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お公家の事情 火にも水にもわがあらなくに  作者: 英じゅの
黄色いおにぎりと練りきりの猫
106/164

バーリトゥード

明けましておめでとうございます。

変なのって、別の妖か何かが来るんだろうか、そう思っていると大広間の大きな扉が、ばーーんと開いた。


「わたくしに何の報告もなく、何です、この騒ぎは」


今時珍しい七三分けで、ひょろりとした体形の眼鏡をかけた、三つ揃えの黒いスーツにマゼラン星雲のような摩訶不思議な模様のネクタイという、独特なセンスの小さいおじさんが現れた。


「あーあ、菅原みっちーだよ」

「いつもながらタイミングが悪過ぎ」


前衛の西条侯爵と、その後ろにいる南条侯爵の声が聞こえた。


菅原みっちーって、もしかして・・・。隣におられる先帝陛下は、完全に扇で顔をかくしておられるし、殿下は、下を向いておられる。今上陛下が、「不比人、もっとお菓子を食べるかい?」と良い笑顔で仰った。それは、瑞祥の良い笑顔と同じ系列だよ。


「賀茂さん?」

「宰相の菅原伯爵だよ」

「あの帝国の頭脳と呼ばれる切れ者の?」


私が、賀茂さんに訊ねると、「あれは、きれとるのぅ」と先帝陛下がぼそりと呟かれた。


「何なんですか、これは。嘉承公爵閣下、謀反を起こすおつもりか!」


正面のドアに宰相が立っているので、必然的に、西条の100を越える火の矢と差し向かう形になるというのに、うちの冥王に向かって叫んでいるよ。すごい豪胆なおじさんだな。さすがは帝国の宰相職にある人だよ。


「みっちー、絡むな。今は、それどころじゃない。後で遊んでやるから、後ろ見てみろ」


父様が、心底、面倒くさそうに言うと、おじさんが激昂した。


「何が後で、遊んでやるですか。偉そうに。私は毎日、毎日、毎日、忙しいんです。はあぁ?後ろが何だと言うのです?」


おじさんがイライラとしたように、ずれてきた眼鏡を元に戻しながら、後ろを振り返る。


「うぎゃああああああああっ!!!」


宰相閣下が、検非違使の制服を着た、真っ黒い毛で覆われた妖の集団の前で、強かに尻もちをついた。


「あ、あ、あなた方は何なのです。宰相のわたくしに、断りもなく、大内裏に来るとは、どういうつもりなのです」


どう見ても、腰が抜けているのに、小さい七三分けの愉快なおじさんは、口だけは、どこまでも強気だ。


「すごい。ホラー映画の真ん中にある、ギャグ漫画だよ」

「ほっほっほ。それは言い得て妙よの」

「不比人は、こんなに可愛いのに、すごく賢いね」

「さ、気にせず、もっとお菓子を食べなさい」


先帝陛下は、全く動じず、どこまでも雅だし、東宮殿下は私をほめ殺しだし、今上陛下は、私を餌付けしようとしておられる。はっきり言って、宰相もかなり奇天烈なオジサンだけど、主君も、主君だよね。うちの嘉承一族がまともに見える日が来るなんて、思いもしなかったよ。


シャアアア、と嫌な鳴き声を立てて、土蜘蛛の妖たちが、宰相に向かって粘着質な、トリモチのようなものを吹きかけ、攻撃を仕掛けた。


「織比古っ、英喜っ」

「了解っ」「まかせて!」


父様の声に、南条の【風鞭】が唸りながら、宰相を囲んだ妖を打ち砕き、もう一本の鞭が、身動きの取れなくなった宰相を回収した。宰相の体が、宙を横切った瞬間、100を越える火の矢が残った妖に降り注いだ。


