翁が血を吐いて事切れた。
翁の脳天から、鋭く尖った棘がいくつも生えた槍のような氷柱が、脳から体を越えて突き出て床に達している。あまりに無残な姿に言葉を失っていると、翁の後ろで、くつくつと嘲笑う男がいた。麻生だ。
「まったく、年寄りというのは、話が長くて困りますね」
「だからって、仲間を殺すの?」
「仲間などではありませんよ。あんな年寄り、何の助けになりますか。むしろ余計なことを言って足を引っ張っぱるだけでしょう」
麻生は、罪悪感も後悔も何も人間らしい感情を持っていない。もう人間じゃないのか。
「気持ち悪い」
思わず、漏れた本音に、麻生がにんまりと笑う。
「そうですか。それはありがとうございます」
何がおかしいのか、愉快そうに笑う麻生に吐き気をもよおす程に不快感が募る。こいつは、絶対に殴る。小野一族と速水一族の無念を込めて、絶対に一発殴ってやる。氷柱を出したということは、こいつの魔力は水だ。だとしたら、初手は決まった。
「わんころ突撃!」
紅蓮の炎を噴き上げて、わんころが麻生に突進する。火の牙をむいて麻生に襲い掛かるわんころの前に氷壁が現れた。
「ぽんころ、にゃんころ行けっ!」
ぽんころが大回転をかけて、氷壁に向けて大錫杖を振りかぶった。遊環がしゃりんと鳴ると、氷壁が大音量で崩れ始める。その後ろから、にゃんころが飛び掛かり、風の爪が麻生を捉えた。捕まえたよ。
瞬間、麻生の体が、空気の抜けたゴム人形のように、ぐにゃりと歪んだかと思うと、鼓膜が破れそうな程の咆哮と共に、麻生の背中の皮を大きな鋭い爪が破り何かが醜く蠢いた。巨大な黒い土蜘蛛、牛鬼だ。
「ふー、気をつけろ。あの黒い毛の一本一本が瘴気だ。散らばると面倒だ」
父様の言葉に頷いて、わんころの【火焔】で黒い毛を焼く尽くそうとしたが、牛鬼の鋭い爪がわんころの腹に刺さった。火力を上げて、そのまま牛鬼の足を焼こうとしたが、もう一本の足がわんころの首を刎ねた。赤い火だと効かないのか。わんころが魔力粒子に戻り霧散してしまった。
『フヒト、シネ、フヒト、シネ』
黒い硬質な毛で覆われた大きな蜘蛛が、私の名を呼んで呪詛の言葉を繰り返した。呪詛の言葉が繰り返される度に、体が巨大化し、邪悪な光を放つ赤い目が増えた。
いやいやいや、蜘蛛の目って普通は8個だよね。百個くらいに増えてるよ。蜘蛛の複眼とか、気持ち悪過ぎる。
『フヒト、シネ、フヒト、シネ、フヒト、シネ』
牛鬼が、邪悪な複眼をちらちらと点滅させながら、その体からは、想像もできないほどのスピードで、私に襲い掛かろうとしたが、にゃんころが、飛び出て、右ストレートで牛鬼にボディーブローをかませた。牛鬼の体が吹っ飛んで、広間の壁に深くめりこむ。
「やった!猫パンチ、その名も鬼女の伝説の右。どうよ」
「ふー、お前、その必殺技、即刻、名称変更しろ。牛鬼より面倒くさい女が来るだろうが」
大喜びの私の後ろで、父様が叫んだ。えー、個人名は出してないよ。
『フヒト、コロス、フヒト、シネ』
牛鬼が、複眼の全てを真っ赤に光らせて、壁から這い出てきた。語彙が一つ増えてるよ。ロクな言葉じゃないけど。
「ぽんころ、行け!」
ぽんころが、大錫杖を最大まで伸ばして、頭の上で大回転させながら、牛鬼に迫った。牛鬼が口から、トリモチのような白い粘着物を吐き、ぽんころの自由を奪う。
「錫杖、分割」
ぽんころの体が六本の足で羽交い絞めにされ、トリモチが大錫杖をからめとろうとしたので、分割して、その勢いで両方、牛鬼の体にぶち込んだ。牛鬼が咆哮を上げ、ぽんころの頭に噛みついた。
「叔父様っ」
ぽんころの頭に噛みついたまま、牛鬼が体をのけぞらせ食い千切った。瞬間、ぽんころが魔力粒子になり消えた。
「うわーん。叔父様の頭が千切れて、死んじゃったよーっ」
「あの狸、やっぱり文福だったか」
