最終決戦6
「賢ちゃん……」
和泉は賢を見上げてまたぽろぽろと涙をこぼした。
「いいとこを邪魔するが」
と声がした。
賢と和泉が振り返ると、闘鬼が皿を手にしたまま近寄ってきた。
ちなみにワンホールあったチョコレートケーキは残すところあと一欠片になっていた。
「和泉と言ったな、その娘、再の見鬼か」
賢がうなずく。
「お前達のくだらない戦いを見物するのも飽きた。だが千年ぶりにうまい物にありついた礼に、いい事を教えてやろう」
と言って、闘鬼が和泉の額を掴んだ。
「え?」
金の爪が和泉の頭の中にずぶずぶと入っていく。
痛みはない。肌の中のどこかが痒いような感触だった。
「動くな」
またずぶずぶという感触がして、闘鬼の爪が和泉の額から離れた。
金の爪が出てきた時に、その長い爪に何かが引っかかっているのが見えた。
「これは……」
と賢が言った。
「抜け目のないばーさんだ。思念の糸を忍ばせておけば、未来永劫とまではいかぬが和泉が生きている限り和泉の霊気を吸収できる」
「だから回復したのか!」
「先の黒狐の使い方でも少しも霊気の疲労が感じられないとは思っていたが、人の霊能力を盗んで効率よくやってたらしい。だが和泉がその気になれば、思ったよりも霊気が強すぎて返り討ちにあってしまったようだがな」
と言いながら闘鬼が加寿子を見た。
加寿子の顔は真っ白で、血の気が失せていた。
「その執念は尊敬に値する。さすがに女の身で先代を継いだだけはある」
と言って闘鬼が笑ってから、爪の先にひっかかっている思念を握りつぶした。
一瞬だけ加寿子が顔をしかめた。
「先代よ。引き際が肝心だぞ」
と闘鬼が言った。
「う……るさいわ。お前になど指図される筋合いはない」
加寿子は真っ白な顔で闘鬼を睨みつけた。
「なら好きにすればいい。孫に殺されるも一興。観客は大勢いる。心置きなくやればいい」
と闘鬼が答えた。
クスクスと笑い声がする。
ひそひそと小声で話す気配がする。
まるでこしらえた舞台のように雪雲が消えて、月がでた。
月が空に浮かんでいる式神達の影を屋根の上に落とした。
式神達はくすくすと笑っている。
にやにやとしている。
これからの加寿子の運命をあざ笑っているのだ。
和泉に回復してもらった式神達は気力も体力も満タンだった。
賢の命で一斉に加寿子に襲いかかるだろう。
身体を引き裂いて加寿子を喰らう者もいるだろうし、これまで鬱憤を晴らすかのようにむごい死に方をするに違いない。
和泉を慕っている者には酷く恨まれているだろうし、赤い狼が自爆したのも加寿子のせいだと怒っているに違いない。
だが、泣きはいれない。
それが覚悟だ。
加寿子はきっと顔を上げて賢を見た。
「誰か、和泉を下に連れて行ってくれ」
と賢が言った。
「賢ちゃん!」
「和泉には見せたくない」
「ぐるるる」と唸る声がして、黄虎が下りてきた。
やはり頭の上には銀猫が乗っている。
「若様、あたしも下にいていいかい。なんだか疲れてしまったよ」
と銀猫が言った。
「ああ、ご苦労だったな」
と賢が答えた。
銀猫は加寿子へ振り返って、
「加寿子様、今度こそさようならですねぇ」
「ああ、そうね」
加寿子は銀猫には少しも興味がなさそうにそっけなく言った。
銀猫は悲しそうににゃーんと鳴いた。
黄虎が背中に乗れという風に和泉の足に頭をこすりつけた。
和泉は賢から離れて、黄虎の背中に乗った。
ひょいと黄虎が空を飛んだ。
ぐるっと別荘の屋根の上を一回りしてから、二階の窓の中へ飛び込んだ。
和泉は黄虎の背中から下りて、一目散に暖炉の部屋まで走った。
何も聞きたくなかったからだ。
怒号も悲鳴も恨み声も嘲笑も、もう何も聞きたくなかった。
赤狼の残した一房の赤い毛を握って、ただ震えていた。
赤々と燃える暖炉の前に座り込んで膝を抱えていた。