グォオオオオオオオッ。


妖が紅蓮の炎の中で悶絶し、断末魔を上げた。


「はい、これで100は消えたかな」

「すぐに後続が来るぞ。油断するな、英喜」

「分かってるよ、享護」


東条侯爵が、大太刀を構えて、父様の横を離れて、大太刀が振るえるだけの間合いを取った。対照的に、北条伯爵は、父様と距離を詰め、目の前で火の扇を広げた。


一方で、私の周りでは、相変わらず、高貴な御三方が、ソファに座っておられるが、それでも、妖の来る方に視線を集中している。賀茂さんが、静かに水の結界を張った。足元では、南条侯爵の鞭で、手荒に届けられた愉快な小さなおじさん改め、帝国の頭脳(要検証)の宰相が転がっていたが、両陛下の御姿を見るなり、ただちに臣下の礼を取った。


「よい、満真。今はそれどころではない。大人しく、ここで、嘉承一族を見守っておれ。反論は許さんぞ」

「御意」


両陛下に深く頭を下げて、すぐに、後ろで控えている賀茂さんの横に立った。妙ちくりんなおじさんだけど、話は早い人みたいだ。


妖を焼く、何とも言えない臭いが、私たちのいる大広間の奥に達したころに、鼓膜が破れそうになるくらいの、もの凄い咆哮と共に、妖が現れ、大広間の観音開きの扉から、我先に広間に入ろうと、犇めきあっていた。どの妖も検非違使の制服を着ている。


「織比古、数は?」父様が南条侯爵に訊くと「6000弱かな」という答えが返って来た。

両陛下も東宮殿下も愕然とされている。


「検非違使庁が丸ごと乗っ取られていたのか」

「先ほどの100余りの者が、内裏にいた検非違使で、後続が、本庁にいた者たちであろうよ」


ミシミシと、ドア枠の周りの壁から嫌な音がしている。瞬間、ドア枠が壁ごとが崩れ去り、妖が我先にと押し寄せてきた。


西条の火の矢が飛び、南条の風の鞭が唸り、妖を蹂躙していく。暴風が起き、十体の妖が宙に舞ったかと思うと、瞬間、それらの黒い毛に覆われた体が真っ二つに切り裂かれ、そこから大太刀を腕にした東条が飛び出した。大太刀の銘は、古き強き貴き風の大神の御名と同じ「志那津」


「おっと、すまん、撃ち洩らした。時影、頼むわ」


四体の妖が、父様の前まで辿り着いた。が、次の瞬間、北条の火の扇から放たれた白い炎に包まれて跡形もなく消えた。


その間も、ドア枠が壁ごと崩れ落ちて、巨大な穴になったところから、湧き出すように妖が入ってくるのを西条、南条、東条でそれぞれ迎え撃っていた。


バーリトゥード。


6000を越える妖を、たった四人で迎え撃つ嘉承の四侯爵は、最高にカッコいい。普段のダメな大人の見本市な四人からは、想像できない姿だよ。


四人の戦いを後ろで見ていて、段々分かってきたことがある。北条は、戦っていない。西条、南条、東条が始末した妖たちを、白い炎で包んでいる。あれは、【業火】の下位互換の【忌火】だ。妖にされてしまった検非違使たちを弔っていたんだよ。


そうだよね。好き好んで妖に心身を乗っ取られた人はいないよ。あの検非違使たちだって、無念だよね。若い人達も沢山いた。家族もいるだろうに。白い炎が弔いの火だと分かった瞬間、思わず立ち上がって手を合わせた。牧田も、私の横で、同じように合掌してくれた。


「賀茂、あの白い炎は」

「あれは、嘉承の【忌火】にございます。妖の手に落ちた検非違使たちに情けをかけて下さっているのです」


賀茂さんが、涙に震える声で静かに陛下に申し上げた。6000を越える検非違使が犠牲になっている。速水の厄災を凌ぐ災厄だ。検非違使庁は、陰陽寮と共に同じ曙光帝国のために働く仲間だから、賀茂さんだって悔しいよね。