検非違使の土蜘蛛を退治し終えた三侯爵が、父様の両脇に戻って、私と牛鬼を見ていた。早いなおじさま達。北条侯爵だけはまだ弔いが終わらないようだ。
「ふー、特定の宗教団体の代表をモデルにするな。信者どもが面倒だろうが」
父様のものすごく嫌そうな声が響いた。
『フヒト、シネ、フヒト、コロス』
ぽんころを消した牛鬼の複眼がまた赤く発光し、全身を覆っていた黒い毛が針になって飛んできた。あれは、瘴気だ。まずいよ。
「うにゃあああああんっ」
にゃんころが【風壁】を張ったが、壁の拡張が間に合わない。四肢を広げて針を防いだが、にゃんころの体に刺さった針の瘴気が強すぎた。にゃんころの体も魔力粒子に分解され、消えていった。
にゃんころは、明楽君のお気に入りなのに。牛鬼が、私のショックを受けた顔を見て、キシキシと音を立てた。これは、牛鬼が笑っているのか。
『フヒト、シネ、フヒト、シネ、フヒト、シネ』
「うるさいっ!蜘蛛の妖ごときが、私の名前を呼ぶな。不比人は父様に頂いた大事な名前なんだよっ」
うおおおおおっと、最後に残ったぱんころが、雄たけびを上げて、牛鬼に突進した。全身の黒い針のような毛がなくなり、牛鬼の金属質な黒い表皮が露わになっている。
「よくも、私のわんころと、ぽんころと、にゃんころを潰してくれたな!」
ぱんころが牛鬼に殴りかかる。ぱんころの拳は水の【浄化】で覆ってある。【浄化】の拳で殴られる度に、牛鬼の体にミシミシと罅が入っていく。絶対に許さない。お前は、どれだけの人達の貴い魂を奪った。その挙句がこの醜い体か。
「意味が分かんないんだよっ!」
バキッと大きな音がして、牛鬼の太短い首のような部分が砕けた。複眼のついた頭が千切れて、衝撃で床に転がり落ちる。ぱんころの足で踏みつぶそうとすると、大きな力がぱんころの体を制止した。え?
「ふー、頭はダメだ。東宮に記憶を読ませるって言っただろう」
父様の【風壁】だった。あの人、魔力が空だったんじゃないの?
「頭は、まだ瘴気がひどいから、水の魔力で包んでくれ」
嘉承一族、ちょっと児童労働がひどくないか。でも、確かに、頭から湧き出す瘴気が酷いので、ぱんころを第二形態に変化させる。最後のゴーレムは、そのボディに牛鬼の頭を内蔵した。
ぱくん。
「あ、ハンザキが、牛鬼の頭を飲み込んだ」
「ふー、何やってんだよ。それだとお母様に見つかったら、大変なことになるだろうが。ハンザキじゃない他の何かに変えろ」
父様が、めちゃくちゃ怒っているが、もう知らないよ。
「無理。もう魔力切れだもん。お腹がすいて倒れそうだよ」
ぺたんと床に座り込むと、いつのまに私のそばに来たのか、牧田がすっとお茶とお菓子を出してくれた。ほらね、やっぱりうちは、牧田がいないとダメなんだよ。
「不比人、よくやった。その年で、凄まじい魔力量と制御の高さだ。さすがは、お姉様の孫。お姉様もさぞやお喜びになるだろう」
今上陛下が、お褒めの言葉か何かよく分からないお言葉を掛けて下さった。床に座り込んで、お茶をぐびぐび飲んで、お菓子を頬張りながら、お言葉を賜るという不敬の極みな状況だけど、今は立ち上がることもできないよ。すごい疲れた。
私は、生まれてこの方、ずっと瑞祥のお父さまに大事に育ててもらって、牧田と料理長に美味しいご飯を食べさせてもらっているから、怒りで体中の魔力が滾るという経験をしたことがない。そのせいか、反動で、お菓子を食べているのにだるくて仕方がない。眠くて、眠くて、だんだんと瞼が下がってくる。寝ちゃダメだ。両陛下と殿下がいらっしゃるからね。ちゃんとしていないと、養父のお父さまが恥をかくって、父様が言ってた。眠ったらダメなんだよ。
どんどん重くなる頭と戦っていると、誰かが抱き上げてくれた。
「えらかったな、不比人。よく頑張った」
父様の声が遠くで聞こえた気がした。




