第三十八話 武器屋
一方、場所は変わって王都。宅地が多く立つ辺りの、人通りの少ない裏道で、こそこそと誰かと話している者がいた。
それはつい先程、雅弘に殴られて逃げ帰った、あの菊花であった。彼女はとある民家の壁の影で、携帯を手にとって、誰かと会話をしているようであった。
その表情には、苛立ちと焦りが、両立しているように見える。
『全く・・・・・・とんでもない失態を犯してくれたな! もしあのゴブリンが捕まって、吐かされたらどうする気だ? この状況だ。下手に逃げるより、自首した方がいいと考えるかもしれんぞ!』
「いや、だってしょうがないのよ・・・・・・。まさかあの距離で頭を撃たれて、生きているような奴なんて・・・・・・」
『いいわけは結構だ! さっさと奴を探し出せ! そして残りの“飼料”を調達してこい!』
「うわ一気に二つも、何て無理難題・・・・・・別に飼料はいいでしょ? あれだけ沢山調達したんだから、あんたの計画にも充分・・・・・・」
『まだだ! まだ足りん! この国を救うためには、もっと確実な数を揃えなければいけないのだ!』
携帯の向こうの相手からの、癇癪じみた言葉に、菊花はかなりうんざりしている様子。どうやらこの電話の相手が、件の首謀者であるようだ。
「いい加減にしろよクソ豚が!」
『んなっ!?』
そして返す菊花の言葉が、確実に先程とは一変した。畏まった態度から、急に喧嘩腰な態度に変わったことに、電話の向こうの相手も、かなり戸惑ったようだ。
「そこまで言うんだったら、あんただけでやりなさいよ! 別に飼料なんて、あんたの財産を削れば、いくらでも買えるでしょうが!」
『いや・・・・・・しかし・・・・・・この時期に、私が大量の砂糖と肉を買い混んでいれば、確実に後から疑われ・・・・・・』
「だったらあんな面倒なもの育ててないで、さっさと“最終兵器”を使ったらどう? 私としてはあれの方が、よっぽど簡単で分かりやすくていいと思ってるけど? あんたもなんだかんだ言って、結局受け取ったって事は、その気はあるんでしょう?」
『なっ、何を馬鹿な! あれはあいつが強引に進めてくるから、仕方なく受け取っただけだ! あんなものを使うなど、国を滅ぼすと同じことだ!』
菊花が口にした最終兵器と言う言葉に、出向こう側の相手は、更に及び腰だ。どうもよほどのものを持ち寄ったらしい。
「そう思ってるなら黙ってろ! こっちは武器運びの仕事で結構忙しかったのよ! なのに仕方なく義理で、こんなしけた国の仕事を引き受けてやったんだ! 別にこんな仕事切られても、私の武器運びで充分儲けてるから、ちっとも痛くも痒くもないのよ! 散々アマテラスを目の敵にして置いて、結局自分もアマテラス人に頼らなきゃならない、無能な屑が! こっちに見捨てられたくなかったら、そっちも身の程を弁えなさい!」
怒濤の勢いで声を上げ続け、そしてそのまま強引に携帯を切る菊花。まだ苛立ちがおさまらぬ中、ふと何者かの視線を感じて、裏道の向こうに振り返る。
(こんな時刻に子供? ・・・・・・ああ、そうかこの国では、この日は休日だったか)
道の端でこちらを何やら不思議そうな顔で見ているのは、二人の男女の子供だった。それは別におかしな事ではなく、気に留めることもないこと。だが次の子供らの発言が、菊花の感情を揺さぶった。
「姉ちゃん、何なのあの人? こんなところで、大声で独り言ばかり言って・・・・・・。頭が可哀想な人なの?」
「ううん・・・・・・あのきっと“すとれす”が溜まってるのよ。歳取ると、すぐイライラして、危なくなる人がいるって、聞いたことがあるし・・・・・・」
「ああん!?」
遠くからでも聞こえる、“大きな声”で、コソコソ話している姉弟の会話。この国では携帯電話は、多くが富裕層の持ち物であり、庶民の中にはまだ存在すら知らない者も多い。
即座に転移で彼らの前に現れ、菊花がこれまた見事な形相で声を張り上げた。この様子を見ると、別に兄弟の見解は、間違っていないように見えるが・・・・・・
「ああ、ごめんなさい!」
突然目の前に転移してきた菊花に、動転しながらも、姉弟は慌てて謝る。そして大慌てで、その場から逃げ去った。
逃げた先は、ここのすぐ近くにある、洋風民家。そこの門をくぐり、家の中に駆け込んでいく。どうやらこの家の子だったようだ。
菊花はしばしその民家を、苛立ちながら眺めていた。そして背を向けて、歩き出す。何もなくここから立ち去る気なのかと思いきや、次元収納と思われる力で、手元に何かを召喚した。
菊花はそれを、小悪魔のような笑みを浮かべ、そしてピンを抜いた。それと同時に、転移によって、手榴弾が彼女の手元から消えていく。それから数秒後に・・・・・・
ボウン!
