招待状
和泉の家は中古の二階建て3LDK庭付きである。
一階のある和室をフローリングにして和泉の部屋にしている。
中古住宅なので狭く、段差がある。
家の中では車椅子で動くのは無理があり、和泉は松葉杖をつかって移動している。
赤狼がひょいと背中に乗せて運んでくれる時もある。
日中は一人で留守番をして、ケーキを焼いたり料理をしたりしていた。
「ピンポン」とドアフォンが鳴る音がして、和泉は顔を上げた。
ソファに座って本を読んでいたところだった。
来客にはほぼ答えないようにしている。
たいていが浄水器か布団を売りに来たセールスマンだからだ。
「誰?」
と赤狼に聞く。
そばで寝そべっていた赤狼が顔を上げて、
「出ない方がいいぞ。美登里だ。ろくな知らせじゃない」
と言った。
「え? 美登里さん?」
和泉は立ち上がり、ひょこひょこと玄関へ出て行った。
ドアの覗き窓から見ると、確かに美登里だった。
梅雨が過ぎて初夏だというのに、やはり着物を着ている。
ドアを開けると、美登里が微笑んで立っていた。
「美登里さん」
「ご無沙汰しております、和泉さん」
「そうね」
「お加減はいかがですか?」
「ええ。元気です。美登里さんは?」
「私は元気ですわ」
美登里はにっこりと笑った。
いつも自信満々な人だなぁ、と和泉は思った。その態度が全面に現れている。
「どうぞ、狭いですけど」
「それではお邪魔します」
リビングに通された美登里は寝そべっている赤狼を見て、
「本当に復活したんですのね!」
と驚いたように言った。
その美登里の背後からしゅっと黒い者が飛び出してきて、赤狼の身体に飛び乗った。
赤狼は嬉しそうにじゃれつく一狼をうるさそうに払いのけた。
「今、お茶でも」
「まあ、お構いなく」
「インスタントよ、今、ケーキも焼き上がったし」
和泉が紅茶とケーキ皿の乗ったワゴンを押しながらリビングまで来た。
右手でワゴンを押し、左手は杖を使っている。
「イチロー君もやっぱり甘い物が好き? ケーキをあげてもいい?」
と和泉が美登里に言った。
「ええ、和泉さんのお手製なんて凄いわ!」
「凄くなんかないわ。この足で街のケーキ屋まで買いに行き、倒さないように持って帰る、という冒険を考えたら、作ったほうが簡単よ。安いし」
と言って和泉が笑った。
一狼の前にケーキ皿を置くと、一狼はぶんぶんぶんと尾を振って喜んだ。
「紅茶のシフォンケーキよ。おいしい?」
やはり一狼もぱくんと一口でケーキを丸呑みしてしまった。
「もう~、赤狼君もだけど、もう少し味わって食べてよ」
と和泉が笑った。
美登里が紅茶を一口飲んでから、
「和泉さん、今日は招待状をお渡しに来ましたの」
と言った。
「招待状?」
「ええ、我が土御門神道会は九月に城跡公園内で大々的な祈祷祭を行う事となりました。あなたもお分かりでしょうね? 古来、戦場であった城跡に棲みつき深い眠りについていた霊達が、あなたの霊気に触れ活性化していますわ。このままでは街中の霊が呼び寄せられ、大きな集合体となるでしょう。それを鎮め、送る為の祈祷祭ですわ。祭祀を執り行うのは賢様です。当日は城跡はもちろんそれを囲む城山公園付近はすべてこちら官公庁の手はずで通行禁止、道路も封鎖いたしますので誰も入れませんわ。入場を認められるのはこちらの招待状をお持ちの方だけです。ぜひ、和泉さんもいらして下さい」
「え」
美登里は和泉の出したケーキも食べて、
「あら、おいしいわ。お上手ね」
と言った。
「あたしも?」
「ええ、無関係ではないでしょう? それどころか、あなたが霊気を垂れ流しているせいですのよ?」
「垂れ流しって……」
「私達は修行によって霊気の動きをコントロールを出来ますわ。必要以上に街中の霊を刺激しないようにね。でも、あなたは違う。ご自分の霊気の動きを自在に操れない。土御門では誰もうらやましがるような上等の霊気を持ちながら、修行をしていないからコントロール出来ないでしょう? 再の能力の発現が遅かったのでそれは仕方がない事だと思います。でも、今はこの街の霊達があなたの霊気に刺激され、活発になっています。それはよくない兆候ですの。ですからあなたにも祈祷に参加する義務があると思いますわ」
「はあ」
「あなたには強い守護がついていますから、そう心配はしてませんけど、十分に身の回りには気をつけてくださいね。悪霊達はあなたの霊気を欲しがりますわ。強い霊気は悪霊にはとてもよい滋養になりますから。あなたの力を吸収してやろうと狙ってますのよ」
「はあ」
「ですから和泉さんも早く本家へお戻りになって、修行をされる事をおすすめしますわ」
「修行って……こんな足じゃ」
「足は関係ありませんわ。私のお祖父さまは目が不自由でしたけど先々代の御当主様にはとても頼りにされていたと聞いてますわ。霊能力を鍛える修行には人一倍熱心で。目が見えないからこそ、視えるものもあるとおっしゃいましたのよ」
「……じゃあ、美登里さんはあたしに土御門で能力者として働けと言ってるの?」
「そうです。賢様のお話では、あなたの霊能力は土御門の再の見鬼の中では最上級らしいですわ。うらやましい話です。あなたほどの力を手に入れる為にどれだけの能力者が努力しているか。人間どれだけ望んでも、死ぬほど努力しても、手に入らない物がありますのよ。初めからそれをお持ちのあなたは恵まれてますわ」
「でも」
と言いかける和泉に、
「これはある方のお言葉ですけど、それなりの生まれには責任と運命がついてきますのよ。土御門に生まれたからにはあなたにはあなたなりの宿命があるのではありませんか? あなたに課せられた運命と戦いもせず逃げてばかりの人生では、来世は虫に生まれ変わりますわよ」
と美登里が言った。
「来世は虫だって」
と和泉がつぶやいた。
「わはははは」
と赤狼が笑った。
「美登里はなかなか有能だな。総じて土御門は女の方が短気で荒っぽいな」
「祈祷祭には行ったほうがいい?」
「迎えがきて強引に連れて行かれるのは間違いない。最初から素直に行ったほうが無難かもな」
「赤狼君も一緒に行ってくれるんでしょ?」
「そうだな」
「来世は虫かぁ」
和泉はソファの上でうーんと腕を伸ばした。
「虫になりたくなければ能力者として働くか」
「修行して? 修行って、どんなの? 滝に打たれたりする奴?」
「それもある」
「赤狼君も修行して霊気を垂れ流しにしないようにした方がいいと思うの?」
赤狼はそれには答えずに、
「……祈祷祭まで二ヶ月か」
とつぶやいた。




