第三十九話 消火活動
「いや、離して! 中に子供達が!」
「よせ、奥さん! あれじゃ、無理だ!」
ネット画面に映されているとおりの、民家が燃え上がる悲惨な光景。つい先程、この家に戻ってきたらしい家人の女性が、感情にまかせて家に飛び込もうとして、周りの者達に取り押さえられている。
最初の爆発から一時間近く経っている。その間、家の中にいたという子供らが出て来る様子はない。
子供の話を聞いて、ますます動揺が広がる野次馬達。そんな時に、本来ならば飛行禁止の筈の建物上の低空を、臨時で飛行する者が現れた。
それはタンクを背負った赤い空艇。これも大蛇産の輸入品の、火災用消防航空艇である。
「おせえんだよ! いつまでかかってんだ!」
空を飛べるこの乗り物なら、通報を受けてから、もっと早く来れたはず。人々の非難の声が上がる中、ようやく消防艇は舞い降りてきた。
『みなさ~~ん! 着陸の邪魔なので、ちょっとよけてくだ・・・・・・うえぇ~~』
何故か吐きそうな声で拡声された、人々に着陸地の確保を指示する消防士の声。
着陸後、すぐに消防服を纏った者達が現れて、すぐにホースを取り出し、消火準備の作業を始める。だがその動きは、どこかぎこちない。
(うう~~まだ頭がガンガンする。こんな時に仕事とはついてねぇ)
現在この消防士達は、昨日規律を破って東北姫のライブへ行き、その後深夜まで酒を嗜んでいた。その結果、自分の仕事の持ち時間になっても酔いは覚めず、かなり困った事態になっていた。
素人目からも、かなりもたついた作業が進み、いよいよ火災の起きた家に、放水しようとしたときだった。
「ああ、ちょっと待って! 水かけるのやめて!」
突如消防士達にかけられる、この状況において、明らかに場違いな発言。消防士も他の野次馬達も、その人物に一斉に注目した。
それは人混みをかき分けて、庭の中に入り込んできた登喜子であった。少し離れた歩道に、残りの三人もいた。
王都より遠く離れた街にいる一行が、何故こんな所にいるのか? それは簡単な話、転移魔法を使ったのである。
優れた次元魔道士は、一度行ったことがある場所ならば、そう時間をかけずにたやすく行き来できるのである。
「ええ、ちょっとあんた何? 水をかけ・・・・・・」
「中に不純物がいっぱいあると、修復が難しいのよ。ここは私に任せて!」
そう言って登喜子は、その場で走り出し、何と燃える家の中に飛び込んだのである。
丁寧にドアから入り、恐らくは火と煙だらけであろう屋内に、いきなり侵入する登喜子。この突然の行動に、他の者は止める暇もなかった。
「何だあいつ!? 子供を助けに言ったのか!?」
「修復とかおかしな事言ってたが・・・・・・そりゃどういうことだ?」
人々が物議を醸しながら、その家を眺めてから、十秒ほど。この間、誰も家から出てこない。
そして遠く見守っている仲間も、心配と言うより、何をするのか判らず、困惑しているようであった。
「姐さん、何してるんでしょ? 火にやられたんですかい?」
「どうだろうな? あいつなら火に囲まれても、転移ですぐ逃げれそうだが・・・・・・まさか酸欠で倒れたか?」
「うわ、それはやばいよ! すぐに火を消さないと!」
ヒューゴのこの声を聞いて、今まで呆気にとられていた消防士達も動き出す。だがもうこれは駄目だろうと、皆が思い始めたときだった。
「なっ、何だ!? 赤いのが・・・・・・」
今まさに水をかけられようとしたとき、突如その家が、謎の赤い光の壁に覆われたのだ。どこから被さったのではなく、半透明・半球状の謎の赤い壁が、家の内部から出てきたのだ。
どういうことかというと、それは幽霊のように、壁や屋根をすり抜けて、そして巨大化していったのだ。位置からして、間違いなく家の中の中央部から、これは発生したはずだ。
「これは・・・・・・魔法なのか?」
恐らく魔法による結界であろう、家をすっぽり呑み込んだ、半球状の壁。まるで家の模型が、赤いガラスの箱に収まったかのよう。だが大きさが違いすぎる。
しばしして、その内部の物質=燃える家が変質を起こした。これには人々も、みたび驚愕する。
時間と共に火の勢いが増していた家。その炎が、どんどん小さくなっていく。燃え広がる速度とは、比べものにならない、とてつもない速度で。そして瞬くまに、その炎が消え去ったのだ。
何とあれだけの炎が、水もかけずに消えたのだ。しかもただ火が消えたのではない。
普通火災が起きた建物は、火が消えた後は、黒焦げで見るも無惨な姿になっている。だがこれにはそんな姿が全くない。
まるで火事など、最初から起きなかったかのように、家が元通りの綺麗な姿になっているのだ。最初の爆発の時に、内部からの衝撃で割れた、窓のガラスも見事に直っている。
勿論燃え落ちたカーテンも元通りになっているのが、外からでも判る。火災の動画を、高速で逆再生したかのように、火事が起こった事実が、見事に消されたのだ。
あまりの事態に、誰もが状況を呑み込めず、呆然としている。
「まさか・・・・・・時間を戻したのか?」
真澄がそう小声で呟いた直後、二回目の過激な事象が発生した。
ドウン!
