最終決戦4 赤い狼
「マタレヨ、トウキドノ」
と声がして、赤狼が姿を現した。
「賢ちゃん!」
赤狼の背に和泉が乗っている。右手は赤狼の背中の毛を掴んでいるが、左手にはしっかりと大きな皿を持っている。
「ば、馬鹿な……何故……いずみ…」
と賢が言った。
和泉は赤狼の背中から飛び降りて闘鬼の元へ走り寄った。
「どうして? どうなってるの?!」
賢の身体はほぼ半分も闘鬼の中に取り込まれている。
和泉が賢の左手を掴んだ。
「賢ちゃん! 賢ちゃん! 何よ、この鬼! 賢ちゃんを離しなさいよ!」
どんどんと和泉が闘鬼の身体を叩いた。
闘鬼は薄ら笑いをしている。
きーきーと騒ぐ和泉よりも赤狼に興味をそそられるようだった。
「トウキドノ、ワカサマヲカイホウシテモラオウ」
「ここまで喰らっておいて、返せだと?」
「ソウダ」
「力を貸してくれと言ったのはそっちだ」
「イイヤ、キデンノチカラハヒツヨウナイ。ワカサマハキデンノチカラヲカリズトモショウリデキルカラナ」
「そうか? 婆の執念はたいした物だぞ。見ろ、あの黒狐を」
赤狼は闘鬼が止めている巨大な黒狐を見上げたが、
「ワカサマノチカラハコンナモノデハナイ」と言った。
「ここまでさせておいて、手ぶらで帰れと言うのか? 若の右腕一本はもらわなければ帰れんな」
「ソンナモノヨリモモットウマイモノヲキデンニササゲヨウ」
赤狼はまだきーきーと騒いでいる和泉に、
「イズミ! ソノサラヲトウキドノニワタシナサイ」
と言った。
「え? これ?」
和泉は闘鬼を見上げてから、皿を差し出した。
「オニゾクハアマイモノニメガナカッタナ。コレハウマイゾ。コンナウマイケーキニアリツケルナラニンゲンノウデナンゾニドトクラオウトオモワナイハズ」
焼きたてのココアスポンジにグサラージュされた濃厚なチョコレートの香りが広がる。
十二神の視線が和泉のチョコレートケーキに集まる。
十二神だけではない。
巨大な黒狐でさえ、チョコレートケーキを凝視している。
妖は甘い物がよほどに好きらしい。
「ドウダ? コレヲマルゴトキデンニシンテイスル。ダガワカサマトコウカンダ。ワカサマニナサケヲカケレバイズミガカンシャシテ、コレカラマイニチデモキデンノタメニケーキヲヤクカモシレナイガ」
大きな金色の鬼ははっはっはと愉快そうに笑った。
「トクトウセキデアマイモノヲクライナガラ、タタカイヲケンブツスルトイウノハドウダ」
「いいだろう。最近では化学調味料で汚染された人間の身体などたいして美味くもないからな」
そう言うと、闘鬼は身体を揺すった。
どさっと闘鬼の身体に取り込まれていた賢が落ちた。
上半身の服が溶け、素肌も溶けかかっていたのか、真っ赤に爛れている。
「賢ちゃん!」
「賢兄!」
和泉と仁と陸が一斉に駆け寄った。
「馬鹿な……赤狼、何を考えて……」
と賢が言った。
支えられて賢は身体を起こしたが、とても戦いなど出来そうもないほど弱っている。
「ダイジョウブダ。アナタハカテル。ダレニモマケナイ」
と赤狼が言った。
「アナタハヤサシスギル。ヤサシスギルノダ……ヤッカイモノバカリカカエコンデ、キリステラレナイ……ダカラミナ、アナタヲシタウノダ。ダガ、アナタハモットツヨクナレルハズダ。ソノタメニ、アナタハウシナウコトヲシルベキダ」
それから赤狼は和泉を見て、
「サラバ、イズミ。イツマデモワカサマノソバニ」と言った。
「ま、待て! 赤狼!」
と賢が言ったが、その時にはすでに赤狼は大きく勢いをつけて飛び上がっていた。
一直線に巨大な黒狐に突撃し、その腹に大きな穴を開けた。
黒狐はギャアーーーーと叫んで一瞬、粉々になったが、すぐに体勢を立て直した。
だが、その時には赤い狼は赤い一筋の光となり加寿子の間近にいた。
それを見上げていた闘鬼がチョコレートケーキをほおばって「うまい」と言った。
そして屋根の上に落ちていた瓦礫の破片を加寿子へ向かって、飛ばした。
その破片は赤狼が加寿子の喉に食らいつく寸前に、加寿子の鼻先をかすった。
闘鬼の動きと破片に気を取られた加寿子の動作が遅れて、赤狼の牙が喉に食らいつくのに対処出来なかった。
喉に食いつかれた加寿子は悲鳴を上げる事も出来なかった。
(サラバ……イズミ)
空中で真っ赤な狼の身体が破裂した。
「ほう、見事だ。さすがに大和の国、ニホンオオカミの最後の長よ。その散り際、潔し」
と闘鬼がつぶやいた。
ふさふさとした赤い尾の一部が飛んで来て、和泉の手の中に落ちた。