「そうか。不比人、嘉承は、魔力も然ることながら、稀有な心ざしを持った一族だな。曙光帝国の皇帝として、心より礼を言おう」

「もったいないお言葉です」


陛下のお言葉に、ぺこりと頭を下げた。悲しくて、悔しくて、叫びたくなるくらい私は怒っている。でも、まだだ。私は、今日、ここに、麻生を殴りに来ているんだから。


「ふー、そろそろ来るぞ」


涙で滲みそうになる視界を、牧田が差し出してくれたハンカチで押さえてから、息を整える。


「牧田、行ってくる。全部終わったら、慰安旅行で美食ツアーに料理長と三人で行こうね」

「はい、若様。行ってらっしゃいませ」


牧田がいつもと同じように、髪の毛と首元のタイを整えてくれた。


「ご武運を」


牧田が、帝国一の家令のお辞儀で送り出してくれた。


「よお、チビ」

父様の隣に行くと、いつもの山賊の若頭の挨拶。この人、魔力が空の割には、お菓子も食べずに、平常運転だよね。強気だなぁ。


「勝算はあるのか」

「うーん。そういうのは分かんない。私は、皆の無念の分、麻生をぶん殴ろうと思っているだけだから」

「そうか。なら、思いっきり殴って来い。速水の厄災が起こした大洪水も、やつが裏で引き起こしている。二年前の被害と今回の検非違使たちの被害を合わせると、帝国の歴史の中で一二を争う犯罪になる」

「もう一つは何?」

「不比等のやんごとなき御父上が討ち取った1400年前のアレ」


げっ。聞かなきゃ良かったよ。こんなに無邪気でかわいい七歳児に歴史上、最凶の悪いやつを始末して来いとか言う、普通?


ほどなくして、いかにも仕立ての良さそうな、グレーのフロックコートを着た男が、あの野分翁の先導で、妖に心身を奪われた元検非違使の役人達の亡骸が多く残る、大広間の壊れた壁の穴に現れた。


「あれが麻生なの?」

「そうだろうな。黒い蜘蛛の影が見える」


父様が目を細めて、麻生を視ていた。


「あれは、酷いな。ふー、早く捉われた魂を解放してやらないとな」


私には、まだ魔力とか、妖の影とか見えないけど、父様の声に含まれた憤りは感じることができた。二人で、広間の壁の穴の男を見ていると、男が私達の方を見て、にやりと気味の悪い笑いを浮かべた。


「ふんっ」と野分翁が不機嫌そうに鼻を鳴らし、風の魔力で足元の亡骸を弾き飛ばして、男に道を開けた。被害者に哀悼も敬意も持たない態度に、私の血が滾った。私は、赤ちゃんの頃から、お祖父さま世代に猫可愛がりされているので、本来、老人には弱いんだけど、あの爺は殴り飛ばす。


「父様、先にあの爺を殴るよ」

「おう、あの風の使い方には俺も殴りたいくらいだが、ふーに任すわ」


私が父様の前に出ると、野分翁が馬鹿にしたような目で私を見て言った。


「ふん。嘉承といえど、小童が、この野分に挑むか。儂も馬鹿にされたものじゃ」


野分翁が吐き捨てるように言ったと同時に暴風が襲ってきた。文字通り【野分】台風だ。まだ【忌火】で浄化されていない検非違使達の亡骸が巻き込まれて宙に舞う。何てことをしてくれるんだよ。お前には、もう人の心は無いんだな。なら、私も遠慮しない。


【風壁】で、野分を押し返す。小野の二の君にもらった【帆風】が後押しをして、巨大な壁が飛ぶように野分を押し返し、野分翁ごと思いっきり叩きつけた。壊れた壁から出た土埃が大広間に充満した。


「にゃん、わん、ぱん、ぽん!」


土埃が収まっていく中、私の背後に、巨大な風の猫と、火の犬と、水のパンダと、土の狸が現れた。


絶対に許さないからね。


今年もどうぞよろしくお願いします。

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