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土御門ラヴァーズ  作者: 猫又
第三章

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悲劇4

 身体を起こして、ベッドの上に座る。

 ベッドの横には無理なく足が届く高さで踏み台が置いてある。

 右足を踏み台において、運動靴を履く。

 左足を床に引き摺るのは嫌なので、一応運動靴を履かせる。

 ベッドの横には車椅子と松葉杖がある。

 どちらにしようか悩んで、松葉杖取る。

 踏み台からの一歩は少し怖い。踏み台ごとひっくり返る時もある。

 いっそ床に倒れて頭を打って、打ち所が悪くてそのまま冷たくなればいいのに。

 と機嫌の悪い日はそう思う。

 だけど、そんな日に限ってうまく下りられる。

 長い紐のついた財布を首に下げる。

 松葉杖を使って和泉は少しずつ歩き始める。

 ドアまで行って開ける。引き戸だけれど、結構重い。

 ドアがスライドされて元に戻ってくるまでに出ないと挟まれる。

 まだ二十歩も歩いてないのに、脇の下が痛い。

 車椅子にしようかと振り返るが、昨日もそうやって楽な方を選んでしまった。

「頑張れ和泉」

 と自分に言い聞かせ、歩きだす。


 エレベーターに乗って、一階のボタンを押す。

 各階で乗り込んでくる人に、押されて奥の壁に横向きに押しつけられた。

 ようやく一階についた時は降りるのが最後で、時々、閉まるドアに挟まれる時がある。

 中には開のボタンを押して待っててくれる人がいて、「すみません」と言う。 

 降りる前に乗り込んでくる老人に舌打ちされた事がある。 

 一階には病院が経営している売店と、テナントで入ったコンビニがある。

 売店は入院用品を扱っていて、自分ではあまり用がない。

 コンビニでキャラメルとジュースを買う。

 またそこから十階の病室まで帰らなくてならない。


 正面玄関の前を通ってエレベーターに行こうとして、外から賢と美登里が歩いてくるのが見えた。高身長、巨体のビッグカップルだが、お似合いだと思う。

 二人をやり過ごそうと待合室の椅子に座る。

 隙間からエレベーターが見えるので二人が乗り込んだ後に、和泉は「よいしょっ」と立ち上がった。


「どこ行ってたんだ!」

 といきなり賢に怒られた。

「ま、賢様、そんなに怒らなくても」

 と、美登里があたふたととりなす。

「コンビニに……」

「携帯はいつも持ってろって言ってるだろ!」

 和泉がいないのに焦った賢が携帯を鳴らしたが、和泉の携帯は枕の下だ。

「うん……でも、杖で歩く時は邪魔になるから。重いし。この間も電話が鳴って慌てちゃったら落として、拾おうとして転んじゃったし」

「だったら誰もいない時は出歩くな。だから看護師を置いとけばいいと言ったんだ!」

「部屋にいなくても、建物のどこかにはいるわよ。病院なんだし、何の心配よ」

 そう言いながら和泉はベッドの横に杖を置いた。

 踏み台に右足をかけて、よいしょっと腰を下ろす。

 美登里の説得が効いたのか、看護師は打ち切られて付添いは母親だけになった。

 その母親も和泉がうるさそうに追い払うので、夕方そうそうにアパートへ戻る。

 朝、洗濯物さえ持ってきてもらえば、大抵の事は自分で出来るようになっていた。

 ただ出歩くのだけが難しいだけだ。

「何の心配だと?」

「病院なんだから先生も看護師さんもそこら中を歩いてるじゃない。何かあってもすぐ助けてくれるわ」 

 と和泉は面倒くさそうに言った。

「何だ、その言い方は」

「下まで行って戻っても十五分くらいでしょ。そんなに怒らなくてもいいじゃん」

「歩く練習なら人がいる時にやれと言ってるんだ。欲しい物があるならメールしろと言ってるだろう。毎日来てるんだから」

「特に欲しい物があるわけじゃないけど、ちょっと出歩きたかっただけよ」

「まあまあ、賢様も和泉さんも落ちついてください。和泉さん、賢様はあなたを心配して言ってくださってるんですよ」

 と、美登里が仲裁に入った。

「分かってるわよ」

 和泉はコンビニで買ったジュースの栓を開けて一口飲んだ。

「いつ退院できるとか、まだ話はないのか」

 と賢が言った。

「え……うん。もう少し先だと思うわ」

 と和泉がため息をつく。ジュースを置こうとして、枕元の黄色いノートがばさっと下に落ちた。

「何だ、これ」と言いながら、賢がノートを拾った。

「え……何でもない。見ないで!」

 と和泉が慌てて取り返す。

「何でもない?」

「一日の出来事を書いたり、賢ちゃんの悪口書いたりしてるだけ。日記みたいなもんよ、暇だから」

「俺の悪口か」

「えへへ」

 と和泉が笑った。


「賢様、私、思うんですけど」

 と美登里が言った。

 帰りの車中である。

 賢の仕事用の秘書は何人もいるが、美登里にこれから和泉の事を任せようと賢は考えていた。和泉の再の能力も向上させるべきだし、それには側にいて一から教える人間がいる。和泉が信頼を寄せている人間では美登里が最適だった。

 もちろん自分が出来ればそれがいいのだが、何せ賢は忙しい。

 それに和泉と二人っきりになれる時間に霊能力の話などしたくない。

 それは無粋だ。

「もう、そんな理性もきかねーしな」

「は? 何かおっしゃいました?」

「いや、で? 何を思うんだ?」

「和泉さんの能力の事ですけど、先日の覚醒のお話は仁さんから伺いましたわ。もの凄い再生の能力だとか。首が千切れた水蛇を再生したそうですわね?」

「ああ」

「その能力をもって和泉さん自身の足を治すことは出来ないんですか?」

「それは無理だろうな」

 とあっさりと賢は言った。

「何故です?」

「生きてる部位を癒すくらいは出来るだろうが、活動をやめた細胞を治すというのはさすがに無理だろう。水蛇が再生したのは人間とは存在自体が違うからだ。妖は些細な破片でも残っていれば時間はかかるが自力で再生できるほどに生命力が強い。だからこそ輪廻転生の輪から外れた存在だ。元々和泉の能力は俺たち能力者の霊能力を再生するものだ。病や怪我を治すというのとは違う」

「そうですか、残念ですわね」

「そうだな」

「和泉さんにゆくゆくは修行を?」

「そうだな、土御門の為には必要だが本人が嫌なら無理強いはするつもりはない。美登里に任せる」

「はい、お任せ下さい」

 大役を任された美登里は嬉しそうに微笑んだ。

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