カズーは前フリ、ラスボスはママ
「お母さん……」
和泉の声でリビングにいた者が一斉に振り返った。
「和泉、大丈夫なの? あなた、お葬式の途中で気を失ったのよ」
母親がさっと和泉の前に行き、両肩を掴んだ。
「うん。大丈夫」
「なら、お暇しましょう。お葬式も終わったし、ね、お父さん」
と母親が父親を振り返った。
「あ、ああ」
父親は立ち上がり、誰にともなく、
「お騒がせして……」
と言った。
和泉は、
「すみません、お手伝いも出来なくて」
と言って朝子を見てから賢に視線を移した。
「いいのよ、和泉ちゃん。大丈夫?」
と朝子が言った。
「はい。あの……」
「お邪魔いたしました」
母親が雄一と朝子に頭を下げてから、和泉の腕を掴んだ。
「帰るわよ」
「ちょっ、お母さん……どうしたの?」
引き摺られるようにして和泉は歩き出した。
「待ってください。話がまだ……」
と賢が呼びかけたので母親は一瞬足を止めて振り返った。
「賢さん、こうなった以上は和泉との事は賛成できません。苦労すると分かってるのに」
「和泉に苦労なんてかけるつもりは……絶対に幸せに……」
とまだセリフの途中の賢へ母親はたたみかけるように、
「和泉が本家へ入って、どんな目にあうか考えただけでも恐ろしいわ」
と言った。
「喜美ちゃん、それはあんまりじゃないの。和泉ちゃんがお嫁に来ても私は嫁いびりなんかしないわ」
と朝子が口を挟んだ。心外だという風な顔をしている。
「ええ、朝子さんが優しいのは知ってます。でも……御当主の結婚には近い親族が揃って口を出すじゃありませんか。四老院の方だって……加寿子伯母様の取り巻きがまだたくさんいらっしゃるわ。加寿子様と靜香様がお亡くなりになった事に和泉が関係していると、そんな事はすぐに噂になります。そしてきっと和泉が悪いように言われるんだわ。何も和泉じゃなくても、賢さんのご結婚相手はそれなりなふさわしい方が他にもたくさんいらっしゃるじゃありませんか」
そう言った母親の言葉に皆が何て答えようかと思った一瞬の隙に、母親は和泉の腕を強く引っ張って歩き出した。
「お母さん……」
和泉は母親について歩き出したが、不可解そうな顔で後を振り返った。
賢は困ったような顔をしている。
父親がため息をついて、もう一度雄一と朝子に一礼をした。
「お母さん、どうして急にあんな話になったの?」
和泉と両親の三人はそのまま両親の泊まっているホテルの近くで遅い夕食を取った。
「急じゃないでしょう。賢さんとおつきあいするって事は結婚を視野に入れてるって事でしょう。どうしてそんなにのんきなのか、お母さんが聞きたいわ」
「おつきあいって……最近の話だもの」
「そうよ。そうでしょ。あなたが賢さんを好きだったなんて初耳だし、今までそんな素振りさえ見せた事がないじゃないの。本当に好きなの?」
「うん」
母親ははぁ~とため息をついた。
「お母さんは結婚は反対よ。苦労するのが目に見えてるじゃないの。加寿子様と靜香様の事を一生気にしながら生きていくの? 皆に恨まれながらよ?」
「やっぱりそう思う?」
食後のアイスコーヒーのグラスをからからとストローでかき混ぜながら和泉が言った。
「雄一さんだって朝子さんだって、本当は反対だと思うわ……ねえ和泉、やっぱりお母さん達と一緒に四国へ行きましょうよ。新しい生活を始めたら、また出会いもあるわ」
「でも」
母親の言うことも一理あるのだ。
だが命がけで和泉を助けた賢に対してやっぱりやめます、とは言えない。
「お母さんだって賢さんはいい人だと思うのよ。凄く優秀で本当に神様に選ばれたような人よ。そんな事を鼻にかけたりもしない、優しくて。でもそんな凄い人の奥様になるって大変な事よ? 賢さんは土御門を背負っていく人よ。妻としてサポート出来るの? 美登里さんのようにそういう教育を受けてきたような人でなければ、難しいと思うわよ。朝子さんだって毎日お茶してるようだけど、本当はすごく忙しいんだから。やってみて、出来ませんじゃ駄目なのよ。恥をかくのは賢さんなんだから」
凹む、母親の言葉に凹む。
「ちょ……そんなに……」
「賢さんは普通の人じゃないんだから」
「まあ、そんなに急いで答えを出さなくても、和泉もよく考えたらいいさ」
と見かねた父親が口を挟んだ。
「うん」
ホテル前で両親と別れて、和泉は重い心を身体を引き摺って自分のアパートへ戻った。
誰もいない部屋が寂しい。
部屋に入ると同時に赤狼が姿を現して、ソファになってくれていたのに。
「は~」
喪服を脱いで、シャワーを浴びる。
バッグの中身を入れ替えようとして携帯電話を見ると、着信履歴が全て「賢ちゃん」だった。
「あ、そうか、お葬式だから朝からマナーモードにしてたんだ」
履歴からかけ直すと、ルルッで賢が出た。
「和泉? 今、どこだ」
「え、自分の部屋に戻ったとこ」
「おばさん達は?」
「今日はビジネスホテルで泊まってる」
「今からすぐ行く」
と言って電話が切れた。
賢はすぐにやってきた。
玄関のドアを開けると、すぐに賢の腕が伸びてきて和泉の身体を抱きしめた。
「賢ちゃん」
「おばさんにすぐに連れて行かれたのかと思った。次は四国って言ってたな」
「まさか、今日すぐには無理でしょ」
と言って和泉が笑った。
賢は部屋に入ったが、落ち着かない様子だった。
「行かない……よな」
と賢が言い、和泉は振り返って聞き返した。
「え?」
「行かないよな?」
「行かないわ。四国なんて……四国って何県?」
「四国は県が四つあるとこだ」
「ああ、南の方よね」
賢は横に座った和泉の肩を抱き寄せた。
「まさか和泉のお母さんに反対されるとは思わなかった」
「うちのお母さん、賢ちゃんの事が嫌いとかじゃないのよ。土御門の一員としては尊敬してるの。でも、ちょっと今はパニックになってるみたい……それに」
「それに?」
「お母さん……疲れちゃったんじゃないかな」
「疲れた?」
「うん、うちのお母さんてずっと本家でお手伝いさんみたいだったでしょ。それに疲れちゃったと思うの」
「お手伝いなんて思った事は……」
「うん、分かってる。伯父様も朝子さんもいい人で、賢ちゃんちからしたら家族みたいにつきあってくれてるんだと思う。でも、うちはそうじゃなかった。お母さんはずっと神経を張り詰めてた。いつもいつも気を張って、朝子さんの動向を気にしてた……加寿子伯母様に遠くへやるって言われた時、多分、一番ほっとしたのはお母さんだと思うの。実際、北陸のおじさんとこへ行ったら、お母さん、すごい元気になってね。だから、あたしが賢ちゃんとつきあうってなったら、また関わりが出来るし、次はあたしがお母さんがやってきたように賢ちゃんや朝子さんに気を張る生活をすると思うと辛くて、反対するんだと思うの。それにこの先、加寿子伯母様や靜香伯母様の事で誰かがあたしを責めると思うのが辛いんじゃないかな」
「ばーさんの事は和泉のせいじゃないし、和泉にそんなつらい生活をさせるつもりはない」
と賢が言った。
「うん」
と言って和泉は少しだけ笑った。




