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土御門ラヴァーズ  作者: 猫又
第三章

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悲劇2

 ギプスが外れるまではそれなりに、退屈したり、漫画を読んだり、DVDを見たり、とゆっくりと時間が過ぎていった。二十四時間交代で付添う看護師も丁寧に和泉を扱ったし、母親も日中は和泉の側にいる。

 賢は毎日見舞いにやってくるし、和泉が退屈しないような見舞い品をいつも持ってきてくれる。DVDプレーヤーもパソコンも賢が和泉の為に用意した物だ。


 和泉はギプスさえ外れたら、また歩き出せると信じていた。

 賢も母親もそう言った。

 なのにギプスが外れてもなぜだか左足に感覚が無かった。

 右足は動く。やけに重く力がいるが、動かそうと思えば動く。

 血行が悪いのか、むくんで痺れたような感じもあるが、足の指まで何とか動く。

 だが、左足はぴくりともしない。

 膝くらいまでは触ると感触がある。だがその下、すねも足首も甲も指もが少しも動かない。麻酔がかかっているように、触っても感じないし、動かそうとしても動かない。

「お母さん、左足が動かないんだけど」

 と和泉が言った。

「ギプスが外れたのに動かないのよ、変じゃない?」

 和泉の問いに母親は作り笑顔で和泉を見た。

「二ヶ月も固定されていたんだもの、急には無理でしょ。その為にリハビリするんじゃない」

「そうなの? でも、おかしくない? 何の感覚もないなんて……お母さん、あたしの足、本当に動くようになるの?」

「え、ええ、もちろんよ。お母さんがマッサージしてあげるわ」

 と言って、母親は和泉の足を揉み始めた。 


 両方の足ともに筋肉は痩せて、すっかり細くなっていた。

 看護師に朝晩、マッサージしてもらい、右足は徐々に感覚を取り戻した。

 膝を立てたり、足首も動く、足の指も五本全て動く。

 だが、左足は膝を持ち上げる事も出来ない。

 膝から下は触っても、叩いても何も感じないのだ。

 マッサージされても触られている事すら、分からない。 

 母親には何度聞いても、「もうすぐよ」としか言わない。

 毎日見舞いに来る賢に聞いても、「大丈夫だ」としか言わない。


 ベッドの上から床に下りようりして、まず右足で床にそろっと下りみた。

 恐る恐る力を入れて踏ん張ってみる。

 思ったより力がなく、くにゃっとそのまま床に沈み込んで行きそうになる。

 思わず左足を出したが、もちろん何の助けにもならずに、和泉はそのまま床に倒れてしまった。

「痛たたたた」

 ベッドの横のソファに手をついて起き上がろうとしたが、すっかり弱った体には身体を持ち上げる為に踏ん張る力がない。

 その時、丁度ドアをノックする音がした。

 ふと棚の時計見ると、午後七時。仕事が忙しくなければ賢が来る時間だった。

「和泉!」

 ドアが開いて賢が入ってきたが、床の上の和泉を見て慌てた。

「ベッドから落ちたのか?」

「ううん、下りて立ってみようと思って……こけたの」

 賢が和泉の身体をひょいと抱き上げて、ベッドに戻した。

「看護師は? いないのか?」

「今、下の売店に買い物に行ってもらってる」

「誰もいない時に無茶するな」

「うん、だって、右足だけでも立てるかなと思って。でも、ちょっと力が入らなくて、こけちゃった」

「まだ無理だろ」

 賢は和泉の右足のふくらはぎをぎゅっぎゅっと揉んだ。

「賢ちゃん、あたしの左足って本当はもう動かないんじゃないの?」

「そのうちに……」

「本当の事を言って。二ヶ月もたってるのに、何の感覚もないなんておかしいでしょ?」

「……」

「賢ちゃん!」

 賢の顔はとてもつらそうだった。普段はポーカーフェイスで喜怒哀楽をあまり顔に出さないのだが、この瞬間は泣きそうな顔をしていた。

「動かないのね?」

「左足は……ずっと麻痺したままだ」

「治らないの?」

「ああ」

「手術しても? もう駄目なの? 治す手立てがないって事? 一生?」

「そうだ」

「……」

「右足は大丈夫だ。筋肉がつけば前のように動くようになる。杖を使えば自分で歩く事も可能だ」

「左足を引き摺りながら?」

「……」

「そう……なんだ。じゃあ、車椅子買わないと……」

 ぽつんと涙がベッドのシーツへ落ちた。

「和泉……和泉!」

 和泉の身体は固まってしまい、賢は和泉の手をとってぎゅっと握った。

「大丈夫だ。生活にたいした支障はない。立ち上がる事も出来るし、杖を使えば自力でも歩ける。だから……泣くな」

「……」

 賢の声が聞こえているのか、和泉はかすかにうなずいた。

 だが視線は宙をさまよっている。

 さまよう瞳から涙だけが溢れてくる。

「和泉……泣くな。お前が泣くのは……辛いんだ……大丈夫、大丈夫だ、俺がずっと和泉の側にいるから。俺がどこへでも連れ行くから……だから、泣くな」

 と賢が言った。

 しばらくして、

「うん……大丈夫…だよ。でも、もう……だね」

 と和泉が言い、腕で涙をぬぐった。

「え?」

「ううん、何でもない。佐藤さん、遅いね、アイス買ってきてって頼んだんだけど」

「ケーキなら」

 と、賢が見舞いに持ってきたケーキの箱を差し出した。

「ケーキかぁ」

「昨日、ケーキ買ってこいって言っただろ」

「今日はケーキの気分じゃないのよね」

「何だよ、じゃあ、食わないのか」

「食うけどさ」

 と言って和泉が笑った。


 その夜、和泉を心配していつまでも帰らない賢を無理に帰して、そして朝まで勤務のはずの看護師も無理矢理に帰ってもらった。

 そしてようやく一人になれた和泉はその夜、いつまでも泣いていた。


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