先程の民家が、内側から爆発したのである。凄まじい爆音と共に、内部から火と家の欠片が、盛大に庭や隣家に飛び散る。
突然の事態に、付近にいた人々や猫がひっくり返るように驚き、空に無数の鳥が追い立てられるように羽ばたいていく。
それから間もなくして、家の各所の窓から、黒い煙がモクモクと舞い上がってきた。煙は時間が立っても収まらず、どんどん増えて、やがて外側からも、内部の炎が見え始める。
人々がこの辺に集まりだした時には、既に盛大な火災が発生していた。
さてこの街のとある商店街。以前王都の空港前にあったのより、大分規模は小さいものの、建物や人々の外観などの雰囲気は、ほぼ同一のものであった。
東北姫達が護衛と共に泊まる宿も、この商店街の一角にある。さてここで紹介するは、その宿ではなく、そこからそう遠くない位置にある、とある商店。
それは武器屋という、とても物騒な物品を、公に一般市民にも気軽に売ってある店だった。その店を訪れるのは、登喜子達一行であった。
「はい、いらっしゃい!」
建物の外観は洋装だが、中で出迎えた店員は和装である。中年の着物姿の女性が、その女と子供ばかりの、風変わりの一行を、少し戸惑いながらも出迎える。
「おうおう・・・・・・古き良き、RPG的な武器屋ですな! 和洋中皆揃ってますぜ!」
「ええ、勿論! アマテラス式もゼウス式も、様々な武器を取りそろえてますよ!」
武器屋の内部には、幾つものテーブルが過密に並べられ、合間を通る道が狭すぎるぐらい。それらのテーブルの上と、店の壁の上には、店員の言うとおり様々な種の武器が揃えられていた。
刀剣などには、アマテラス式の刀や、ゼウス式のロングソード。鈍器だと、メイスやハンマーの他に、格闘専用の籠手・具足。魔道士用と思われる、様々な種別の魔道杖。
遠距離武器だと、和弓とクロスボウの他、手裏剣まで置かれていた。
当然のことながら、この中には銃器や機械武器はない。
「ほい、武器が欲しいのは私だ。蜘蛛人に適した、柄の長い武器は・・・・・・ああ、あっちか」
「私も少し武器を買い足すか・・・・・・そうだな遠距離武器として、投剣でも買うか?」
「しかしこの国・・・・・・銃とかは厳禁でも、こういうのはいくらでも持っていいんですな。銃刀法いい加減だわ・・・・・・」
ネルがこの中の武器を面白そうに見渡し、ヒューゴと真澄が興味なさげにしている中、登喜子が自分にあった間合いの長い武器が置かれている場所に進む。
槍・薙刀の他、柄の長い斧などの武器がある。真澄の方は、手裏剣などの投擲武器の方を見ていた。
よく見るとそれらも含めて、この店に置いてある武器は、柄が木製ではなく陶材でできていることに気づく
。一種ずつの在庫は少ないが、武器の種類はそれなりにある店。登喜子はぼんやりと、それらを見ていたが、ふととある武器に手をかけた。
「お客さん、さすがにそれは無理・・・・・・うおっ!? すごい・・・・・・」
最初に忠告してきた店員が、即座に感嘆の声を上げる。登喜子が持ったのは、柄の長さが二メートル近くある、大きな鉞である。
肉厚で幅も広い斧頭は、表面積だけで、登喜子の頭をすっぽり覆えそうな大きさだ。その何十㎏あるか判らない鉞を、登喜子は右手一本の女の細腕で、持ち上げて見せたのである。
「うおおおっ! すごいな姐さん、金太郎みたいですわ!」
「駄目ね・・・・・・重いわ。片手じゃ、持ち上げるだけで精一杯だわ」
ネルがよく判らない例えで、賞賛しているが。当の登喜子の方は、どうやら身体能力的に、満足のいく物ではなかったようだ。
「いやぁ・・・・・・普通は持ち上げることもできませんよ。そもそも片手で扱う武器じゃありませんし。それ本当は、虎人や犀人みたいな、大型獣人用ですよ・・・・・・」
店員が感嘆と呆れが混じった様子で、そんな声を上げている。登喜子はしばらく、その変の武器を眺めていたが、今ひとつどれを決まらないらしい。そして何かを決めたのか、急に店員に振り向いた。
「すいません。もう選ぶのも面倒だから、この辺りの武器全部ください!」
「お前、そういう買い物はやめろよ・・・・・・」
さてこれにより、予定以上の買い物をした一行。おかげで登喜子の懐も、最初の三割ぐらい減って、そろそろ危機感を持つべきだろうが。
勿論登喜子はそんなこと気にしない。会計を済ませている間に、真澄は暇つぶしに、自分の携帯を眺めていた。するとふと、眉を潜めて声を上げる。
「王都でちょっと一騒ぎが起きてるな・・・・・・まさか爆発事故とはな。この辺りじゃ、中々みないことだ」
「何? 爆発って? もしかして何か戦争でも起きた?」
丁度会計を済ませて、武器を全部次元収納した矢先のこと。その真澄の言葉に、登喜子がやや嬉しそうに詰め寄ってきた。
退屈そうにしていたヒューゴも、これには興味を持ったのか、共に真澄の携帯画面を覗き出す。ネルの方は、身長が追いつかずに見れないようだったが。
「これ・・・・・・昨日俺たちが立ち寄った店の、すぐ近くじゃないか?」
「ていうか、早く俺にも見せてくだせえよ!」
真澄が指摘したのは、ネット記事に掲載された、とある王都での出来事。事件なのか事故なのか、まだ判らないが、突如とある民家の内部で大爆発が起き、それが起因した火災が起きていると言うことだ。
画面の動画に、その燃え上がる民家の姿と、それを取り囲んで見学している人々が、生々しく描かれている。最速の言葉を受けて、真澄も携帯を下げて、ネルにもそれを見せた。
「うおう! これは酷いですな。家から出たって事は、ガス爆発ですかい?」
「ガス? 大蛇の輸入機械に、そんな原始的で危ない物を使う物はないぞ。この国で、料理に使うものと言えば。大昔ながらの竈か、大蛇輸入の電気調理器だけだ。竈なら火事は起きるだろうが、爆発はそうそう起きるものじゃないな。いや粉塵爆発なら、ありえなくも・・・・・・」
「見てないで、私もそっちに行くわよ。付いてくる人はいる?」
特段彼らには関係のない事象であるが、一行は早速そっちに向かうこととなった。