突如として、その家の真上、高さ十数メートル以上の位置に、その何もない空間で、突如爆破現象が起きたのだ。
その爆破の衝撃で、家で打ち上げ花火をやったのかという考察など、勿論できるはずもない。あまりに突然の爆発事件発生であった。
「うわぁあああああっ!」
「何だよ!? どうなってんだ!?」
呆然としていた人々も、さすがにこれは絶叫を上げた。大勢の人々が逃げだす。変事の連続で、気絶した者もいる。
悲しいことに、逃げた人々の中には、この事態に先頭を立たなければいけない消防士達の姿もあった。
「えっと真澄・・・・・・時間を戻したって?」
この事態に同じく困惑しているヒューゴが、真澄に今の発言を問うたとき。ようやくになって、当人がこの場に姿を現した。
「おい! あいつが出てきたぞ! 皆無事だ!」
混乱の中、逃げようと慌てふためいている人々の一人が、それに気づいて声を上げる。
入ったときと同様に、丁寧に玄関から出てきた登喜子。その身には、傷一つない。そして彼女の手には、同じく傷一つない、二人の子供の姿があった。
「ええ・・・・・・ああっ!?」
逃げずにずっとその場に立ち尽くしていた、家人の女性が、それを見て驚愕と共に号泣する。そして即座に、登喜子の元に駆け寄った。
「ほい、二人ともこの通り無事よ」
怯えきった様子で抱きかかえられた子供らが、その女性の元に下ろされる。女性と子供は、盛大に泣きながら、力強く抱き合っていた。
爆発騒ぎで逃げようとした人々も、これには足を止めて、様子を見ていた。最初は訳が判らず当惑していた人々。だがその当惑の声は、程なくして歓声に代わった。
「「うぉおおおおおおおっーーーー!」」
「すごいぞ、あいつ何やったんだ!?」
「あれって魔法だよな? さっき誰かが、時間を戻したとか言ってたが・・・・・・」
「凄すぎでしょ! アマテラスってば、機械だけでなく、魔法もこんなにすごいの!?」
「奇跡だ! これはまさに、神の御技だ!」
人々が一斉に登喜子を囲い、賞賛を繰り返した。登喜子の姿を、写真に撮る者も多くいる。しばらくそこは、お祭りのように騒がしくなることになる。
・・・・・・そしてその大喜びする人々とは対照的に、あまりの事態に驚愕、というより何やら怯えている様子の者が一人いた。
人々が固まっているところから、少し離れた所で、一部始終を見ていた蜘蛛人族の女。それは菊花であった。彼女はずっと、この場にいたのだ。
さっきまでは、周りの者からも目立っていた彼女だが、今は誰も彼女のことなど気に留めない。勿論菊花も、家も他の人も、全く気に留めない。ただただ驚き入った様子で、人々に陽気に囲まれている登喜子の姿を凝視していた。
「時空修復結界・・・・・・嘘でしょ? こんなの絶対あり得ない・・・・・・」
さてそれからしばらくして、最初に登喜子達が買い物をしていた武器屋。その店先に、一行は戻ってきていた。どうやったのというと、当然登喜子の転移魔法であった。
「ふう~~本当に疲れたわね。精神的にも肉体的にも・・・・・・そしてまだお腹が空いてるわ~~あれじゃ全然足りない。もっとカロリー補給しないと・・・・・・」
「いやはやでも大したものですぜ姐さん。あの警察達も、理解するのに随分苦労してましたし。とにかく近くの菓子屋に直行だぜ! ここはお菓子の国、カロリー補給ならどこでもできますぜ!」
そう言って、一行は即座に付近の菓子屋に飛び込んだ。そこでありったけの菓子を買いこみ、宿まで待てずに路上で暴食のごとく食べつづけた。
瞬く間にチョコ菓子を数袋分食べ尽くす。その辺りで、喜子も落ち着いたところで、真澄が問いかけた。
「そろそろいいか登喜子? ・・・・・・お前、時空修復結界なんていつ使えたんだ? 私が持ってる資料じゃ、お前にそんな技が使えるなんて話しはないが?」
あの時起きた謎の現象。それは勿論、登喜子の次元魔法の技の一つである。ただそれはこれまで登喜子が使ってきた技とは、あまりにレベルが違いすぎた。
あの魔法は、結界に張った一定区域の時間を巻き戻す技。それによりその場所で、一定時間内に破壊された物を、全て破壊される前の状態に戻すことができる。
