十二番目の式神
「そろそろ行かないと、仁と陸に何やってんだって怒られるな」
そっと唇が離れた後に賢がそう言った。
和泉は賢の頭をぎゅっと抱えこんで、
「賢ちゃん、無理しないで」
と言った。
「大丈夫だ、俺が一番強いからな」
と賢は優しく笑って答えた。
「負けてもいいから絶対に死なないでね」
「そこは勝たないと駄目だろ」
「じゃあ、勝ったらチュウしてあげるから、頑張って」
「この事態にまだご褒美がチュウだけですか。そこはもう少し頑張ろうよ」
「じゃ、好きなだけ好きな事していいから」
「よし! じゃあ、頑張るか!」
「絶対、絶対、死なないでね」
目にいっぱいの涙をためて、和泉がそう言うと、
「俺が和泉を置いて死ぬわけないだろ」
と賢が言って、もう一度強く和泉を抱きしめた。
「飯を食ったら行く。少し集中したいから一人にしてくれないか」
と賢が言い、和泉の身体を離した。
和泉はうなずいてから出て行く為にドアを開けた。
部屋の外へ出て、不安そうな顔でもう一度賢の方へ振り返った瞬間、
「和泉、俺なんかにつきあってくれてありがとう」
と言ってから賢がパタンとドアを閉めた。
「賢ちゃん!」
ドアを開けようとしたが、すでに鍵がかかっている。
どんどんと叩いてみたが、もう返事がない。
不安な気持ちを抱えながら和泉は階下へ降りた。
キッチンでは、式神達が黒こげのステーキを食べていた。
「焼きすぎだよ。茶蜘蛛」
文句を言ってるのは銀猫である。
「どうも火加減が難しいでやんすね」
「焦げたところを切り捨てていたら、こんなにミニサイズになってしまったよ」
「ミズキにやればいい」
「イイニクハソンナニヒヲトオサナクテモイインダゾ」
「キキッ(怒)」
「和泉どの、若様の様子はどうですかな」
和泉に気がついた青帝が声をかけた。
「うん、食べたら行くって……集中したいから一人にしてくれって」
「さようか、では、皆も出番が近いぞ、心しておけよ」
と青帝が肉を奪い合っている同胞に言った。
赤狼が耳をぴくっ立てて、天井を見上げた。
「呼んだか?」
と声がした。
「呼んでない」
と、賢が答えた。
「いいや、呼んだな。若よ、助けが欲しくて我を呼んだな」
賢は椅子に座って目を閉じている。
戦いの前に精神を集中しようとしていた。
その賢へ声をかける者がいる。
姿は見えない、禍々しい低く太い声だけがする。
「弱っちい次代様では太刀打ち出来ぬ相手らしいな。同族を食い漁って、自身が化け物に成り下がっている。その執念がますます憎悪に磨きをかける。執念というのはやっかいだぞ。生半可な決意では破れまい。若は他人に情けをかけて、随分と弱っているようだしな。若の能力が全開でも互角の相手にその脆弱ぶり、どう戦う?」
「消えろ! 呼んでない!」
「助けてやってもいいぞ。我はその為にいるのだからな」
禍々しい声は楽しそうに笑った。
「……」
賢が立ち上がった。
声には反応せずに部屋を出る。
階段を下りた先に式神達が待っていた。
和泉は少し離れたキッチンの入り口から賢の方を見ていた。
「若様、回復されましたか?」
という青帝の問いに、
「もちろんだ」
と答えた。
賢は階段を下りてきてそのまま玄関の方へ向かった。
式神達が追従する。
和泉は玄関のドアから出て行く賢の背中をずっと見ていた。
和泉の側には赤狼が残っている。赤狼は和泉を護る事を言いつかっているので、賢の戦いにも参加しない。
「タノミガアル」
と赤狼が和泉に言った。
「何?」
「ケーキヲツクレルカ?」
「ケーキ?」
「ソウダ」
「ケーキが食べたいの?」
こんな時に、と不審げな目で和泉が赤狼を見た。
「ワカサマヲタスケタイノナラケーキヲツクルベキダ」
「賢ちゃんを?」
「ソウダ」
「どうして?」
赤狼はそれには答えずに、キッチンの方へ戻って行った。
和泉も後を追って、キッチンへ入った。
テーブルの上に水蛇がちょこんととぐろを巻いて座っていた。
「水蛇ちゃんもお留守番なの」
「マダノウリョクガモドッテイナイタダノヘビダカラナ。サアハヤクケーキヲツクロウ」
「うん」
確かに、じっと待っていても気が焦るばかりだ。
何かしていた方が気が紛れるに違いない。
和泉は冷蔵庫の中を覗いて、ケーキを作る為の材料を探しだした。
「チョコレートガイイ」
「チョコレート?」
「ソウダ、デキルダケアマイケーキガイイ」
「うん、分かったけど、誰が食べるの?」
赤狼はふいっとよそを向いて、それには答えなかった。




