八+六=十四2
「赤蜘蛛! 我々は土御門の四門を任されている! 狐どもは屋敷内には一歩も入れん! だがそれ以上は無理だ!」
と軍服の男達の中で「撃て!」と叫んでいた男が赤蜘蛛に叫んだ。
「分かったよ。軍曹、あの敵はあたしたちが引き受けるよ! 坊や達! 今夜はごちそうだ。食いっぱぐれるんじゃないよ!」
赤蜘蛛がそう叫ぶと、また次々に何百という子蜘蛛たちが狐めがけて飛び降りて行った。
「あらあら、食い扶持が多いと苦労するわねぇ」
という声に赤蜘蛛が振り返った。
「紅葉姐さん、のんきに見てないで、手伝っておくれ」
赤蜘蛛が八つもある目でぎょろりと相手を見た。
「分かってるわよ。陸ちゃんのお言いつけなら、いつでも」
素晴らしい美人だった。
小顔に白い肌、長い美しい黒髪に、ぱっちりとした目元。
ほっそりとした首に豊満な胸元、だらしなく着崩れた着物を着ているが、やたらと色っぽい。だが、その頭には二本の角。
「犬神ちゃんも出ておいで」
と鬼女紅葉が声をかけると、赤、白、黒、茶の大きな犬が四匹姿を現した。
すでに牙を剥いて、加寿子の方へ唸っている。
「あの振り袖娘が敵なの?」
紅葉が赤蜘蛛に振り返った。
「そうらしいよ。若様がぼっこぼこにされたってさ」
「え~? あの若様が? 意外ね。いつも偉そうにしてるのに」
「若様は偉そうになんかしてないよ」
「してるじゃない。俺様が一番、みたいな顔してさ。童貞のくせに」
「そんな事は関係ないだろ」
「まあ、いいけど、で? 何者なの?」
「見覚えないかい? 加寿子様さ」
「加寿子様? ああ、確かに。最近はしわくちゃになっちゃってたけど、どうしたの? 随分、若返っちゃって」
「時逆の封印を破ったとかってさ」
「時逆ねえ、へえ」
ふふふっと笑って、紅葉は空に浮かび上がった。
犬神達もついて上昇する。
「久々に面白そうじゃない。犬神ちゃん、いくわよ」
「ヴァン!!!」
四頭の犬神が加寿子に向かって突撃していった。
牙を剥き、爪を出し、もの凄い勢いで上空にいる加寿子に向かって行った。
だが、「きゃいん!」と犬神達が加寿子の結界に跳ね返された。
結界に触れた衝撃で顔に火傷を負っている。
「紅葉、うるさい子犬どもを近づけないでちょうだい。焼き焦げになるだけと分かっているでしょ?」
はたはたと振り袖の裾をはためかせながら加寿子が笑った。
「さすがに先代ね。式神の弱点を知っているようねぇ」
と紅葉が言った。
「お前も消滅したくなかったら、逃げるが勝ちよ」
「そうしたら陸ちゃんが困るしぃ」
「では、消え去るがいいわ」
「それはどうかしら? ばーさん。紅葉の雷電は効くわよん」
鬼女紅葉が右手を差し出した。
ばちばちっと電気を帯びたパワーが紅葉の手の平にたまっている。
その瞬間に吹雪がやんで、空に雷雲がわき起こった。
ごろごろと雷の音がしている。
ばちばちっと稲光があちこちで起こり、紅葉の手の平を中心に広がって行く。
そしてそのパワーの塊は少しずつ大きくなっていき、やがて紅葉や加寿子の身体よりも大きくなった。
「じゃあねえん、加寿子おばーさま!」
と紅葉が言い、そのパワーを加寿子に向かって放出した。
大きなパワーの塊は加寿子の身体に向かってまっすぐに飛び、命中して、そして大爆発を起こした。
「年寄りが無理するからよん♪」
と言った次の瞬間、紅葉はぐふっと体液を吐いた。
自分の腹の辺りを手で触って、信じられないという顔をした。
腹の真ん中に大きな穴が開き、そして、紅葉は力を失ってその身体は空中より落下していった。
「式神の分際で私に戦いを挑むなんて、生意気ね」
と傷一つついていない加寿子がつぶやいた。
「紅葉!」
と赤蜘蛛が叫んだ。
「紅葉がやられるなんて……強い」
上空の加寿子が赤蜘蛛を見下ろして、
「お前も私に挑むつもり?」
と言ったその瞳に赤蜘蛛は動けない。
強い、そして圧倒的な支配力。
主に従い、主に操られている式神ではとうていかなうはずがない。
赤蜘蛛は屋根の上で動けなかった。
「紅葉!」
と叫んで陸が窓から飛び出した。
「赤蜘蛛!」
「はい!」
赤蜘蛛が陸の声に反応して蜘蛛の糸をしゅっと吐き出した。
その強靱な糸は窓際の陸の元まで飛びだして彼の身体に巻き付き、勢いよく陸を屋根の上まで引っ張り上げた。
屋根の上で陸が加寿子を見上げた。
「陸!」
と続いて仁が屋根の上に上がってきた。
「仁、陸、私につく方を次の当主にしてあげるわ」
陸はすぐさま、
「誰が!」と答えた。
「いいの? 土御門の全てを賢が受け継ぐのよ? 莫大な財産も、地位も名誉も。お前達がいくら賢に尽くしても、所詮、お前達は身代わりの子」
ほっほっほっと加寿子が笑った。
仁は首を振って、
「まさかと思っていたんですよ、おばあさん。まさかあなたが土御門に仇なす存在に成り下がるとは……」
と悲しそうに言った。
「今なら分かります。あなたの気配が悪霊どものように狡猾で、薄汚い気配に感じる」
「そう思うのはお前達の勝手。私は私の思惑で動く。私は私の土御門を取り戻すだけ」
ふわりと、加寿子の手が少しだけ動いた、と思った瞬間、衝撃波が二人を襲った。
赤蜘蛛の糸が陸を護り、軍曹の思念の銃弾がそれを撃ち返した。
「では、かかっておいでな。可愛い孫達」
加寿子がまたふふふと笑った。