そして更に、驚愕すべき事は、それは物品だけでなく、生物さえも再生させたことだ。
『家の真ん中の居間の辺りで、魔法の印を結んだんだけどさ。あれは驚いたわね。何しろ爆発直前の居間の中に、いきなり手榴弾が放り込まれてたんだもの。しかもそのすぐ目の前に、あの子供らがいたし。多分あの子達、即死だったんでしょうね。私がすぐに時間を戻して良かったわ・・・・・・』
などという、とてつもない爆弾発言を、登喜子は菓子をつまみながら、警察にしてしまったのである。
ようするにあの時点で、あの子供達は死んでいた。登喜子は死者蘇生という、何ともとんでもないことをしでかしたのだ。
勿論それには制約がある。時空修復結界は、破壊されてから時間が経ちすぎたり、破壊された物が広範囲に四散すると、上手く修復できないことがある。
そのため望む者を、誰でも生き返らせることができるわけではない。だがそういった点を除いても、これは神の所業と受け取られかねないものである。
「今お腹が空いているから後にしたいんだけど・・・・・・その資料って、私が軍にいたときのやつ? だったら書かれてないわね。あれって、私が最初の出所をした後に、体得したからね。私だって、何もないときも、きちんと鍛錬はしてるからね」
「そうか・・・・・・しかしよくまあ、あんな技を派手にやってくれたな。もう動画であの出来事は、広がっている。これはもう、誤魔化しようがないぞ・・・・・・」
「うん? 誤魔化す? 何かやばいことをした?」
「いや、ないだろ。俺は凄い良いことしたと思うけど・・・・・・」
真澄の引き攣った顔で発せられた言葉に、登喜子だけでなく、ヒューゴとネルも当惑する。先程の登喜子の行動に、そんな問題があるようには思えなかった。
「確かに犯罪にはならんが・・・・・・それ以外のことでは大問題だ。今はそれほどではないが、昔はゼウスでもアマテラスでも、あの技が使える奴は、神と崇められたほどだ。現代であの技の使い手の存在が広がると、いったい何に付け狙われるか・・・・・・。桜花だって、警戒して、あの技は人前ではまず使わないようにしてるのに・・・・・・」
「えっ? 桜花が?」
「しまっ・・・・・・」
何故か唐突に出てきた、己の娘の名前に、また三人は首を捻る。これに真澄は、自身の失言に気づいて、やや慌てだした。
「何? もしかして桜花も、あの技が使えるの?」
「あまり追及するな・・・・・・さっき言ったとおり、あの技は、あまり人に広めるべきじゃないんだ・・・・・・」
「いや鰐の姐さん、それって思いっきり、そうですと肯定してますぜ」
「それより今問題なのは、もう一人の娘の方だ! お前あの手榴弾、転移で家の中に入れられたらしいと言ってたな!」
そう真澄は、さっきの流れを強引に誤魔化し、別の話題を提供してきた。
「ええ、うん・・・・・・確かにあれは、転移で投げ込まれた技だった。誰が何の為に、そんなことをしたのか・・・・・・」
「その話で、少し気になることが、動画に上がってたぞ。ほらこれ見ろ!」
真澄は携帯に映された画面を、登喜子達に見せつける。何だと思って、興味なさげに眺めたら、一瞬で登喜子の様子が一変した。
『あははははっ! 燃えるわ燃えるわ・・・・・・あれはもう、中のガキ共、二人とも死んだわね♫』
携帯から発せられる、実に嫌悪感を覚える、陽気な笑い声。その画面には、野次馬達に混じって、一人の蜘蛛人の少女が、燃える家を眺めて、何とも酷い言葉を繰り返した。
その周りの者達は、火事よりも、そのあまりに醜い言葉を発する、この少女の方に注目する者も多い。
「これは私らがあそこに来る、ほんの三分前に撮られた動画だ。あまりといえばあまりな発言を、派手にしてるせいで、かなり目立っていたらしい。・・・・・・そしてお前が声を上げた瞬間に、奴はこの通り、急に慌ててその場から立ち去っている。お前、こいつが誰だか判るだろ?」
ネット動画に上げられた、この謎の少女の一部始終。それを見て、いつになく険しい顔で、小さく呟いた。
「月永 菊花・・・・・・証拠も何もないけど、あれはこいつが犯人ね。間違いないわ・・・・・・」
「自分の娘を微塵も信頼しないんですな、姐さん・・・・・・」




